とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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それでも、私は生きたい-2

 

 

 

 

 

第19学区防災センター。

 

防災センターとは名ばかりで、本当は1年前一方通行をレベル6にシフトさせる『レベル6計画』に使われていた実験施設だ。

 

七惟と美琴が勝負してからある程度の時間が経過したが、あの時陥没・隆起した地面はそのままの状態を保っている。

 

如何に二人の戦闘が激しかったかを物語っており、ミサカは荒れ果てた荒野を見て少しばかり固まっていた。

 

「これは貴方がやったのですか?とミサカは確認を取ります」

 

「あぁ?まあな。レベル5同士だとこれくらい普通だろ」

 

そもそもレベル5同士が戦うこと自体普通ではないのだが、七惟と美琴がやったのは事実のため幾分か誇張した表現を取る。

 

「さあて、やるか?」

 

「……」

 

「おいおい、此処に来てだんまりかよ」

 

ミサカは七惟と対峙したまま動かない、気のせいかもしれないが焦点の合わない大きな黒い瞳が不安に揺れているように見えた。

 

「ミサカは研修中ですので、他のミサカのように重火器を持っていません」

 

「そうかよ」

 

七惟がミサカを一旦返さずに、二人一緒にこの施設まで来たのには理由がある。

 

一つは10010号が持っていたような武器を手に入れさせないこと、そしてもう一つは研究者達からの余計な入れ知恵を防ぐためだ。

 

「でもお前の姉は何も持ってなかったな、お前もアイツの妹なら出来んだろ?」

 

「ミサカはオリジナルであるお姉様の1%も満たない電気しか生みだすことは出来ません」

 

「へえ……でも俺にはそんなことは関係ねえな。簡単に殺せるならそっちのほうがいい。始めるぞ、まあ死んだらお前の死体くらい埋めておいてやるさ」

 

「いいでしょう、とミサカは合意します」

 

ミサカは腰につけていたポーチから銃を取りだした。

 

なるほど、いくら研修中だとしても護身用に銃の一丁や二丁は持っているわけだ。

 

ミサカは七惟に狙いを定めて銃を撃つ、当たれば七惟も重傷を負うがまず彼にこんな銃弾が当たるわけがない。

 

銃弾は不規則に七惟から逸れて、地面を抉った。

 

「……!」

 

「どうした?そんなおもちゃじゃ当たらねぇぞ」

 

「そのようです、とミサカは貴方の能力を再度確認します」

 

七惟はぼろぼろになった鉄筋コンクリートの壁の一部を剥がし、可視距離移動砲を放った。

当然出力は美琴の時よりも遥かに下だ。

 

さてどうやって処理してみせるか……。

 

これを防げないようならば、かなり対処は楽になる。

 

「ミサカは電撃使いです、これくらいの鉄の塊ならば破壊することが出来ますとミサカは反撃に出ます」

 

ミサカは美琴と同じように電撃で鉄筋コンクリートを破壊してみせたが、美琴のように完全に粉砕することは出来ず、大きな破片が身体中に打ちつけられる。

 

「はン……そんくらいも防げないのか?」

 

ミサカは応えずに血が出始めた部分にハンカチを撒きつける。

 

「問題ありません、ミサカは貴方が実験に参加してくれるように全力を尽くします」

 

「それはお前の本心か?」

 

「何を……」

 

「足が震えてんぞ?」

 

「……これは負傷による痛みから足が震えているだけですとミサカは自分の状態を解析します」

 

まだ強がるか……ならもうちょっと揺さぶってやるか。

 

「……ん?」

 

七惟が攻撃に移ろうとした時に感じた違和感、それは妙に息苦しいことだ。

 

いくら此処が実験施設だとは言え毒ガスの類は配置されていなかったはずだ、となると……。

 

「ミサカネットワークにはこれまでの実験データが蓄積されていますので、そこから戦闘パターンを応用することが可能です」

「へぇ……」

 

この息苦しさ、酸素が失われていく時と同じだ。

 

「酸素を電気分解してオゾンをねえ……これまたよく訓練されたもんだ、美琴とはえらく違う戦法だ」

 

「これで完全に酸素分解を終えればミサカの勝ちです、とミサカは状況を説明します」

 

ミサカは七惟に背を向けて全力疾走で荒れ果てた大地を駆けて行く。

 

確かにこの防災センターは一方通行と七惟がどれだけ暴れても外に害が及ばないよう無駄な敷地面積である。

 

こちらが窒息して気を失うまで逃げ続けるというわけか……。

 

「はン、じゃあ目いっぱい逃げてやがれ!」

 

七惟は獲物に狙いを定めたライオンのように目をぎらつかせてミサカを追った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

ミサカは懸命に七惟理無から逃げていた。

 

この防災センター敷地面積はかなりのものだ、逃げ切れるだけの広さはある。

 

当初の予定ではこんなことになるはずは無かったのだが、もう起きてしまったことはどうしようもないだろう。

 

電気分解を終えるまで逃げるしかない。

 

「ハアッハアッ」

 

自然と息も上がり始める、ミサカはまだ研修中だったため他のミサカに比べて身体能力も完成されておらず、碌に運動もしていない。

 

だいたい培養気から出たのもつい最近のことなのだ、それでいきなりこれだけの戦闘をこなすなど不可能だ。

 

当の本人は『実験』のために全力を尽くし、それが当然だと考えているため何が何でも七惟に勝たなければならない。

 

しかしミサカはこの戦法が決定的な欠点を持っているということに気付いていなかった。

 

ミサカは七惟の能力を『時間距離』操作が可能であるということ以外は書類の上でしか知らない。

 

テスタメントは必要最低限のことしかインストールしてくれないため、七惟の持つ能力は昨日見た書類でしか分からず実態も把握していない。

 

そう、七惟が『距離操作・時間距離操作』を行ってしまえばこんな作戦はたちまち水泡に帰すということを彼女は理解していなかった。

 

「まだ……?」

 

分解を始めてからまだ1分しか経過していないのに、もう10分は走った気がする。

 

まだ全体の数分の一も分解は終わっていない、まだまだ彼の意識を失わせるには十分に酸素が満たされている。

 

「はン、逃げる割にはえらく足がおせえなあ?」

 

「ッ!」

 

いつの間にか七惟はミサカのすぐ後ろにつけて走っていた。

 

その表情は至って冷静で、冷酷だった。

 

汗の一滴も垂らしていない、ミサカはこれだけ全力疾走しているというのに彼は表情の変化すら見受けられない。

 

「テスタメントには俺との対戦なんざ想定されてなかったよな?」

 

七惟は腹が冷えるような声で話しかける。

 

「どうだよ、一方通行以外の人間に殺されかける気分は」

 

「そ、そんな余分な感情はミサカは持ち合わせていませんとミサカは説明します」

 

「怯えた表情しやがってる奴が言うセリフじゃないな」

 

「こ、これ……は、足に蓄積された乳酸菌による疲労からのものです」

 

「そうかい、んなことは俺はどうだっていいんだがな。おら、もっと速く走らねえと追いつかれんぞ?」

 

もっと速く走れと言われてもこちらは既に全力なのだ、美琴のように電磁加速など出来るわけがない。

 

七惟はそれを分かっているのか、気味の悪い笑みを浮かべたまま背後から迫ってくる。

 

その殺人鬼のような表情を見続けているうちに、ふとミサカの思考にあるものが過った。

 

アレに捕まったら――――どうなってしまうのだろう?

 

わからない、一方通行と対戦したミサカたちは一瞬にして肉塊となるため痛みも恐怖もさして感じていなかったのかもしれない。

 

しかし自分が今向き合っているのは情報に無い未知の男、何をされるのか分かったものではない。

 

脳裏を過る一つの感情――――アレには捕まってはいけない、アレは――――アレは――――

 

「クク、どれだけ逃げても俺との距離は広がらねえなあ?」

 

七惟は表情一つ変えず淡々とミサカを追ってくる、いったいどんな能力を使っているのかは分からないが、この感覚はまるでアリ地獄にはまったかのようだ。

 

逃げても逃げても、絶対に逃げることは出来ないあの感覚。

 

無意識下でやっていた酸素の分解も、いつの間にか出来なくなっていた。

 

ミサカを支配する一つの感情が、演算を不能にするまで大きくなってしまっている。

 

それがミサカは分からない、この感覚はいったい何なのだろう……。

 

「あッ!」

 

とうとうミサカは石に躓いてこけてしまった。

 

全力疾走していたためその勢いを殺すことは出来ず、思い切り地面に身体を叩きつけてしまう。

 

背後から七惟が迫ってきているのが分かる、このままでは実験の協力を仰ぐどころか―――――

 

「鬼ごっこは楽しかったか?」

 

殺されてしまう―――――。

 

振り向くと七惟が相変わらずこちらの身体が底冷えするような笑みを顔に張り付けている。

立ち上がることの出来ないミサカは手を使って無意識のうちに七惟から遠ざかる。

 

いったい自分はどうなってしまうのか、テンプレートにないこの展開にミサカの頭は混乱を極めた。

 

「……足がすくむどころか立てないか?」

 

「違います、これは足を捻ったからだとミサカは」

 

「いい加減自分の感情に素直になりやがれ!」

 

「ッ!?」

 

ミサカの言葉を七惟が遮った。

 

「怖いんだろ?俺が」

 

「……」

 

「怖いんだろうが、死ぬのがな」

 

「そんな『恐怖』という感情はミサカの中には――――」

 

「じゃあ何でそんなに震えてんだよ?」

 

「それは、」

 

「怪我のせいか?10010号は痛みで顔を顰めることはあったが、行動に支障をきたしてはなかった」

 

「ッ10010号と私とでは研修を受けた・受けていないの違いがあるとミサカは訴えます」

 

「……はン。じゃあ、死んでもらうか」

 

七惟が右腕を振り上げた、このままでは自分は――――自分は――――――。

 

その先の思考に至る前に、ミサカは身体が動いていた。

 

ミサカは一瞬で起き上がると、勢いのまま七惟に向かって体当たりをしたのだ。

 

インストールされたテスタメントに、そんな項目は何処を調べてみても記載されていないというのに。

 

七惟はその体当たりを直に食らい、ミサカと一緒に地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「何だ、あんじゃねえかよ……生きたいって衝動が」

 

「ミサカは」

 

「教えやがれ、あの糞野郎との実験は何処でやんだよ?」

 

「それを教えてどうするんですか、ミサカは質問の意図がわかりかねます」

 

「知るか。だけどな、俺はこれ以上陰で妹達が2万も死んだのは全距離操作のせいだとか言われるのがたくさんなだけだ」

 

「貴方は、実験を止めに行くつもりですかとミサカは貴方の無謀な考えに警鐘を鳴らします」

 

「ああ、そうだな。でも止めねえとお前ら死ぬし、俺が間接的にてめぇら殺したことになるんだろ?」

 

「ミサカは実験のために生まれてきたモルモットなのです。だから死んだとしても、貴方から間接的に殺されても問題は……」

 

「じゃあさっきの行動はどう説明すんだ?」

 

「それは……とにかく、貴方が仮にこの実験を中止させようと動いても一方通行に勝てることはありません。それに」

 

「それに?」

 

「ミサカは実験のためだけに生きているのです、もし実験が中止になれば存在する意味がなくなりますとミサカは説明します」

 

「はン……そんなことかよ」

 

七惟はミサカをどけて立ち上がり、彼女に答えた。

 

「俺はお前に死んで欲しくねぇ。コイツはてめぇが存在する意味に足りねぇかよ」

 

その言葉にミサカは何も言うことが出来なかった。

 

培養気から出てきて、今日この日までこんなことになるなんて考えたこともなかった。

 

自分は『絶対能力進化計画』のためだけに生きているのだと刷り込まれてきたのに、そしてそれは自分でも分かっていたのに。

 

 

なのに……どうして。

 

「教えてくれねえなら……自分で探すか」

 

「待ってください」

 

 

 

生きたいと思ってしまうのだろう――――――。

 

 

 

 

 


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