とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
七惟と別れた五和は、一人上条の通う第七学区の学校へと向かっていた。
彼女が学園都市にやってきたのはローマ正教から敵対勢力として見なされた『上条当麻』の護衛をするためだ。
少し前から、厳密に言えばアビニョンで左方のテッラを倒した後から天草式は学園都市という街を知るために度々足を運んで来ていた。
その際にこの都市の仕組みから立地条件、特徴、人物などを調べ上げ、歩いていても全く周囲から浮き出てしまわない程度に溶け込んでしまっている。
本来ならば学園都市に天草式のような魔術団体がいるのはおかしいことなのだが、彼らはあたかも自分達は始めからこの都市の住人でしたと言わんばかりの表情だ。
その魔術団体の一員である五和は、教皇代理から上条のすぐそばで護衛するという一番重要な任務を任されている。
憧れを抱く少年と一緒に行動出来る、という話に飛びつかない五和ではない、すぐさまその提案に乗った。
天草式は普段はロンドンで行動をしているため、このように日本に長期間滞在することは稀で、このチャンスを逃せば次は何時あの人の傍に居られるかわからない。
ライバルはたくさんいる、彼女が尊敬している天草式のプリエステス、神裂火織。
そして元ローマ正教のシスターであるオルソラ・アクィナス、シスター・アニェーゼ、イギリス清教所属動く(別名暴飲暴食)大図書館インデックス。
仲間である七惟から聴きだした情報では学園都市最強の電撃使いである少女に、クラスメートの三分の一の女子などなど……。
ライバルは山ほどいるのだ、遠距離片思いとなってしまっている自分としては何としても此処で一つのきっかけを作って、あの人の気持ちをこちらに向けさせたい。
だから今日はあの人の家で家事スキルを発揮して、女らしいところを見せて、美味しい料理も食べて貰うことで、少しでも注意を向けさせてみせる。
イタリアで七惟ともめにもめたプレゼント大作戦では見事に失敗し、数日後の電話では自分が送ったピアスはアパートの大家さんが買っている猫につけられているとのことだった。
どうやらあの人は自分に猫の話をした際に、思いのほか食い付きがよく、猫のために月のピアスを送ってくれたのだと勘違いしたらしい。
電話越しで七惟に笑われたのを今でもよく覚えている、このままでは引き下がれないしこれ以上七惟に馬鹿にされるのもすっきりしない。
「七惟さん、かぁ……」
七惟の笑い声を思いだしている内に、ふと彼のことが気になり名前を口にした。
今朝寮で出会った時、七惟は五和の知る七惟のようで、少し違った。
普段の彼ならば、自分から昼ごはんを一緒に食べようなんて絶対に言わなかったはずだ、そこまで彼の頭が回転するわけがない。
だがそれを提案し、自分が準備しようかと思ったら上条のために作ってやれなど言いだす始末。
今までほぼ自分本位の考え方と、当事者のみのことしか考えられなかった彼が第三者のことを思いやって発言するなんて。
らしくない、無さすぎます。
この言葉こんなにもしっくりくることがあるなんて考えたことも無かった。
七惟とプリエステスが刃を交わした後、彼の看病をしている時にらしくない言葉を聴いたことはあるが、あれは本人の精神が弱り切ってしまっていたためだと思った。
でも今は至ってメンタル面は健康に見えた、特に心の障害などないだろう。
右腕はとんでもないことになっていて心身共に健康ということではなさそうだったが。
あの時自分を気遣うようなことを言った七惟に、弱音を吐くなんて『七惟さんらしくない』と言って彼を奮い立たせていたが、今回はそれと違う。
……そう言えばあの右腕の怪我は確か数週間前に負ったと言っていた。
七惟の右腕は、言い方は悪いがそこらへんに居る学園都市の学生が持つ右腕とは次元が違う。
言ってみれば上条当麻が持つ右腕と同等レベルの魔術的価値を持つ、この世界にまたとない性質を持つ腕なのだ。
その力は、『あらゆる盾を貫く』術式が組み込まれているエッケザックスを粉砕し、神の右席で後方のアックアと同じ実力を持つと言われていた『台座のルム』を一撃で吹き飛ばす。
聖人神裂火織の唯閃を受け止め、その腸を貫き、爆発的な破壊力を生み出した。
右肩からはオレンジ色の光を発し、雷光のような翼を生やし聖人に負けず劣らずの身体能力を生み出す力すら持つ。
上条当麻の右腕もあれはあれで意味不明だが、七惟の腕もそれと同等レベルの奇想天外な現象を生み出すのだ。
あの右腕は、当たり前を破壊するには十分過ぎる力を持つ。
それ程まで強大な力を所有する七惟理無が、力の象徴であった右腕を失う程の強敵とぶつかったのが10日前。
確か10日前は学園都市の祝日で、表向きの報道では学園都市統括理事会のやり方に反対する集団がデモを行ったとのことだったが、五和達はそんな報道を信じてはいない。
あの日は暗部組織が覇権を握るために抗争を起こしていたと、裏の情報で分かっている。
確か七惟の所属する暗部組織もその争いに参加し、鎮圧の側に回っていたのだろう。
その際に学園都市が誇る最強クラスの超能力者とぶつかって、右腕を失った。
学園都市には異次元の実力を誇るあの七惟ですら倒してしまう怪物がいるのかと身も震えた。
七惟は右腕一本丸ごと義手にしてしまう程の重傷を負った、そして次に会った時は別人とまでは言わないが、彼を形成する要素が大きく変わっていたのは分かる。
闘いの最中で、彼は何かを見いだしたのだろうか、彼の何かを変える程の出来事が、出会いがあったのだろうか?
それこそ、彼の纏う雰囲気や仕草、価値観そのものを変えるような……大きなことが。
「今は、気にしてもしょうがないですよね」
確かに七惟の変化は仲間である自分にとっては重要なことだが、それよりも憧れを抱くあの人の命が危ないのだ。
七惟の変化は接している五和からすれば非常に良いものだと感じたのだから、そんな感傷に浸るのは後でいいはずだ。
それにこのチャンスを逃すわけにはいかない、マンツーマンで彼と一緒に居られることなんて滅多にないことなのだから。
まぁ、完全なマンツーマンではなくいつも一緒に居るインデックスは自然とついて来ることになってしまう。
そう言えば……先ほど協力する半ば無理やりに意見を押し付けた七惟とも……。
どれくらいかは分からないが、彼らと衣食住を共にする。
五和の頭に上条当麻と一緒に生活を共にするビジョンが浮かび上がった。
まずは……今から彼の様子を学校に見に行って、放課後は一緒に帰って、きっと疲れてるだろうから夕飯も作ってあげて……。
そこで『料理上手だな』、などと言われたら最高だ、一気に彼との距離を縮めることが出来る。
確か彼は同居しているインデックスが暴飲暴食だからまともに自分の分の食事は取れていない筈、そこに自分が美味しい料理をふるまえば……。
「あ……でも、一緒に七惟さんもいるんでした」
七惟も一緒に上条を護衛するとなると、4人分の量を用意することになるのか。
きっと横でちょっかい出しつつも、七惟のことだから美味しいと言ってくれるのだろう。
それにずっとあの人の近くに居て緊張しっぱなしだといいことはない、時々七惟のような人にほぐしてもらわないと……。
ほぐしてもらう以前に余計なことを言われたりされたりしたら元も子もないのだが。
でも、そうやって七惟と言い合ったりご飯を一緒に取るのは、自分にとってはとても楽しいことなのだ。
我慢せずに、気遣わずに喋れる相手というのは貴重だ。
人間というものは、どれだけ親しくなってもやはり自分の本音は隠してしまうもの。
それは親しい相手と確執が生まれるのを避けるために、本能が自然と働いているためで、親しくなれば親しくなるほどその力は強くなる。
だが七惟とは既に腹の内を語りあった中なので、どれだけ悪口雑言の限りを尽くそうが『それが彼(彼女)だ』という結論にもっていけるので、二人の仲が引き裂かれる要因には成りえない。
着飾らずに喋れるのは楽しくて、一緒に居て気持ちも楽になる。
特に異性でそのような仲になったのは七惟が初めてだったため、その反動なのかもしれない。
七惟と一緒に居るのは楽しい、嬉しい、心が弾む。
上条と一緒に居るのは憧れの人の傍に居られるということで幸せを感じるが、七惟と一緒に居ること味わえるモノは味わえない。
対して七惟と一緒に居ても上条と一緒に居て得られるモノは得られない。
今思えばイタリアで初めて上条に料理を振る舞った時も当時は腹立たしいことに七惟も同席していた。
あの時はちゃぶ台を皆で囲んでおしぼりを配っていたが、おしぼり一つ渡すだけであれだけ疲弊する経験なんて七惟だけだ。
どれだけ当時の自分は彼を嫌っていたのだろう、彼も確か物凄く嫌な顔をしていただろうし、自分もそうだけれどきっと料理の味なんて無味無臭に思えたのじゃないだろうか。
今度こそ手作りの料理をちゃんと食べて貰って、彼にもいいところを見せて最近馬鹿にされてばかりだったから少しは見直して貰わないと。
こんなことを思い出すと今とのギャップが余りに激し過ぎて、当時と今の七惟の顔を思い浮かべると思わずくすりと笑ってしまう。
そこまで考えて、五和は足を止めた。
「……あれ?」
本当のところ、自分はどっちを望んでいるのだろう?
あの人は憧れの人だ、かっこいいし強いし、皆を助けてくれる心優しいヒーローで、決して挫けないその心は皆を惹きつける。
自分にとっても周りの人達とはもちろん違って見えて、あの人の隣を手を繋いで歩けたらどれだけ幸せなのだろうかといつも思っていた。
対して七惟は?
七惟と一緒に居るのは楽しい、あれだけ自分を出して喋ることが出来る人は他には両親しかいない。
上条と比べると性格は悪いし自分勝手、不躾極まりない態度で接してくる。
でも、自分を助けてくれた、自分の気持ちを大事にしてくれた、どんな愚痴だって聞いてくれる。
横暴な態度とは裏腹に、誰かを思いやっているその姿勢は、再会してから強く感じるようになった。
上条と比べれば絶対に魅力は劣る。
上条当麻と七惟理無どちらを好きな人に選びますか?との問いを100人に訊いて99人は上条当麻と応えるだろう。
ならば、最後の一人は?
もし最後の一人が自分だったなら……。
『七惟さんも、良い人です』と答えるんじゃないか?
自分だけは、上条当麻にすんなりとその票を入れたりはしないんじゃないか?
憧れているのに、あれだけ一緒に居ると考えただけでドキドキするのに。
七惟と一緒に居たいと、喋りたいと望んでしまう自分が心の何処かにいるのは明らかで。
自分で、自分の気持ちが掴めない。
秋晴れの空の中、見えない薄雲を掴むかのようにふわふわしたこの気持ちはいったい何なんだろう……?