とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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闇夜に光る魁星-ⅱ

 

 

 

 

 

 

天草式の50人近いメンバーは、アックアの手によって開けられた大きな穴を覗きこみ、大5下層で繰り広げられている闘いを眺めている。

 

見つめていたのではない、ただただ無気力に、肩や腕をだらんと垂らして、眺めていた。

 

目の前で繰り広げられている聖人と聖人の闘いは、例えるならば隕石の激突にも思えた。

 

そんな圧倒的な才能を振りかざす聖人達の片方は、かつて自分達を率いてくれていた優しい女教皇。

 

あの人は今も自分達のために、あの少年のために闘ってくれている、こんな世界の果てのような日の光さえ届かない地下深くの科学の都市にも駆けつけてくれた。

 

それなのに、自分達は何も出来ない。

 

今のアックアは明らかに自分達を相手にしていた時と違う動きだ、あんなのに真正面からぶつかっていけばものの数秒で天草式のメンバーはモノ言わぬ肉塊となるだろう。

 

自分達はいったい何をやっていたのだろうか。

 

どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、どれだけ命懸けで戦ったとしても彼女達がいる聖人の高みには絶対に辿りつけない。

 

そして神裂火織は自分達を守るために闘ってくれているというのに、いざ危険となればすぐに駆けつけてくれる彼女の動向を見て、こんなことを思ってしまった。

 

まるで一人立ちが出来ない子供の火遊びを、親が見守るような。

 

何処までいっても、自分達は絶対彼女の掌の上から逃れることは出来ない。

 

自分達は、圧倒的な才能を誇る者たちに遊ばれるだけなのだと。

 

本来ならばこんなことを考えてはいけない、神裂火織は命懸けで闘ってくれているのに、彼女が闘えば闘う程、自分達の努力を否定されている気がしてしまう。

 

そしてこれだけの激闘を目の前にしておきながら、そんな矮小な考え方しか出来ない自分達が心底嫌になる。

 

五和は手のひらから零れ落ちた自分の槍を無気力に見つめた。

 

アックアを倒すために、何十回何百回と魔術を練り込ませた強固な槍、自分の魔術の結晶とも言っても過言ではない槍。

 

だがそんな彼女の努力の結晶すら、聖人……神裂火織にとっては玩具の域を出ないのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

 

他の天草式のメンバーも同じだ、あの建宮ですら苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべ、視線を逸らしている。

 

絶対的な才能の差。

 

その事実だけが、彼らの心の束縛をより強固なものしていくその時だった。

 

 

 

「はッ。んだよこりゃ、辛気臭い面をどいつもこいつもぶら下げやがって。此処はお前らのお仲間の葬式会場か?」

 

 

 

後方から、聞きなれた男の声がした。

 

誰もが反射的に、脱力しながらも首を回して後方から聞こえてきた挑発的な声の主を探す。

 

 

 

「てめぇらやっぱりそんなもんなのかよ、俺を手こずらせた天草式ってのはこんな糞雑魚集団だったのか?」

 

 

 

その声の主は、やはり何処までも挑戦的で、横暴で、こちらのことなどちっとも考えてない、コミュニケーション能力の欠片すらも持っていないように思える。

 

だがその声を聞いて、少なくとも五和だけは、心の中に小さな光が灯ったことが分かった。

 

 

 

「てめぇらの上司が何処までやれるか知らねぇがな、てめぇらが此処で蹲ってるためにあの上司が闘ってる訳じゃねぇだろ」

 

 

 

五和の手から零れ落ちた槍を広い、その声の主の少年は切っ先を見つめた。

 

自分の力の結晶とも言える槍を、少年は強く握りしめて五和に差し出した。

 

 

 

「なぁ五和。俺はお前を信じてる、今までのお前のことを死ぬほど疑って、そんな疑惑の要素しかねぇお前がやってきたこと、乗り越えてきたことを見てきたからな」

 

 

 

その少年の名前は、七惟理無。

 

学園都市第8位の超能力者にして、アックアとの闘いで再起不能の怪我を負い、もう二度と立ち上がることが出来ないのではと思われた男。

 

だがその男はこちらの予想を覆してこの場にやってきた、戻ってきた。

 

 

 

「疑った分だけ、信じることが出来る。俺のツレはそう言ってたな。俺が信じてる五和って奴はこんな所で木偶の棒みたいに突っ立ってる奴じゃない」

 

 

 

自分に押しつけられた槍を受け取った五和だったが、そのまま膝から倒れ込んでしまった。

 

何て言ったらいいのだろう。

 

命懸けで助けてくれたのに、あれだけの実力の差を見せつけられた上でそれでも自分を生かすために逃げろと言ってくれたのに。

 

自分達が出来たことなんて、何も無い。

 

アックアにダメージを負わすことも、あの少年の右腕を守ることも、七惟を安眠させることも出来なかった。

 

 

 

「七惟さん……」

 

「さてと、馬鹿でかい害虫の掃除でもしてくるか」

 

 

 

七惟は見た目ダメージは回復されているように見えるが、それでも右肩から下の義手部分は包帯が剥がれ落ちかかっているあたり万全ではないのは明らかだ。

 

もしこの貧弱な右腕をアックアに狙われでもしたら、忽ち粉々になってしまう。

 

 

 

「む、無理です!プリエステス様でようやく相手になるような敵なのに……!」

 

 

 

もうこれ以上七惟を巻き込みたくない、五和はその一心だった。

 

情けないとか、弱すぎるとか、今の天草式の表情を見ればそんなこと誰だって言いたくなるし、反論するつもりもない。

 

しかし、これ以上七惟を巻き込むことだけは止めなければならない。

 

七惟は元々無関係だ、あの時上条の護衛に加勢するとの申し出を断っておけばこんなことにはならなかった。

 

それに七惟は既に自分を守るために、二度と目を覚ますことはないのではと思える程の重傷を負った。

 

今はこうして出歩いているがそれは結果論に過ぎない、もし七惟にあの力がなければ彼は目を覚ますことはなかっただろう。

 

神裂火織もそうだが、これ以上こんな卑屈で惨めな自分達を守ってくれるために誰かが傷つくのだけは止めて欲しかった。

 

 

 

「はッ……そうかい」

 

「七惟さんだって力の差を目の当たりにしたでしょう!」

 

 

 

彼もアックアの圧倒的な破壊力の前に既に破れている、その実力差はきっと天草式なんかよりもずっと良く分かっているはずだ。

 

それなのに、どうしてこの人はまた挑もうとしているのだろう。

 

 

 

「絶対に勝てません!命を自ら捨てるような行為をされるくらいなら……この場で、力ずくで止めます!」

 

 

 

そうだ、今回は運よく七惟は助かったが、次はどうなるか分からない。

 

アックアは対天草式では手加減をしていたが、対神裂火織、対七惟理無ではおそらく手加減などなく、容赦はしないはずだ。

 

そんな殲滅兵器のような敵ともう一度相対してしまえばどうなるかは誰だって分かる、答えは死あるのみ。

 

 

 

「五和」

 

「な、なんですか」

 

 

 

彼を見殺しにするくらいなら、此処で自分が彼を気絶させてしまったほうがいい。

 

その後のことなんて考えられない、アックアに完膚なきまでに叩きのめされるかもしれないがそうしなければ自分は絶対に後悔する。

 

此処で彼を立ち止まらせて引き止めなければ必ず。

 

 

 

「やっぱり、お前は俺が思った通りの奴だな」

 

「な、何を……」

 

 

 

七惟の信頼を一つ残らず裏切ったような自分に対して、今更何を言うのだろうか。

 

 

 

「力ずくで俺を止めた後お前はどうすんだ?」

 

「そ、それは」

 

「力ずくで俺を気絶させたら、その後どっかに移動させて自分は自爆しようとでも思ってんだろ」

 

「うっ……で、でも!七惟さんを死なせてしまうくらいだったら……私がやられてしまったほうが全然いいんです!」

 

「なら、どうしてお前らは上司を一人でいかせて……自分達はこんな場所で馬鹿面下げて死んだような目をしてんだよ」

 

「え……?」

 

 

 

虚を突かれた。

 

そうだ、確かに自分は七惟の言う通り、彼を安全な場所に移動させた後のことなんて冷静に考えていない、叩きのめされて死ぬかもしれないというのに。

 

でもそれでもいいと思った、これ以上自分のせいで誰かが、七惟が傷ついて死んでしまうくらいなら自分が人柱になろうとも何処かで考えてしまっていた。

 

他の天草式の仲間がどうするか分からないが、彼女は七惟を見殺しにするくらいならば自分が犠牲になったほうが良いという結論を出してしまっている。

 

 

 

 

「俺相手にそれが出来るんだったら……どうして天草式の上司の元に駆けつけて、自分達が闘うと言わねぇんだ」

 

 

 

どうして、なんて考えたことも無かった。

 

 

 

「そ、それは……元々私達とプリエステス様では土俵が……違う、違いすぎるんです!私達がどれだけ足掻いたところで、それはプリエステス様の邪魔になるだけなんですよ、だから……!」

 

「はン、そいつは俺にも当てはまるだろ。敢えて言うがな、俺の実力からすりゃお前らなんざ正直言って雑魚だ。一人一人の力なんて俺とお前らじゃ月とすっぽんって言っても過言じゃねぇな。五和、お前の理論から言えば俺だって住む土俵が違う、意見すんじゃねぇよってことになるだろ」

 

「で、でも!私と七惟さんは仲間なんです!仲間なら、どんなことだって包み隠さす言って、嘘をつかないで、真っ直ぐな言葉をぶつけるって七惟さんだって言ったじゃないですか!だから私は七惟さんに……」

 

「なら、それを何故上司に言わねぇんだよ。アイツはお前の仲間じゃないのか?違うのか五和」

 

 

 

『仲間じゃない』

 

 

 

その言葉に一瞬五和の頭はフリーズするが、すぐに回転し始め先ほどよりも声を荒らげて反論する。

 

 

 

「な、何を言っているんですか!」

 

「お前らはあの女を少しでも疑ったことがあんのか」

 

「う、疑う!?」

 

 

 

七惟の言葉に五和は狼狽を隠せない。

 

プリエステスを疑うなんて論外だ。

 

彼女はいつでも自分達のことを思って行動してくれるし、自分達のことを思ってあの絶大な力を放ってくれる。

 

そこに邪な考えや黒さなどは存在していない、そんなことをしない人だと五和は信じている。

 

 

 

「お前と俺の関係は、そこから始まっただろ。いや疑うよりもっと酷いな、実際になぐり合って拷問にかけて、それでも一緒に闘って、仲間になったんじゃねぇのか?」

 

「そ、そうですけど……。で、でも」

 

「お前らはあの神裂の気持ちを少しでも疑ったことあんのか?考えたことがあんのか?表で言っていることと裏で考えてる気持ちが違うって、少しでも疑ったことはあるのかよ」

 

「ないです!」

 

 

 

五和は断言した。

 

自分達を導いてくれていた優しいプリエステスが、そんな非道な真似をするはずがない。

 

 

 

「あの女がお前らのことを本当に邪魔になる、なんて言ったことがあるのか?敢えて巻き込まないように、お前が俺に言ったようにそう仕向けて危険から遠ざけてんじゃねぇのか?」

 

 

 

その言葉に、五和だけではなく今まで静観していた天草式すらも目を丸くした。

 

 

 

「え……?」

 

「俺はほとんどめぇらの事情は知らねぇがな……そんな俺から見ても問題はある程度見えてるぞ?勝手に信じ込むのは、考えることの放棄ってことだ」

 

 

 

言いたい事は言ったとの表情で七惟は踵を返す。

 

どう考えても五和達からすれば中途半端なところで話を切り上げられたとしか思えない、それにまだ彼の言いたい事の全容が見えてこない。

 

 

 

「な、七惟さん!」

 

「疑った分だけ、信じることが出来る……さっきも言っただろうが。疑って知った分だけ、信じれんだよ。俺はだから五和を信じてる。お前らはあの女の何を知っている?もう一度腹の底からよく考えてみろ、じゃあな」

 

 

 

七惟はそれだけの言葉を残して、天草式に背を向け走り出す。

 

 

 

「ま、待って下さい!」

 

 

 

五和がその言葉を言った時にはもう七惟の姿はそこにはなかった。

 

彼が向かったのは彼女の上司がいる第5下層、銀河と銀河が衝突するような戦争のまっただ中。

 

その背中に手を伸ばすことしか、彼女達には出来なかったが。

 

心に灯った小さな光が、少しずつ燃え上がって行ったことを彼女達はまだ気づいていない。

 

 

 

 

 

 


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