とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅴ

 

 

 

 

七惟自身の作戦は到ってシンプル、動きを止めて敵を倒す。

 

だがその過程は恐ろしく難しい、なんせ動きを止める相手があのアックアなのだから。

 

今の七惟は半天使化は使えない、要するに唯の能力者の状態で神裂達と協力しなければならない。

 

だが、自分はもう覚悟を決めたのだ。

 

勝負を決するのは一瞬、そこで全てが決まるだろう。

 

既に五和が態勢を整えている場所の座標は頭に叩き込んだ、後は自分達がアックアの動きを止めるのみ。

 

目の前には怒号を響かせる戦場、突き放すアックアに追いすがる神裂、少しでも敵にダメージをと食い下がっている天草式。

 

この光景を見て、七惟は思う。

 

あぁ、自分は変わったなと。

 

いつぞやの自分ならば、こんなドンパチやっている場所に自ら進んで首を突っ込んでどうにかしたいだなんて絶対に考えていないだろう。

 

自分には関係ないと決め込んで遠目に見ている野次馬や雑踏だ。

 

それがどうしたことか、今では危険な場所に自ら足を踏み入れどうにかしたいと思っている。

 

何時から変わったのかは分からない、気がついたらそうなっていた。

 

誰の影響なのか、自分から進んでそうなったのかは分からないが、そう考えている自分自身が嫌いではない。

 

 

 

「さて……五和の野郎にも発破かけたしな」

 

 

 

五和。

 

色々因果な相手ではあるが、あの少女と出会ってから自分も変わっていった。

 

もちろん五和だけではない、暗部の連中を食い止めてくれた絹旗や滝壺と浜面、今は治療中の上条も影響している。

 

先ほどは彼女を奮い立たせるため、まぁそうしなければ死ぬのでどうにか再起させようと思って柄にもなく変なことを言いまくったが今思い返すと何を善人ぶっているんだと嘲笑せずにはいられない。

 

だがそんなことで冷静さを失う程今の状況は甘くはないのだ、彼女がやってくれると言ってくれたのだから自分はそのステージを全力で整えてみせる。

 

五和は絶対無理だとか叫んでいたが、七惟は不思議と彼女が失敗するビジョンを描けなかった。

 

今迄彼女と何回か打ち合いをし、助け合い、僅かだが共に過ごしてきた五和を振り返ってみればこの作戦は成功すると確信している。

 

だからこそ、彼女を疑い天草式の仲間とは違った視点で物事を判断出来る七惟だからこそ、最後のワンチャンスを彼女に託した。

 

信じて、託したのである。

 

 

 

「やってやる……それしかない」

 

 

 

轟音が響き渡る戦場に七惟は身を投じる、それと同時に半天使化では感じ取れなかった暴力的なまでの威圧感をその場で身を以て味わうこととなる。

 

なるほど、これでまだ戦意を失っていない天草式は相当芯が強い……この張りつめた空気、五和が根を上げたくなる気持ちも当たり前といったところか。

 

アックアがこちらに気付いたのか、一瞬ではあるもののその表情に狼狽の色が見えた。

 

しかしもちろん戦場のプロであるあの男にとって瀕死の敵が再度牙を向けてくるなど日常茶飯事、しっかりと七惟を認識し攻撃に出てくる。

 

 

 

「さぁて……どうやってあの糞ったれを止めるか……つっても今の俺に出来ることは散値計算して『壁』を作るくらいか」

 

 

 

七惟もまだ戦えはするものの、生死の境目を彷徨った消耗でもちろん高度な演算は出来ない、物体の転移や可視距離移動砲を乱発するのはやはり厳しい。

 

アックアが構え、全てを飲み込む破壊の濁流が七惟に向けられる。

 

この攻撃に七惟の壁を貫通する『異世界の力』は含まれていない、不可視の壁で攻撃を防ぎつつ同様の壁をアックアの行く手に設置していき攻撃を行う神裂を援護する。

 

 

 

「大人しくしていれば見逃していたものを……私は敵意を向けるモノに対し容赦はないのであるがな」

 

「てめぇは猛獣に襲われる草食動物に大人しくしろって言うのか?生憎死んだフリは苦手なんでな、全力の悪あがきを食らいやがれ。俺の悪あがきは痛いじゃ済まねぇぞ」

 

「その言葉、既に追い詰められていることを自白しているようなものであるがな」

 

 

 

売り言葉に買い言葉、どうやら自分は挑発に相当弱いらしい。

 

アックアの振うメイスにはこの世の理から外れた力が膨大に含まれるため不可視の壁は貫通してしまう、要するに奴の物理攻撃は全て七惟に対して致命傷に成り得るため細心の注意が必要だ。

 

だがアックアと神裂の聖人というステータスはこちらにそんな余裕を一切与えない、人間の骨格では生み出せない力や速度、その全てが能力者七惟理無にとって脅威である。

 

神裂がこちらを一瞥する、戦況が数秒後に変わるなんて日常茶飯事、初めは目を軽く細め意味深な視線をこちらに投げかけてきたのだが、すぐに考えを切り替えたのか敵を見据えた。

 

 

 

「オールレンジ!私の動きに合わせて壁を作れ!」

 

「元からそのつもりだ!」

 

 

 

神裂の怒号に呼応し七惟も感覚を研ぎ澄ませ、アックアの動きをインターセプトする。

 

最初アックアと遭遇した時、七惟は全快の状態だったがそれでも奴の動きを把握することは出来ないしそのスピードについていくことなど到底出来なかった。

 

それは場数を踏んだ今も同じこと、むしろあの時より消耗が激しい今の方が余程不利。

 

それでも今回はあの神裂が味方だ、はっきり言っていけ好かない女ではあるものの味方になるとやはり気持的な面で相当頼もしい、一人で戦闘を行うより遥かに楽だ。

 

 

 

「烏合の衆が……無駄である!」

 

「無駄だかどうかはまだわかんねぇだろ!」

 

 

 

アックアの無限の水流の槍、それを壁で防ぎつつチャンスを伺う。

 

神裂もアックアとタイマンを張っていた時よりかは幾分かよさそうではあるものの、それでもあの男の圧倒的な力を弱めることは出来ない。

 

これではまるで隙など作れそうにない、五和の槍を使うにはせめて5秒は動きを止めておかなければダメだ、それ以下ではとてもじゃないが必中させる自信がない。

 

その間にも五和の身体を強化している天草式の連中は少しずつ削られていく。

 

矢継ぎ早に繰り出されるアックアの攻撃、何処かにスキがあるはず……!

 

七惟は崩壊したコンクリを可視距離移動砲で射出する、アックアは間髪入れずに反応し片手間に対処するかのような動きで槍を振う。

 

だが七惟にとってコンクリートの一発はダミー、追加で更に巨大な建物の残骸をアックアの行く先に転移させコンクリと鉄筋を激突させ粉砕、鉄の雨でアックアを押し潰そうとする。

 

逃げ道を防ぐように神裂が煉獄を纏ったワイヤーを張り巡らせる、神裂の扱う炎の魔術は摂氏数百度まで練られた溶鉱炉のような炎、アックアの水の魔術をあっという間に蒸発させる程の威力は持っている。

 

上からは人を圧死させるには容易い質量を持った鉄、横からは触れれば蒸発する鉄線だ。

 

完全にチェックメイト、そう思わせるには十分過ぎる一撃が迫っていると言うのにアックアの表情は微動だにしない。

 

その直後、アックアは天にまるで大瀑布を思わせるような激流を生み出し鉄の雨を全て跳ね除け、その水流に乗って移動しワイヤーの網も無視し意図もたやすくその場から抜け出す。

 

そう、別に頭上の鉄筋など奴にとっては障害に成り得ないのだ、一瞬でも判断が鈍れば死ぬその状況で全く判断を狂わせないあの男、戦場でのスキルの違いがありすぎる。

 

しかしそんなことは七惟だって既に学習済、怯むことはないしそもそもそんなところで躓いていてはこの男は絶対に倒せない。

 

追撃すべく七惟はアックアが乗っている水流のど真ん中に壁を作りだしその勢いを殺し、足場を滅却。

 

神裂は抜刀術の構え、空中で逃げ場の無くなったアックアに飛び掛かる。

 

アックアは更に水流の魔術で足場を生み出そうとするがもちろん七惟はそれを読んでいる、水流の出所をくまなく壁によって潰していく。

 

逃げ場をなくしたアックアに神裂の一撃が叩き込まれる、アックアは回避を諦めたのか巨大なメイスでその必殺の一撃を受け止めた。

 

今なら背後ががら空きだ、七惟は周囲に散らばっている釘や鉄線を拾い上げ可視距離移動砲で射出する。

 

この間僅か1、2秒、異変に気付いたアックアは神裂を押しのけるものの流石に全てには対応は出来なかったらしく極太の鉄線が肩に突き刺さり貫通、真っ赤な血を流すが。

 

……駄目だ、どうしても致命傷には程遠い。

 

 

 

「即席のコンビネーションで感心はするが……ッ、まだまだ!」

 

 

 

大地に降り立ったアックアは七惟に標的を変えて襲いかかる、もちろん常人の七惟にとって正面から時速数百キロの高速鉄道が衝突してくるようなものだ、対応できる訳などない。

 

当たればミンチ、良くて肉片が残るくらい、しかしそんな死に方はご免である。

 

五和の槍をくみ上げた七惟は不可視の壁を槍と合体させ、まるで戦車のようなメイスの一撃を食い止めるがもちろん全ての衝撃を受け止めきれる訳がない、半天子化した状態で致命傷に成り得た一撃を生身の七惟が食らったらどうなるか……。

 

 

 

「ぐ……ッ!?」

 

 

 

言葉がおいていかれるとはまさにこのこと、声と衝撃どちらが先に出たのかなんてどうでもよいくらいの力。

 

異世界の力が弱かったおかげで破壊力はそれほどでもないものの、5M軽く吹き飛ばされ荒野に体が投げ出される。

 

無論それでアックアが追撃を緩めることなどない、間接的な攻撃を行う七惟を先に潰すほうがより勝利に近づくと確信したのか執拗に攻撃を行う。

 

七惟を援護しようと食い下がる神裂だがアックアのスピードには追いつけない、何とかぎりぎりで立ち上がろうとしている七惟に今度は全く予備動作なしでメイスの攻撃。

 

もはや今の七惟を仕留めるに威力など不要、連撃で一気にカタをつけるつもりか。

 

七惟の回避行動を先読みしたか今度は横へ薙ぐ攻撃、突きよりも威力は弱まるものの生身の七惟が当たれば即死間違いなしの代物。

 

壁の重ねがけが出来ないのが本当に悔やまれる、しかし等身大の壁を張れるのは唯一の救いか、七惟は再度槍で防ぐ。

 

壁とメイスが激突した瞬間、眩い火花のような閃光が発しダイナマイトが爆発したかのような炸裂音。

 

力と力が拮抗している、七惟の表情は苦悶に染まる、アックアの表情はまるで般若のような力の色へ染まる。

 

 

 

「こん……の、糞ばかでけぇ、……害虫があああぁぁぁ!」

 

 

 

歯を食いしばり更に槍を支える力を上げるが、常人の筋力などこの聖人同士の戦闘においてはまるで意味がない、今の七惟を守っているのは自身の筋力でも五和の槍でもなく目に見えない薄いたった一枚の壁。

 

これが突き破られたら即、死あるのみ。

 

 

 

「アックアアアアァァァ!」

 

 

 

神裂が寸前で間に合ったのか、煉獄の炎が迫りアックアは体を引き七惟から離れる。

 

助かった、あのまま異世界の力を引き上げられたら間違いなく七惟の身体は跡形もなく吹き飛んでいただろう。

 

 

 

「大丈夫ですかオールレンジ」

 

「馬鹿言え、五臓六腑がちゃんと元の位置にあるかどうかわかんねぇぞ……」

 

「そんなことが言えるならば大丈夫でしょう」

 

「今は、な……」

 

 

 

百戦錬磨の般若の形相を浮かべ、こちらに立ちふさがる巨大な蒼の壁。

 

こちらが切り崩すのが先か、それとも天草式諸共根絶やしにされるのが先か。

 

ピリピリと張り付くような緊張感が神裂からも伝わってくる。

 

 

 

 

 

 







新年あけましておめでとうございます!

昨年のうちにこの章を終わらせる予定だったのですが、

12月一度も更新出来ないという体たらく……!

今年こそは頑張ってたくさん更新したいです。

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