とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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一人ぼっちの君へ-ⅴ

 

 

 

 

 

「……どうしてお前がこんな場所にいるんだか」

 

 

 

七惟とは数時間前に別れたばかりだが、またこうして会うことが出来るなんて。

 

彼女は何処ぞのオリジナルと違って、自分が七惟に向ける気持ちを完全に理解している。

 

そのためか、こうやって何気ない会話だけでも胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

 

「私は仕事なんです、超面倒なことに此処から先誰も通すなと言われてます。しかも心理定規経由で。七惟こそ、隣人と一緒に銭湯に行ったんじゃなかったんですか?この先にはそんなものは超ありませんよ」

 

 

 

絹旗としては一緒に風呂に行こうと誘ったあの女がいったい誰なのか気になるところ。

 

既に七惟を狙う敵としてアイテム内に滝壺理后という最強クラスの敵がいるだけに、これ以上のライバルは増やしたくはない。

 

それに自分はあの時の少女と違って明らかに色んな部分が小さい、スタイルでは負けないと思うがそれでも女としての魅力では勝てないかもしれないのだ。

 

だが、そんな惚け気分の絹旗の表情もやがて曇って行く。

 

 

 

「ン……?どうした急に黙りこくって。何時ものマシンガントークはおしまいか」

 

「いえ……ちょっと待ってください七惟」

 

 

 

七惟の様子が、明らかにおかしい。

 

まずこんな深夜だと言うのに彼は息が上がっている。

 

こんな時間に走って行く目的地があるのだろうか?

 

そして確か彼は隣人……つまり上条当麻と数人で銭湯にバイクで出かけると言っていた。

 

そこに疲れたり、怪我をしたり、包帯をしたりする要素はない。

 

なのに今の彼は体の各所に包帯を巻いて、表情は疲れ切っているし、一番の不自然な点は……。

 

 

 

「七惟、その右腕……どうしたんですか」

 

 

 

義手である右腕の人口皮膚と包帯が一部捲れあがっており、グロテクスな機械の構造が見え隠れしている。

 

より細部を見てみれば何度か手荒に包帯を巻きなおした跡が見えるが、息が上がっている七惟を見るにここまで走ってきた内に包帯が取れてしまったのだろう。

 

あれだけ蛙顔の医者が厳重に巻いた包帯が解けるなんてことは戦闘が起こらない限り有り得ない、しかも七惟程の使い手を痛めつける程の強敵と戦ったということになる。

 

 

 

「……あぁ、ちょっとヘマしてな」

 

「ヘマ?」

 

「階段から転げ落ちて義手がイカレちまっただけだ、気にすんじゃねぇよ」

 

 

 

嘘だ。

 

階段から転げ落ちて体中包帯巻きになる人間なんて居る訳が無い。

 

 

 

「そんな子供みたいな嘘を超つかないで下さいよ、唯でさえ眠くて超機嫌が悪いんです」

 

「嘘じゃねぇ」

 

「あれだけの修羅場を一緒に潜ってきたんですよ、七惟が嘘をついているかついていないかくらい私には分かります」

 

 

 

滝壺ならばAIM拡散力場の波動からそういったモノを感知出来るかもしれないが、絹旗の場合は完全に勘である。

 

しかし勘が間違っていないのは明白だ、明らかに七惟の表情が窺わしくない。

 

 

 

「……ったく、お前は心理定規かよ」

 

「あのドレスと私を一緒にして欲しくないですね」

 

 

 

そう言って七惟は右腕を肩の位置まで上げ、絹旗が守る扉を指さした。

 

 

 

「俺はその先に用がある」

 

「用?」

 

「あぁ、俺が行かねぇといけねぇのさ」

 

「……超残念ですが、この先は誰も通すなと上からの命令を受けています。いくら元アイテムの七惟と言えど此処から先、扉を譲ることは出来ませんね」

 

 

 

満身創痍と思われる七惟、封鎖した扉、そして封鎖した扉の先に用があると言っている七惟。

 

これだけピースが揃えばパズルを組上げるのは簡単だ。

 

 

 

「七惟……私達に隠して、何かしているんですか?あの女と一緒に」

 

「あの女……?」

 

「超しらばっくれないでください、銭湯へ行こうと言ってきたあの女ですよ」

 

「へぇ……お前この扉を守れって命令だけで、その理由は特に言われてねぇんだな」

 

「……!」

 

 

 

上からはこの先では学園都市が極秘裏で行ってきた能力者開発の実験が行われていると聞かされているが、今考えればそんなものは嘘っぱちだ。

 

七惟を見れば分かる、学園都市の研究開発に非協力的な七惟がボロボロになってまでそんな実験に付き合う訳がないのだから。

 

 

 

「別に知らされなくても、この先が超危険であることくらいは把握してますけどね」

 

「危険、か。そこまで危なくねぇよ、だから通してくれ」

 

「そんな冗談はオフの時だけにお願いします、それだけの傷を負っている人間が言っても超説得力がないですよ。どうしても通りたいというのならば、条件があります」

 

「条件……?」

 

「はい、この先に何があるのか、行かなければいけない理由は何なのかを余すことなく全て私に話して下さい」

 

 

 

この先ある危険は、おそらく暗部抗争事件と同レベルで危ない、暗闇。

 

もし今七惟を行かせては命を失ってしまう可能性だってある、暗部時代に培った彼女の第六感がそう告げている。

 

ついこないだ右腕丸ごと一本失ってしまうほどの闘いを終えたばかりだというのに、またもや命のやり取りをする戦場へと彼を放り出すことなんて絹旗は出来ない。

 

 

 

「……それは、出来ねぇな」

 

「どうしてですか?」

 

「……」

 

「それも、答えたくないんですか」

 

「わりぃな」

 

「協力も、求めないんですか?」

 

 

 

少なくとも幾多の闇をくぐり抜けてきた自分ならば多少戦力になると絹旗は自負している。

 

自分と七惟にはそれこそ天と地程の実力差があるのは分かっているが、それでも無いよりかはマシなはずだ。

 

 

 

「…………」

 

「もし本当に七惟がこの先に進みたくて、何かを成し遂げなければならないと言うのなら私だって力になります。言っておきますが疲れ切っている七惟を一人この先に行かせるなんて私には超出来ません」

 

「絹旗、お前」

 

「あの時だってそうしたじゃないですか。一つのことを成し遂げるため、私は七惟を信じて滝壺さん達を任せたし、七惟は私を信じて、あの場を私に預けました」

 

 

 

暗部抗争の日、絹旗は自分が七惟に向けている感情を自覚した。

 

本当ならばあの燃え盛るサロンの中で七惟と一緒に闘いたかった。

 

だがそれは七惟の気持ちの冒涜だと思えた、七惟は瀕死の状況に陥ってまでも滝壺を守ろうとしたし、アイテムが存続する時間を作ってくれた。

 

だから絹旗は七惟を浜面に背負わせて、一人垣根へと闘いを挑んだのだ。

 

『一緒に居たい』と言ってくれた人の気持ちを、汲むために。

 

 

 

「ソイツは……」

 

「私だって七惟や麦野に比べれば小さな力しかないかもしれませんが、闘えます。アイテムの空中分解を防いでくれた七惟のために、私も何かしたいんです。私達はあのままだったら倒れるしかなかった、でも手を差し伸べてくれた七惟の御蔭でこうやって今も前に進めています。今度は七惟が困ったその時に、私が……いえ、私達が七惟に力を貸したいんです」

 

 

 

アイテムを守ってくれた七惟、滝壺の崩壊を防いだ七惟、浜面を奮い立たせた七惟、自分が前に進むことが出来るきっかけを与えてくれた七惟。

 

私のヒーロー、心の中の半分は未だに貴方のもの。

 

だからこそ、今度は私が貴方を支える人になりたい。

 

 

 

「私には滝壺さんみたいに七惟の補助演算は出来ないかもしれませんが、七惟と……七惟を助けたいと思う気持ちは滝壺さんにだって超負けませんっ」

 

 

 

七惟の一番は滝壺だ、それはもう分かっている。

 

自分がその隣に立つことはない、一番になることは有り得ないことも分かっている。

 

だけど、気持ちだけは負けたくない。

 

気持ちで負けたら、気持ちに嘘をついたら、今までの記憶が全部ダメになってしまう。

 

色鮮やかなハッピーな記憶、漫然と生きるためだけに仕事をこなしてきた暗部の中で見つけた幸せの記憶。

 

これが私の宝物。

 

 

 

「……絹旗」

 

 

 

自分の想い人が今目の前で苦しんでいるならば手を差し伸べて一緒に戦いたいと願ってしまうのはいけないことなのだろうか?

 

 

 

「何ですか?」

 

 

 

貴方と一緒に歩く未来を描くのは、傲慢なのだろうか?

 

 

 

「……お前は俺の仲間だったんだな」

 

「な、何を今更改まって言うんですか。仲間に超決まってます、私と七惟は仲間です!しかもそんじゃそこらの仲間とは訳が超違います!一緒に死線を潜り抜けてきた仲間なんですから!」

 

 

 

本当は仲間以上の関係を期待している自分がいるのだけれど、今の距離が一番心地が良いのかもしれない。

 

だから今は仲間で良い。

 

でもきっと、その先も夢見ていたい。

 

 

 

「絹旗……一緒に来てくれんのか」

 

「当然です」

 

「……仕事放棄のお咎めはどうすんだ」

 

「そんなものいつも通り心理定規に言って始末書書けば超解決ですよ」

 

「……そうだな、お前らしい。来い!」

 

 

 

七惟がドアノブを一瞥すると、あっという間に二人の障害となっていた扉は可視距離移動砲で消し飛んだ。

 

青と黒の世界で視界が埋め尽くされる、此処から先何が待ち受けているのだろうか。

 

今から七惟が何をするかも分からないし、何と戦うのかも絹旗は分からない。

 

分からないが、不安や恐怖なんてものは絹旗は持ち合わせていなかった。

 

何故なら、彼女は七惟を信じているから。

 

疑いに疑って、たくさんのことを知って、今だってもしかして七惟のことを疑っている、あの二重まぶたが特徴の女のこととか。

 

でもその疑いの数だけ七惟を知ったからこそ、今こうして一つのことを信じている。

 

 

 

『一緒に居たい』

 

 

 

その言葉を、信じている。

 

私の声を聞いてくれた、私のヒーローを信じている。

 

あの時あの場所で自分にあんな素敵な言葉を掛けてくれた少年が、これだけ命がけで動いている時に悪いことなんて絶対にする訳がないんだから。

 

こんな自分の奥底に潜んだ気持ち、絶対に七惟には秘密です。

 

 

 

 

 


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