とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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私のヒーロー-ⅱ

 

 

 

 

一方通行をおびき寄せるためには、『餌』が必要だ。

 

それは垣根自身よく理解していた、あの男はグループという組織に身を置いており、何が起ころうとひとまずは指令を優先してしまうから。

 

そのために用意する餌は『最終信号』。

 

防犯カメラに写っていた打ち止めと同伴していた風紀委員の少女が彼の視界に入る。

 

ついさっきまで一緒に居たはずだが、打ち止めの姿は何処にも見当たらなかった。

 

さて、どうやってこの少女から打ち止めの居場所を聞き出そうか。

 

大方トイレにでも行ったのだろう、彼はなるべくいざこざが起こらないように少女に接する。

 

ただ。

 

もし少女が障害となるならば、一切の手加減はしない。

 

そう思っていたはずだった。

 

なのに。

 

最後の一歩が踏み出せなかった。

 

垣根は中々口を割らない少女に業を煮やし、蹴り飛ばし肩の骨を粉砕しめちゃくちゃに踏みつける。

 

此処までしても少女は一切こちらに情報を流さないどころか、強がりで舌を出してきた。

 

垣根の度重なる警告を無視してこの少女は風紀委員としての職務を全うしようとしている、見た目からして中学生だが此処まで他人のために体を張る中学生がいるとは彼も思ってはいなかった。

 

……不思議と少女の姿と腹立たしい第8位の姿重なる。

 

……何時の間に、自分は全距離操作のことを腹立たしいと思っていたのかなんてことは忘れて。

 

まぁ、彼からすればこの少女がエリート風紀委員だろうが落ちこぼれ風紀委員だろうが知ったことではない、口を割らないのであれば障害と見なし抹殺する。

 

足を彼女の顔面にまで移動させ、さて思い切り踏み殺してやろうかと身体に力を入れた。

 

入れただけだった。

 

そこから先が、踏み出せない。

 

 

 

『オールレンジにしてやられたのは……私達かもしれないわね?』

 

 

 

心理定規が別れ際に残した言葉が脳裏を過る。

 

あの男の優しさを垣根は強さだと認識していた、それは甘さではないと。

 

まさか自分もあの男のつまらない表の世界の優しさにあてられたというのか?

 

今この状況では、それは強さになんてならないのは明白だ。

 

此処でこの少女を殺しでもすれば、打ち止めを狙った犯行として理事会では情報が流れ、一方通行は飛んで来る。

 

最低限この少女の犠牲だけで済むのだ。

 

だが無関係の一般人を踏み殺すことは、今の彼には出来なかった。

 

踏み殺してしまったならば、オールレンジが忌み嫌っていた一方通行と同じ人種になってしまうかと思ったから。

 

自分は最低の糞野郎だ、敵対する奴は容赦なく潰し殺す、そこに慈悲などは一切存在しない。

 

だが、そんな最低の糞野郎だと分かっていても、一方通行とは違う最低の糞野郎だ。

無関係のクローンを1万人も殺したりはしていない。

 

あんな奴と、一緒にはなりたくはない。

 

少女の頭の真上で足を止め、10秒程経過した時だった。

 

膨大な烈風の如き風が、垣根帝督に正面衝突した。

 

バランスを崩した垣根はその足を少女の顔の真横に付き、衝撃の発生源を見やる。

 

 

 

「ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」

 

 

 

世界一、いやアレイスターと並ぶ程の糞野郎がそこにはいる。

 

 

 

「もっと面白い事して盛り上がろォぜェ。悪党の立ち振る舞いって奴をおしえてやっからよォ……!」

 

 

 

一方通行だ、間違いない。

 

 

 

「あぁ、ようやくお出ましか。オールレンジにボコボコにされて中途半端な子悪党に成り下がった第1位さん」

 

 

 

そして精いっぱいの皮肉を込めて、その登場を祝福してやるのだった。

 

その皮肉の先に待ち受ける結末は……自分が欲する結末とは遠ざかったものなのかもしれない……。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「あら、こんな時間にどうかされましたか?」

 

「はぁ、はぁ」

 

「当院は既に閉院しましたので、急患の場合は裏口から」

 

「七惟理無」

 

「はい?」

 

「七惟理無は何処に超居るんですか!?」

 

「え、え……?」

 

「七惟理無!距離操作能力者の高校生!此処に来てるはずです!」

 

「な、なない……?」

 

「―――――ッ、もういいです!自分で超探しますから!」

 

「も、もしかして七見理駆さんのことですか?」

 

「七見……?理駆……?」

 

「先ほどその名義で一人の男の子が運ばれてきました、赤いドレスの女の子が……」

 

「何処に居るんですかその七見理駆は!?」

 

「え、えっと。確か第4病棟に。集中治療室から出たばかりなので面会は難しい……」

 

「そこまで私を超案内してください!」

 

「は、はい?」

 

 

 

絹旗は、足がもげるとはまさに今の状態を言うのではないかと思うくらいに走っていた。

 

膝から下の感覚がおかしい、まるで両足に鉛の重りをつけているかのようにだるく、踏み出す一歩は通常の半歩程しか進んでないのではと疑った。

 

白いニットの服は汗でびっしょり濡れてしまっていて、肌に触れる感触が非常に気持ちが悪い。

 

頭の中は何も考えられない、ただ目的地へと向かうことしか彼女の頭にはなく、ただひたすら第七学区の病院へと走った。

 

 

 

「あ、先生。七見さんの容体は……?」

 

「あぁ、彼かい?今日運ばれてきた中では、右肩の損傷は一番だがそこ以外は特に酷い部分も見当たらないし、大丈夫だ。……そちらの子は?」

 

「よ、良く分からないんですけど、とにかく七見さんの所まで連れて行け!って言うもので……」

 

「ふむ……。君はもしかしなくても、アイテムの子みたいだね?」

 

「そうです!……もう、ほとんど残ってないけど……アイテムの生き残りです!此処に七惟が居るって聞いて超飛んできました、居るんですよね!?」

 

「なるほど、彼女が彼を此処に置いていったのはこういう訳ってことだね?」

 

「もったいぶらないで早く教えてください!」

 

「百聞は一見にしかず……とも言うしね?こっちだ、来なさい」

 

 

 

七惟は生きている。

 

そのことを心理定規から聞いて、もう絹旗の気持ちは決まっていた。

 

七惟理無に会いに行く、彼の声を聴く、自分の声を聴いてもらう。

 

それだけでいい、たったそれだけのコミュニケーションで自分は世界一の幸せ者になれると思ったから。

 

 

 

「この部屋だ。入りなさい」

 

「七惟……!」

 

 

 

こんなにも、心の底から誰かを欲したことはない。

 

誰かの温もりを感じたいと思ったこともない。

 

アイテムはめちゃくちゃに破壊され、滝壺は昏睡状態から回復するかも分からない、フレンダは裏切ってしまった、麦野に関しては死体すら上がりそうにも無い。

 

もう自分には、絹旗最愛という少女が生きていくにはアイテムと同じくらい……いや、もしかしたらもうアイテム以上に自分の気持ちを独占してしまっている彼に対する思いしかない。

 

でもきっと、彼さえいればきっと自分はもう一度立ち上がることが出来るから。

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

だから、だからあと1回でいいから甘えさせて、欲しい。

 

そして言って欲しい。

 

らしくない、甘えるな、うっとおしいって。

 

 

 

「凄い衝撃を右肩から右手首に関して貰ってしまったみたいでね?唯でさえ粉々になっていた右肩で大きな衝撃を受け止めたせいか、もう肩から先は使い物にならないと判断して義手にした。右上半身の犠牲のおかげか、他は問題なく治療出来るよ?」

 

そして見つけた。

 

息をしているあの人を。

 

今自分の中の半分以上を、占有してしまっている人を。

 

医者の言葉など耳に入らず、ただがむしゃらに駆け寄る。

 

手に触れると、暖かった。

 

生きている、と実感する。

 

 

 

「七惟……」

 

 

 

呼びかけてもその人から声はない。

 

右肩に大きな機械をつけて、体中に包帯を巻いて今も尚眠っている。

 

 

 

「先生……まだ、面会出来るような状態じゃ」

 

「そう言うわけにもいかないようだよ?この場合、邪魔なのはむしろ僕たちのほうだ」

 

「で、ですが患者の身体を考えると」

 

「身体はそうだけど、今彼を必要としている人たちがいるのなら、口出しはしないほうがいいね」

 

 

 

二人はそう言い残し、絹旗が気付かない内に部屋をそっと出る。

 

あれだけ求めていた人に触れているだけで、もう全てが満たされた。

 

また声が聞こえる、またああやってつまらない言い合いが出来る、またバイクに乗れる、また……一緒に進んでいくことが出来るから。

 

もう今すぐに声が聴きたいだなんて、贅沢なことは言わない。

 

ただ、今はその身体に血が通っていることを、生きている証があるだけで十分だ。

生きていてくれて、息をして、この温もりが感じられるだけでいい。

 

自分の世界の中で大切な人達がたったこの十数時間だけで去って行った、さよならも言えずに消えていった。

 

だからどうかお願い、目を開けた時にはこの声を聴いて欲しい。

 

 

 

「……また、私の、声を聴いてください」

 

 

 

この声を。

 

この声が、聞こえますか?

 

こんなにも貴方を求めてしまう私の声が。

 

誰も望んでいなくてもいい。

 

今自分の中の世界には、貴方と私しかない。

 

他の誰かが望んでいなくても、神様が望んでいなくてもいい。

 

この声を聴いて欲しい、一緒に笑って欲しい。

 

だから今はまだ、こんな気持ちを持っていいですか?

 

『好き』という気持ちを。

 

きっと隣に立つのは私じゃない、でもまだこの気持ちは変えられそうにもない。

 

私を救ってくれた、この絶望の中から這いあがらせてくれた。

 

たった一人の、私の『ヒーロー』に。

 

たくさんのさよなら、絶望の海に沈んで消えていった繋がり。

 

消すことが出来ない思い出がなおさら彼女を孤独の海に沈めていった。

 

でもそんな底なしの海溝に沈んだって、貴方が居れば大丈夫。

 

だからどうかお願い、私を見て、聴いて、欲しい。

 

貴方に声を掛けられれば私はもう一度……何度だって進んでいくことが出来るから。

 

もう一度、その口からつまらない悪口で私を奮い立たせて。

 

私のヒーローさん。

 

 

 

 

 









2年半近く続いた暗部編、これにて閉幕!

一方通行と垣根の戦いが消化不足感が若干残りますが、この章は此処までです。

2年半以上続いた暗部の物語も何とか皆様の応援のおかげで完結することが出来ました。

この章は七惟、名無しの少女、そして絹旗を中心に描いてきました。

そして七惟と絹旗の関係が今後大きく変わっていくことにもなる、

一種のターニングポイントだったりします。

まだまだこのお話は続けていくつもりなのですが、まだまだ完結までは時間がかかりそうです。

頑張って更新して参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。



 

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