とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
お休みだ!更新しなければ!
美咲香が柵川中学に入学してから一週間と数日が経過しただろうか、学校の中間テストが目前になり校内が慌ただしくなる10月中旬。
七惟美咲香はあれから順調に佐天涙子、初春飾との親交を深め一般的に『友人』と呼べるまでの関係に仲が深まった。
今日も彼女は何時も通り通学し授業を受ける、この日は4限までの授業が順調に終わりさてお昼を取ろうかというところであった。
「あぁ~、どうしよう。もう中間テストが近いのに全然数学わかんない!」
「佐天さん、授業中にぼーっと教科書眺めてるだけじゃどうしようもないですよ~」
「うーいーはーるー、冷たいなぁー……」
「そんなこと言われても困りますよ~」
「と、取り敢えずお弁当食べよう!楽しく!」
佐天は半べそをかきながらも佐天、初春、美咲香の3人で机を囲み弁当を開く。
取り敢えずお昼の時くらい勉強から解放されたい、佐天はその一心であったのだがどうしても会話はテスト絡みのほうに進んでいってしまう。
「佐天さん、数学はともかく理科は大丈夫ですか?」
「うーん……取り敢えずミジンコが多細胞生物ってことくらいは分かった」
「それは1学期の学習内容じゃ……」
「そうだったあぁ」
「とにかく、今回の理科は記憶すればなんとでもなるんですから、数学を頑張りましょう」
そう、佐天涙子はお勉強が苦手である。
彼女が別段頭が悪い訳ではない、英語や国語といった文系の学問は得意にしているのだ。
何故数学だけ異常に悪いかというと、唯単に毛嫌いしているだけなのである、要するに食わず嫌いを思い切り発揮しておりほとんど勉強していないのだ。
以前初春に手伝って貰ったことがあるのだが、それでも頭の中に数字の羅列は入ってこず現在進行中で悪戦苦闘している。
「えー……」
「えーも何もありません、9月の始業テストは結構危なかったじゃないですか。冬休みに補修になっちゃいますよ」
「そりゃ勉強して何かしらの能力が発言するならやるけどさぁ」
「それは……能力テストは学力考査とは別物で行われますし、何とも……」
「あはは、なんでもないって。言ってみただけだよ初春。そんなこと言ってもどうしようもないことくらい私だってわかってる」
佐天涙子はレベル0、所謂無能力者に分類されている。
彼女だけではない、この中学の所属する大部分の生徒たちが無能力者として判別されて辛い思いをした生徒が大半だ。
中学で能力が発言しなければ、高校に入っても能力発現出来ない生徒が多いと聴く。
だからこその勉強だ、能力だけが全てではないのだと熱弁していた先生もいたものだが、佐天たちから見た小さな世界では大人たちの広い視野での話なんて説得力に欠ける。
だがそれでも佐天はそれを信じるしかない、実際に彼女は無能力者であるが故に苦境を乗り越えられたこともあるのだから。
「そうだ……それなら、七惟さんに勉強を見て貰ってみてはどうですか?」
「七惟さんに?」
「そうですよ、七惟さんはもうとにかく数学に強くて有名です!校内一番です!」
「そうなの?七惟さん」
話を振られた美咲香は佐天の問いかけに首を傾げるものの、否定はしない。
「初春さんがそう言うのであれば、そうかもしれませんと肯定の意味を込め頷いてみます」
「そう言って頭を斜めに振る人初めてみた……」
七惟美咲香は佐天たちのクラスに今月からやってきた電撃転入生だ。
電撃というのは大げさではなく、実際に電気を扱う能力者。
レベルは3という判定を受けており、頭脳明晰運動神経抜群とまるで絵に描いたような優等生なのだが……かなり可愛い癖を持った子だ。
そして佐天と大きく違う点が一つ。
「逆に七惟さんは佐天さんから国語を教えて貰ってみてはどうですか?七惟さん国語苦手ですし」
七惟美咲香は恐るべき頭脳の持ち主で数学に常識外れなパワーを発揮するのだが、国語には滅法弱いのだ。
それは古典漢文現代文全部悪いのである、因みに漢字テストは満点なのだが。
「へ?そうなの?」
「もう、佐天さん友達のこと少しは気にしてください」
「初春と違って友達を心配出来る程余裕ないんだよぉ」
「……」
美咲香が国語に弱い、特に現代文は致命的に弱い。
それは彼女の生い立ちに関する原因が一番でかいのだが佐天や初春がそんなことを知る由もない。
だが美咲香からすれば新しい知識や体験することが出来るのではないか、という心の何処かを擽られるような感覚に陥った。
「ギブアンドテイクです!どうですか?」
「あー、なるほどそりゃいいね!」
「でしょう、どうですか七惟さん?」
「そうですね……、非常に興味をそそられる内容でしたので、同意します」
「よーし、決まり!」
*
「それで……勉強会は何処でやるんだ?」
「私の家です」
「俺の家でもあるんだが?」
「だからこそです、と美咲香は兄に迫って答えます。友人の一人は数学が苦手とのことでした。なので高校生の兄が教えれば問題は解決するはずですと美咲香は力強く力説します」
「俺の予定は無視かよ」
「兄の予定と言えば柄の悪い不良の友人と遊ぶイメージが強いのですが……」
「あのな、浜面以外にも一応それなりの関係の奴はいるぞ」
「小さい女の子のことですか?」
「それアイツに聴かれたら間違いなく俺が殴られる」
「それは酷いことを言って申し訳ありませんと心中を察しながら謝罪します」
「……だから頭を斜めに下げるな、斜めに」
佐天達と勉強会の取り決めをしたその日、帰宅後兄である七惟理無と話をした。
どういう経緯で今回の結果となったのかを説明し、後は兄であり家主でもある彼の賛同を取りつけるだけだ。
美咲香の兄、七惟理無は学園都市が誇るレベル5でありながら最強の距離操作能力者だ。
彼は可視距離移動や転移はもちろん、普通の距離操作能力者ならば到底扱えない距離も扱うことが出来る。
そして美咲香と同じどこにでもありそうな有り触れた有象無象の公立高校に通う高校生でありながら、裏の顔は学園都市の暗部で反乱分子の粛清を行うメンバーの一員だった。
しかし、それはもはや昔の話。
此処最近彼の環境は目まぐるしく変化した、所属していた暗部組織は学園都市の抗争で消滅したし、それと同時に彼の右腕は消失し今は義手だ。
失ったものは非常に大きいが、美咲香は失ったモノ以上に多くのモノが彼に与えられたのではないかとみている。
今迄は七惟の家に訪れる人間なんて新聞の勧誘やお隣である上条かインデックスが回覧板を回してくる時に顔を出すくらいしかなく、それ以外の人間がこのボロアパートにやってくることなんてまずなかった。
しかしあの抗争の後この家に訪れる人間は確実に増えた。
さっき言った不良友人だけじゃない、美咲香と同い年くらいに思える女の子や七惟と同じ年くらいの女性、そして喜伊。
少しずつだが、着実に自分をと七惟を取り巻く環境が変化しそれに伴い関わる人間も増えていっている。
その友人たちの影響なのかは分からないが、自分も学校で友人と言えるような関係を持つことが出来る良い人と出会えている。
彼らの影響が自分だけではなく、七惟にも大きな変化をもたらしているのは間違いない。
それは一番七惟の近いところで生活している自分が感じるのだから間違いないだろう。
「来るのはこないだ病院に来た二人か?」
「はい、そうです」
「中学生か……まぁ人に物事教えたことがほとんどねぇから教えられるかどうか分かんねぇけどな。取り敢えず部屋の片づけでもするか」
「私が最初来たとき発見した如何わしい本は片づけておいたほうがいいかもしれません、と美咲香は兄に進言をします」
「…………お前に見つかった後すぐに処分したから安心しろ」
「そうなんでしょうか?他にも隠しているものが」
「お前とあと一人とんでもなく失礼な奴がいるからな、そういう隠し物は一切出来ない。有り難いことにな」
「はぁ」
「自覚しろ自覚を!ったく……取り敢えずお前はトイレと台所の掃除しとけよ。俺は部屋をやる。どうせ勉強会って言っても午前中だけだろ?飯は外で食べろよ」
「分かりました」
取り敢えずYESとは言っていないものの、来客に備えて部屋の掃除を始める辺り嫌がっては居ないようだ。
どうもこの兄は口では嫌と言いつつも行動するという、口と行動が一致しない不可解な行動をすることが多い。
それでも兄は自分の行動や言動を時々嬉しそうな視線で見つめているので、ポジティブに考えといていいだろう。
「それでは今から掃除に移りますと行動を宣言します」
「いちいち報告いらねーから早くしろ、もう19時過ぎだぞ」
「それは帰ってくるのが遅かった兄に責任があるのではないでしょうかと美咲香は兄を糾弾します」
「お前が学校に財布忘れたから俺がバイクで取りに行ってたんだがなぁ……?」
「……すみません」
こういう時はちゃんと怒るあたり、喜怒哀楽が希薄だった出会った当初と本当に大きく変わったものである。
怒られるのはもちろん嫌なのだが……。
*
「ねぇとうま、隣から凄い美味しそうな匂いがする!クールビューティーが作ってるのかな!」
「いや多分七惟の奴だろ。アイツああ見えて料理は結構出来るって五和が言ってたしな」
「とうまは今日は何を作ってくれるの?」
「もやしの野菜炒め」
「それ昨日と同じやつだよ!りむの家からはあんなに美味しそうな匂いがするのに!」
「それはわるうござんした」
上条当麻は現在同居しているシスターと自分の晩御飯を作っている。
居候している大飯ぐらいは隣に住むレベル5の家の台所事情が非常に気になっているようだが、此処は自分の家。
インデックスにベットを渡して自分は風呂場の脱衣所で寝ているのだから、衣食住のうち『食』くらいはもう少し我慢して欲しいものである。
「ねぇねぇとうま、りむの家で一緒にご飯食べようよ。そうすればおかずが二種類になっていいことだらけだよ!」
「アイツそういうの嫌いだから無理だって」
「そうかな?私を試食会のイベントに連れていってやるって言ってたくらいだから、1回御夕飯を一緒に食べるくらい大丈夫じゃない?」
「そういうのを本音と建て前って言うんです」
「むぅ~……確かに前はもっと刺々しい感じだったけど、本当に今回は一緒に行ってくれそうだったよ?」
「……」
インデックスの言う通りだ。
七惟理無は、夏からの数か月で大きく変わった。
学校では相変わらずアイツに話しかける奴なんてほとんどいない、一時的に転入生としてやってきた滝壺という少女くらいだ。
その滝壺という少女も今はまるで霧のように居なくなり、唯の公立高校に居るには違和感しかないあのレベル5と会話する人間は自分と土御門くらいだろう。
しかし、学校で見せる表情は大きく変わった。
インデックスの言うように、前のように周りに対しての必要以上な警戒心や敵意というのは霧散したように無くなっている。
それは間違いなく彼にとってはいいことなのだろう、そして上条は七惟がこの数か月で何故そのように変わっていったのか何となくだが理解していた。
七惟と一緒に行ったイタリア、大覇星祭、そしてこないだの対アックア戦……。
これらの戦いを経て、七惟は大きく変わっていった。
そして七惟と自分の関係も……悪化していった。
「どうしたのとうま?」
「いや、なんでもないって。さあインデックス、食べようか」
あのアックアとの戦闘、自分がICUに入っている間に終わっていた。
結果は天草式がアックアを倒したとのことで、こちらに死傷者は出たが敵のターゲットである自分や、天草式の核となる面子はかろうじて無事であったため勝利と言っていい戦果だった。
だが勝利したものの、あれから自分と七惟の関係に何かしこりのようなものが生まれてしまう。
記憶を失ってから初めて出会った時のような敵意ではないが、それに近い何かが自分に向けられているのを感じた。
アックア戦後の病室でも、その後の学校生活でも、形容しがたい空気が二人の間に流れてしまって上手く会話が続かない。
いったい何が原因なのかは分からない、分からないが……今の二人がインデックスの言うように同じちゃぶ台で夕飯を取るということなんて絶対にありえないということだけは、はっきりしていたのだった。