とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「付き添いなんかしなくても自力で帰れるぞ流石に。戻ろうぜ」
「あの、七惟さん」
「んあ?」
「……せっかくですので、少し話しませんか?」
「こんな北風飛び交う屋外でか?」
「そ、そんなこと言わないでください。こんなに青空が綺麗なんですから、身体のリハビリも兼ねて散歩もしつつ。幾ら回復したからと言って今まではほとんどベッドの上だったんですよ」
「はいはい、お付き合いすりゃあいいんだろう?手短に頼むぞ」
「……ありがとうございますっ」
手短で終わらせる自信は余りないのだが、一度話始めてしまえば文句を言いつつも七惟は付き合ってくれるもの。
五和はにこりと笑って歩を進め、七惟もゆっくりとその後ろから付いてくる。
何気ない会話から始まった二人の雑談、五和が七惟に入院中は何をして暇を潰していたのかと聞けば答えは『インデックスいじり』。
七惟が五和に天草式の香焼のことを『誰にでも噛み付く狂犬みてぇな奴だな。でも弱いから狂犬チワワか?』と言えば五和は苦笑して。
やがて会話は、先日のアックアとの戦闘のことに自然と流れていった。
「お前怪我のほうは大丈夫なのか?腕折れてただろ」
「それは……何とか回復魔術で戻せました。抉られた脇腹もダメージを受けてからすぐに対処出来たので跡は残っていません」
「なるほどな……じゃあその頬のガーゼは?」
トントン、と七惟が自分の頬を指さす。
「これは……恥ずかしいことに、アックアに勝った後も全然気づかなかった傷で。かなり深く抉っていたみたいなんですが、他の怪我に比べたら致命傷にも至らないし、気付いたのはこの病院に皆を運び込んだ時ですよ。皆血まみれの顔を拭いていて、その時です」
「じゃあ」
「回復魔術を使うのが遅れたので、跡は残ってしまっています。このガーゼも明日には取っていいみたいですけど」
顔に残った大きな傷。
五和だって年頃の女子だ、自分を綺麗にみせたいという思いは勿論持っている。
この傷、最初残ることが分かった時はそれなりにショックもあったが、それ以上にこの程度で済んで本当に自分は幸運だったと実感した。
神裂も教皇代理もこの傷の話題は避けるし、皆気まずそうに視線を下げる。
しかしどう悔やんでもこの傷は治らないし、ある以上は仕方がない。
それに必要以上に彼女は落ち込んではいない。
「よく分かんねぇが……顔に傷が出来たら気にするだろ?」
「それは勿論、単純に顔に傷が入ったら嫌だなって私も思います。でもそれだけじゃないんです」
だってこれは、あの激戦を潜り抜けて生きて帰ってきた証でもあるのだから。
「皆の期待を背負って戦って、勝利した結果の傷なんです。勲章みたいなものだと思えますから」
「そうか」
「そ、それに男性だって顔に傷が出来て一人前!っていう世界があるとか……」
「そういうのは極々限られた一部の世界の奴らだけだからな」
「あはは……でも、私にとっては唯の傷じゃない、特別なモノになりました」
「まぁ、お前自身が落ち込んでねぇなら」
「七惟さんが気遣ってくれるなんて嬉しいですね」
「お前俺を血も涙もない奴だと思ってないか?」
「そ、そんなことありません!……でも」
「でも?」
「……唯単に、心配されて嫌だなって思うことはないですよ」
「……」
「あぅ……」
「…………」
しまった、変なことを口走ってしまった。
でも、おかしなことに後悔していない自分がいる。
逆にもっと言いたいことを、思いを、伝えたいと感情が、身体が、訴えてくる。
二人は歩を止め、五和が踵を返し七惟を見つめる。
その顔は何時も通りの無表情、ポーカーフェイスでこの会話を楽しんでいるとか、つまらなく感じているとかそういうのは分からない。
でも彼は付いてきてくれている、手短にとか言いながら文句一つ言わず話をしてくれている、聴いてくれている。
ああ、それだけで心が温かくなって、ふわふわする。
ずっと、ずっと分からなかった。
100人に上条当麻と七惟理無、どちらが好きかと聞いてみたら。
皆のヒーローである上条に99人が好きだと言っても、もし自分が最後の1人だったら七惟も良い人だ、と言うだろうと考えてしまったのか。
一緒に居て楽しい、一緒に居て波長が合う、もっと一緒に居ていろんなことを彼とやりたい。
バイクに乗ったり、海や山に行ったり、自分が作った料理を食べてもらいたい。
どんな言葉を、どんな表情を見せてくれるのか知りたい。
今迄自分は上条当麻を好きなんだと思っていた。
でもそれは少し違った、彼に対して抱いていたのは憧れというよりも、羨望だった。
あの人の隣を歩けたら、堂々と肩を並べて歩けたらどれだけ気持ちがいいものなのだろうかと胸に抱いていた。
あの人のようにありたい、そう成りたい。
でも出来ないし、自分では到底なれない。
一人で出来ることが、自分は彼に比べて圧倒的に少なかった。
対して七惟は、初めて出会ってから神裂との戦闘後まで特別な何かを抱いたことなんてなかった。
唯、周囲が全て真っ暗になって、暗闇の中に迷い込んでしまったあの時。
七惟が教えてくれた、自分を信じるという気持ち。
皆が信じる自分を信じろと、自分の積み上げてきた努力を信じろと背中を押してくれた彼のことがとても眩しくて。
上条とは全く違う道を目もくれず突き進む彼に大きく惹かれた。
気付いたらすぐ傍に居て、いつも自分のことを思って戦ってくれて、不器用で変な気遣いをしてくれる人のほうがずっと、ずっと特別だった。
「七惟さん」
「あぁ?」
「さっきプリエステスとも一緒に伝えましたが、本当にありがとうございました」
「なんだなんだ改まって」
「七惟さんの御蔭で、天草式は本当の意味で一致団結出来たんだと思います。あの時私達に発破をかけてくれてなかったら、私達はプリエステスを見殺しにしていたかもしれません」
「あん時は生きることに必死だったからな、お前らの力が必要だったから奮起させただけだぞ俺は」
「ふふ、そういうところ、昔の七惟さんらしくないです。今なら七惟さんらしいって言えるのかな」
「お前の言う俺らしい、っていうのがどういう定義なんだか」
「七惟さん、此処最近ですっごく変わったんです」
「……そうか?俺は元からこんな感じだろ」
「そんなことありません。七惟さんが変わって、そして一緒に居た私も変わりました。あの時、敵の前で呆然自失していた私は七惟さんが居てくれたら、今こうやって七惟さんと一緒に歩いていけてるんです」
「お前……」
「七惟さんと一緒に歩く未来を、今こうやって実現出来てます」
「……」
「あ、あの……七惟さん」
言おう、言おうと言葉が喉に突っかかってそこから先が出てこない。
気恥ずかしい、恥ずかしくて身体が小さくなったみたいだ、ポケットの奥深くにこの感情をしまい込んでしまったような感覚になる。
「五和……?」
でもポケットの中に入り込んだこの気持ちを一度でもとりだせたなら、声も言葉も想いも全て伝わるはずだから。
今にも自分を追い越して彼に伝わってしまいそうなこの想い、届いたらいったいどうなってしまうのだろう?
青い青い空の下で、何も言わなくても届いてしまいそうな程強い気持ち。
二人の関係は大きく変わってしまう、きっと前には戻れない。
それでも伝わって欲しい、伝えたい。
だから、だから。
「んな、七惟……さん!」
「あ、あぁ……」
身体の奥深くで燻っているその感情を取り出そうとした瞬間。
「兄を発見しましたと美咲香は高らかに宣言します!」
「おーす七惟!お前俺らに挨拶無しとは随分じゃねーか!お前の為に戦って死にかけてんだから少しは感謝しろ!」
「超七惟!何をしてるんですか……?って、ホントに何をしてるんですか!?女子と二人で!」
遠くから二人の行為を遮るかのように大きな声が聞こえてきた。
そして声の主はこちらが誰かを確認する前に目の前までやってくる。
「なんなんですかね貴方は。七惟に一体全体何をするつもりだったんですか。洗いざらい超吐いてください」
「おいおい絹旗、お前その人は七惟の命の恩人だろ?」
「え、そうなんですか?」
「はい、浜面さんのいう事は正しいですと確認を取ります。彼女が兄を地下街から病院まで連れ出してくれたのは間違いありません」
「うっせーなお前ら……こちらと病人だぞ少しは心配しろ」
「今の兄には私達との面会が解禁されてすぐに伝えなかったことを謝罪して欲しいくらいですと反省の弁を求めます」
やってきたのは、七惟を兄と呼ぶ少女に、友人と思わしき男性、そして七惟のアパートに居た小柄な少女だった。
そして小柄な少女は来るや否やあっという間に五和と七惟の間に割って入ってきた。
マフラーを口元近くまで巻いているため表情全ては読み取れないが、その眼は間違いなくこちらに対してプラスの感情は持ち合わせていない。
「え……と、すみません貴方がたは?」
状況が読み込めないため取り敢えず彼らに質問を投げる。
「私は七惟美咲香、兄の妹です。あの戦闘の場にも一応駆けつけていました」
「同じく、一応命懸けてあそこに飛び込んでいった野郎の浜面だ」
「浜面と同じなのは超納得いきませんが、同じくです」
要するに彼らは七惟の友人……いや、友人という枠を超えて、戦場を共に戦う大切な仲間でもあるのだろう。
七惟に妹が居るなんて初耳だったし、この美咲香という子は他の何処かで見たことがあるような気がするが気のせいだろうか。
浜面という男性は見るからに不良というか、唯の学生という訳ではなさそうだったが七惟に対しての口ぶりから二人が友人関係であると想像するのは容易だ。
そして……。
「七惟、少しは俺らをねぎらってくれてもいいだろ?特に俺なんて美咲香ちゃんのせいで死にかけてんだからな!」
「別に無理して地下の奥深くまで潜らなくても……私が欲しかったのは浜面さんの移動手段のみで他は求めませんでしたと確認を取ります」
「つめたッ!?美咲香ちゃん冷たいぞ兄譲りか!」
「七惟、七惟。それよりも体は大丈夫なんですか?」
「ああ、まあ出歩くのは問題ねぇよ」
「それは良かったです。あとあの人は何者なんですか?」
「あぁ、アイツか?」
「そうです!」
この少女。
「五和です。七惟さんとは、皆さんと同じように戦場を潜り抜けてきた仲間です。よろしくお願いします」
「貴方には聞いていません!」
「え、ぇえっと……」
少なくとも友好的ではない。
「まぁお前らも見てたと思うが一緒に戦った仲間だ。付き合いはそんなに長くねぇよな?」
「そうですね、知り合ってからまだ半年は経ってないんじゃないでしょうか……?」
「へー、また七惟とは仲良くなりそうな要素が皆無な子だな」
「はい、こんな品が良さそうな方が兄と果たしてそりが合うのか甚だ疑問ですと美咲香は心配になります」
「五和もそうだがさりげなく俺をディスってくるよな……それ自然体なら気付かない内に俺にダメージ入ってるから夜道には気を付けろよ。特に浜面」
「俺指定かよ!?」
「あはは……皆さんとっても仲がいいんですね」
「あぁ、そりゃあもうコイツと俺らは……」
「死線を潜り抜けてきた仲なんですから!」
と言って少女が口を挟んでくる。
見た感じ年齢は14歳くらいだろうか、幾分か自分より年下に見えた。
そして……。
「七惟、此処は冷えますから中に戻りましょう。私は勿論、美咲香さんや浜面も今回ばかりは言いたいことがごまんとありますから」
「あぁそうだぞ七惟、覚悟しろよ。美咲香ちゃんのマシンガントークはお前が思っている以上に辛辣だぞ」
「わぁったよ。うっとおしい」
「はい、いきましょう七惟!」
この子が向けてくる感情の正体が分かった。
なるほど、そういうことなのか。
合点が行くとシンプルに受け入れられた。
この子は自分と同じ気持ちを持っていて、私に対してこのような態度を取ってくるのはそういうことなのだ。
自分だって同じ立場ならそうするだろう。
でも。
「あの!七惟さんちょっと待ってください」
「あぁ……?お前ら先行ってろ。何か話したいんだと」
「そうはいきません超七惟!あの五和とかいう女とは皆が居るところで親睦を深めながら話しましょう!それがいいに決まっています!」
「何故絹旗さんはこうも必死なのでしょう?」
「あー、そりゃ美咲香ちゃんもあと数年すれば分かるわ」
「はぁ」
「なんだ絹旗、お前そんなに五和と喋ることあるのか?」
「ぐぐぐ……!なんでこの超鈍感野郎はそんな思考回路になるんですか……!」
「おいコラ今なんて言った」
「あはは……すみません、ちょっとだけ七惟さんお借りしますね」
彼女が彼を想うように、私も彼を想っている。
たくさんたくさん募ったこの気持ち。
破裂しそうな程強いこの感情が、心臓から、言葉から、身体から溢れ出しそうだ。
それでも今日は、ポケットの中にこの気持ちはしまっておこう。
今日はあの少女も居ることだしとても想いを伝えられるような日じゃあない、もしかしたらこの気持ちも彼に伝えたら粉々になってしまうかもしれない。
だけど、彼にもっと近づきたい。
今迄の距離だったら、絶対に納得出来ない自分がいる。
もっと近くで彼を感じたい、もっと彼のことを知りたい、もっともっと五和という人間を彼に知って欲しい。
「どうした五和?なんかお前今日変だぞ?」
「そうかもしれませんね、昨日から私はずっと変です」
五和の声に応えて七惟が一人でやってきた。
遠くでは浜面と呼ばれた青年があの少女を押さえつけているのが視界の端に入った。
「五和……?」
「七惟さん、今日から私と七惟さんの関係を一歩進めたいと思います」
そう、今までなら誰にも負けない強固な絆で繋がった仲間でよかった。
もうそれだけじゃもう満足出来ない。
「進める?」
「はい、死線を潜り抜けて互いに歯に衣着せない真っ直ぐな遠慮無しの言葉を私達は言い合ってきました」
「あぁ」
「そうやって出来上がった私達の……その、繋がりというのはとても強固になったと思います。ですからそこからもう一段上がりたいと言いますか」
無意識のうちに目が泳ぎ、声が震えた。
でもあと一歩、あと一歩踏み出したらきっと二人の関係は大きく変わる。
「もっと貴方との距離を縮めたいんです」
この気持ちが、自身を追い越して彼に伝わった気がした。
「……!」
目を丸くする七惟。
驚いている、彼の表情を読み取るのはたった一言で片付く程簡単だった。
何だか狼狽している彼を見ていたら、不思議と喉に詰まっていた言葉が声となり発せられた。
「だから……!今日から七惟さんには敬語じゃなくてありのままの私で話します!なので、えぇっと、七惟……君かな?これからも、よろしく!」
ありのままの貴方を今まで見てきたから。
今度はありのままの私を見て欲しい。
本音をぶつけ合い、背中を預けて、戦場を駆け抜ける戦友でも構わなかった。
でもこれからは、それだけじゃない。
「……俺は別に敬語でどうこう思ったことねぇぞ」
「そう、かな?あはは……ちょっとまだ慣れないや……」
「その、なんだ。そう改まってやられると、どう反応すりゃあいいのか皆目見当もつかねぇが」
「……」
「またバイクでレースでもするか?」
「……うん!」
こんなにも平凡な自分に想像もつかないような世界をたくさん見せてくれた七惟理無に、今度は私が彼の知らないたくさんの世界を見せてあげたい。
そしてこの不器用だけど真っ直ぐで、私をしっかりと見続けてくれる彼を今度は私が見続けたい。
七惟理無が居ない日常なんて、クリスマスも大晦日もない12月みたいだから。
11章これにて完結です。
2年かからなかった!良かった!
前の章は3年くらいかかったから!
久しぶりにこの回は書いていて楽しかったです。
逆に章の始まりは筆が進まず……でした。
この後は完全にオリジナル展開になります。
あと2章程を予定していて、書き終えられるかどうか正直自信はないのですが
頑張っていきます。
もちろん七惟君を取り巻く色々なことにこれから決着がつきますので、
もしよろしければ最後までお付き合いください。
御清覧ありがとうございました。