とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「あ、七惟ちょっと待ってください。流石にこのまま戦場を突っ切ると私だと超ばれちゃいますから、帽子とサングラスを」
「よくそういうの持ち歩いてんな……」
「一応心理定規から扉を守れと言付けされてますし。当の本人が扉を超ぶち破ったなんてばれてもいいですけど私と七惟だけが知っておいたほうが何倍も今後が楽になります」
「そりゃあそうだ」
「あともう一つ……」
「あぁ?どうした怖気づいたか?」
「まさか。怖くはありません」
「じゃあなんだよ?」
「七惟の右腕ですよ。そんな状態じゃ超かっこ悪いですから、動かないでください」
「へぇ。流石に暗部の仕事やる時は応急キットは持ってきてんだな」
「私みたいな弱者はこういった備えが超重要ですからね……っと。はい、取り敢えず包帯で右腕のメカメカしいモノはこれで見えません」
「機械に包帯なんざ意味ねぇだろう」
「私はそう思いません。要は気持ちの問題ですよ?気持ちの持ちようは超大事です!」
深く被った防止にサングラス、ぱっと見れば七惟の隣で走っている人間は誰かは分からないが、変装した絹旗最愛である。
「超七惟、敵の情報を教えてください」
七惟と絹旗は第4下層の最奥へと続く道を走っていた。
七惟の右腕には絹旗が持っていた包帯で応急的に処置されており、露出していた機械が見えない最低限の保護はされている。
「……そうだな、簡単に言えば『水使い』の一部を持っていて、『身体能力強化』系統の力も持っている」
「多重能力者……?」
青に染め上げられた世界の至る所が既に破壊されている。
塗装が禿げて無機質な機械色がむき出しとなっていたり、中身まで貫通した亀裂からは時折電気系統がショートしたかのような、バチバチ、という音が聞こえてくる。
如何にこの場で繰り広げられた七惟とアックアの闘いが激しかったかを物語っているが、七惟にとって見覚えの無い破壊の傷跡も残されていた。
おそらくこれらは天草式がアックアと戦った時に生み出されたモノだ、急がなければ。
「まぁそれに近いって言えばそうだが。アイツには俺達の物差しは一切通用しない、常識の反対側に存在するような奴だ。能力者とは完全に別に考えてくれ」
「別の存在……?」
「そうだ、これから相対する奴は能力者じゃねぇよ。魔術を使うよく分からねぇ得体の知れない奴らだ」
「魔術……?魔法とか、ま、まさかゲームでよく見かける類の超ファンタジーのことですか!?」
「そういう奴だ。実際見たらたまげるだろうよお前も、マジで空飛ぶんだからな」
「さ、流石学園都市です。そんな奇想天外な連中まで居るなん……」
絹旗が異変に気付いて言葉を呑みこむ。
七惟も反応して周囲を見渡すと、青のオブジェの影の部分から何かがきらりと光った。
「絹旗!右だ!」
「超了解です!」
瞬間絹旗が窒素装甲を展開する。
彼女の能力は自身の身体の周りに薄い窒素の幕を生み出し、それを全身に纏うように展開、標的を攻撃する。
窒素の力を使って攻撃するため、少女の力では考えられないような爆発的な力を生み出すし、銃弾も効かない。
だが、衝撃そのものは殺すことは出来ないため、見えない敵から受けた攻撃により絹旗は数メートル吹き飛んだ。
「おい!」
「超大丈夫ですよ、これくらい慣れてますから。それより私の心配をするだなんて七惟らしくないですね?」
「ッ……確かにな」
二人のやり取りを待つことなく、影から攻撃してきた刺客がその姿を現した。
金属のボディに、人とは思えぬその体躯が青の照明を照り返してこちらに武装された右腕を向けている。
これは予想外の敵だ、コイツは何処からどう見ても学園都市性の『駆動鎧』。
「此処から先は関係者以外立ち入り禁止……との言葉をジャッジメントから聴かなかったのか?」
機械音声ではなく、人間の声がスピーカー越しに聞こえてきた。
周りを見渡せば駆動鎧は一体や2体ではない、ざっと見て10体近い数がこちらを包囲している。
「七惟……?これは」
「はン、大方こちらのやることが気に食わねぇ連中が仕向けたんだろ」
おそらく学園都市の手先である。
絹旗は確かに当事者でないため分からなくもないが、自分は後方のアックアと正面から既にぶつかっているだけに、何故邪魔をされるのか分からない。
このままでは死人が出る、間違いなく。
「俺は既にこの先にいる害虫野郎と戦ってんだ、通せ」
「それは出来ないぞ全距離操作。此処から先はとある少年以外は誰も通すなと言われている、お前はその対象ではない。もうお前は魔術の前で完膚無きまでに叩き潰された後であろう」
「……!」
この駆動鎧の男、魔術のことを知っているのか。
あの扉の守り手は絹旗だけでは無かったという訳だろう。
絹旗達が知らないところでアレイスターに更に近い奴らが2重の網を張っていたのか。
ではこのアックアの進撃も学園都市の思惑通りということなのか……?
いや、そんなことは今は問題ではない。
問題なのは此奴らが邪魔をすることによって五和達の元へ駆けつけられないことである。
「対象じゃない……だぁ?」
「貴様が大人しく引き下がるのならば、そこの小娘と共に見過ごしてやろう」
「ふざけんじゃねぇ鉄の塊。粉々にすんぞ」
七惟としては一刻も早く天草式の元へと向かって加勢をしたい。
もう既に闘いは始まっているのは間違いないが、手遅れとなる前に駆けつけなければ全滅の可能性が非常に高いのだ。
そうなってしまえば、七惟の仲間である五和だって無事ではすまないだろう、おそらく『死ぬ』と考えるのが妥当だ。
「舐めるなよ小僧。貴様がやってくるということは計算済みだ、その対策を我々がやっていないとでも思ったか」
「対策……?」
駆動鎧が武装されている手とは逆の左手を突きあげた。
その掌には丸い球体のようなモノが埋め込まれており、ミラーボールのように全ての面がキラキラと光っている。
七色の光を見て七惟の脳裏が警鐘を鳴らすも遅い、球体が一瞬白く光ったかと思うと、全方位に向けて眩い光を放射した。
「フラッシュ!?」
距離操作能力者の弱点は視界、要するに目を潰して視力を0にしてしまえばその力は完全に失われると言っても過言ではない。
それは全距離操作能力者の七惟とて同じだ、彼もパートナーで補助演算を行ってくれる滝壺がいなければこの瞬間は完全に木偶の棒となる。
「ッ……こ、の、野郎!」
機械音が鳴り響き、駆動鎧が接近してくるのが分かる。
分かるのだが、何も見えない、能力は使えないでどうしようもない。
幾分か時間が経過し、ぶわッと身の毛がよだつような音と風がその身に刻まれたかと思うと、ぐしゃりと捻り潰したと思われる音が聴覚を麻痺させた。
「七惟、超大丈夫ですか?」
「きぬ、はた?」
前者の轟音と風は駆動鎧が、後者の破壊音は絹旗が。
徐々に視力が回復していき、七惟はゆっくりと目を開く。
視界に入ってきた情報では、絹旗が目の前に立っており、迫って来ていた駆動鎧は絹旗の窒素装甲の一撃によって鉄のオブジェにめり込ませていた。
「1年間暗部から抜けていたなら駆動鎧に対する知識も超薄くなってますよね、もう少し警戒してください」
「……」
「あのタイプは空間掌握系……つまり転移能力者や距離操作能力者用にアンチスキルも動員しているタイプを改良したモノですね。五感を麻痺させる装備を身体の至るところにつけています、七惟じゃまず勝てませんよ」
「言われなくてもそれくらい分かる」
ぐっと歯を食いしばって駆動鎧の狙いを定める。
絹旗によって吹き飛ばされた1体含めて、残りの9体も全て同じ装備をしていた。
これは時間がかかりそうだ、天敵である偏光能力者ですら始末するのに5分近くかかるというのに、偏光能力者を数倍強化したような駆動鎧ではどれだけ時間を浪費させられるか考えたくも無い。
「くそッ……!絹旗、さっさと始末すんぞ」
七惟が身構えて懐から天草式が置いて行った短剣を取り出す。
が、その仕草を見て絹旗が七惟を制止するかのように、右腕を出して七惟を止めた。
「絹旗?」
「……見てわかる通り、コイツらは対空間掌握系の駆動鎧です。そして七惟がやってく
ることも分かっていたと言っていました。要するに七惟への対策は超万全で、余程のことがない限り負けることはないと思っているはずです。そう思わなければ学園都市に8人しかいない超能力者に喧嘩なんて売りませんから」
「んなこと分かってんだよ。だけどな、此処ではいそうですかって言える程俺はモノ分かりがよかねぇぞ」
「それくらい私にも分かっています、ですがそれが今の七惟にとってプラスになるとは超思えませんね」
「……」
絹旗の能力によって吹き飛ばされた駆動鎧がもぞもぞと動き始める。
対空間掌握系の武器だけではなく、全身に纏う金属の鎧が中の人間を防御しており、ちんけな攻撃ではびくともしないのだ。
周囲に居る9体の駆動鎧はおそらく無人兵器で、ターミナルとなっている人間が操っている駆動鎧が命令を出さなければ動かない。
「七惟の敵はこの先にいる能力者……なんでしょう?」
「あぁ」
「そしておそらくその能力者は、私だったら何も出来ないかもしれませんが、七惟だったらどうにか出来る。超違いますか?」
「……だろうな」
「そして今目の前にいる敵は、七惟だったら何も出来ないかもしれませんが、私だったらどうにか出来る。これは違いますか?」
「……お前の言う通りだがな、早々に諦める訳にはいかねぇんだよ」
「だから、こうしましょう」
人間が操る駆動鎧が鉄の残骸から飛び出した、それと同時に周囲に居る9体の駆動鎧も動きに呼応し、こちらに向かって突進してくる。
絹旗もそれに合わせて窒素装甲を展開し駆動鎧へと向かっていく、駆動鎧は再びこちらの視覚を潰そうとフラッシュ攻撃を構えた。
完全に出鼻を挫かれた形になった七惟は、もんどり返りながら叫んだ。
「おい絹旗!」
「私がコイツら全員超引き受けました!七惟はこの先に居る能力者をお願いします!」
「お前何言ってんだ!?」
「七惟がコイツらの相手をしていたら、例え倒せたとしても夜が明けて、事が終わってしまいます!その点私は問題ないでしょう!」
再び駆動鎧がフラッシュを放った、一般人よりも遥かに目を酷使している距離操作能力者は、目を瞑っていてもその光によって視界が眩んでしまう。
顔を顰める、前が見えない、振動で体が震えた。
霞む視界の一部で絹旗の被った帽子が虚空を舞っているのが見えた、その光景が七惟の焦燥を駆り立てる。
「巻きこんじまったお前を置いていけるわけねぇだろ!」
「だったら私を超信じることですね!」
「信じる!?」
絹旗の右腕が人間が操るターミナルとなっている駆動鎧の身体を捉え、駆動鎧は後方へと吹き飛ばされる。
だが敵はターミナルだけではない、今度は七惟に向かって無人の駆動鎧が拳を振り上げてきた。
目を半分開けながら七惟は攻撃をいなし続ける、だが距離操作の制度が格段に落ちてしまい、おちおち回避もしていられない。
「仲間って、たぶんそういうものなんです!」
ターミナルに追撃を仕掛けようとした絹旗を、別の無人駆動鎧が追いかける。
瓦礫に埋まったターミナルが立ち上がるころには既に絹旗は迫っていたが、横から別の駆動鎧の容赦ない一撃が振るわれ、今度は絹旗がコンクリートの中に埋まる。
「絹旗!」
が、絹旗の身体に衝撃はあったとしても傷はない。
再び立ち上がると、窒素で強化された身体をフルに使って駆動鎧に襲いかかる。
「仲間って……足りない、モノを!自分には超足りないモノを補ってくれるモノなんです!それが出来なかったから!アイテムは、壊滅しました!」
七惟と絹旗に5:5で振り分けられた駆動鎧は見事なコンビネーションでこちらの動きを潰していく。
絶えず行われるフラッシュ攻撃で七惟の目はもう限界に近付いていた、変装でサングラスを装着している絹旗と違い対策もへったくれも何も無い七惟にとってこの攻撃は脅威なのだ。
「だけどそれを七惟がぎりぎりで繋ぎとめてくれたから!私や滝壺さん、浜面は生き残ってこうやって七惟と一緒にいられるんです!今の私と七惟には、自分の得手不得手を補って、助け合っていくことが超出来るはずです!」
「お前……!」
「七惟が出来ないことは、私がやります!だから七惟は行ってください!私に出来ないことを、七惟がやってください!」
しかし七惟はその絹旗の言葉に答えて、彼女にこの場を預けることが出来ない。
絹旗も分かっているとは思うが、ターミナルとなっている人間はおそらくプロだ。
そしてどれくらいプロなのかと言えば、世界の闇を知っている七惟と同レベル。
本来ならば科学の世界において魔術のことを知る者などほとんどいない、アレイスターの直近とされていた博士くらいしか七惟の周りにもいなかった。
そんな奴が絹旗を活かしておくとはとてもじゃないが思えない、おそらく最後は殺すつもりだ。
あの時無理やりにでも絹旗を昏倒させていれば、と七惟は苦虫を噛み殺したような表情を浮かべる。
「私を超信じて!」
「……ッ」
絹旗の茶色の髪が揺れ、彼女の細い体が戦場を舞う。
七惟だって絹旗を信じたい、信じてこの場を預けたい。
一刻も早く五和達天草式の元へと向かわなければならないのに、その判断が出来ない。
「絹旗……!」
七惟の声に彼女は振り返らない、その背中に呼び掛ける。
絹旗のことが信じられないなんてそんなことは無い、でもそれが正しい判断かどうかなんて自分には分からない。
もしこの場を絹旗に任せて自分が離れてしまったらどうなる?
あの時のような……名無しの少女の時のような、いやそれとは比べ物にならない程の残酷な未来が待ち受けているのではないか?
あの時の恐怖が彼を鎖のように縛り上げその場に釘付けにしてしまう。
「七惟は今まで私を疑ってきたでしょう!?滝壺さんを使ってアイテムに七惟を引き入れた時も!スクールのスナイパーの時も!」
そうだ、七惟は今まで絹旗を信じたことなんてほとんどない、いや皆無だ。
疑って疑って、嫌悪感を抱いて、一度はどうしようもない関係になってしまったことだってあった。
「それだけ疑って!私は七惟が信じられないような人間でしたか!?」
彼女の小さな体から発せられる大きな言葉、その強い力に七惟の記憶がよみがえる。
そんなことはない、絹旗の行動には全て理由があった。
スナイパーの件、自分が囮となって飛び出せば敵に隙が出来ると冷静に判断していた。
燃え盛る戦場で垣根と向き合った際、どうすればアイテムが生き残れ、滝壺を活かせるのか、起死回生の一手が打てるのか分析し自らを人柱とした。
「私だって七惟を超疑いました、嫌っていうくらい!」
彼女のそんな姿勢を見た自分は絹旗を信じたのではないか?
だから一緒に居たいと思ったのではないか、自分の声を聴いて欲しいと思ったのではないか?
だからこそ、垣根との闘いでは、絹旗にあの場を任せたのではないか?
あの時彼女は生きて帰ってきた、そして自分も今こうして生きている。
自分を助けたのは誰だ?病院でずっと付き添っていてくれたのは誰だ?
「でもそれだけ疑ったから!疑った分だけ七惟を知ったから!七惟のことが、七惟のことを!」
瓦礫と粉塵を巻き上げる駆動鎧の乱打を避けた絹旗が振りかえりる。
その刹那に二人の視線が重なる、サングラスをかけ本来ならば見えない彼女の大きな瞳が見えた気がした。
今だって絹旗はこうやって闘ってくれている、全くの無関係なのに勝手に首を突っ込んで、あれだけ引き下がるように言ったのに、それでも食い下がってて。
劣勢ではあるものの彼女がこのまま倒れる未来なんて自分には見えなかった。
此処までやってくれた絹旗を、今更疑うのか?自分はどうしたいんだ?この絹旗の気持ちに対して。
「絹旗!」
そんなことは決まっている、その答えは。
「頼むぞ絹旗ぁ!」
信じるに決まっている。
その体に、言葉に、瞳に込められた強い気持ちを。