とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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天草式の客人-ⅲ

 

 

 

 

 

「さて……昼時だしな、何か食ってくか?」

 

 

 

上条との関係の進展も、襲ってくる右席のことも、訊かなければならない。

 

時刻は11時30分、積もる話もあることだし、食事でも二人で取るかと考えた七惟だったが。

 

 

 

「ほえ?」

 

「……ほえ?」

 

 

 

五和の気の抜けた声に肩透かしを食らった。

 

 

 

「え、え、ええっと、な、ななんんでもありません!今のはなかったことにしてください!」

 

「……上条の前でもそんなんなのか?」

 

「こ、この場面であの人の名前を出さないでください!」

 

「ったく。出るぞ」

 

 

 

七惟は立ちあがり財布と携帯をポケットに突っ込むが、一向に五和は動かずこちらをじっと見つめている。

 

何か変なモノでもついているのだろうか。

 

 

 

「どうした?」

 

「い、いえ……。七惟さんが、そうやって食事に誰かを誘う人には見えませんでしたから、その……。お、驚いているんですよ」

 

「そうか?」

 

「は、はい。まぁ、そういう訳の分からない所を含めて七惟さんだなって思ったり……するんですけど、それに……」

 

 

 

そこでボン、と音がするかのように一瞬五和の顔が紅潮し目を大きくした。

 

そして五和は喉まで上がっていた声を抑え込んだように首を振り、立ち上がった。

 

 

 

「い、行きましょう七惟さん。い、いい、い、一緒に食事を取るのも、悪くないです!」

 

「……まぁそうだろ」

 

「は、はい!」

 

 

 

何だか、五和らしいような五和らしくないような。

 

彼女の態度の異変に気付いたのは、この時だった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟の寮から歩いて数分、学生食堂と同じ位置付けのようなファミレスへと二人はやってきた。

 

第七学区は貧乏学生から裕福学生が集まる学校区、そのためファミレスも二極化しており、二人がやってきたのは割かし庶民的なほうだった。

 

理由と言えば特にない、ただ五和が『こっちのほうを食べてみたいです』と言ったからだ。

 

この時も五和は、七惟が彼女にどちらで食べるかと尋ねた時に『七惟さんじゃないみたいです』と驚いていた。

 

それこそ余計なお世話である、もう自分の変化についてあーだこーだ言われるのは絹旗や暗部組織の連中だけで十分だ。

 

七惟は病み上がりも相まって余り食欲はなく、ファミレスの定番であるフライドポテトをかじっている。

 

対する五和はどうやら食品添加物がとてつもなく気になるらしく、至ってノーマルなパスタを食べていた。

 

来る途中に、五和が料理を作りましょうかという提案もしてきたが、そういうのは好きな男にとっておくべきものだろうと七惟は判断しやんわりと断った……訳が無かった。

 

ストレートに、『俺のためじゃなくて上条のために作ってやれ』と言ったら、彼女は当然真っ赤になり黙りこんだ。

 

その後は定番の、『七惟さんは相変わらずです』と言っていたが、『七惟さんにも食べて貰いたかった』との一言を彼の優れた五感は聴きとっていた。

 

自分のために、と言ってくれるのは嬉しいがやはりそれは上条のために作るべきだ。

 

そっちのほうが、準備してきた食材も喜ぶだろう。

 

 

 

「アックアは神の右席の後方です。それ以外の経歴は全て不明で、大英図書館にも何の資料もありませんでした」

 

 

パスタを粗方食べ終わった五和は口周りを拭き、襲ってくる敵について説明する。

 

 

 

「ですが宣戦布告を行った際に、同じ右席である左方のテッラの遺体が送られてきました」

 

「……へぇ」

 

「左方のテッラの実力は直に戦った私も良く分かりますが、あれだけの力を持った人を綺麗に上半身と下半身に切断するとなると……かなりの力を持っています」

 

「仲間割れでもやったのか?」

 

「その可能性は否めませんが……もはや不要、と切り捨てられたのかもしれません」

 

 

 

今回襲ってくる神の右席は後方。

 

前方、台座、左方と来て次は後方か。

 

あといったい神の右席とやらは何人いるのやら。

 

後方の次は天井の右席とかでも出てくるのか?

 

 

 

「戦闘能力自体も一切不明なのか?」

 

「残念ながら……。何処にも彼が戦った経歴が残っていません、言いかえれば」

 

「戦って生き残った奴なんざいねぇってことか」

 

「それと、アックアは『聖人』なんです。それだけでもかなりの戦闘力を保有するのに、それに加えて『神の右席』の力が加わったらどうなるか検討もつきません」

 

「……そりゃあまたとんでもねぇのがおいでなすったな」

 

 

 

後方のアックア。

 

いったいどれ程の実力の持ち主なのか。

 

少なくともあの神裂と呼ばれた女と同等以上の力……いやそれ以上を持っていると思って間違いないだろう。

 

もし自分とアックアが激突するとなれば、との考えに至りはっとする。

 

五和は今回の件、七惟理無は後方のアックアのターゲットになっていないと言っていた。

 

ターゲットは上条当麻、更に詳しく言えばその右腕。

 

七惟が狙われているとの情報は全く得られていないし、果たし状にも自分の名前を連想させるようなものは一切なかったという。

 

だから五和は七惟は今回は安全だと言っている。

 

まぁ捻くれた言い方をすれば今回は無関係だから、無駄に突っ込んで怪我をしないでくださいと遠まわしに言っているのかもしれない。

 

そう思えば思うほど、実際のところはどう考えているのか気になってくるわけで。

 

 

 

「五和」

 

「なんでしょう?」

 

「お前は今回、俺にどうして欲しいんだ?」

 

 

 

訊いてみることにするか。

 

 

 

「え、えっと……それはどういう意味ですか?」

 

「俺を戦力としてカウントしてるのかってことだ」

 

 

 

神の右席と戦うことになれば、当然台座のルムのようなエッケザックスクラスの意味不明な武器を持ちだしてくるだろうし、奇想天外な力を振り回してくるに決まっている。

 

さらにそこに聖人の力が加わるとなると、いったいどうなるのか七惟にだって予想出来ない。

 

そんな化物と戦うというのならば事前に心の準備だって必要なのだ。

 

 

 

「その点に関しては大丈夫ですよ。今回は七惟さんを危険に晒すことはありません。上条さんの護衛は私達天草式が全面的に行いますし……わ、私も、あ、あの人と一緒に行動することになってますから」

 

「そうか」

 

 

 

やはり今回天草式は七惟を戦闘員として数えていないらしい。

 

あれだけのいざこざが天草式とはあったのだから、一緒にまた戦うことをあちら側が提案してくるはずがないだろう。

 

しかしそれを鑑みても七惟は、はいそうですかとは言えなかった。

 

 

 

「はン……お前らだけで満足に戦えんのか?俺もその護衛とやらに付き合うぞ」

 

「え、……えぇ!?」

 

「後方のなんたらがどれだけの力を持ってるか分からないんだろ、戦力は少しでも高いほうがいいんじゃねぇのか」

 

「で、でもそれだと」

 

「それにお前一人を、んな危険な場所に放り込むことなんざ出来るか」

 

「な、七惟……さん?」

 

 

 

何せ上条はもちろん、五和の命にだって関わってくる事柄なのだ。

 

正直なところ天草式の連中が死のうが食われようが八つ裂きにされようが知ったことではないが、五和だけは違う。

 

七惟にとっては誰とも代えがたい仲間であり、こうして彼女とすごす貴重な時間が近隣際無くなってしまうという危険性を放置出来る訳が無い。

 

 

 

「そ、その……つ、つつ、つまりそれは……私のことを心配してくれているってことですか?」

 

「当たり前だろ、それ以外に何かあるのか」

 

「……そ、そうですよね」

 

「……どうかしたのか?」

 

「い、いえ!ただ七惟さんらしくないなって思っただけですから!」

 

「言っとけ」

 

 

 

そんなことはもう聴き飽きたセリフだと吐き捨てようと思ったが、五和の調子が何だか普段と違うのでこちらも違和感を覚えてしまう。

 

普段だったら『何か悪いモノでも食べたんですか?』の一言くらい付け足してくるはずなのに、今日の五和はかなり大人しい。

 

 

 

「でも、もし七惟さんが参戦するとなると……他の天草式との連携が」

 

「知るか。どうせ奴らは俺をカウントしないで戦略を組み立てるだろ?問題ねぇよ」

 

「い、言われてみれば」

 

「俺は俺、単独で……って言っても、上条の近くに居ればいいんだろ、お前と一緒に行動する。あのクワガタ頭が仲間連中の心情を考えたら俺をそっちのユニットに加える訳ねぇからな」

 

 

 

それが一番効率が良いはずだ。

 

天草式の実力は七惟自身もよく把握している。

 

確かにあの聖人と呼ばれた女の戦闘力は脅威に値するが、それでもアックアと同じ台座のルムに匹敵するかと言われたら首を横に振るかもしれない。

 

実際はルムにあと一歩という点だけでもかなり凄いのだ、同じようにルムに敗れた七惟との戦闘力は雲泥の差がある。

 

半天使化しなければ七惟だって到底神裂に打ち勝てるとは思えないのだから。

 

後は教皇代理と呼ばれているフランベルジェを持った男が多少抜き出ているものの、他は小粒だ。

 

これだけの戦力でとてもじゃないが聖人と神の右席の力が合わさった男に太刀打ち出来るとは思えないのだ。

 

更に最悪なのが、今回あの神裂という女は参戦せずに現在の天草式のみの兵力で立ち向かうとこのこと。

 

やはり自分が参戦したほうが上条にも、五和にもプラスのメリットが生まれるはずだ。

 

少なくとも居ないよりはマシだし、学園都市の特性を掴んた戦闘ならば暗部を渡り歩いて地形も熟知している自分が役に立つ時があるだろう。

 

 

 

「分かりました、七惟さんの言う通りにやってみましょう。七惟さんのことだから断っても無理やりやるに決まってますし……」

 

「まぁな」

 

「それじゃあ、私は学校まで行ってあの人の様子を見てきます。七惟さんは?」

 

「俺は今日は自宅療養だからな、家に戻る」

 

「はい、じゃあ……」

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

「なんでしょう?」

 

 

 

七惟は五和から貰った槍が木っ端微塵に消し飛んでしまったことを思い出す。

 

あの槍はいつも分解して懐に忍ばせていただけに、ないと若干の違和感を感じるのだ。

 

言ってみれば何時もつけている腕時計がない、こんなところか。

 

 

 

「お前に貰った槍、こないだ壊されちまってな。まだスペアがあるんだったら使いてぇんだが」

 

「あ、あの槍ですか?」

 

「あぁ。普段身につけてるから、ないと落ち着かねぇんだ」

 

「そういうことなら……少し待ってて下さい」

 

 

 

五和はバックからバラバラに分解された槍の各部品を取りだすと、慣れた手際で接続部分同士をはめる。

 

前五和から貰った槍は暗部抗争の日によって本体は一方通行に、スペアパーツは垣根に、槍頭は麦野にそれぞれ破壊されてしまった。

 

しかし、それでも自分を絶望の中から奮い立たせてくれたのは五和が与えてくれた一本の槍なのだ。

 

台座のルムと戦った時、死の恐怖から自分を守ってくれたのも彼女の槍。

 

五和の槍は、自分の中では必需品だ。

 

数十秒して、五和は槍を組上げてそれを布に包み、七惟に手渡した。

 

 

 

「どうぞ。前と一緒で魔術的な要素は取り外しています、使い勝手が悪いと思ったらまた言ってください」

 

「分かった、ありがとな」

 

 

 

五和の手から七惟へとその宿主が渡り、身体が槍の重みを感じる。

 

それと同時に、身体の中の不安定な棒がしっかりと真っ直ぐ立った気がした。

 

お守りみたいなものかもしれない、あるとないとでは気持ちの持ちようが大きく違う……。

 

布に包まれた槍を感慨深げに見つめていた七惟が五和に視線を戻す。

 

 

 

「な、七惟さん?」

 

「んだよ」

 

「その……そんなに私の槍が気に入ってるんですか?」

 

「そうだな……お守り見たいなモンだ」

 

 

 

 

 

 


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