とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
五和と七惟の会話を一部修正しました。
五和っぽさが若干抜けていた感じがしたので……。
「ああ、こないだ地下街で見てた特産品市場があっただろ?また似たような催しがあるみたいだから都合が合ったら一緒に行くか?」
「えー!?いいの!?」
「都合があったらな、上条が居るだろ」
「とうまの都合なんてどれだけしっかり予定を組んでいてもその日その日でひっくり返るから気にしなくていいんだよ!行こうりむ!」
「思いのほかアイツの扱いが雑だな……」
「勿論りむの奢りなんだよね!」
「お前の食う量が常識の範囲内の間はな!」
五和の目の前では暴飲暴食シスターが重症患者に飯をたかっている様が繰り広げられていた。
このシスター、この病室における振る舞いはシスターそのものだというのに偶にこのようにタガが外れたように空腹の虫となる。
「えー……インデックス、よろしいですか?」
これ以上は見ていて七惟も可哀そうである、神裂が声を掛けた。
「あ、えーと……どうしたの?」
「カチコミに来たのか?」
「病室でいったい何を言ってるんですか……」
「すみません、そちらの七惟理無に用事がありまして……天草式として、話があるんです」
「あ、そうなんだ……じゃあ私は外したほうがいいかな?」
「いい、俺らが外出たほうがいいだろ?」
「助かります」
神裂は小さく頷くと病室の外へ出る。
「それじゃあ私は他の天草式の皆とお話してるんだよ。とうまの所にも行くからりむが戻ってきた時にはいないかも」
「ああ、俺にしたようなことアイツらにすんなよ」
インデックスとの言葉を交わして七惟と五和も病室から出て扉を閉めた。
「それで?その顔じゃ病室で言い辛いことなんだろ?」
「察しが良くて助かりますよ全距離操作。此処では会話内容を聞かれる可能性があるので、外に移動しましょう」
「病院の庭も廊下も同じような気がするがな」
「流石に病室よりは外のほうが監視の目は少ないですからね。構造物内は監視の密度が高い」
「……?」
「行きましょう七惟さん」
要領を得ない七惟は怪訝な表情を浮かべるが、言われるがまま五和と神裂に付いていった。
日は昇ってだいぶ時間が経ち気温も上がり始めているとはいえ季節は冬真っ只中。
着込んでいなければ凍えるような寒さではあるが、五和の魔術により体感温度は少し冷える程度に調節されている。
七惟は術を施されるや否や『なんでもありだなお前らは』と驚いていたが、五和からすればこの程度彼がやってきたことと比べれば天と地と程の差がある。
昨晩はどうやら雨が降ったようだが今は青空が目一杯広がっており、空の青は普段よりもより深く青く、その蒼を際立出せるかのように薄い白雲が広がりよりコントラストを強く、空を綺麗に映し出していた。
地下の街が広がる人工の都市でこんなものが見られるのは珍しいだろう。
そんな青空の真下を歩く三人の顔色は三者三様だ。
七惟はだるそうに後頭部を掻き、神裂は神妙な顔つき、そして五和自身は若干の疑問も抱きながら。
何に対して疑問を抱いているのかというと、今から行われようとしている七惟に対するお礼及び謝罪だ。
勿論彼女自身は七惟に対してお礼・謝罪というのはしなければならないと思うし、それ自体については賛成だ。
だが彼女がクウェッションマークを浮かべてしまうのは、このように外に呼び出して硬い形での会話だについて。
五和としては、七惟自身が礼儀もマナーもなっていないうえに相手に対する配慮も斜め上を地で行く七惟に形式ばった謝罪やお礼が果たして意味があるのかということだ。
何処までも自由で自分のペースを今まで貫いてきた彼は、外に呼び出して一対一でこちらの誠意を見せるというのではなく、あのまま病室で軽い形で言ってしまったほうが本人も気が楽ではないか、と考えてしまうのだ。
このことは神裂には最初提案したのだが、それではいけないと彼女は首を縦に振ることはなく、五和はそれに従ったのだ。
そんな彼女の考えを余所に神裂は歩みを止め振り返り、口を開いた。
「ここら辺りでいいでしょうか……」
五和達の体感温度は術のせいで適温だが基本は真冬、この朝の時間に好き好んで病院の庭なんかを散策する人間も少なく人の気配は少し歩くとすぐ無くなった。
「まずは改めてお礼をさせてください、七惟理無。貴方のおかげで私達は目標を達成出来、被害を最小限に抑えることが出来ました」
神裂が深々と頭を下げる。
やはり何処までも神裂は律儀なことで予想通り物凄く硬い挨拶から始まったが、上司がやっているのだから五和も同様にお礼の意を示す。
「貴方が居なければどうなっていたかは想像に難くありません。一度だけではなく……三度も助けられてしまいました」
「……」
頭を下げたまま神裂は静かに続ける。
「そして今までの無礼な振る舞いを謝罪します。教会での一騎打ちや対アックアで天草式が貴方を疑い行動してしまったのは間違いなく私の責任です。申し訳ありませんでした」
「すみませんでした」
続けて五和も謝罪を述べる。
そう、彼には一度だけではなく二度までも、それに収まらず三度も助けて貰った。
あれだけの仕打ちを天草式が行ってきたというのに。
前回の教会での一騎打ちからの流れを考えれば、彼が神裂は勿論のこと天草式に対して相当なマイナスの感情を持っていたに違いない。
それなのに、彼は五和達を助けた。
理由はきっと色々とあるのだろう、五和や神裂が考えつかないくらいのこともあるだろう。
だがそれを考えて自分たちを納得させるよりもまずは恩人に対して感謝と謝罪をしなければ、居ても立ってもいられない。
彼がこの言葉をどう思うかは分からないが、この二つの気持ちだけは伝えなくてはならないと神裂が決め、七惟を外に連れ出したのだった。
「……」
沈黙。
冷たい風が吹き、耳にその風音が残る。
五和も神裂も頭を下げたまま、七惟が言葉を発するのを待った。
しかし五和達が思うよりもすぐに彼は声を発した、時間にしたら数秒程度のことでまた思ったよりも抑揚が高い声で。
「ったく、そんなことかぁ?お互い様だろ今回のは。それに教会の一騎打ちや天草式の行動なんて終わった事掘り返してもどうしようもねぇだろ、勘弁してくれ。それより俺の代わりにあのシスターに飯奢ってくれたほうが何倍も俺は助かる」
「……」
「なんだその顔は二人そろって。俺がもっとネチネチ言うと思ったのか?」
「い、いえそういう訳じゃなくてですね」
「早く病室戻って教皇が直々に天草式の奴ら励ましたほうがまだ有意義だろ。もう全部終わったことだから何度も言われるのはしんどいぞ。あと今回の騒動は俺もお礼を言う側だ、お前らが居なかったら間違いなく死んでたんだから」
やはり彼は神裂が予想していたよりも、もっとシンプルに事を考えていたらしい。
「それにな、毎日がジェットコースターみたいな生活送らなきゃならないこの学園都市でネチネチ終わったこと言ってもしょーがねぇだろーが。そんなことイチイチ考えるほうがしんどいわ」
アホか、とこちらをジト目で見てくる七惟。
あぁ、やっぱりこうなったかという安心感と全く緊張感の無い受け答えで拍子抜けした。
なんだかこっちのほうが彼らしいというか、七惟理無という人間はそういう人だ。
「あはは……七惟さんがそこまで言うのは予想外でしたけど、そのほうが七惟さんらしいです。もうすっかり元気になったんですね」
「減らず口叩けるくらいにはな、もう1週間だぞ。此処があの蛙の病院だったら既に退院してる」
「此処まで回復しているのは私達の回復魔術のおかげでもありますよ?」
「入院してる間は勿論覚えとくぞ」
「そ、その後は?」
「記憶が持つ限りだな」
神裂は目を点にしており、五和と七惟の会話のテンポについていけない。
そもそも彼がここまであっさり了承し引き下がるというか、事が簡単に進むとは到底思っていなかったらしい。
今迄の天草式との確執を考えれば彼女の考えは至極まっとうなのだが、それが通じないのが七惟理無という人間であり、五和と彼との関係なのだ。
何時も破天荒で、無粋だけど、凄い人。
「その……五和、これでいいのですか?」
「はい、やっぱりこうなったか、とは思うんですが……これでいいと思います、七惟さんが納得しているみたいですから」
「ったく、アンタも少し硬すぎだろ。こないだの時のほうが全然自然だったぞ」
「そうですよプリエステス、七惟さんはこんなに態度が大きいんですからプリエステスも変に畏まらないでください」
「……なるほど、そうですね」
神裂がその顔に微笑みを浮かべ、また七惟を見る。
すっと右手を差し出して。
「では改めて。ありがとうございますオールレンジ。これからも私達といい関係を築いていきましょう」
「ああ、取り敢えず俺に一方的に噛み付いてくる連中の手綱はしっかり頼むぜ?それさえしてくりゃあ俺は十分だ」
「えぇ、それは保障しましょう」
差し出された手を、七惟もしっかりと握る。
身長も年齢も上の神裂と七惟だったが、そんなことは関係ない。
二人の固い握手を見てこれから間違いなく自分たちは彼との関係を改善し、前進させることが出来る。
此処に教皇代理が居れば天草式の勢力・戦力拡大による恩恵を考えたりするのだろうが、神裂の目を見るにそういうことは一切考えていないように見えた。
そして五和も、彼女と同じだ。
「さて……それでは私は病室に戻ります。これからもよろしくお願いしますねオールレンジ」
「はいはい、でも厄介事はこれ以上持ってくんじゃねーぞ」
「それじゃああとのことは頼みますよ五和」
「はいっ?」
「まったく……」
踵を返し、病棟に戻ろうと歩を進める神裂。
そして五和とのすれ違い様に一言。
「話をしたい、というのが顔に出ていますよ」
「……!」
最後になんてことを言うんだこの人は。
「それでは」
神裂はそれ以上は何も言わずに去って行った。
残ったのは五和と七惟の二人きりである。
七惟は頭をぼりぼりと掻いて、あー俺の付き添いで残ってんのか?とか気の抜けたことを言っている。
あのアックアとの戦いの際は、弱音を吐くわ足を引っ張るわ、最後は大泣きするなど彼の目の前では踏んだり蹴ったりな姿を見せてしまった。
こうやって落ち着いて話すのは、あの事件以来初めてかもしれない。
……話したいことがあるのは、間違いない。
伝えたいことがあることも、間違いない。
色々と五和と七惟の間には問題も山積みであったが、今はそれがほとんど解消されて二人の関係を変えたい、と願っているのは間違いなく自分自身。
あの戦いを経て、変わった自分、
だからそれを、彼に伝えたい。