とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「っつぅ……」
ガタン、という大きな音と後頭部からの激しい痛みで目を覚ました七惟。
つい先ほどまで自分は通路脇で戦闘準備を行う五和や天草式を見ていたはずだったが。
「あ、りむ!大丈夫?気がついて良かった」
「……インデックス?」
「そうだよ、りむ凄い怪我で運ばれてきて。私心配してたんだよ!」
彼の隣には七惟が横たわるベットの横でこちらを労わる居候のシスターが居た。
どうやら自分の目覚まし代わりになった音は彼女が椅子を倒した音らしい。
二人でワンセットである片割れの上条が一緒に居ない、まさか。
「上条は……?」
単身戦場に身を投じたのか?
「当麻も凄く大きな傷で、無理に出歩いたせいでまた集中治療室に運ばれちゃった」
「……あっちのほうについてなくていいのか?」
「ん……りむも大怪我してたんだよ?それを心配するのはもちろん、もしかしてりむは私がお見舞いの差し入れ目当てで此処に居ると思ってる?」
「いや……なんでもねぇよ」
どうやら野暮なことを尋ねてしまったらしい。
このインデックスという少女は上条当麻のことが大好きで、本当に大好きで今すぐにでもアイツの元に飛んで行って手術が無事終わるように祈りを捧げたいはずだ。
その衝動を抑えつけて、こちらに居るということはシスターである彼女だからこそ成せる行為なのだろう。
二人に差をつけず平等に接する、自分にはとても出来そうにない行いである。
しかし今はそんなインデックスの気持ちに浸っている場合ではない。
ガラス越しに映る通路には先ほどと違い天草式は人っ子一人おらず静まり返っている。
時刻は午前3時に迫ろうとしていた、あれからかなりの時間が経過したことを考えると、天草式はアックアと戦闘中のはずだ。
五和には悪いが、やはり天草式単体が束になってアックアに挑んだ所で石ころのように蹴散らされるのは目に見えている。
何か、良い手はないのか。
天草式と七惟が手を組んでも勝利するビジョンは見えてこない。
圧倒的で単純な力の前では上条の右手も戦果を挙げられないと来た。
ならば天草式の長である神裂を……無理だ、奴はそもそも遠く離れたロンドンに居る。
八方ふさがりである、しかしこちらも今回は背水の陣であるため引くに引けない。
何時ものように身の危険を感じたらとんずらするなんて言語道断。
この状況を打開するための策を何とかして編み出さなければ……。
「水でも飲む?お医者様は絶対に目を覚まさないって言ったんだけど……私は回復魔術は使えないから。あ、でもりむはそもそも回復魔術を反射しちゃうんだっけ?」
「…………」
あるではないか、目の前に。
魔術に関して膨大な量の知識を納めているその頭脳の持ち主が。
しかし彼女の保護者である上条はインデックスが戦いに巻き込まれるのを極端に嫌っていた。
故に彼女はおそらくこれまで無事に過ごせてきた、彼女の安寧は上条の努力の賜物なのである。
そんな上条の気持ちを踏みにじっていいのか?
「びっくりしちゃったんだよ、私が試食コーナーから帰ってきたら当麻は手術中だし、りむは昏睡状態だったもん」
インデックスはおそらく知らない、自分と上条がいったい誰に此処まで痛めつけられたのか。
そして上条は手術を終えても絶対に彼女に事が終わるまで真相を話すつもりはない。
しかし、しかしそれは。
事実を知っている者の独りよがりではないだろうか。
インデックスには傷ついて欲しくない、インデックスは守るべき対象。
上条はそう思っているはずだ、だから彼はほとんどインデックスに助けを求めなかった。
彼女が上条と共に肩を並べて物事に対処したのは聞いたところでは前方のヴェント戦くらいで、それ以外は何時もインデックスは『私を置いてとーまは何時も何処かにいっちゃうんだもん!』とぶーたれていたが……。
そんなものは、上条当麻の自己満足でしかないのかもしれない。
彼の守りたいという気持ちは、誰かのために闘うという気持ちは素晴らしいと思う。
きっと七惟が考えるようなチンケな理由ではく、自分が思いもよらないような理由で上条当麻は闘っているのだろう。
しかし、七惟にだって当事者の……インデックスの気持ちを考えることくらいは出来る。
先ほどアックアに一人で向かって行った自分には嫌と言うほどよくわかるのだ。
相手の気持ちを考えずに突っ走るのは、所詮は自己中心的な考え方でしかないと。
自分には守るべき者など大層な人間は存在しない、だが五和を特別に思い傷を負って欲しくない、死んでほしくないと願った気持ちは本物である。
七惟がアクアに単身突っ込んだ結果は見ての通り、共闘戦線を張ったほうがまだマシな結果であっただろう。
独りよがりな行動など決して褒められるものではない。
きっとあの時五和だって自分に傷を負ってもらいたく無かったはずだ、七惟自身が五和に対してそう思うようにこの互いの気持ちは一方通行ではないのだから。
だからきっとインデックスと上条の関係も一方通行ではならない、上条の庇護を一方的に受けるだけだなんて彼女は満足出来ないはずだから。
「インデックス」
「なに?」
だから七惟はインデックスにも助けを求める。
何も知らなかった、自分の知らない所で全てが終わっていた、何ていうことにこの少女の身に起こらないように……。
「聖人について少し知りてぇんだが」
「聖人……?どうして?まさかりむと当麻は聖人と戦ってたの?」
「まぁな。今回もまたとんでもねぇのがおいでなすったぞ。天草式の上司が聖人だし何とか対処できると思ってたけど全くダメだ。教えてくれないか、聖人のことを」
「そうなんだ!私の知識で分かる範囲が役に立てるって断言はできないけど……えっと、聖人っていうのはね―――――――」
*
「へぇ……要するに聖人には限界があるって訳だろ」
「うん、常時力を解放するのは凄くリスキーな行為なんだよ」
「……常時力を解放するのは可能って言ったら可能なのか?」
「出来るとは思えないよ、出来たとしても聖人の力が不安定になって、体内のテレズマが暴走して起爆しちゃうもん」
神裂火織は、そうだった。
唯閃を使う時だけ体中から溢れる『この世の理から外れた力』が膨大に膨れ上がり、爆発した。
だが、あのアックアはどうだ?
一つ一つの行動全てが、神裂の唯閃に勝るとも劣らない量の力を撒き散らしていた。
最後の一撃など、神裂と比べれば月とすっぽん程の違いがあった。
何処かに、何処かに必ず穴があるはずだ。
「出来るとしたら……もしかしたら、ifの可能性は?」
「うーん……何かもっと、特別な力があればいいのかもしれない。聖人の力を押さえつけることが出来るような、テレズマの暴走を押さえつけてセーブするストッパーみたいなものがあれば、常時開放も可能だと思う。でもそんなモノは私が知る範囲じゃ存在しないよ?」
「……神の右席、でもか?」
「神の右席?神の右席は対応する天使にあてがって術式を構成してるだけだから、聖人の力を抑えることなんて出来ないんじゃないかなぁ」
駄目か……。
神の右席の力が絡んでいると踏んでいただけに、肩透かしを食らってしまう。
「そもそも神の右席と聖人の力じゃ、相容れ無くて拒絶反応が出ちゃうと思う。二つを一つとして扱うのは至難の技だよ」
神の右席の力すら聖人の力を抑えられないとなると、もう八方ふさがりだ。
「聖人の力を抑えつけるなら……聖人の力しか、考えられない」
「聖人……?」
聖人の力を聖人の力で押さえつける、か。
そんなことは可能なのだろうか?
少なくとも聖人は世界に20人といない希少な存在だし、聖人の特徴を二つも持って生まれてくる人間が誕生するなんて確率はもう0に近いはずだ。
「世界の何処かに、二重聖人としての力を持つ人間が居たら、出来るはずだけど」
「二重聖人……?」
「うん、神の子とだけじゃなくて他の聖人とも身体の特徴が重なっていれば、の話だけどね。でも私はそんな聖人の話は聞いたことがないんだよ?」
……それだけ教えてくれれば、十分だ。
禁書目録としての全ての力を総動員して導き出してくれた答え。
インデックスが導き出してくれた答えならば、信じられるに決まっている。
この少女は何時だって上条当麻の身を案じていた、無理をしないで欲しいと、一人で全
て解決なんてして欲しくないと言っていた。
そんな心を持った少女が答えた言葉を疑う必要なんてない。
「すまねぇな、インデックス」
「ううん、私ももっとちゃんと答えられたら良かったんだけど……」
「いや、それだけで十分ヒントになった」
「え……?それってどう言う」
ヒントは、二重聖人。
自分がアックアから力を引き出した時に何か違和感を覚えたのはそのせいなのか。
対ルム、対神裂戦の時のように奥の奥まで辿りついた感覚がなかったのは。
その力の一端しか、引き出せなかったからなのか?
「じゃあ……奴らの助太刀と行くか」
「え、ちょっとりむ!?」
「ありがとな、お前のおかげで道は開けた!上条についていてくれ、アイツのほうが今お前を必要としてる」
インデックスの声を振り切り、七惟はベッドから飛び降りるとそのまま22学区の地下都市に向かって駆け抜ける。
身体の傷は天草式の回復魔術大合唱の御蔭でほぼ完治している、頭痛は相変わらず収まっていないがそれでもこれだけ動ければ十分戦える。
第22学区では、天草式が闘っているはずだ。
仲間である五和も、当然闘っている。
自分一人の力ではアックアに勝てないことは百も承知だ、七惟がどれだけ全力を尽くしたところであの男は更にその上を行くのだから。
しかし、今回は一人ではない。
自分の力に、天草式五和達の力を上乗せし、インデックスの知識を総動員すれば必ず活路は開けるはずだ。
きっと、戦い勝つことが出来る。
共同戦線なんて、メンバーやアイテムとして組んでいた暗部抗争の時ですらやっていなかったが、いざやるとなると何だか気持ちが高揚する。
敵は圧倒的な制圧力で場を支配する神の右席。
「さて……やるか!」
*
七惟が病院のベットから飛び去ってから30分以上経過していっただろうか。
上条当麻が入っている集中治療室の前で祈りを捧げていたインデックスの前に人影が現れる。
「居候さん。此処に私の兄が居ると聴いて飛んできたのですが」
「ハァ……ハァ……美咲香ちゃん、足早すぎ……どうやったらあんな早く走れるんだ」
「あ、クールビューティー……じゃないよね、りむの妹さん」
現れたのは彼女が電話で身内の危機を教えた七惟の同居人とその付添人。
「はい」
「りむは……さっきまで自分の病室のベットで休んでいたんだけど、天草式の人達の助太刀とか言ってすっ飛んで行っちゃったんだよ」
「えぇ……!?此処まで来てすれ違いかよ、てか倒れたんじゃなかったのか……?そもそも天草式?助太刀って何だ?」
「えーと、そこらへんのことは色々あるんだけど……」
言い淀んでいるインデックス、そこに畳み掛けるように美咲香が口を開く。
「この際その『色々』というのは目を瞑りますと口を真一文字に結びます。兄は今はどうしているのですか?もう歩けるくらいには回復しているんですか?」
「うん、体調はもうばっちりだよ。でもまた戦いに行ったから危険に身を晒しているのは間違いないんだよ」
「戦い?ってことはやっぱそっち系か」
「何処に兄は向かったのですか?」
「学園都市の地下都市……?」
「第22学区のことでしょうか。分かりました、行きましょう浜面さんと美咲香は号令を掛けます!」