とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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君と一緒に歩く未来-ⅱ

 

 

 

 

神裂から見た七惟理無という少年は、如何にも科学の街の黒い世界で育った現代っ子という感じだった。

 

暗部組織に身を寄せて冷静沈着に行動し、冷徹に淡々と学園都市の敵を葬る。

 

親が居なくて、研究所で育てられ真面な人格形成など図られず捻くれて、擦れている。

 

それが必要悪の教会から貰った報告。

 

実際ステイルと共に学園都市を訪れた際、初めて七惟を見たところ強ち情報は間違っていないと思った。

 

戦闘力は申し分ない、協会でも生粋の実力派であるステイルの魔術が一切通用せず追い込み、あのまま戦っていたらおそらく彼の敗北は免れなかったであろう。

 

学園都市のレベル5は一個師団に相当する。

 

噂は伊達ではないなと感心もした。

 

その後は天草式の五和達が神奈川で同じ人物に襲われ、そしてイタリアでは共闘したとも耳にした。

 

最初は大層驚いて自分の元部下達がまさかあのような少年と手を組むなんて到底不可能だと思っていたが、深堀していくうちにイタリア正教の攻撃から身内を守ってくれたという情報もあった。

 

初めての邂逅から僅か数か月の出来事、たった数か月で人間性に大きな変化が起こったのだろうか……?

 

まぁ思春期真っ只中の少年だ、色々な出来事が短期間で起こり内面を大きく変えたのだとその時は納得したものの、その数週間後に今度は五和を精神拷問にかけたという話が持ち上がった。

 

聴いたその時は何かの間違いだろうと、背中を預けて戦った者同士で幾らなんでもそんなことに発展するなんて理解が追いつかなかった。

 

まぁそれは土御門に誑かされた嘘の情報であったから、神裂が抱いた違和感は正しかった訳である。

 

しかし七惟理無と刃を交えたのは事実。

 

出会ってからそれなりの時が経過したが、ステイルと戦った時とはまるで別人の戦闘力を誇りこちらを追い詰めていった。

 

最終的には半天使化したところ、五和達の動きもありこちらが敗れた。

 

再戦したら負けないという自信はもちろんあるが、そんな勝ち負けを競い合うつまらないことよりも、今の彼を見ていたら思うことがある。

 

 

 

あの時のことを、謝りたいと。

 

 

 

鉄線を差し出したその手を真っ直ぐ見つめる目の前の少年は、もう夏の始まりのあの日ステイルを一方的に嬲ろうとした面影なんてない。

 

もちろん五和達天草式を拷問にかけるとも到底思えない。

 

もっと彼のことを深く知っていれば、きっとあの戦いも回避出来ただろう。

 

彼は被害者なのだ、こちらが一方的に戦いを吹っかけただけである。

 

あぁ、申し訳ないことをした、取り返しのつかないことだ。

 

しかしそれなのに、この少年は今でも自分が昔所属していた天草式のために立ち上がり、戦ってくれている。

 

こちらの非を認めたくなくて、彼に不躾な態度を取っていた。

 

何処かで逃げ出すだろう、この期に及んで何をしにきたと訝しんでばかりだった先ほどまでの自分が本当に恥ずかしい。

 

こんなにも彼はこちらを頼り、信頼している。

 

一緒に敵を倒そうと、戦おうと。

 

一方的に暴力を振るってきた相手にそんなことを言ってきた。

 

全く持って、お人よしだ。

 

きっと彼を此処まで変えたのは五和なのだろう。

 

そんな彼に謝りたい。

 

謝って許してくれるなんて分からない、だけどこのまま何も言えないで死んでいくなんて一人の人間として間違っている。

 

だからこそ、今は目の前の敵を倒すのみ。

 

差し出された鉄線を受け取る少年の瞳を見る。

 

その瞳は、何処かのツンツン頭の少年とは違う色でこちらを綺麗に映し出していた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

七惟は神裂から鉄線を力強く受け取る、眼前にまで迫っていたアックアは神裂が初手を受け切り跳ね除けてくれた。

 

勝負は一瞬だ、今の七惟の演算処理能力で正直な所正確に放射状に鉄線を射出させられるかは分からないがやるしかない。

 

一瞬に全てを掛ける、今まで培ってきた力……全距離操作の能力全てを!

 

打ち合っていた神裂とアックアの距離が開いた、神裂の放った炎の矢が何十本もアックアに向かうも、メイスを一薙ぎした風圧で纏めて消し去る。

 

息も絶え絶え、体力的にはとうに限界を迎えているのはアックアも同じようだがそれでもこれだけの力をたたき出す奴の精神力には恐れ入る。

 

神裂の攻撃をやり過ごしたアックアがこちらを向き正に今自分に向かってその一歩を踏み出そうとしている。

 

ビンゴだ、アックアと自分の距離、神裂とアックアの距離が一定以上保たれている……申し分ない、やるなら、今。

 

覚悟を決めろ、七惟理無。

 

 

 

「行くぞおおおぉぉぉ!アックアアアアァァァ!」

 

 

 

複雑な演算処理は七惟も身体負荷を考えるとこれがラスト、全能力を持ってアックアに叩きつける。

 

神裂、アックアのスピードを超越した速さで七惟からアックアに向けて放射状に鉄線が5本放たれる、それを知覚したアックアは退路を確保しようと動くが遅い。

 

幾ら聖人が人体を超越した動きが可能でも、一般人の七惟から見て弾丸のようなスピードを誇るように見えたとしても、実際は体感より遅いのだ。

 

 

 

「逃がすものか!」

 

 

 

鬼気迫る表情で神裂がアックアの背後に回り込み退路を断つ、放たれた鉄線はアックアを囲うように広がり、更に触れたら一瞬で蒸発するような煉獄を纏う。

 

背後の神裂は抜刀、周囲には絶対等速で連続的に動き続ける灼熱の鉄線。

 

絶対等速状態の物体は異世界の力で容易に破壊出来るが、神裂の煉獄を纏わせた鉄線を破壊しようものなら獲物が使用不可の損傷を受けるのは間違いない。

 

自身の置かれた状況、七惟達の戦略、この一手に掛ける全てを悟ったアックアの視線が七惟に突き刺さる。

 

覚悟を決めた男の顔とはまさにこういうものなのだろう、その表情には恐怖や怒り、感情に染まった色など全くない。

 

唯勝つこと、その1点を無心に想うその勇猛果敢な戦士の色に七惟も蛇のように眼光を凄ませ応える。

 

背後から迫る神裂の一撃は恐らく全力の唯閃、此処で動きを止められるようなことは不味いと判断したアックアが弾き出した答えは。

 

 

 

「……学園都市の戦士よ!勝負である!」

 

 

 

迷いなど何もない、アックアは態勢を整え呪文を唱えると砲弾のようなスピードで七惟に向かって突っ込んでくる。

 

やはり来た、こうなることは有る程度予測出来たが此処で踏ん張らなければ全てが無駄になってしまう。

 

七惟を射出源として鉄線はアックアを中心に四方へ放たれている、要するに七惟に近づけば近づく程鉄線同士の密度は上がりもちろん煉獄に触れる危険性も上がる。

 

だが、アックアのメイスのリーチを考えるにギリギリ七惟への攻撃が届いてしまう、要するに射出源の七惟を止める術をあの男は持っているのだ。

 

勿論このことは七惟だって考えていたが、神裂のスピードを考慮すればアックアが攻撃目標を切り替える前に一撃が入ると判断していた。

 

その目論見が瓦解してしまった今、七惟が取る行動は決まっている。

 

それは、受け切ること。

 

最大防御の壁で受け切り、受け切った瞬間の動きを止めたアックアに五和をぶつけるのみ!

 

もはや瞬きすら許されないアックアの恐るべき突進攻撃が目と鼻の先まで迫ろうかという時、七惟は鉄線の演算処理を全て取り止め、懐から槍を取り出す。

 

この槍では態勢を整え出力を上げたアックアのメイスの一撃は受け切れないし、そんなものをまともに食らえば自分が絶命することだって七惟は分かっている。

 

壁の重ね掛けは出来ない、アックアを利用した半天使化も不可能……それなら。

 

槍に接続した不可視の壁、この壁にアックアから発せられる『異世界の力』を更に接続して重ね強度を限界まで上げるのみ。

 

発射源を失った煉獄のワイヤーが大地へと崩れ落ち、鉄の軋む音と炎がはじける音が狭い地下都市の中を反響したその刹那、両者の武器が激突した。

 

 

 

「やらせるかああぁぁぁ!」

 

「オオオォォォ!」

 

 

 

二人の雄叫びが慄いた。

 

鍔迫り合いをする武器同士がこの世のものとは思えない光と音を生み出し、狭い蒼の地下空間を埋め尽くす。

 

手先から体感したことがないような凄まじい圧力を感じる、気を抜けば腕が引きちぎれる所か五体が持っていかれてしまいそうだ。

 

初手の激突によって生まれる衝撃波は抑えたがもちろん七惟が勝てる訳がないのでこのままでは押し切られる。

 

せめて神裂の一撃が入るまでは持ちこたえなければならない。

 

ならば、アックアの持つ『異世界の力』を更に引き出して壁を強化するしかない!

 

自身の演算処理の限界を超えるかのような負荷、集中力が切れそうな程の轟音と痛みと苦しみ、目の前が明滅したかと思ったら真っ白になる、まるで目から火花が散ったかと思われる程に視界が煌めく。

 

 

 

「なに……!?」

 

 

 

一瞬、此処まで全く微動だにしなかったアックアの表情が予想外に粘る七惟に対し微かにだが驚愕の色へと変わったのを七惟は捉える。

 

全てを賭けるなら、今……なのか?

 

そう判断した彼の脳は、僅かだが防御の壁への意識が薄れてしまう。

 

もちろん七惟が敵の隙を見逃さないのと同様、百戦錬磨のアックアが見逃すわけがない。

 

アックアが貯めていた最後の力を放出した、七惟はすぐさま意識を戻そうとするも遅い。

 

頭の血管が切れそうだ、眩む視界に手足の感覚も無くなるが……此処で、此処で負ける訳にはいかない。

 

食い下がる七惟、もう限界だと感じる、力が入らない、身体の中には何も入っていないのに嘔吐しそうになる、自分の身体がちゃんと今此処で機能しているのかすら分からなくなる。

 

僅か1秒が10秒に、10秒が1分に、1分が10分にとも感じられ永遠にこの時間が続いているのではないかと錯覚する。

 

 

 

「アックアァァァ!」

 

 

 

しかし意識が手放される限界で七惟は神裂の一撃が入ったのを見た。

 

アックアの動きが止まる、物陰に隠れている五和からアックアまでの距離は100M程。

 

 

 

 

 

此処だ、この瞬間に全てを賭ける!

 

 

 

 

 

 

「オールレンジ!」

 

 

 

神裂が怒号を上げ、それに応えるように七惟が叫ぶ。

 

 

 

「五和ああああぁぁぁ!」

 

 

 

全能力を持って五和を射出する。

 

気付いたアックアが七惟を吹き飛ばし、神裂の七天七刀を振りほどき彼女も跳ね飛ばされる。

 

しかし。

 

これだけの隙、防御態勢も取れていない、これならば……!

 

100M、七惟の今誇る最高出力をもってすれば。

 

たった1秒で必殺の一撃が奴を貫く。

 

アックアに吹き飛ばされる最中、アックアへと向かう五和とすれ違い七惟は叫ぶ。

 

 

 

「貫けえええぇぇぇ!」

 

「はあああぁぁぁ!」

 

 

 

五和の雄叫びの後、僅か1秒身動きが完全に停止していたアックアに全てを込めた一撃が、届いた。

 

 

 

 

 

 






何時も御清覧頂きありがとうございます!

先日は三か月ぶりに更新したというのに、たくさんの方に見て貰い、

また多くの感想や評価を頂き本当にうれしい限りです、ありがとうございます!

皆様の感想や評価で更新するパワーが湧いてきました。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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