とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
時刻は夕刻、太陽は沈み始め住居から夕飯の支度を始めたかと思われる良い匂いが漂い始める。
こんなご時世でも学生にとって自炊は家計を守るための大切な要素、一度怠れば上条当麻のような貧乏学生は大きな問題へと繋がってしまう。
そして隣人上条当麻と同じ要素に当てはまる人間がまた一人、全距離操作七惟理無である。
彼はその両肩にサラリーマンが一生に稼ぐ金の半分程の借金を背負っていた、過去形である。
しかし借金の取り立てが無くなったとはいえ、家賃や光熱費等を滞納していたこともありまだまだ家計は火の車状態、此処最近は上条と張り合う程の貧民生活を送っている。
ちなみに節約生活がどれ程のものかと言うと、部屋の電気はリビングのみで他は夜でも一切付けないと言う徹底ぶり。
テレビも当然つけないし、娯楽はパソコンのみという何処か引きこもり的な印象を与えてしまう。
彼唯一の趣味であるバイクにかける金もかなり減らした、前はオイル交換なども行きつけの店にお願いしていたが、今では自分でやっている。
そんな貧民七惟は現在愛車のメンテしていた。
駐車場から上階を見上げれば、上条の家には明かりが灯り排気口から煙が立ち上り始めた。
現在上条宅には上条とインデックスの二人ではなく、五和が居る。
上条の身辺警備を命じられている五和は衣食住を上条と一緒にすることになり、泊まり込みでその任務に当たる。
おそらく今頃五和の料理を待ちに待っている上条とインデックスが胸を躍らせていることだろう、羨ましくないと言えば嘘だ。
だが自分がその輪の中に入ることはまずあるまい、五和のことを考えるとやはり邪魔者は少ない方がいいだろう。
彼女の恋愛を応援する気は特にないが、邪魔をする気はもっとない。
ならばいらぬ横やりは入れずに、放っておくのが一番良い。
上条を狙う女はインデックスを始めクラス三分の一の女子、オリジナルこと御坂美琴、そして美琴のクローンである妹達約1万人。
更に魔術サイドのオルソラ・アクィナス、ローマ正教のアニェーゼと数えきれない程だ。
よくもまぁ此処までたくさんのフラグを立てた、もとい好意を寄せられているなと感心を通り越して呆れるレベルだが、上条争奪戦はいったい誰が優勝するのか想像もつかない。
そんな競争率1万倍を超える男に五和も想いを寄せており、日々上条の注意を引こうと努力している。
今回は任務の中に上条と一緒にいることが盛り込まれているため、五和にとってもやりやすいはずだ。
フランスのアビニョンという場所で上条と共に左方のテッラを倒した時も行動を共にしたらしいが、今回は戦場のような非リアルな時間帯ではなく、私生活にそのまま関わることが出来るまたとないチャンス。
此処で何かしらのアクションを起こさないと、きっとあのビリビリ中学生あたりに勝る印象は与えられないだろう。
一応上条の護衛という任務を受けているわけだから、あまりそっちに気を取られて欲しくないのだが。
「神の右席の後方か」
七惟はナットを締め、チェーンの緩みを確認する。
チェーンの緩みは何時も右手で確認するのだが、右腕が義手となってしまった今では、些細な違いを読みとることにまだ慣れていないため左で行う。
義手となった右腕、生身の掌を見つめながら七惟は敵の名前を呟く。
どんな力を持っているのか全く分からない、要するにルムや神裂戦と同様だ。
これで魔術関連の敵と戦うのは何度目だろう、始まりは神奈川の教会で天草式とやりあった時だと思う。
天草式と戦った時は彼らの能力は分からなかったが、それでも明確な実力差があったため特に問題はなかった。
だが前者の二人はまるきり違う、特にルムに関しては完全に死の一歩手前までいったことを今でも明確に覚えており、あの声を思い出すだけで手に汗が滲む。
そのルムと同じ神の右席が再び攻めてくる、そしておそらくは右席で最強クラスの力を持つはずだ。
少なくともルム以上の力はあるだろう、ルムの後から出てくるのだから。
だが七惟からすればルム以上の兵などまるで想像出来ない。
本気で自分を殺しにかかった垣根帝督と台座のルム、どちらが強いのかと言えばそれは分からないが、学園都市最強すら凌ぐその実力なんて分かる訳も無かった。
そんな強大な敵が攻めてくるというのならば、こんな風にチェーンに油を差している暇などないだろう。
すぐさま応戦する準備にかかれと、アンチスキルなどでは切羽詰まった声で命令される。
だが、それだけの敵相手に準備などしてどうなるというのだ?
実力は全くの未知数で、おそらく天草式と上条が全力で掛かっても一蹴されるのは目に見えている。
ならば、なるべく奇襲を防ぐために人通りの多い場所を転々としていたほうが余程利口だ。
やはり、対抗策よりも防衛策を練っていたほうがいい。
必要以上に身構えてもプラスになることなんて全くない、と七惟は結論付けてバイクにシートを被せた。
今日に限って七惟は自宅に泊る、今日明日だけ外出の許可を取り付けているからだが、それが幸いした。
まぁ、許可が下りなくてもこんなことになってしまえば泊るつもりだったが。
五和達も今日のところは外出する予定も無いらしいし、これだけ寮が立ち並ぶ学生の住居に現れる程敵も馬鹿ではないはずだ。
まぁ、ルムやヴェントのように学園都市そのものを潰すつもりで来られたらまた話は変わってくる。
そうなってしまえば逃げる際は都合が良い、前兆無しでの奇襲がこう言う時は一番怖いのだ。
工具を片付けて駐輪場の水道で手を洗い階段を上る、自分もそろそろ自炊して夕飯を食べる時間帯である。
とりあえずスーパーで買ってきた豆腐と生姜焼きで事を済ませようと決め、自宅のドアノブを握ろうとした時に異変に気付く。
「電気が……ついてる」
完全消灯した我が屋の電気が点灯している、これはいったいどういうことだ。
金銭的に追い詰められている自分が今こんな浅はかなミスを犯すとはとてもじゃないが考えられない、既に家賃及び各光熱費も滞納しているのだから。
まぁ、こんなことをしでかす人間は七惟の知っている中ではたった一人しかいないのだが。
「まさか……つうか、アイツしかいねぇよな」
七惟がため息交じりに鍵を開けると。
「あ、超七惟。お疲れ様です」
「やっぱお前かコラ」
案の定居たのは絹旗だった。
彼女は暖房をつけ、テレビをつけ、明かりを爛々と灯しゆったり寛いでいる。
家主は誰なんだ、家主は。
と問いたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。
「炊飯の良い匂いに誘われて超来ちゃいました、というのは超冗談です。その……流石に無いとは思いますが、急に病状が超悪化しちゃうかもしれないと考えたら、放っておけなくて」
「あのな、病院でも話しただろ……一日外泊出来るくらいには回復してんだよ、それに今日一緒に片づけしてたから俺がどんな状態なのか分かるだろ。少なくとも多少走ったり荷物運んだりくらいは大丈夫だぞ」
あ……という表情を浮かべた絹旗に呆れ、七惟は工具を定位置へと戻し手を洗い、料理に取りかかる。
早とちりする奴だが、こうやって心配してくれて家にやって来てくれるのは正直悪い気はしない。
絹旗は死にかけたあの日、自分を病院まで運んでくれたし色々と気にかけてくれて助かっている。
それに調度滝壺の容体も聞きたかったことだし、好都合だ。
「絹旗、お前飯食ったか」
「いいえ、超食べてないです」
「だろうな、生姜焼きで良かったら食うか?」
「え、七惟超御馳走してくれるんですか!?」
「やらなかったら備蓄してる食料食い荒らされそうだしな」
「そんな超失礼なことしないんで、超安心してください」
「てめぇが言うかてめぇが」
一カ月前に全ての食糧を消滅させた奴に言って欲しくない言葉ランキング1位、殿堂入りした言葉を直々に言われるとは。
気を取り直し調味料を戸棚から取り出す、とりあえず肉が一人分しかないから一人0.5人分と換算して……。
水道の蛇口を回した時に異変に気付いた。
そう、水が出ないのである。
……水道は最後まで待ってくれると期待していたせいか、支払いが最も遅れていた光熱費である。
入院していたことも相まって完全に支払いを済ますタイミングも失ってしまっていたし、水道局員の堪忍袋の緒が切れたらしい……。
絹旗に夕飯をおごると言った手前もの凄くこの事実を話にくい、というか水道を止められるなんて今までにない羞恥を感じておりそんなことを絹旗に伝えられる訳がない……。
世界がまるで反転したかのように目の前が真っ暗になる、嘘であって欲しい気持ちと幾ら捻ってもうんともすんとも言わない蛇口が彼を理想と現実の狭間で苦しめる。
「七惟さん、いらっしゃいますか?」
いったいどうればいいんだ、と途方に暮れていた七惟を現実に呼び戻したのは絹旗ではなく、上条の護衛をしている少女だった。
チャイムを鳴らさずにノックするあたり、流石科学に疎い魔術サイドだなと思いつつ返答する。
「あぁ、どうかしたか?」
「え、えっと。私達外出することになったんですけど、七惟さんも一緒に……?」
「外出だぁ……?」
外出……。
敵から狙われている今、外出というのは出来れば避けて通りたい道だ。
外出すれば四方向全てから狙われる、ルムに狙われるとすれば時間も含めた四次元から襲われる訳だから堪ったものではない。
だが、自分を呼び出したということは既に決定事項になっているはずだ、他の選択肢は既に切り捨てられた段階。
「七惟、超知り合いですか?」
「まぁな。五和、とりあえず俺も外に出る。」
七惟はドアノブを捻り外に出る、中には魔術に関して完全に無知な絹旗が居るため危険だ。
五和は数時間前に出会ったばかりだが、少し見ない間に疲れを溜めてしまったようにも見える。
憧れている上条と一緒に居るのだから気が張っているのだろう、何だか見ていてかわいそうだ。
同じ上条フラグ勢でもインデックスはいつも寛いでいて、しかも今回はおそらく夕食を五和に作らせた挙句このような感じなのだろう。
何だろうかこの格差社会は。
「す、すみません」
「今ちょっと客人が来てるんでな、わりぃが外だ」
「は、はい。その……上条さん達と第22学区に行くことなりました」
「22学区……地下市街地か」
「上条さんの家のお風呂が壊れてしまったので、銭湯に行くことになりました」
「風呂が?壊れた?」
いやいやどうやったら風呂が壊れるんだ?水漏れでもしたのか?
「はい、インデックスさんがその……無茶な使い方をして」
「アホだろあのシスター」
それならば俺の家の風呂を使え、と切り出す七惟だったが水が出ない七惟宅では風呂どころか炊事すら出来ないのである。
余計な仕事が増えてしまったが仕方がない、地下市街地ともなれば人も多いしそこまで危険度は高くはないはずだ。
まぁ流石に天草式の連中も五和と上条が移動を開始すればそれについていくだろうし、五和達が現れた初日にいきなり敵が攻撃を仕掛けてくるとも考えにくい。
まぁ危険度はそこまで高くないだろうと判断した七惟は彼女の提案に首を縦に振ることにした。
「んで?22学区まではどうやって行くんだ。この時間は22学区行の地下鉄はねーぞ」
「あ、そこは大丈夫です。天草式がこの都市で移動するように借りているレンタルバイクで移動します」
レンタルバイク?
いや待て、誰が運転するんだ。
確か上条は普通自動二輪免許どころか原付すらもっていないし、外国人であるインデックスが日本の免許を持っているなんて考えられない。
となれば残されるのは五和だが、比較的緩い属性に入る彼女がバイクを運転するなど。
「私中型二輪の免許を持っているので」
有り得る話だった。
「一人は私が運転するバイクに、もう一人は七惟さんのバイクに乗せて貰おうかという話になってしまったんですけど……いいですか?」
「仕方ないしな。問題ねぇよ、つうかお前バイク運転出来るのか?」
「乗り物はある程度こなしてますよ?こう見えても、七惟さんより持ってる免許は多いですからね」
「んだと……?」
五和が胸を張って答える。
確かに天草式十字正教は色々な場所で活動を行うため運転免許の種類は多岐に渡るだろうが、それをわざわざ自分に言って自慢するのかコイツは。
七惟のふてくされた態度で調子付いたのか五和は更にこんなことも言ってのけた。
「ふふ、バイクの免許も中型だけじゃなくて大型も取ってるんです。七惟さんは?」
「大型……!?」
五和が……大型バイク!?
自分ですらまだ中型の免許しか持っていないというのに、五和はその上のクラスのバイクを……。
そもそも日本国の規定では見た目自分と同年齢の五和が大型バイクの免許を取るなんて不可能だと思えるのだが……。
「あれ、上条さんの話では七惟さんは大のバイク好きで、右に出るモノは居ないと聞いたんですが……」
か、からかわれている。
何だかさっきから五和がいつもに増して強気だ、あまりに上条の前でしおらしくし過ぎてその発散を今しているのか。
此処まで言われておいて七惟も黙って居る訳がない、後方のなんたらなんざよりも今は大事なことがすぐそこにある。
「はン、言っておくがな、免許が全てじゃねぇぞ。操縦スキルならお前には負けねぇな」
「む、言ってくれますね。じゃあ競争します?」
「あぁ、ダンデムしてる奴の身の安全は保障し兼ねるけどな」
「望む所です、私は身の安全を確保して、更に七惟さんに勝ってみせますよ」
「この野郎……後悔すんじゃねぇぞ」
まさか五和もバイク好きだったとは意外だが、負ける訳にはいかない。
レンタルバイクでは同型を借りさせよう、日頃からメンテナンスしている愛車のほうが断然にコンディションが良く、如何に手入れをしているか思い知らせてやる。
「超七惟?」
完全に二人の世界に入っていた七惟と五和に、絹旗が声をかけた。
中々部屋に戻ってこない七惟が気になって様子を見に来たようだ、五和に絹旗を知られる分には問題ないが、絹旗に五和を知られてしまうのは不味い。
ひとまずバイクのことは置いといて、この場をやり過ごさなければ。
「絹旗か」
「……そちらの方は?」
「あぁ……まぁ、アレだ。バイク仲間だ」
五和と絹旗の視線がぶつかる、五和はやんわりとした表情だがそれに対して絹旗は訝しげそうに見つめている。
この展開はあまりよろしくない、おそらく絹旗は五和を暗部の人間だと思いこみ、何処の組織の人間か探っている。
「五和、とりあえず10分後に下の駐車場だ」
「あ、はい。上条さん達にも伝えておきます」
七惟の意図を感じ取ったのか五和も呼応し、すぐさま準備に取り掛かる。
もしかしたら絹旗は既に何か感づいているかもしれないが、全てがばれてしまうよりかはマシだと考えたほうがいい。
さて絹旗には今後のことをどう伝えようか、取り敢えず夕飯を奢ると言った手前何もしないのは余りに恥ずかしい、しかしもっと恥ずかしいのは水道が止められているという事実であるということを思い出す。
これを上手く隠しつつ絹旗には帰ってもらい……やはりワンコインくらい渡しておくか。
ぶっちゃけ夕飯代金に500円渡すというのはかなりアレなのだが、絹旗自身もアイテム時代と比べかなり金欠だし500円でも有り難がる、それに今の七惟はそんなことよりも水道代金未納がばれるほうがもっと恥ずかしかった。
あれこれ七惟が考えているうちに何事も無かったように二人は部屋に戻った……ように見えたが、絹旗がドアを閉め切ったところで一言。
「……七惟の彼女?」
「アホか」
どうやら何も分かっていなかったようで安心した。