とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
おそらく2か月連続で月3回更新するのは2013年以来です!
女性陣よりも早く上がった男性陣は、七惟は休憩室で扇風機にあたり、上条は自動販売機へとコーヒー牛乳を買いに行った。
七惟は扇風機に当たりながら懸案となっている神の右席について考えていたが、やがて女性陣も風呂から上がって合流した。
上条を迎えに自動販売機へと赴いた三人だったが、上条は既にそこはおらず遠目で外へとふらついているのが見えた。
不用心にも程がある、と呆れながらその背中を呼び止めようとした七惟だったが、五和が『私が行きますよ』と言ってきたので、言う通りにした。
そして七惟は温泉の入口の横に屋台のように出店していた『温泉卵』の試食コーナーに釘付けとなっているインデックスの元へと向かったのだが。
「インデックス、試食コーナーはお前の腹を満たすためにあるもんじゃねぇんだぞ、自覚しろ」
「だってだってだって!こんなに美味しいゆで卵を無料で食べられるんだよ!?当麻だったら絶対1日1個って言うんだもん!」
「てめぇシスターの癖に欲望ありまくりだな、ったく……」
「あ!?見てりむ!地続きになってるあの建物、今学園都市食べ物博覧会をやってるんだって!」
「……俺の話聞いてねぇな」
そう言って駆けて行くインデックスを引き留める力は七惟には当然無く、だらりと身体を垂らしてその後を追う。
まぁ、インデックスが居ないことによって五和が上条にアプローチするには絶好の機会だし、少しの間インデックスに付き合ってやるか。
自分がいないほうが、きっと仲も進展することだろう。
博覧会会場にやってきた七惟とインデックスだったが、インデックスは早速展示会に参加している料理人達を困らせていた。
それはそうだ、数十人用に作っていた試食コーナーがたった一人の人間によって平らげてしまわれては、自分の目を疑いたくなる。
「んまー!ねぇおじさん、もうないの!?」
「ご、ごめんねお嬢さん。これは一応キミ以外の人のためにも作ってあるものだから無制限って訳には……」
もう時刻も23時に迫ろうとしているのにこんな遅い時間まで営業しているのはおそらく娯楽施設内でイベントを行っているからだろう。
この施設の営業時間は24時、そしてこのイベントは23時までが開催時間だ。
苦笑いで対応する料理人を見て、流石に限界だと感じた七惟はインデックスの首根っこをひっつかみ食料から彼女を遠ざける。
その際インデックスはこの世の終わりのような表情を七惟に向けて瞳をうるうるさせていたが、そんなものは女性や色恋沙汰から長年遠ざかってしまっている……もとい、一切経験したことがない七惟にはなんら効果はない。
しかしそれでもインデックスは抗議の声を上げ続けるので、仕方なしに先ほどとは違う他の店へでまた食って来いと促すと、始めからそう言ってと言わんばかりに駆けて行った。
いったいあのシスターの腹はどうなっているんだ、唯でさえ上条は貧乏学生の代表のような奴なのに、あんな大飯ぐらいの奴を一人抱えて家計をやりくりするなんて想像出来ない。
あいつもさぞ苦労しているのだろう、これは絹旗以上に手がやける。
自分だったら即座に叩きだしているだろうが、それでも我慢出来るあの男はやはり只者ではない。
そういうところが女にフラグを立てるスキルへと繋がっているのか?だがそんなスキルのためにこんな暴飲暴食人間を養うなんて御免である。
「お、兄ちゃんもどうだい。見るからに栄養不足の顔してるし、これ食って元気だしな」
インデックスを無気力に追いかける七惟を呼び止めたのは、片手に『学園都市特性スタミナおにぎり』とのシールが貼ってあるモノを持っている男だった。
見るからに怪しいネーミングだ、見た目と言えばそこらへんのコンビニで売られている爆弾おにりぎりと大差ないのだが……。
「コイツをそこらへんに売ってある爆弾おにぎりと一緒にしてもらっちゃ困る、中身はなんとウナギの身に精力が付く学園都市ならではの新化学薬品を塗した……」
「わりぃが腹減ってねぇよ、他をあたってくれ」
馬鹿かコイツは……食い物に学園都市が開発した新化学薬品を塗すっていったいどういうつもりなんだ。
見た目は普通のおにぎりだが、中身がそんな薬漬けだと分かってしまえば食欲も何もない、即座にゴミ箱行きだ。
それにそんなものを腹の中に入れたら間違いなく食あたりで済まない悲劇が当人を襲うだろう。
そう言えば、イタリアで上条の見舞い品として買おうと思った酒造パスタも五和にゴミ箱行きだと言われたなと、おにぎりを持って小さく見える男とあの時の自分の姿がなんとなく重なり、そのイメージを振り払おうと頭を振る。
「インデックス!先に戻ってるからすぐに……」
「これ!これ後何個あるの!?」
「はああぁぁ……何やってんだ俺は」
試食コーナーを駆け廻るインデックスに七惟なんぞの声が届くわけは無かった。
彼女は相変わらず欲望の限りを尽くしており、いったいあとどれだけの店が彼女の暴食の犠牲となるのやら。
七惟は踵を返して来た道を戻る、とりあえず此処は人気が多いしそう簡単に上条達も襲われることはないだろう。
風呂場を通り過ぎ、五和達が出て行った入口の近くにある自動販売機に寄りかかってコーヒー牛乳を呑む。
とにかく23時を過ぎる前に此処を出れば大丈夫だ、24時を回らなければまだ高校生や大学生はそこら辺りで戯れているはずだ。
今は22時30分、アナログの腕時計は正常だし携帯電話の電波受信も狂ってはいない。
22時と言えばまだまだ夜遊びはにとって序の口、規制の目が緩くなる23時へと向けてエネルギーを蓄えているはずだ。
はずなのに……。
本来ならば施設の外へと続く勝手口は人通りがそれなりにはずだが、七惟の周辺には誰もいなかった。
此処は風呂場から百メートル程しか離れていない、なのに何故この場所はこんなにも静まり返っている?
上条や自分のように風呂上りに外へと続くこの道へとやってきて、自動販売機で飲み物を買ってもおかしくないはずだ。
風呂場にはまだあれ程人がいたと言うのに、そこから百数メートルしか離れていないこの場所に人っ子一人居ないとはどういうことだ。
不自然過ぎる、あまりにも。
と、七惟が考え始めたのだが突如として先ほど置いてきたインデックスのことが気になり始める。
また試食コーナーを食いつくして料理人に迷惑をかけていないのか?迷子スキルを発揮してコールセンターで『試食コーナーにて迷子のお知らせです』というアナウンスが流れているのでは?
などということが気になり始めた、それも突如として。
此処から先に一歩踏み出してその異常を確かめることよりも、インデックスの保護者約として立ち振る舞えとの言葉が何処からか、まるで聞こえてくるかのようだ。
その促される衝動のままに、外へと続く通路から目を逸らし風呂場へと身体を回そうとする。
が、同時に脳も回り始めた。
不自然な程静まり返ったこの場所、そして先へと進むことを拒んでしまうかのようなぞわりとした違和感。
周囲に人間がいない、人気がない。
あの炎の魔術師の時の映像が脳を過り、続いてルムが襲って来た際の光景を思い出した。
「まさか……」
七惟はその場から去ろうとする身体を押さえつけて幾何学的距離操作を行う。
するとどうしたことか、周辺のAIM拡散力場と外へと続く道との力場があまりにも不安定に見えて、まるでこちらの干渉を拒むかのように動いている。
この感覚、炎術士の時とかなり似ている……!
「あの……馬鹿野郎!」
七惟はすぐさま施設の外へと繋がる階段を一気に駆け抜ける。
炎の魔術師の時と同じだ、つまり。
後方の男が現れたのだ。
*
必死に七惟は駆ける。
青一色で埋め尽くされた地下の風景の中には、予想通り人っ子一人いない。
隔壁で区切られているこちらの区にはもはや誰もいないのだろう、七惟が幼少時代居た研究所のほうがまた人の気配があった気がする。
運動によって生み出される熱エネルギーの汗と同時に、望んでいない汗も滲み背中を濡らした。
七惟は幾何学的距離操作を行い場のAIM拡散力場を探る、おそらく力場が不安定な場所にきっと上条達はいる。
ただ単にこれは七惟の勘でしかないがそれでも無作為にやるよりかはマシだ。
降り注ぐ光は頼りなく、道を満足に照らし出してもくれない。
これでは見つける前に二人が後方の男によって虐殺されてしまう。
とにかく走り回って探すしかない、これだけモノ音一つしないのならば声は響きそうではあるが、地下都市の癖に建物が多いせいで音らしい音は自分の足音と呼吸以外からは聞こえてこない。
まるで迷路のアトラクション内で迷子の子供を探しているかのようだ。
おそらくあちらはこちらの存在に気付いていない、ならば助けを求めるために声を上げたりすることもない。
「くそっ……何処にいやがる!」
探し始めてもう十数分が経過している、七惟の苛立ちも限界を迎えるが、苛立ったところでどうしようもない。
腕時計から微かに聞こえる進む秒進の針の音が気持ち悪い、まるで自分の背中を煽っているかのように感じる。
人が通った足跡も何も無い、音も聞こえない、視界は悪い、おまけに携帯電話は地下市街地ともあって電波が死んでしまった。
万事休すだ、と苦渋の色を滲ませるも、七惟は走り続ける。
この状況だ、天草式の連中は壊滅してしまったかハナから術にやられてこの異常事態に気付いていないのか。
どちらでもいい、元から頼りにしていなかったのだから。
だが、もしこの場に居て音も無く後方の男に殺されてしまっているとしたら……?
いよいよ持って最悪だ、もう殺されるその瞬間すら声を上げないとなるとこちらが気づく術は一つも残されていない。
ぞわりと、嫌な感覚が身体を包み全身に鳥肌が立つ。
もう、手遅れなのかと足を止めてしまう――――。
「……音!?」
足を止めるには早すぎるようだった。
此処からそう離れていないと思われる場所で、凄まじい轟音が鳴り響いた。
それは鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音と共に、何かが崩れ落ちる音と、人間の唸り声を含んでいた。
間髪入れずに七惟は走り始める。
だんだん声は大きくなる、糾弾するかのように叫ぶ声、それに呼応して響く低い籠った声の正体は。
過ぎ去っていく鉄の景色に血が飛んだ気がした、光が弱弱しく点滅する大地をまるで獲物を見つけた捕食者のように走り続けた。
青の景色を抜けて、モニュメントによって映し出された地下都市の空を駆け抜けたその先に居たのは。
「よぉ……神の右席」
「七惟!?」
「七惟さん!?」
傷を負って何者かと対峙する上条と五和、そして。
「貴様を呼んだ覚えはないのである」
神の右席にして聖人、後方の男。
「そうかい」
台座のルムと並ぶ、神の右席。
「大人しくしていれば、見逃してやったのであるが。井の中の蛙よ」
後方のアックアだった。