とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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摂理-ⅲ

 

 

 

 

目の前にはおそらく台座のルムと同等、もしくはそれ以上の力を誇る敵。

 

七惟の後ろには傷を負った上条と五和。

 

二人ともかなり酷い傷だ、戦闘を開始してどれだけ経ったかは分からないが、二人の傷ついた状態からまるで幻想殺しが役に立たなかったことが分かる。

 

まぁ、そうだろう。

 

ルムにだって全く通用しなかったのだ、それがルムの後に出てくる敵に通用するとは考えにくい、馬鹿だって対策してくるに決まっている。

 

要するに、これ以上此処に上条が居ても戦力にはならないという計算を終えた七惟は声を上げる。

 

 

 

「おい、五和」

 

「は、はい」

 

 

 

疲れ切った五和が弱弱しい声を上げた、五和も駄目だ。

 

戦意はまだまだあるようだが、それに身体が付いて行っていない。

 

 

 

「上条連れて逃げろ」

 

「えッ!?」

 

「七惟!」

 

 

 

二人は七惟に詰め寄り抗議の声を上げる。

 

当然だろう、敵地に仲間を一人残して自分だけ逃げるなど五和が出来るわけがない。

 

そんなことをする奴だったら、七惟だって五和を仲間だなんて思っていないし、こんなところまで追いかけてこなかっただろう。

 

それは上条も同じだ、友人を残して一人だけ逃げるなど『0930事件』を見て通したコイツの人物像からすれば、そんなこととは一番遠い位置にいる人間が上条当麻だ。

 

 

 

「お前一人で適う訳ないだろ!」

 

「無謀過ぎます!幾らレベル5の七惟さんでも敵は聖人と神の右席の力を併せ持った男なんです!」

 

 

 

実際、そうかもしれない。

 

こうやって対峙してみると分かるが、ルムと同じ域に達している。

 

内に秘めたる爆発力は勘だが神裂の遥か上に思える、とてもじゃないが撃破出来るとは思えない。

 

 

 

「じゃあ言うがな、お前らでコイツを抑えられたか?それだけ痛めつけられて」

 

「うッ……」

 

「そ、それとこれとは話が別です!」

 

「違わねぇだろ、今この一瞬で優先されんのは上条の右腕だ。そうだろ、神の右席」

 

 

 

確かに三人集えば文殊の知恵とは言ったものだが、あまりに敵との戦力差が離れてしまっている場合、少しの数の上乗せなど何の意味も成さない。

 

それの良い例が垣根一人に殲滅されたアイテムだ、同じレベル5が二人掛かりで攻撃してもびくともしなかった。

 

アイテムと同じように全員で攻撃すれば、辿る結末は同じでアイテム壊滅あるのみ。

 

 

 

「そうだ、それ以外には何の価値もない。話し合いは終わったか?」

 

 

 

そう言ったかと思うと、アックアが身にまとっていた聖人のエネルギーが爆発した。

感知した七惟は身体が震える。

 

そのエネルギー量は神裂と見比べても遜色がない、というよりまだ『ならし』の段階でこの威圧感とは恐れ入る、本気を出したらどれだけ出力が上がるのか想像もつかない。

 

人間の骨格などもはや問題とはしないアックアが消えた、そのスピードは常人ならば視界に留めることすら不可能だが七惟も普通ではない。

 

不可視の『壁』を張りアックアの移動ルートを先読みし、先手を打つ。

 

神の右席はこの場では上条の右手が何よりも優先されると言った、ということは上条の右手が無事ならばまだこの場は凌げる、そのためには……。

 

 

 

「離れろ!」

 

 

 

七惟は五和を無理やり転移させる、上条は可視距離移動砲でそこらへんに転がっていた礫を腹にぶち当て後方に吹き飛ばした。

 

 

 

「五和!援軍呼べ!天草式の連中が居んだろ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

アックアが壁に衝突した、金属音同士が響き合う音に似た不協和音が戦場に響き渡る。

 

 

 

「ほう、そんな手品染みたことも出来るのであるな」

 

「はン、てめぇら脳筋には調度良いだろ」

 

「だが、そんなおもちゃが何処まで通用するかな?」

 

「てめぇが死ぬまで消費期限は持つから安心してじゃれてろ」

 

 

 

壁で留まっていたアックアが再び動き出す、右手には巨大なメイスが構えられている。

 

あれを一度でも喰らえばそれこそひしゃげたミンチになる、恐るべき一撃を誇る獲物だ。

 

大人しくそんなものを喰らうつもりはないが。

 

 

 

「その獲物投げ捨てた方が賢明だな、邪魔だろ」

 

「私のスピードを甘く見ると痛みだけでは済まないのである」

 

 

 

またもやアックアが加速する、もはやこのスピードには転移も可視距離移動も役に立たない。

 

一方通行のベクトル変換能力で生み出すスピードに勝るとも劣らない速さだ、コイツの身体構造はどうなっている。

 

何処かでこの動きを止めなければ、戦う云々の前に殺されたことすら把握出来ない内に勝負が終わってしまう。

 

七惟は五和から貰った槍を取り出す、やはり槍頭をコイツの心臓に転移させて内から殺すしかない。

 

設置した壁に再びアックアが衝突する、しかし今度は止まることなく別の角度から懐を目指し接近する。

 

5Mモノ巨大な獲物を持っておきながら全くスピードは落ちない、こんな奴相手に上条と五和がよく戦えたモノだと頭の片隅で考える。

 

 

 

「考え事か全距離操作」

 

「ッ!?」

 

 

 

振り返ると死角からアックアが迫る、余りの速さに普段張っている五感の網は全く役に立たない。

 

射程距離に迫ったアックアのメイスが七惟の腹を目掛けて横に薙ぐ。

 

七惟はすぐさま壁を張る、壁にメイスが激突しその反動でアックアが多少仰け反り動きが鈍る。

 

好機、そう判断した七惟はアックアの座標を瞬時に捉え、可視距離移動でこちらに引き寄せた。

 

アックアのスピードには見劣りするがあの聖人神裂の速さも大概なものだった、その神裂を手こずらせ距離操作能力を駆使し、アックアを迎撃する。

 

絶対等速で接近してくるアックア目掛けて槍を突き出し身体を貫かんとするものの、その程度でこの男は倒せない。

 

アックアは恐るべき動体視力で七惟の槍をむんずと掴むと、力技でへし折ろうとし、筋肉が肥大化する。

 

絶対等速状態でそんなのありか、と突っ込む暇もなく七惟は槍を手放して後ずさった。

 

 

 

「逃げ腰か、それも良かろう。『生』の時間が長引くのだからな」

 

「はン、突っ込むだけが戦闘じゃねぇんだ」

 

「そうやって正当化するのは器が小さすぎるのである」

 

「ほざいてな、次行くぞ後方の右席!」

 

 

 

アックアが槍を投げ捨て、再びこちらに向かってくる。

 

メイスを振るうことによって起きうる衝撃と風は、もはや自然界で体感出来る限界地を超えてしまっていたようだ。

 

衝撃波を防ごうと七惟はありとあらゆるモノを弛緩剤として転移させるが、石もアスファルトも、鋼鉄すらアックアの力を遮る衝撃とは成りえない。

 

アックアが身体を仰け反らせる、メイスを持っている右腕を引き突き出した。

 

空気砲のような形で生み出された大気が、空気砲の何十倍、何百倍――――、もう例えるのが馬鹿らしくなるほどの破壊力を持って迫る。

 

連続して展開出来ない『壁』であるが、一点を狙った攻撃に対してはまず無敵。

 

渦巻く空気の塊を壁は粉砕せずに、そのまま『反射』するかのように今度はアックアへと向かう牙となる。

 

壁に衝突した瞬間、七惟が塊の座標を感知し、それを可視距離移動で発射した形だ。

 

自分の業を返されるもアックアは動じない、七惟のあらゆる戦術に対して自分が培ってきた戦法で対処し、全力で潰しにかかる。

 

七惟は更にその上を行こうと、アックアの行動パターンから分散地を図り物体を手当たり次第に転移・移動させ、退けるために全力を尽くす。

 

神裂戦と同様だ、あの時はこの攻撃が彼女を追い詰める必殺の一撃に成り得たが事前情報を持っていない神裂には通用しても、対策万全なアックアにはまるで役に立たない。

 

行動パターンを読みとって計算してもアックアの人間を超えた反射神経はまるでその物体を受け付けないし、そもそもアックアの類稀なる戦闘能力が生み出す動きは同一パターンなど刻まずゲリラ戦の如く予測不能な動きをしてくる。

 

身体を左右に振り、バランスをとり、滑るように消えて行く。

 

更にアックアがスピードを上げた、神裂すら易々と追い越した、一方通行のスピードすら超越したように思える。

 

もうその先の領域にはルムしかない、いったいこの男の爆発力はあとどれだけだ。

 

あとどれだけ戦えば、この男の限界を引き出せるんだ。

 

七惟は槍を手元に引き寄せ、アックアは神裂のように直角な動きを取りこちらと向き合うコースから外れながら近づいてくる。

 

気づかれている、もとい事前情報を得ているのだから当たり前か。

 

 

 

「手品とは必ずネタがあるものである、それは貴様も同じか」

 

「早まんな、タネ明かしなんざしなくても楽しめてんだろ?この害虫野郎が」

 

 

 

連続して多面的に作れない、そして壁の大きさは七惟の等身大が限界。

 

これが不可視の『壁』の弱点である。

 

壁を乗り越えてアックアが再び射程圏内へと迫る、七惟の顔が引きつった。

 

 

 

「終わりだ」

 

 

 

アックアがメイスを振り下ろす、もはや常人の五感では捉えきれないスピードだ。

 

まともに食らったらミンチでは済みそうにも無い、骨も粉々となり何も残らない完全な消滅がそこには待っている。

 

だが七惟は身体に当たる直前に座標を読みとり、ぎりぎりで時間距離操作を行う。

 

右腕の動作だけ極端に遅くなったアックアはもんどり返って平衡感覚を失い身体が揺らぐ。

 

そこに七惟は幾何学的距離操作で壁の性質と槍の性質の距離を0にし、二つを接着する。

 

槍の側面に壁が付着した獲物を七惟はアックアの身体へと叩きつけた。

 

『壁』の計算式は初めて堕天使からAIM拡散力場を引き寄せた計算式と似ている、つまり不可視の壁そのものは『この世に存在しない物体』で出来ているようなものだ。

 

破壊力は垣根の未元物質を見てわかる通り、この世界で生み出す如何なるエネルギーすら叶わない爆発力を誇るのだ。

 

その『異世界の力』の直撃を受けたアックアの身体が吹き飛ぶ、都市の建物を次々と貫通し、青の世界の隔壁に突き刺さった。

 

常人ならばおそらく木っ端微塵がいいところだ、運が悪ければ骨すら……肉片すら残らないかもしれない。

 

今の一撃ならばおそらく神裂だって消し飛ばしていた自信がある、一方通行だって簡単に葬っていただろう。

 

垣根すら『当たれば』倒していたかもしれない、そんな一撃だったのだが……。

 

果たしてこの攻撃が、全てにおいて規格外の怪物であるアックアに通用しているのだろうか?

 

 

 

 

 

 


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