とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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『人の気持ちも汲めない屑より価値がねぇ』

『学園都市最強のゴミクズが体当たりとはなぁ……、笑わせやがる』



………………。



「…………うるせェ」



ブロックを壊滅させた一方通行は、第七学区へと戻る帰路で缶コーヒーを飲みながら、体をだらしなく垂らして自販機に寄りかかっていた。

オールレンジと戦ったのち、彼は結標達と合流し、敵対勢力を殲滅した。

無事結標と関わりのある少年少女達を救うことは出来たが、一方通行にとってそんなことはそこらへんに散らばっている空き缶を蹴り飛ばすか、蹴り飛ばさないかくらいの価値しかない。

彼の脳の大部分を今占めているのは、オールレンジと戦ったことにより生まれた苛立ち。

能力使用モードを半分以上使って得た勝利、強敵に打ち勝ったとプラスに考えることなどは全くない。

むしろあんな雑魚にどうして15分も使ってしまったのか、本気を出せば……とつまらないプライドを持ちだす始末。

何故なら。

自身の理論が崩壊する寸前まで追い詰められてしまった彼には、もう力でしか己の優位を示すことが出来なかったからだ。

いや、次対戦する時はその勝利すらどうなるか分からない。

オールレンジが生きているのか死んでいるのかは分からないが、もし生きていて再戦するとなれば、自分が負ける可能性も十分にある。



「あの野郎……」



自分の悪党の美学に大きなダメージを与え、自らが自負する『最強の悪党』の牙城すら切り崩すオールレンジ。

あの声を、あの顔を、思い出すだけでむしゃくしゃしてくる。

身体に負った多くの傷がその危うさ、脆さを物語っているようで、こんなに自分の身体は弱かったのかと思う。

全身打撲、一部脱臼、挙句グループに入る前の自分ならば完全なる敗北を喫していただろう。

これらの認めたくない現実が、一方通行から力を奪っていく。

そんな彼に一本の電話がかかってきた。



「お疲れ様です一方通行。これにてグループが引き起こした事件は全て終結しました、貴方がたのおかげですよ」

「オマエか……」



気だるそうに口をほとんど動かさず彼は短く答える。



「おや?何やら元気がないですね。せっかく貴方にとって有益な情報を持ってきたというのに」

「あァ……?有益な情報だとォ……?」

「えぇ、シリアルナンバー20000体『最終信号』の命の危機に関する情報ですよ」





 


私のヒーロー-ⅰ

 

 

 

 

 

絹旗最愛は垣根帝督から受けた傷を癒すことなく、今は下部組織の指揮が取り終わり襲撃の現場となったサロンから撤退しているところだった。

 

彼女自身のダメージは相当なもので、つい先ほどまでは誰かの手助けがないとまともに歩けないような状態だったがこんなところでもたついていたら騒ぎを嗅ぎ付けた面倒な輩達がやってこないとも限らない。

 

幾ら暗部組織の隠蔽工作班を総動員したとしても完全な証拠隠滅など不可能なのだから。

 

よろよろと歩きながらサロンから出る、既に工作班は一通りの仕事を片付けたのか撤収し始めているが彼女はそれに同行しない。

 

絹旗が下部組織と一緒に車両で移動しないのには理由がある。

 

それは彼女が現場の情報隠ぺい工作を行っている最中に、外から何度も大きな爆音と破壊音が響き、サロンの内部まで貫いた轟音を聞いたからだ。

 

もしや七惟が生き延びていて、サロンから離れようとする第2位と交戦状態に陥っているのではないかと彼女は考えた。

 

絹旗はまるで赤子の手を捻るかのように垣根に撃破されてしまい、体中に大きなダメージを抱えてしまっていた七惟もすぐに倒されるか、もしくは殺されてしまったのかと思っていた。

 

サロンで最後に浜面と滝壺を見た時、逃げる浜面達に七惟はどうなったのかを尋ねたが、崩壊寸前の滝壺はうんともすんとも言わなかったし、浜面に至ってはまるで苦虫を噛み殺したかのように首を横に振るだけ。

 

彼女の頭では最悪のシチュエーションが思い描かれたが、今回のことで七惟が生存している可能性も出てきた。

 

半分ほどは彼女の願望でしかないのだが。

 

 

 

「それにしても……これは超酷いですね」

 

 

 

彼女が外に飛び出して最初に述べた感想はこれだった。

 

目の前に広がる光景は筆舌し難い程破壊された風景。

 

サロンの正面と向かい側の道路を繋ぐ大きな橋は中央部分が吹き飛んでおり、道路側のほうの街灯は一本残らず根こそぎ破壊されてしまっていた。

 

アスファルトはめくれ上がり、木々は何かの余波でなぎ倒され、サロンの外壁にも巨大な穴が開いてしまっていた。

 

流石の情報隠ぺい部隊もこの巨大な穴は修復不可能だったようで、不自然に広がっている空間は異様な存在感を放っている。

 

誰と誰が戦闘を行ったのか分からないが、コレほどの破壊能力を持つ人間は彼女が思い浮かぶ中では三人しかいない。

 

一人は当然原子崩しの麦野沈利、彼女の原子崩しを持ってすれば橋を破壊するなど朝飯前だし、この巨大な風穴も一連の戦闘の中で開けられたのだと容易に考えられる。

 

二人目は未元物質垣根帝督、この世の質量とこの世の外の質量を操るあの男ならば、彼女が想像も出来ない現象すら起こしてしまう。

 

三人目は全距離操作能力者、七惟理無。

 

街灯を可視距離移動砲で発射すればこんなサロンなどひとたまりもない、橋の半ばから折れた現象もそこに何かを転移させ発現させれば忽ち崩壊だ。

 

この三人のうち誰かが戦って、どちらかは破れどちらかは勝ち残った。

 

……垣根帝督に、七惟か麦野のどちらかが立ち向かったと考えるのが妥当なところだろう。

 

そして結果は見ての通りだ、垣根帝督の一振りの前に無残にも砕け散った。

 

いったいそれはどっちだ?七惟なのか、それとも麦野なのか、或いは両方か。

 

携帯電話を取りだし、両方に電話をかけてみるが音信不通だ、携帯電話そのものが破壊されてしまっているということも考えられる。

 

下部組織に連絡を取って探索してもらうのが現実的だが、今は先ほどの騒動の後始末のため何処の組織も受けないときた。

 

自分一人で生存者を捜すしかない、今日は既にフレンダを失ってしまっているだけにこれ以上アイテムから欠員メンバーが出るのは……。

 

少なくとも絹旗だって、滝壺同様アイテムの皆のことを家族とまでは言わないが、気の合う仲間だとは思っているのだ。

 

そう簡単にはいそうですかと見捨てるわけにはいかない。

 

警戒のため窒素装甲を展開し、辺りの探索を始める。

 

周辺は情報隠蔽工作のおかげか人っ子一人見当たらない、気味が悪い程に静まり返っているだけに何処かで物音が立てばすぐに気付くはず。

 

 

 

「七惟……麦野?」

 

 

 

絹旗の声が響き渡る、震える声は文字通り空気を振動させただけでそれ以外の反応は何もない。

 

不安に駆られながらも橋の辺りまで来てみると、数メートル下には橋の残骸が散らばっていた。

 

そこは堀のようになっており、日も暮れた黒い水が何かを呑みこむかのように流れている。

 

コンクリートや鉄筋、街灯が四散したため堀は元々の綺麗な姿を保てずに、まるで廃墟に流れる川だ。

 

もしかしたら橋の崩落に巻き込まれて二人は下に落ちてしまったのかもしれない、絹旗は足元に注意しながら坂道を下り、水の流れる堀の部分まで降りて行く。

 

幸い川底はそこまで深くないようだ、観賞用だけあって危険性は差ほどない。

 

本来なら瓦礫で怪我をしてしまいそうだが、窒素装甲を展開している絹旗からすればそんなものは関係ない。

 

彼女は大きな瓦礫を掴んでは投げ、掴んでは投げの繰り返しで地道に生存者を捜していく。

 

汗を流しながら作業を続ける。

 

脳裏に過るのは七惟と麦野のことだけではなく、アイテム全員のことだった。

 

つい半日前まで皆でレストランでテーブルを囲んで下らない話にふけっていたというのに、僅か数時間後にはまるで盤面がひっくり返ってしまったかのような想像も出来ない悲劇が待ち受けていた。

 

鯖の缶詰が好きだったフレンダは裏切り、電波を何時も受信してぼーっとしている滝壺は瀕死の重病、バイク好きな七惟とファッション好きな麦野は圧倒的な力の前に消息不明。

 

唯一無事を確認出来たのは浜面くらいだ、まさか彼があそこまで必死に滝壺を守り助けようとしていたことが絹旗にとっては驚きだった。

 

この僅か数時間の間に、アイテムは壊滅寸前のところまで来てしまったが対して浜面の姿勢はそんな重苦しい空気を吹き飛ばしそうな位、何だか輝いて見えた。

 

そんな彼の輝きに比べたら、この場所の何と暗く重く冷たいのだろうか。

 

浜面の腕の中で眠いっていたお姫様のような滝壺に比べたら、さしずめ自分は主人を探す惨めな敗走の兵士だ。

 

 

 

「麦野―!七惟―!」

 

 

 

そんな自分の重力の何倍もの重さになっている形容しがたい感情を言葉にして吐き出す。

 

吐き出しても楽にならない、出した瞬間そいつは体に戻ってくる。

 

瓦礫をどかす地道な作業、どかしてもどかしても全く生存者の痕跡は出てこない、出てくるのは如何に此処で行われた破壊活動が大きなものだったかを証明するばかり。

 

風がざわつく、水の音が嫌に響く、月明かりが雲に隠れて怪しく光る。

 

自分を取り囲む環境全てが悪い方向へと流れていくような、そんな錯覚。

 

誰も居ない、人の気配が感じられない孤独な谷底。

 

そこで作業を続ける、何も考えないようにして……。

 

でもそんなことは無理だった、瓦礫の数が少なくなっていくにつれて、二人の生存の可能性はどんどん低くなってゆく。

 

麦野はいったいどうしてしまったんだろうか。

 

あんなにも強かった麦野、アイテムを結成した当初から彼女はやはり別格でヒステリックな面もあるものの、何時も自分たちを引っ張っていた。

 

それがアイテムのためではない、ということなど暗部で暮らしている内に絹旗だってわかっていたが、リーダーである麦野の判断は何時も良い方向へとアイテムを導き、良い結果を出してきた。

 

今回のスクールとの件も正直なところ麦野のプライドのためにアイテムは戦ったようなものだ、まぁ莫大な報酬もあったためフレンダはこの話に乗ったのだろう。

 

正面から戦うには絶対に分が悪い、という絹旗の反論を予期していたのか麦野は七惟を臨時構成員としてアイテムに迎い入れた。

 

それであれば少しは変わるかもしれない……と特に意見していなかった絹旗だったがはっきり言って七惟が加勢したくらいではどうにも埋まらない差が、生き物として絶対に越えられない壁がそこにはあった。

 

自分が垣根と対峙した時、あの男は麦野はどうしたとの問いに対して『大したことは無かった』とあっさりと吐き捨てた。

 

それはもう、まるでそこらへんにある子供を蹴り飛ばすかのような軽い面持ちであった。

 

確かに自分も元々アイテムとスクールが激突してもこちら側に勝ち目は薄いのではないか、と思っていたがまさかここまで実力差があるとは。

 

麦野の生存確率は、限りなく低い。

 

誰にも見られず、死体すら上がらず、その死を認知されない。

 

ファッションに気を使って人一倍人の目を気にかけていた麦野。

 

己の強欲に従ってアイテムを巻き込んだリーダーの最期、人目を気にしていた彼女には何と皮肉な最期なのだろうか。

 

七惟理無。

 

対して七惟はどうだろうか。

 

麦野に勝るとも劣らない破壊力、攻撃力、防御力。

 

初めて会った時は殺されそうになった、あのささくれ立った心の七惟も今となっては懐かしい。

 

ハリネズミみたいに自分の心に防備を張って他の侵入を許さなかった彼もあの時からだいぶ変わった。

 

そして……彼だけじゃない、私も、変わった。

 

彼に対する気持ち、彼に対する行動、彼に向ける瞳。

 

その全てが昔と同じだなんて有りえない。

 

だから、だからこそ……こんなにも七惟のことを、その声を求めてしまう。

 

距離操作能力者は防御面に優れていると聞いたことがある、そして七惟は独自に垣根との接点があったようで能力を熟知しているだろうし、もしかすれば自分や滝壺、浜面達のように運よく見逃してもらったのかもしれない。

 

だが此処で再び喧嘩を吹っ掛けたならば、容赦なくあの男は殺しにかかるだろうが。

全く、何故じっと大人しくしていられないのか……

 

呆れる気持ちがほんの少し、勝ち目のない闘いはするなと何故言わなかったのかと後悔する気持ちが大部分。

 

『一緒にいたい』とつい先ほど言ってくれたばかりなのに、馬鹿みたいに特攻しないで欲しい。

 

まだまだこちらは言いたいことが、伝えたいことが山ほどあるのだ。

 

探し始めて10分近くが経った、相変わらず事態は進展しないし人の気配も感じられない。

 

こう言う時に滝壺が居れば彼女の能力から七惟の居場所を突き止めることも出来るが、彼女は今居ないし自身の力で見つけるしかない。

 

誰かを助ける任務なんて暗部に入ってからやったことがないだけに用量もよく掴めない。

 

垣根が言った通りだ、破壊することしか今までやってこなかった自分が此処に来て誰かを助けるために行動するなんて、滑稽だ。

 

それでも滑稽でも馬鹿でも惨めでも探し人を探すしかないのだが、時間が経つにつれて非常に不味い事態が待ち構えているだろう。

 

いや、もう本当は七惟も麦野も殺されていて、此処には死体しかないのかもしれない、死体すらないのかもしれない……。

 

 

 

「……そんなことは」

 

 

 

そんなことは、絶対に認めたくない。

 

少なくとも、少なくとも七惟は生きているはずだ。

 

そう信じてる。

 

一方通行に一人で立ち向かい、瀕死の傷を負いはしたがそれでも生きて帰ってきた男なのだ。

 

だから第2位如きに殺されるわけがない、きっと第1位の時と同様に何処かに居る。

それに。

 

七惟が死んだなんて、考えたくも無い。

 

だが絹旗の脳はゆっくりとだが徐々に現実の非常さに浸食され始める、探しても探しても誰も見つからないし、時間は経つばかり。

 

せっかく距離が縮まって、近くに居ることが出来たのに。

 

もう、二度と縮まらない距離になってしまったなんて、嫌だ。

 

橋の残骸を拾っては投げ、拾っては投げの繰り返し。

 

気が遠くなりそうな作業も、焦る気持ちからか自然と身体は早くなり、瓦礫の数もどんどん少なくなっていく。

 

それでも、彼女は止めない。

 

初めてなのだ、こんなにも……こんなにも人を求めてしまう衝動は。

 

自分の中ではもう七惟が半分くらい占めてしまっていて、あとの半分は絹旗最愛自身。

 

だから自分と同じくらい、七惟のことは特別なのだ。

 

そして、遂にあれだけあった無数の瓦礫も絹旗の目の前から消え去った。

 

はぁ、はぁ、と息を荒らげ必死に周囲を見渡すが、周りには何も無く後方に自分が投げ飛ばしたコンクリートの山が出来あがっているだけ。

 

探し人は、居なかった。

 

七惟はもちろん、麦野だって此処にいた形跡の欠片すら。

 

水中にも、瓦礫の中にも、その血の後すら見当たらない。

 

もしや、もしや橋の崩壊から逃げきったのか!?

 

いや、もし逃げ切れたというのならば携帯に電話した時点で繋がるだろうし、何らかの連絡がこちらにも入るはずだ。

 

浜面からは既にその連絡が入っている、無事病院に滝壺を送り届けたとの旨を先ほど聞いた。

 

身体が重たくなり、胸が締め付けられる。

 

静まり返った空間に唯一人、呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ない。

 

残された選択肢は、とすがる思いで考える。

 

まず橋の崩落から免れて脱出したこと。

 

ありえない、それだったら連絡が入って無事を知らせてくれるはず。

 

となれば橋の崩落から免れたが、第2位に止めを刺されてしまいもう死んでしまっているということ。

 

もしくは橋の崩落と共に身体を木っ端微塵に吹き飛ばされ、死体すら残らないような状況。

 

どれも自分が望むような結末ではなかった。

 

もう、全ての希望が絶望へと変わり果てた。

 

麦野は死に、フレンダには裏切られ、とうとう七惟も自分の目の前から消え去った。

 

終わりだ、何もかもが。

 

まだ年端もいかない少女にとってこの現実はあまりに残酷だった。

 

今まで暗部で様々な血みどろの展開を見慣れ、裏切りなんて朝飯前、殺し合いが日常茶飯事の世界にいた彼女にだって、耐えきれないものはある。

 

それは、その災厄が自身に降りかかってきた時。

 

これらの不幸は全て彼女にとって外の世界で行われてきた、何時でも彼女は傍観者か第三者で、むしろ奪う側に立っていた。

 

でもそれらが自分の中にある小さな世界で起こった時、想像をし難い絶望で埋め尽くされ、崩れ落ちる。

 

奪う側だった自分、生きるために仕方なしにやってきた自分、だがその絶望を受け止める側になった時、彼女はその凄惨な現実を受け止めきれない。

 

 

 

「どうして……どうして、こうなっちゃうんですか」

 

 

 

自分の中にあった小さな拠り所、それはアイテムであり、心の半分もある七惟への感情。

 

でも、たった数時間の間にそれらは完全に破壊されてしまい、失われてしまった。

 

まだアイテムには浜面も、滝壺だっているというのにそんなことはもうどうでもいい。

 

例え彼らが生き残っていたとしても、彼らと一緒にいると絶対に麦野やフレンダのことを思い出してしまう、あまりに彼女達の臭いが強すぎる。

 

七惟に関しては考えるまでもない、何処に居ても誰と居ても忘れられそうにもなかった。

 

 

 

「こんなの……こんなの、意味がわからないです」

 

 

 

膝をつき、虚ろな目でその場で愕然とする。

 

もうこの川底で探し始めて1時間近く経過している。

 

全てを破壊された少女にとって、1時間なんて時間は特別なものでもない。

 

ただただ、失った虚脱感と絶望、負の感情を噛みしめることしか……

 

 

 

「貴方、こんなところで何をしているのかしら」

 

「…………」

 

 

 

そんな廃人同然の絹旗に、何処かの誰かが声をかけた。

 

振り返ってみると、輪郭はしっかりと捉えることは出来ないがドレスを着こんでいることから、垣根帝督と同じスクールの心理定規であることが分かる。

 

 

 

「……止めもでも刺しにきたんですか?」

 

「まさか。そんな目いっぱいに涙をためて泣いている可愛い女の子に、更なる追い打ちなんてするわけないでしょう。それとも、血の涙でも流すのかしら」

 

「余計なお世話です!」

 

「ふふ、強がるのね。上からずっと見ていたわよ、貴方がオールレンジを探して一人瓦礫を漁っていた姿を。放っておいたらずっとやってそうだから来ちゃったわ」

 

「今の私に近づかないほうがいいですよ、貴方を今にも超ぶっ殺しそうですからねェ……!」

 

「あらあら、本性まで現れちゃって」

 

「煩いって言ってンのが超聞こえないンですか!」

 

 

 

感情が暴走し、彼女の脳が本性を現す。

 

絹旗最愛は暗闇の五月計画の被験者で、一方通行の演算パターンを応用し、一部の処理を最適化させられている。

 

その時の弊害か、感情が爆発すると一方通行同様の口調へと変化する。

 

 

 

「そんなんじゃオールレンジに嫌われちゃうわよ?彼は一方通行を酷く憎んでいるもの。一方通行の演算パターンを埋め込められた人間がいるとして、それに嫌悪感を覚えないとでも?」

 

「ンなことはもォ超どォでもいいンです!七惟は死ンだンですから!」

 

 

 

七惟と一方通行の関係は絹旗もよくは知らないが、共に犬猿の仲であることは暗部でも有名だった。

 

だが、だからどうしたというのだ?

 

もう七惟はいないのだ、気にしてどうする?それで七惟は戻ってくるのか?アイテムにフレンダと麦野が再加入するのか?

 

そんなわけがあるか、もう全部ぶち壊れてしまった。

 

ならば最後の最後までぶち壊してやる、目の前の女も、自分も、めちゃくちゃにしてやる。

 

自分が今まで奪ってきたツケなのだろう、この現実は、

 

だがそんなものはもう関係ない、自分が奪われたならばこの女の全てを破壊してやる。

 

 

 

「そんなに激昂したら皺が寄るわよ?」

 

 

 

…………知ったことか!

 

澄ました表情の心理定規に怒りが心頭し、くすりと彼女が笑った時感情が渦を巻いて全身を呑みこみ火山の如く噴火した。

 

 

 

「殺しますよ心理定規ィ!」

 

 

 

絹旗は窒素装甲を展開し背後にあった残骸をむんずと掴むと、全身のバネを使ってそれを心理定規へと投げつけた。

 

投げつけたつもりだった。

 

 

 

「そんなに怒り狂っても、やっぱり彼が愛おしいのね」

 

「…………ッ!?」

 

 

 

投げられなかった。

直前で、装甲が手を離す瞬間で彼女は踏みとどまったのだ。

 

どうして、と彼女は自身に問いかけもう一度試みるも、やはりその手から残骸が心理定規に向かって投げつけられることはない。

 

 

 

「今貴方と私の心の距離は、絹旗最愛が七惟理無に向ける心の距離5を再現してる」

 

「心の距離……!?」

 

「貴方がそこまで思っているんですもの、そんな人と同じ距離にいる人間に攻撃なんて出来るわけがない」

 

 

 

心は、この女をめちゃくちゃに潰してしまえと叫んでいるのに、身体が動いてくれない。

 

どうしても、心理定規を捻り潰すことは出来ない。

 

 

 

「彼も幸せ者ね、誰かからこんなに好かれることってそんなにないもの。私が精神距離の原理を教えた時はあんなに世話のかかる子だったのに」

 

「こ、この……!」

 

「彼も貴方達のことを特別に思っているみたいよ?私も彼からそんなふうに思われたら、とても素敵な展開だと思ってたんだけど」

 

 

 

心理定規は身体を翻し、こちらに背中を向ける。

 

急所をさらけ出した彼女は隙だらけだというのに、やはり攻撃が出来ない。

 

震える手は、心の叫びと最後まで同調しなかった。

 

 

 

「同期のよしみで、オールレンジはもう病院に運んでいるわ」

 

 

 

去り際に心理定規が振り返ると、こんな言葉を発した。

 

 

 

「私も彼に命を助けられたことがあるもの、恩返しはしたわ。病院は第3位のクローンがいる病院、と言っておけば十分かしら?早く行ってあげなさい。彼が待っているのは、私じゃなくて貴方『達』なんでしょう?」

 

 

 

それだけの言葉を残して心理定規は闇夜に消えて、やがて水面を蹴る音も聞こえなくなり、その場には静寂が戻った。

 

絹旗は彼女の言葉を最後まで聞いていなかった。

 

瓦礫を掴む力を、前へと進む力へと変えて走っていく。

 

絶望が、希望に変わる瞬間へ。

 

 

 

 

 

 









「よぉ、遅かったじゃねぇか」

「そう?」

「オールレンジは?」

「さぁ、でも死んではいないんじゃない?」

「へぇ、流石に情が移ってんのか」

「それは私と彼の秘密、というロマンチックなことにしておかない?」

「はッ……食えない奴だ」



心理定規がスクールのアジトに戻ってくると、そこにはソファーで寛いでいる垣根がつまらなそうにピンセットを弄っていた。



「解析は終わったの?」

「まぁな。だが結果は残念なモンだ、せっかく学園都市のレベル5を二人始末したってのに、得られたモンがこれだけじゃ全然割にあわねぇよ」

「じゃあ」

「あぁ、当初の予定通り一方通行の奴を消すしかねぇな。代えのきかねぇメインプランになる」

「そう……」



垣根からすれば、一方通行はいずれにせよ始末する予定だったから別に問題はない。
奴を殺すのが後になるのか先になるのか、その違いだけだ。



「いいけど、私は一方通行には関わらないから」

「……何故?」

「一方通行の思考が私には読めない、例え彼の一番近しい人……そうね、あの小さな女の子と同じくらいの距離にしたとして、攻撃されないっていう確証がないもの」

「ま、そうだろうな」

「一方通行はどろどろしてて、どんな距離に調節しても攻撃される気がするのよ」

「せっかくオールレンジが嫌う奴を潰せるってのにな」

「別に私は彼がどうなろうと知ったことじゃない。今回彼を助けたのは、恩の売られっぱなしはあんまり好きじゃなかったからよ」

「ま、そういうことにしといてやるよ」

「……それじゃ、結果が出たら教えてね。結果を『教える』ことが出来たらそれ即ち、成功ってことなんだけど」

「何が言いてぇんだ?」

「貴方、一方通行に勝てると思ってる?」



その言葉に垣根は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ピンセットを揺らしながら立ち上がる。



「『対一方通行用最終兵器』である『全距離操作』が破れたのよ?確かに貴方は強いけど」

「要するに、自身の能力を過信すんなってことだろ。安心しろ、明日の朝には連絡を入れてやる」



垣根と心理定規はそれ以降言葉を交わすことはなく、青年はソファーに腰をおろし、少女は部屋から出て行く。

もしかすれば、これが今生の別れになるかもしれないということは、少女のほうが分かっていただろう。

だからこそ、彼女はこんな言葉を残して言った。



「オールレンジにしてやられたのは……私達かもしれないわね?」

「あぁ?」

「私達も、彼に感化されてる部分が少なからずあるってこと」



その言葉を最後に、少女は振り返ることなくその姿を消す。

やがてハイヒールの音も聞こえなくなり、部屋に居るのは、いやこの建物にいるのは垣根一人となった。



「オールレンジ、か」



彼は自分が仕組んだ罠に見事に引っかかり、一方通行と戦った男の名前を呟いた。

オールレンジの変化は彼自身も気づいていた。

霧ヶ丘女学院の素粒子研究所で対峙した時と、サロンで対峙した時のあの男はまるで別人だった。

絹旗とかいう少女は確かオールレンジに惚れこんでいたか、AIMストーカーの滝壺はどうなんだ。

それだけじゃない、あの浜面とかいう下っ端の人間ですら七惟を好意的に受け止めていた。

そして七惟はその好意を、受け止めて、自分からも発していた。

そこが、一方通行と全距離操作の勝負の分かれ目だったのかもしれない。

非常になれなかった全距離操作は最後の最後で躊躇でもしたのだろう、そこにつけ込んで勝利したのが一方通行。

最低な男だ、と嘲笑する。

まぁ、自分も一方通行と同じそちら側の人間なのだが。

七惟は優しすぎる。

だが、その優しさが様々な力を生み出したのは確かだ。

優しさがなければあそこまで一方通行を追い詰めることは出来なかっただろうし、力を増幅することも出来なかったはずだ。




じゃあ、一方通行と自分は?

勝った方が、優しいのか?

勝った方が、最低な男なのか?



どちらでもいい、か。



「一方通行……ねぇ」



最後にその名を口にした。

彼がオールレンジに感化されたのか?その答えは、この戦いの果ての結末だけが知っている。






 

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