とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
大変長らくお待たせしました、更新が遅くなってしまいごめんなさい。
距離操作シリーズもようやく10章が終わりなんと新章に入るのです!
実に新章に入るのは3年ぶりです!何という長さ!
天草式の客人-ⅰ
清々しい程澄み渡った空、つい最近まで日本列島にしつこいほどに停滞していた秋雨前線は何処へ行ってしまったのだろうか。
文句のつけようがない目を見張るような秋晴れは、何だか自分の心境を映し出した鏡のような気がした。
この日、七惟理無という高校1年生が入院している病院は彼に外出許可を与えた。
彼が重傷を負ったのは10月9日、右肩から右手首にかけて再起不能の重傷を負い、右腕を丸ごと交換するという荒療治を経て今現在に至る。
彼の右手以外は今ではもう10月9日前の状態に回復しており、後は義手となった右腕の調整でおおよそ半月といったところだ。
右肩から右手首にかけては完全に義手、右手首から指先までは七惟の肉体であり、何だか変な感じだがそれでも日常生活に違和感はなかった。
あれだけの重傷だったというのに、一週間と少し経てばこのように元通りとは、あの医者の腕には恐れ入る。
彼は病院のベットで目覚めると、ぐっと伸びをする。
今日は外出許可を取りつけたため、アイテムの絹旗、雑用の浜面が見舞いに来るプラス一週間でため込んだ入院グッズの入れ替えを手伝ってくれる手筈になっている。
今日と明日は外出の許可が出ている、要するにこの二日間だけは自宅療養してもOK……絶対安静は必須だが期間限定で退院したとほぼ同義である。
まぁ今となっては病み上がりの七惟を叩き起こすような暗部組織も根こそぎ壊滅したため、重い体に鞭を撃ち働くことなんてことはない、大人しく療養することにしている。
そういえば上条に入院したとの一報を入れた時は血相を変え喚めきながらインデックスと共に押し掛けてきたのをよく覚えている。
あの男に心配され初めては自分もいよいよ終わりか……。
看護師が運んできた朝食を済ませ、さてベットから立ち上がろうと身体を動かした。
「おーす、七惟元気か」
「超七惟起きてますかー?」
噂の二人がやってきた。
流石に滝壺は一緒にいないらしい、まぁどう考えても自分より彼女のほうが重傷だった。
滝壺は体昌という薬物を使って能力を使用していたらしく、その身体は薬物に犯されて精神も肉体も崩壊する直前だったという。
身体に蓄積された毒は、七惟のようにすぐに治るものではなくて、あの医者ですら苦戦しているらしい。
それはミサカ達が持つホルモンバランスの問題にもよく似ていて、身体の構造そのものに関する病気は流石にそう簡単ではないのだ。
七惟としても一日でも早く会いに行って容態を確認したかったのだが……今は昏睡状態でとてもじゃないが彼女の病室に入ることは出来ないのだ。
目覚めたらすぐにでも会ったほうがいい、話さなければいけないことが山ほどあるのだから。
「七惟、七惟。今日は超出かけるんですよね?」
「その付き添いで俺達は来たんだから、当たり前だぞ絹旗」
「む、浜面に超指摘されるとは……さっさと滝壺さんのところに行って鼻の下超伸ばしておいてくださいよ」
「うっさい!」
……当の本人そっちのけで会話を進めるなと言いたい。
あの事件以来、どうやら浜面は滝壺のことが気になっているらしい。
絹旗伝えで聴いたので定かではないが、どうやら垣根に襲われた際に滝壺が身体を張って浜面を助けたそうだ。
無能力者である自分なんてゴミ程度の価値しかないと思っていた浜面にとって、大能力者である滝壺が自分を助けるなんて衝撃的な出来ごと。
そこかららしい、惚れ始めたのは。
まぁ、滝壺と浜面の組み合わせならば結構お似合いではないか?
滝壺がボケ役、浜面が突っ込み役で上手い具合にピースの凸凹がはまりそうだ。
「ったく……お前ら喋るだけだったら病院じゃなくて外でしろ。他の患者のことちったぁ考えとけ」
気だる気に七惟は身体をベッドから下ろして、着替え始める。
右腕を伸ばす時にやはりまだ違和感がある、接着剤で何かをくっつけて、今にも外れそうなあの感覚だ。
はっきり言って、気持ち悪い以外の何者でもない。
大げさに包帯を巻いているため、右腕を見た絹旗と浜面の表情も変わる。
「大丈夫なのかそれ……見るからに大けがだぞ」
「心配すんな。生きてるんだから問題ねぇよ」
ただ、右肩から手首にかけてまでの包帯が取られることは当分先……かなり長いスパンが必要らしい。
義手で神経接合するのはいいものの、皮膚が拒絶反応を起こして炎症してしまうので、見るもグロテスクな素材で義手は覆われている。
そこから徐々に皮膚と皮膚を結合し、全てを終えるのには気が遠くなるような時間を医者に言われた。
まぁ、包帯を巻いているだけで日常生活に支障はない。
むしろプロトタイプの義手でよくここまで出来たものだと感心する。
「七惟、今日の予定はどんな感じですか?」
「とりあえず一度家帰って必要なモンを持ってくる。あとはまぁ……お隣さんにご挨拶ってところか?」
「何だか七惟が超社交的で七惟じゃないみたいです」
「……ほっとけ小学生」
「やっぱり超七惟でした」
絹旗が言う通り、あの暗部抗争事件からだいぶ自分は変わった。
今こうやって絹旗や浜面と一緒に喋っているだけで、心の何処かが安らぎ癒されている。
そんなのは前の自分ならば絶対に有り得ないことだっただろうし、考えもしなかった、最も自分から遠い存在だと思っていたのに。
絹旗と浜面、二人に対する考え方が大きく変わった。
こないだまでは浜面は仕方なしに組んでいる同盟先の雑用、絹旗は腐れ縁で放っておけない奴、それくらいの考えだった。
しかし暗部抗争の日を終えて二人は七惟にとって一緒に闘い背中を預けることが出来る『仲間』……いや、そんな血なまぐさい繋がりではなくて、一般論で言う大切な友人だ。
しかも唯の友人ではない、彼にとっては代えの効かない唯一無二の存在になったように思える。
「それを言うなら絹旗だってお前らしくないことばっかだったじゃねぇか。あの日も七惟七惟って―――――」
「超うるさいです浜面!」
「ごふぉ……」
何かを言いかけた浜面に、容赦ない絹旗の右ストレートが入る。
「全く、これだから浜面は超キモいんですよ。近くに寄らないでください。私と七惟が穢れます」
「んだとぉ……このクソ餓鬼ビッチめ!そんな短いスカート穿いて少しは節度ってもんを」
「ふふん、残念ながら私はビッチじゃありません。そこらへんのビッチとは超違うんですよ、主にこの角度が!」
そう言って絹旗はミニスカートの丈を持ち、すっと持ち上げる。
浜面は絹旗の行動に目を見張り、驚きの表情を浮かべるものの数秒後にはしっかりとその場所へと視線が釘付けだ。
「どうしたんです浜面?ビッチのスカートを食い入るように見つめて。ビッチになんて興味がなかったんじゃないんですか?所詮浜面は超性欲を持て余す原始人なんですね」
「ひ、卑怯だぞ!そのやり方は!」
「ふふん、何が卑怯なんですか浜面。所詮浜面は滝壺さんのパンツよりも私のミニスカートの中にある秘宝が超見たいんでしょう?」
「馬鹿言え!誰が中学生のお子ちゃまパンツ何かにー!」
「ほう、まだ刃向いますか超浜面。よろしい、ならば自分の底なしの性欲に超絶望しておけばいいんです!」
再び絹旗がスカートの丈に手をかける。
「ほら、超ぴろ~ん」
「ふんむ!?」
が、やはり浜面は自分に素直な生き物。
その視線はスカートへと釘付けだ。
まぁ……絹旗も見た目は可愛い女の子なのだから、そういう気分になることも分からないでもない。
ただ、中身を知っていれば絶対にそういう気分にはならないはずなのだが。
潮時か。
「おいアホ二人。さっさと行くぞ。お前らが痴話喧嘩してる間に着替え終わった」
*
病院を出た三人は七惟のいるアパートへと向かって外へと出たが、浜面は第23学区にある七惟のバイクを取りに別行動を取った。
何故バイクが23学区にあるかというと、一方通行との戦場に駆けつけた際彼はバイクで霧が丘から23学区に移動したからだ。
故に今は七惟と絹旗の二人だけで歩いている。
10月も半ばに差し掛かり、皆衣替えを行いすっかり冬への準備が始まっている。
街の中の風景も大きく変わった、僅か数日で別の世界へとその姿を変えたかのように、学園都市の一日一日の時間の流れはとてつもなく速い。
数カ月この街から離れていたのならば、適応能力もほとんと失ってしまうのではないだろうか。
一緒に歩いている絹旗とも、1カ月前はこんなふうに一緒に歩いているなんて考えもしなかったのだから、今の自分では有り得ないと思っている未来も、この学園都市では創造し得る。
ただ自分の予想と同じような結末を迎えたモノもあった。
それは……あの女のこと。
「お前、今は何してるんだ?」
あの女のことを思い出すと、やはり連想されるのは地下組織アイテム。
アイテムの構成員だった絹旗は、いったいどう思っているのか。
「何を……と言うと?」
「臨時の仕事のことだ。もう止めて浜面や滝壺みたいに綺麗に足洗ったのか?」
「……まさか。私はあの二人と違って、超どっぷり浸かってた身ですよ?そう簡単にそのしがらみから解放される訳ないじゃないですか」
「……そうか」
「ただ、勇気がないってだけなのかもしれませんけどね」
絹旗は現在麦野指示を出していた電話の女と直接やりとりを行い、食い扶持に困ったときはそこから仕事を受注し食いつないでいるらしい。
それに対して七惟は今や完全に暗部組織から離れてしまった。
前所属のカリーグ、親玉であったメンバーは自分以外は壊滅してしまったし、自分は第四位に殺されてしまったと此処数日では考えられていたのだから。
気がつけば携帯の暗部リストの連絡先には音信不通だ、そして借金の取り立て役を行っていた連中とも連絡がつかない。
七惟が負っていた一人のサラリーマンが一生に稼ぐ程の額の借金はメンバーが肩代わりしていたと聴いていたが、この音沙汰なしの具合を考えるとぐるであった、と考えるのが妥当だろう。
暗部と一切合財切り離された生活、何だか新鮮だ。
むしろ、夏休みまではこれが普通だったのだ。
9月30日にアイテムに入ってからが異常だったのかもしれない。
「今は超腹立ちますが心理定規と一緒に仕事をしています。あの野郎、超時間にルーズなんですよ。昨日も集合時間に間に合わなくて、そのしりぬぐいを私がするとかいう超納得いかない展開になりましたから」
「心理定規、か」
「まぁフリ―になった者同士、臨時でやってるだけですからね。あんなのとはコンビを組む前に超解散です」
心理定規。
七惟を病院まで運んでくれた少女だ。
確か所属していたスクールは、垣根の失踪により消滅した。
七惟が麦野に破れた後、垣根と一方通行による学園都市最強を決める闘いが行われた。
結果は垣根は善戦したが、最後の最後で一方通行により打ち倒された。
最後は一方通行の衝撃波にやられたらしいが、吹き飛んだ垣根の姿を見た者はいないし、死体も上がっていない。
学園都市の外でまだあの男は生きている、そう考えるのが妥当だろう。
「一方通行……」
「七惟?」
「いや」
あの男、やはり死んでいないか。
あれだけの抗争があったのだから、最後に垣根に殺されたかもしれないと思ったが…………。
とにかく今はアイツのことを考えても意味がない。
思い出しても……怒りの衝動が湧きあがってくるだけで、自分には何ももたらしはしない。
片手を失った状態になったとしても、自分を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじったあの男の存在は心の奥底で間違いなくひっかかっている。
まるで文鎮のようにずどんと重く腹の底に落ちたその鉛の感情の処理の仕方を七惟は知らない。
一方通行の名前を口にした七惟を、絹旗は難しそうな表情で見つめている。
「七惟。やっぱり第1位をまだ気にかけてるんですか」
「……あんな野郎のことなんざ、考えるだけ無駄だから割り切るけどな」
「……じゃあ、麦野のことは?」
麦野。
その名前が彼女の口から出たことは、意外だった。
この話はおそらく旧アイテム間じゃタブーとなっている話題のはずだ、七惟も浜面から麦野は『俺が倒した』という話を聴いてから、なるべくあの女の話は遠ざけている。
いや、もう無意識レベルで考えていない。
「……言っても、意味ねぇだろ」
麦野は浜面によって倒された。
倒されたと言えば聞こえはいいかもしれない、ならばこう言いかえればどうか。
殺されたと。
麦野は滝壺を殺そうとした、殺してでも自分の欲望を叶えようとした。
そして、自分の思い通りにならない者も殺そうとした。
自分とフレンダ。
フレンダはあれから行方不明だ、腕が消し飛んでしまったため、もしかしたら出血多量であの後死んでしまったのかもしれない。
そして麦野は自分に忠実に生きた結果、逆に殺されてしまった。
ただそれだけのことだ。
もうアイツは死んでいる、考えてもどうしようもない。
「ただ……」
言えることがあるとすれば、これくらいだろう。
「七惟理無と麦野沈利はもう出会わないほうがいい、それだけだ」
七惟理無と麦野沈利が再び話すことはない、ないほうがいい。
そう思った。
「そうですか」
七惟の答に対する絹旗の返答は、至ってシンプルだった。
本当はもともと答なんて求めていなかったのかもしれない。
ただ、何となく訊いてみただけなのだろう。
話すことで、二人の間につっかえていた空気も晴れるような気がした。
「そのほうが、いいのかもしれませんね」
絹旗は空を見上げた。
七惟もつられて青い空を見上げる。
雲一つない晴天の空だ、そう言えば10月9日も祝日に相応しい青空だった。
その青空が、多くの人々の血で赤く染め上げられたことを自分は一生忘れないだろう。
失ったモノも、その手から零れ落ちたモノもたくさんあった。
だが、得たモノもある、届いた『声』がある。
無いモノを後悔するよりも、手にしたそれらを大切にしていくべきだ。
後悔も、懺悔も、立ち止まった時だけでいい。
今はただ、歩き続けたい。
「絹旗」
「なんですか?」
「見舞いに来てくれて、ありがとうな」
「……やっぱり、超七惟らしくないですよ」
こいつらと一緒に。
考えるのは、歩けなくなった時だけだ。