とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
明滅する光が見える。
今、自分が何処にいるのか……そして周囲で何が起こっているのか。
混濁した意識の中で七惟は徐々にだが目を開き、響き渡る地響きの確認を行おうとしたその時だった。
硬いコンクリートの地面に自分が寝かされているということと、その真横にたった今ぴくりとも動かない天草式のメンバーの一人が放り投げられたということに。
あぁ、そういえば……自分は。
「…………あの野郎、まだ」
彼の視界に飛び込んできた風景は、戦場だった。
天草式の神裂と、五和達がアックアと戦っている。
天草式のメンバーは次々と蹴散らされていくも、彼らの目は決して死んではおらず死に物狂いの顔でアックアや神裂の動きについていっている。
その中心は槍を持った五和だがその動きが明らかにおかしい。
目に見えて分かるそれは、常人よりも何倍も速く、また有りえない脚力に腕力を持つ動き。
身体強化の魔術でも使っているのだろうか?だとしたら何故五和だけ……。
あぁ、そうか。
五和に全員の魔力を供給してあの常軌を逸した動きを生み出している訳か。
神裂との連携も問題なさそうに見える、二人で上手く攻守の交代・フォローアップが出来ているように思えた。
やはり五和達はやってきた、あれだけはっぱをかけてやったのだから当たり前、か。
二人の動きは無駄がなく、神裂もあれだけのダメージを負っていたというのに見間違えるほど動きに迷いがなく、鋭い。
だが、それでも。
七惟の攻撃によって片目を潰され、甚大なダメージを受けたであろうアックアはそれでも天草式と熾烈な戦いを繰り広げている。
はっきり言ってあの形相は追い詰められた獣というよりも、鬼神のように見えた。
その眼はまだ諦めてはいない、まだ自分は戦い続けられるという確固たる信念と自信が満ち溢れており、あれほどの戦いを繰り広げてまだ尚己の掲げた目的のため戦い続けるその姿には戦慄を覚える。
そして神裂や天草式も善戦してはいるが、決定的な一打は与えられていない。
アックアの動きからして、五和を強化している術式を組んだ天草式のメンバーを狙っている。
こうやって七惟が戦局を分析している間にも、天草式のメンバーは一人……また一人とアックアの攻撃を受け再起不能のダメージを叩き込まれていく。
おそらくそのうちの何人かは既に死んでいる、七惟の横に降ってきた天草式の男は首がおかしな方向に曲がっており、絶命している。
七惟が目を覚ましたその時より五和の動きも徐々にだが落ちてきている、このままではアックアと神裂の動きについていけず神裂の負担が大きくなり潰れてしまうだろう。
七惟の近くにまた一人天草式のメンバーが降ってきた、だがまだ息はあるようで膝をつきながら起き上がろうとしている。
彼は目を覚ました七惟に気がついたのか、こちらに視線を投げて早口で言う。
「あんた、動けるなら加勢してくれ!アンタが加われば絶対にアックアを押し切れる!」
焦っているのかようやく見つけた希望に期待しているのか分からないが、男は七惟の肩を掴み強く揺さぶる。
しかし今の七惟には戦う力はもうほとんど残されていない。
痛覚がもはや遮断されているのでよく分からないが、七惟の身体は間違いなくアックアの攻撃によって破壊されている。
最後の一撃、アックアの顔半分を潰した訳だがその時七惟はアックアのメイスで腸を思い切り貫かれ、風穴が空いたはず。
見るに今はその傷は何故かほとんど塞がっているが、それでも肉体の疲労・ダメージは極限まで達していてまともに戦うことなどままならない。
しかし男はもちろん七惟の現状なんてよくわかっちゃいないだろうし、七惟としてもまだ戦っている五和達を見てこのままここで傍観など出来る訳もなかった。
「はッ……わかってんだようっとおしい」
「頼む!」
ようやく勝利が見えてきたことで天草式の男の目に輝きが生まれる。
七惟は体を起こし、神裂と五和の苛烈な攻撃をメイスで凌ぎながら後退するアックアを見る。
やはりあの得体の知れない異世界の力は残ったままだ、また逆算していけばさっきのような出力までいけずとも最低限までは届くはず。
そうすればアックアを倒し、脅威を取り除きあの日常に戻ることが出来る。
今迄と同じように幾何学的な距離、目に見えない事象を引き寄せようと演算を行っていくが……。
「……ッ」
出来ない、あの力を引き寄せることが。
「おい、どうした?どうしたんだよ!?」
七惟の表情の変化に気付いた男が、すがるような目で見てくる。
その目が七惟に早くしろ、早くなんとかしてくれ、もうお前しかいないと言ったように訴えかけてくるようで肩にかかる力も増していく。
だが……。
「出来ねぇ……」
「なん……でだよ!アンタが早く戦わないと、教皇達が!」
「んなこと分かってんだよ馬鹿野郎が!くそったれ!」
どうして、どうして出来ない?
計算式はあっている、今までと同じやり方だし、痕跡を辿って逆算するやり方には弊害はないはず。
計算するにあたって体力的な問題は関係ない、五体満足だろうが四体満足だろうが関係なくあの演算を行えば間違いない。
まさか七惟のメンタルが影響している?それは計算間違い以上に有り得ない答えだ、なれば一体……。
そこで七惟は思い出した、腹に風穴を空けられたはずなのに全く問題なく話している今の状況に。
死んでいておかしくない、アックアと刺し違えるつもりで良いと放った一撃の代償にしてはあまりに小さすぎる身体へのダメージ。
まさか……。
「おい!」
七惟に掴みかかって肩を揺さぶる男に尋ねる。
「なんだよ!?」
「お前ら、まさか俺に回復魔術とかなんとか、訳分かんねぇのをしなかったか!?」
「回復魔術……そ、そりゃそうだろ!アンタあのままだと死んでたんだぞ!」
『回復魔術』。
おそらく、コレだ。
七惟は異世界の力を引き寄せた状態での自分、即ち身体能力を底上げしたあの状態の自分はあらゆる魔術的要素を反射することは既に理解している。
反射の装甲で神裂と戦った時は煉獄の魔弾を無傷でやり過ごせたし、先ほどの対アックアでは水流魔術を受け付けなかった。
要するに、『あの力』と魔術は相反する力なのだ。
だからこそ七惟は聖人達の攻撃を無効化出来たし、台座のルムもおそらくだがその恩恵で撃破したはず。
しかし今七惟の身体には天草式が七惟のためと思って扱ってくれ回復魔術がまだ体に残っている。
あれだけの風穴を空けられて死んでなかったのはこれが理由だったのかと理解すると同時に、そのせいで異世界の力を引き出せないことも分かった。
まぁおそらく回復魔術とやらを使われていなかったら自分は死んでいるだろうから、天草式の判断は間違っていない。
「…………」
「だ、ダメなのか!?」
「……少し考えさせろ、お前は早くあいつらのとこに行け!」
焦燥に駆られ自然と語気は強くなり男を追いやる形で言い放ってしまう。
とにかく此処にいても彼の不安は増すばかりで、下手をすればそれが他の天草式のメンバーに伝染するかもしれない。
それよりは余計なことは考えさせず、戦いに没頭させてしまったほうがまだいい。
「わ、分かった!とにかく早くきてくれ!」
一人残った七惟は何とか自分の気持ちを静めようと心掛けるも、響き渡る轟音と叫び声、アックアの唸る一撃の破壊痕を見聞きし、知覚する度に真逆の方向へと心は揺れ動く。
自分が考える時間は天草式一人の命と引き換えに得ている時間だ。
正直なところ七惟にとって天草式一人一人などどうでもいいと思っていたが、彼らが苦しめば悲しむ人、涙を流す人がたくさんいることは既に今の彼ならば理解出来る。
七惟の大切な仲間である五和だけではない、彼らと共に行動してきた上条だってそうだし、インデックスも……そしてイタリアでお世話になったオルソラもだ。
脳裏に浮かぶ彼らの表情、それが力にならず七惟の身体の歯車を軋ませる。
「落ち着け……まずは、状況だ」
考えろ、冷静になれ。
まず、現状をよく整理しなければ何も出来ない。
地面が砕かれるような轟音の爆心地を見やる、そこには人の域を超えたアックア、神裂、五和の三人が命を燃やして戦っている。
まだ五分五分だが、これ以上天草式の数が減ってしまえば五和の動きがやがてあの二人についていけなくなり失速するのは明確だ。
神裂も踏ん張っているものの傷が深い故か聖人の力を限界近くまで引き出しているせいか顔は苦渋に染まっている。
自分があの戦場に飛び込んで出来ること……異世界の力を引き出した自分ならば、あの場に行っておそらく戦力になることは出来る。
だが、『今』の自分は回復魔術のせいかは分からないがあの状態になることは出来ない。
おそらく見た感じそこらへんのスポーツカーよりも早く移動しているように見える連中についていくことなど不可能だ。
ならばサポートに回って壁を張り防御に回るか?
いや、アックアには防壁など何の意味もなさないことはこれまでの戦闘で実証されてしまっている。
……そういえば、そもそも天草式はどのような戦略があったのか。
何の策も無しにあの人外に立ち向かっていくとは考えられない、無策なんて有りえないはずだ。
その策を知り、策のサポートを行っていくほうがまだ直接的な戦闘に参加するよりも効果があるはずだ。
七惟はふらつく足を抑えながら立ち上がり、周囲で倒れ動けなくなっている天草式の少女に話しかける。
「おい、大丈夫か」
「……まさか全距離操作の貴方にそんな言葉を掛けられるとは思わなかったよ。死にかけて記憶喪失とか?」
「お前らがキオッジアで俺を襲ったことはしっかり覚えているから安心しろ」
「あ、そう。ざーんねん」
「お前ら、どうやってアックアを倒そうとしていた?無策で突撃する程馬鹿じゃねぇだろ、あのクワガタ頭は」
「そうね……魔術に疎い貴方に詳しく言ってもわかんないだろうから、結論だけ。五和の槍に『聖人崩し』っていう特別な術式を組んでる、それであの男を貫けば終わり」
……よくわからないが、聖人をぶっ潰す特別な魔術を使ってアックアを倒そうということか。
「アックアが唯一避けた攻撃がソレ。あの男が防御じゃなく回避した攻撃に全てを賭ける、私たちは」
鍵は五和。
五和の一突きに全てがかかっているということだ。
「……へぇ。そう、かい」
「でも貴方が動けるなら話は別かもね」
「どういうことだ?」
「上のフロアから見てたけれど、貴方の最大出力はアックアの左顔を破壊した。おかげでアイツは重傷よ、もう一発叩き込めれば……」
「……」
「もう一度回復魔術を掛ければ万全に近い体調になるはず。今から私が唱えるから全回復して、翼を出してさっきみたいにその右手を翳してくれればきっと勝てる!」
まるで、絵に描いたようなヒーローだそれは。
七惟は自嘲するような表情を浮かべると、見つめる少女に向かって静かに口を開いた。
「わりぃが、ソイツは無理だ」
「え……?」
「そんな皆が恋い焦がれるようなヒーローはあのサボテンだけで十分だろ」
七惟は立ち上がり前を見据える。
なるほど、天草式の連中はさっきの少年やこの少女のように自分に期待しているって訳か。
この絶望的な状況で向けられた周囲からの期待、本来ならば誰しもがプレッシャーに感じて身体が硬くなってしまうシーンだが七惟は違った。
自分はプレッシャーを感じないタイプとか、プレッシャーを逆に力に変えてしまうとかそういうかっこいい奴じゃないし、そんなのはキャラじゃないということくらい七惟自身がよくわかっている。
「回復魔術は自分の為に使っとけ、俺はまだ自分で歩けるからマシだ」
そんなかっこいいことは自分には出来ないということを彼は最初からわかっているのだから。
今思えば自分は何時だって肝心なところで負けてきたし、誰かに助けられてきた。
妹達の時は上条に一方通行を倒して貰った、いわば自分はかませ犬のように惨めに蹴散らされた側だ。
レムナントの運搬では御坂に助けられたし、イタリアでは艦隊を破壊したのはまたもや上条、自分はどちらかと言うと彼を助けるまでのお膳立てで結局リスクを犯していない。
学園都市に台座のルムと前方のヴェントが侵攻してきた時だって、ルムにずたぼろにされた記憶以外何も残っていないのだ。
そして学園都市暗部抗争、七惟を取り巻く環境、感情、人間、全てが大きく変わり変質していったあの日。
アイテムを守って貰ったと絹旗は言っていたが、アイテム崩壊をぎりぎりの状態で防ぎ繋ぎとめたのは麦野を『殺す』汚れ役をやってのけた浜面仕上以外何物でもない。
七惟理無という人間は、誰からも好かれて皆に無償の愛をばら撒くような勇敢な戦士なんかじゃない。
皆から好意を寄せられ、今迄様々な苦しみを和らげ、たくさんの人々を助けてきたヒーロー……そんな神話のような英雄になんてもってのほか。
もちろんその手全てで何かも思い通りにハッピーエンドに繋げてしまう全知全能な神なんかじゃない。
でもそんなちっぽけな七惟にだって、最強の自己中とか友達16年間0で人のことを考えられないような欠陥人間にだって『今』は出来ることはある。
それは……。
「ちょ、ちょっと全距離操作!」
「さぁて、行くか……!」
それは、彼らのために体を動かすことだ!