とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
新年あけましておめでとうございます、
今年もどうぞ本作品をよろしくお願いします。
「七惟!」
「す、凄いです!」
吹き飛んだアックアを見て離れていた上条と五和が声を上げて近寄ってくる。
腹にコンクリの塊が直撃した上条はまだ咳き込んでいたが、それでも表情は笑顔だ。
「お前の戦闘能力には舌を巻くよ」
「七惟さん、プリエステス様と戦った時よりも強くなってます!」
歓声を上げはしゃぐ二人を横目に、七惟はアックアが突き刺さった隔壁へと視線を投げる。
垣根すら倒せていたかもしれない必殺の一撃。
要するに、七惟が『今』の状態で生み出せる最高の攻撃力を誇る攻撃だ。
だが、そんな一撃すらも倒したという感触を生み出さなかった。
この世界には存在しない力を、自分の出力では最大のエネルギーを持ってして叩きつけたと言うのに、何の感触もない。
その証拠に、遠くからでも分かるがアックアが立ちあがった。
ごくり、と唾を飲み込む。
動きを止めて座標をくみ取り、物体を体内に転移させる方法もアックアには通用しない。
可視距離移動なんて木偶の棒。
不可視の壁も、ネタが尽きた。
挙句に自身最強の一撃はノ―ダメージ。
その時、遠くからまるで暴風が吹くかのような轟音が響き渡ったかと思うと、敵を退けたと思い安堵している上条と五和の横に、アックアは降り立った。
「どけ」
その無慈悲な一声で上条と五和はメイスで薙ぎ払われ、飛んでいく。
だがこの男にしては手加減していたようで、鉄橋に衝突しうずくまった二人は首をもたげながらも立ち上がろうとしていた。
「今の一撃、中々のモノである。このような都市で育った人間にあのような力が扱えるとはな」
「アックア……!」
近場で見ればよく分かるが、やはり今の攻撃では何のダメージも受けていない。
血の化粧すら、ついていない。
強いて言えば、服が少し痛んで破れたくらいか。
それくらいしか、効果が無かったのか。
自分の攻撃には。
「流石は『台座のルム』を倒したと言われるだけはある。だが疑問は今の一撃であの女が破れるとは思えないことだ」
「ルム……ね、今はアイツ関係ねぇだろ」
「それもそうであるが、貴様に言っておく」
アックアがメイスを構える。
振れば全てのモノを粉々に粉砕する物体、そこに例外は存在しない。
そんな恐るべき破壊兵器が、もはやそこに核弾頭を握っているのではと疑いたくなるような兵器を持った人間が今目の前に居るだなんて。
「私はまだ実力の半分も出し切っていないのである」
考えたくも無い―――――。
限界は、何処なんだ。
神裂ならば、限界が見えてくるはず。
コイツだって同じ聖人だろう、ならば力の供給量はある程度決まっていると五和が言っていたではないか。
聖人ならば聖人共通の限界点が存在するはずなのに。
「神の右席では台座のルムが私よりも上の力を持つと位置付けられているが、それは相性の問題なのである。白兵戦では、吾輩の力はあの女を超えるぞ?」
人間一人の摂理を根本から破壊し、土へと返す獲物を持った男。
それが後方のアックア、そこに限界などない。
限界があったならば、もうとっくに自分は五和達と一緒に帰宅の途に就いているはずだ。
対峙していたアックアが視界から消える、七惟は折れそうな心を必死に繋ぎとめて身体を張る。
此処で自分が踏ん張らなければならない。
絶対にこの男を上条の元へ行かせてはならない。
もし自分が倒れれば、この男は容赦なく上条の右腕を切断する。
その際に五和が立ち向かえば、そこらへんに転がっている石ころのようにあっけなく消し飛んでしまうだろう。
それだけは、それだけは絶対にあってはならない。
上条の右腕は、そのまま五和の命に直結する。
アックアの移動先を先読みして壁を張る、だがやはりアックアは自分の網を易々と交わして近づいてくる。
外れたルートを再度計算し直してみても、美琴の時と同じで小刻みに動きを変える人間の挙動に一々計算なんて出来る訳が無い。
眼前に敵が迫る、もう七惟とアックアの距離は5Mを切った。
メイスが振るわれる、座標を捉えようと計算をし始める七惟。
だがアックアは同じ土を二度踏む男ではない、人間の脚力どころか物理法則を完全に無視した力で天高く飛び上がる。
青と黒で埋め尽くされた地下都市の天井に着地すると、その反動のままこちらに飛び、身体を錐揉み飛行のように身体を回転させた。
有り得ない、有り得ないがルムの奇想天外な行動を見てきた七惟にとってはそれが幻想ではなくよりリアルに感じられる。
座標を捉えようにも早すぎる、時間距離操作はもちろん転移も行えない。
可視距離移動なんて奴にとっては紙吹雪のようなものだ。
「クソがあああぁぁぁ!」
七惟は再び壁を出現させ、壁と槍を接着させる、
この技ではアックアは倒すことは出来ない、そんなことは言われなくも分かっている。
分かっているが、これ以外にいったい何をすればいいというのだ。
今のアックアからは堕天使や神裂、垣根のようなAIM拡散力場は感じられない。
要するに『あの力』を使って暴れ回ることも出来ないのだ。
ならば自分がやれることなど最初から決まっている、今現在誰にも頼らず自分の力のみで敵を退けるのみ。
「逃げろおおおぉぉぉ!」
そして、五和と上条が無事に日常へと帰られるようにすることだ。
自分は暗部抗争のあの日、七惟理無を好きだと言ってくれた女によって日常へと帰って行くことが出来た。
少女の命と引き換えに、自分は生き残ったのだ。
ならば貰ったこの命、使い道は決まっている。
一緒に居たいと思う奴らのために、使うに決まっている。
最後まで足掻いてやる、この声を聴いてくれる仲間がいる限り死ぬまで足掻いてやるし、戦ってやる。
「聖母の慈悲は厳罰を和らげる」
アックアが宣言したその言葉、七惟に意味は分からない。
だが今自分の上方でメイスを構えて向かってくる男の身体から神裂の唯閃のような『この世に存在しない力』が莫大な量を伴って放出されているのを感知した。
アックアが堕ちてくる、もはやその勢いは隕石のような威圧感を伴い、絶望以外の何者も感じえない。
吹き荒れる衝撃が全ての感覚を麻痺させた。
全てを無に帰す一撃が、七惟に向かって振り落とされる。
瞬間、七惟の槍とアックアのメイスが交わる。
壁が破壊された、それはもう何のためらいもなく、スピードも殺すこと無く。
防御壁を失った槍は当然巨大なメイスの一撃に耐えられるわけがない、半ばからぱっくりと割れてもはや盾にすら成りえなかった。
七惟のちっぽけな命を絶命させるには十分過ぎる衝撃が、地下都市に響き渡った。
*
「七惟……さん?」
五和は、今自分の目の前で何が起こったか分からなかった。
「七惟……うそ、だろ」
隣にいたツンツン頭の少年の声が右から左へと突き抜けて行った。
目の前の景色同様頭の中が真っ白になった気がした、何も考えられないというのはこういうことなのかと思い知らされるくらいに。
ただ視界に広がるのは、自分の目と鼻の先で形容し難い光景。
細かく砕かれたコンクリートや鉄が粉塵となって舞い上がっていく。
その澱んだ大気の渦から出てきたのは一人の男。
「警告はした」
後方のアックア、神の右席であり、先ほどまで仲間である七惟理無と戦っていた人物。
「これがあの男の選んだ道である。貴様達はどの道を選ぶ」
「アックアアアアァァァ!」
ツンツン頭の少年が、あらん限りの声を上げて絶叫する。
周囲を覆っていた粉塵の嵐が止む、そこに居るのはアックアとツンツン頭の少年と、自分だけ。
大きく穴が開き、まるで隕石が衝突して生み出されたクレーターのような空間が広がっている。
それだけ大きな何も無い『無』の空間が生み出されたというのに、仲間である七惟理無の姿は何処にも見当たらない。
「激昂するのは勝手だが、あの男の意思を踏みにじるのか」
「てめぇ!」
ツンツン頭の少年は、上条当麻。
上条当麻は右手の拳を握りしめ、獣のように吠えながらアックアに特攻していく。
五和の脳が叫ぶ、『止めなければ』と。
だが、頭の声とは対照的に心の声は護衛対象である上条当麻に向かず七惟理無に釘付けだった。
「あ……あぁ……」
心の声が探した人は、何処にも見当たらない。
先ほどまで聖人で、神の右席であるアックアと五分の闘いを繰り広げていたかに見えたあの人は何処に行ってしまったのだ。
フラッシュバックする記憶はアックアの攻撃が七惟を今貫かんとするその時。
自分が再構築して彼に渡したあの槍は、アックアの攻撃を防ぐことなど出来ず、まるでストローのように半ばからぱっくりと半分に折れた。
そして巨大なメイスが生み出す衝撃は、七惟理無というちっぽけな人間を消滅させるには十分過ぎた。
それが行く着く先の答えは……。
「ガアァ」
呆然自失している五和の横へ、アックアの脅威の一撃を受けた上条の身体が瓦礫の上を転がりながらやってくる。
メイスで身体を薙ぎ払われたのか、内臓ごとめちゃくちゃに潰されてしまったのか分からない程のダメージを受けている。
またもや彼女の頭が叫ぶ、上条当麻を守れと。
今回の天草式の任務は上条当麻の護衛、それが命令でありそのためだけにイギリスからはるばる海を渡り大陸を超えこの日本に、学園都市にやってきた。
だが、それらの幾多の束縛も五和の心には届かない。
つい数時間前まで自分とバイクでレースをしていた彼が、それは上条のために料理してやれと言った彼が、自分の身を案じて上条の護衛に協力すると言ってくれた七惟が。
最後の最後まで自分のことを考えて、逃げろと叫んでくれた七惟理無が。
「こ、んの野郎!」
「ふん、もう少しその身体に痛みを刻みつけなければ分からぬのであるか。だが私の一撃は痛みでは済まないがな」
「うるさい!」
上条が立ちあがりアックアへと再度向かっていく。
「まだやるか。女は既に戦意を喪失しているぞ」
どうして、どうして自分は彼と一緒に戦わなかったのだろう。
五分の闘いをしているように見えて、七惟の顔は戦闘中全く冴えていなかったし、攻撃を重ねる度にその表情が苦しくなっていったのは分かっていたはずだ。
なのに、どうして。
その答えは簡単だ。
七惟も上条同様に、数多の強敵を蹴散らしてきた人物。
心の何処かで、こう思っていたはずだ。
『彼ならきっと何とかしてくれる』と。
七惟はアニェーゼ部隊相手を圧倒し、神の右席である台座のルムを撃破、五和の上司である聖人神裂火織を倒した。
そんな彼ならばと、そう思い続けた結果は悲劇だった。