とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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七惟が病院に運ばれてから数日後、彼は冥土返しからようやく退院の許可が下りて寮へと向かっている。

 

正直なところもう少し入院しなければ不味いんじゃなかろうかと思うほど重症を負っていたはずだが、不思議と身体の痛みは感じない。

 

「あのおっさん……何しやがった」

 

あれだけの重傷をこうも容易く、しかも数日で直してしまうなんて人間業ではない。

 

彼もまた何かの能力者なのか……?医療技術を持った能力者なんて性質が悪い事この上ない。

 

寮のエレベーターに入り、そう言えば今あの家にはミサカ19090号が居座っているんだなと思いつつ階を示す液晶パネルを見つめる。

 

自室の階に登り切ったエレベーターから降り、歩を進めて行くとそこには見慣れたピンク色の服を身にまとう小さな幼女・・もとい。

 

彼の学校のクラス担任である子萌氏が七惟の部屋のドアの前で待ちぼうけを食らっていた。

 

「なにやってるんすか」

 

「あ、七惟ちゃん!」

 

「あ、七惟ちゃん……じゃないんですけど。人ん家の前で空き巣の作戦でも立ててたんすか」

 

「むッ、失礼な。私は七惟ちゃんのコトが心配で来たんですよ!今日退院するという話を伺って此処でこうして待っていたのです!」

 

それなら直接病院に来たほうが全然建設的だろうが……

 

「そうすか。俺は眠いんで部屋入って寝ます。邪魔しないでください」

 

「ちょ、ちょっと七惟ちゃん。身体のほうは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫も何も大丈夫だからこうやって出歩いてるんでしょうが。忙しい(喧しい)んでもう帰ってください。そして二度と俺の家に押しかけないで下さい分かったかこの糞餓鬼が」

 

七惟は実を言わなくても教師というものが嫌いである。

 

彼らが七惟や上条のコトに気を使って心配しているのは役職がら当然で仕方なくやっているのであり、本心はそれとは別のところにあるからだ。

 

子萌がそのような教師ではないことは他人から見れば明らかだが、七惟は心の装甲をダイヤモンドのように硬くして彼女の侵入を許そうとしない。

 

仕方なく・否応なくと言った心理での行動は、過去に研究者たちが実験のために仕方なく七惟に構っていた記憶を思い出させ、彼の心理状態を不安定にさせる。

 

ポケットに手を突っ込み、鍵を取りだそうとしてはっとした。

 

今この家の鍵は自分ではなくミサカが持っている、よって彼女がもし留守ならば七惟は子萌と同様に待ちぼうけを喰らわなければならない。

 

しかも美琴やミサカ、上条とのコミュニケーションならともかく望んでいない相手との会話は七惟にとって不快以外の何物でもなかった。

 

頼む……居てくれよミサカ。

 

七惟は意を決してインターホンを鳴らした。

 

自分以外誰も住んでいない寮の部屋のインターホンを鳴らすとはどういうことか、と子萌は首をかしげている。

 

インターホンを鳴らして10秒、ミサカは出てこない……買い物にでも行っていたならば万事休すだ。

 

祈るような思いで七惟はミサカが出てくるのを待ち、そして。

 

「はい、七惟理無に代わりましてミサカ19090号がお受けいたしますとミサカは応えます」

 

「ぶッ……」

 

出てきた。

 

出てきたのはいいのだが、まさかこんな受け答えを今までやっていたのではあるまいな。

 

「ミサカ、七惟理無だ。さっさとこのドア開けやがれ」

 

「本当に七惟理無ですか?とミサカは確認を取ります」

 

「……ッこいつ」

 

ミサカには不用意に玄関のドアを決して開けるなと前もって厳しく注意している、それは当然彼女の身の安全と七惟の家の通帳やら印鑑を重んじてのことだがまさか此処にきて裏目に出るとは・・。

 

「七惟ちゃん?さっきから何をやってるんですー?」

 

早くしないとこの小うるさい幼女モドキが突っかかってくる。

 

「七惟理無本人なのかどうか検証を行います、とミサカはインターホン越しに伝えます」

 

「ああ、何でもいいからさっさとしやがれ」

 

「七惟理無はミサカ19090号を助けた時に何と言いましたか?次の三つから選んでくださいとミサカは謎かけをします」

 

助けた時……?あの防災センターでの出来事でいいのか?

 

七惟が記憶を掘り起こしている最中に聞こえてきた選択肢は七惟の思考をぷっつんと切断してしまった。

 

「一、お前が好きだ。二、愛している。三、付き合ってくれ」

 

「ふざけんじゃねえぞてめぇ!」

 

七惟は間髪入れずに、隣の子萌がびくっと震えあがる程の大声でインターホンにどなり散らした。

 

ご近所さん迷惑も甚だしいが彼の剣幕の前では誰もが怖がってそんなことは言うまい。

 

「正解です、鍵を開けますとミサカは安堵します」

 

数秒後に鍵が開く音がどなり声で静まり返った廊下に響き、中からゴーグル未着用のミサカが出てきた。

 

「おいミサカ。てめぇこんなふざけた謎かけなんざよくも用意してくれたなおい」

 

「パソコンで得た情報によるとこの問いかけは二人の中をより親密なモノにするとのことでした、とミサカは短期間で得た知識を披露します」

 

「アホみたいな知識取り入れてんじゃねえ。ったく……」

 

七惟は呆れと疲れが同時に押し寄せ、よろよろと家に入っていこうとしたが……それを子萌がよしとしてくれなかった。

 

「な、七惟ちゃん!その年で女の子と同棲だなんて……!しかもまだ中学生じゃないですか!」

 

「……はあ」

 

「許されないです!寮の規律に違反しますぅ!」

 

やはりこの年で女子中学生と一緒に居たりするのは世間の風当たりが厳しいのだろう、しかし七惟の隣に居るミサカは肉体的には14歳だが実年齢は0歳という、それはもう一般常識で考えたら意味不明な女の子なのだ。

 

だから七惟はこの結論に達した。

 

「コイツは例外扱いなんで、それじゃ。つうか関係者以外立ち入り禁止を破って入ってきた先生も規律破りですよ」

 

えらく子供っぽい理屈なのだが今は取りあえずこの幼女を追い払えればそれでいい。

 

七惟はそれでもと追いすがる子萌を一方的に無視し、ドアを乱暴に締め切った。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

子萌の追撃をかわして自宅に退避した七惟は此処数日の間に溜まっていた様々な書類や情報、暗部からの伝達を処理すべく動く。

 

幸いミサカはこれらに何ら手をつけていなかったため思っていたよりも早く終わりそうだ。

 

ミサカがテレビにくぎ付けになっている間に七惟は作業を進めて行く。

 

「ん……?学園都市第七学区管轄部門?」

 

七惟が手に取った封筒には仰々しい固有名詞が連ねられていた。

 

初めてこんな部門の名前は聴いたがすぐに架空のモノであるということが気付く。

 

中身は一枚の紙切れだったが素材は上等なモノである。

 

記されている文字を見てみると。

 

『学園都市序列第8位、超能力者七惟理無は学期末に行われた能力検査を今一度吟味した結果大能力者であるとの決定が下され、学校及び区はこれを認証した。故に本日8月21日をもって七惟理無を大能力者とする』

 

「……んだよこりゃあ」

 

降格の知らせだった。

 

学園都市第8位の『オールレンジ』は今現在を持って序列不明のその他大勢になるというわけか。

 

「牽制……かもしれねえな」

 

七惟本人の能力は『幾何学的距離』を操って計測器の正常な計測を妨害してしまうため今まで通り計測不能だったはずだ。

 

それを『今一度吟味した』だと?笑わせやがる。

 

おそらくコレは一方通行の絶対能力進化計画を妨害したことによって、これ以上出過ぎた真似をするなと言った警告なのだろう。

 

発信源は統括理事会か計画を進行させていた連中か、とにかく一方通行に絶対能力者になってもらいたくて仕方がなかった連中だと思われる。

 

まあ七惟とてこれ以上あのベクトル野郎の相手をしようなどは思わない。

 

もしまたミサカ達の命が危険にさらされればその時は分からないが、少なくとも今はまたあの反則的な能力者に闘いを挑もうなどとは考えていなかった。

 

だいたい1週間足らずで退院出来たこと自体が奇跡なのだ、次会ったらどんな手打ちを受けるか分かったものではない。

 

七惟は封筒を横にのけると再び溜まっていた書類を処分し始めた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

1時間近く経ちようやく半数を消化したところで、先ほどまでテレビにくぎ付けだったミサカの顔が眼前に迫っていた。

 

「なんだ?テレビ飽きたのか」

 

「いえ、先ほどこちらに飛んできた紙にこのようなモノがあったのでとミサカは貴方に見せてみます」

 

ミサカが見せてきたのはさっき投げたあの降格知らせの文だった。

 

「ソイツはもう見たからいらねえ」

 

「そうですか、しかしオールレンジはもう超能力者ではないのですか?」

 

「ああそうだよ、レベル5オールレンジは只今を持ってそこら辺に転がってるレベル4ディスタンスだ」

 

まあレベル4になったからと言って特別何か変わるわけではない、そもそもレベルとは関係のない生活を送り続けていた七惟は自身のレベルが0〜5のどれだろうが構いやしないのだ。

 

流石に0となると奨学金が今と雲泥の差なので困るのは事実だが。

 

「貴方のコトは今までオールレンジと呼んでいたのですが、今後はどう呼べばいいのでしょうかとミサカは疑問に思います」

 

「知るか。お前が好きなように呼びゃあいいだろ」

 

「・・・では『ナナリー』はどうですかとミサカは機転を利かせてみます」

 

「張り倒すぞてめぇ」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「ソレはどう考えたって女の名前なんだが。つうかどっから持ってきたんだその名前は」

 

「貴方の名前は『七惟理無』そこから『七』と『理』をとってナナリーです、素晴らしいと思いますとミサカは胸を張ります」

 

「張るな、威張れねえから」

 

「それでは織姫と」

 

「……」

 

「七夕とかけて、男なのに織姫・・ふふ」

 

何故彦星の発想が出てこないんだ。

 

「頼むから一般人に呼ばれて恥ずかしくないのにしろ」

 

七惟はミサカを適当にあしらいながら作業を続けて行く。

 

結局ミサカは七惟の隣で永遠と呼び方をぶつぶつ言い続け、最終的には『オールレンジ』となった。

 

とどのつまりが前と後で変わっていないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでヘンな本についてのことですが……あ、あ、あのように女性の……」

 

 

「ぶッ!?見たのかお前!?」

 

 

「あ、はい……。押入れの端のほうに、申し訳程度でおかれていたのを、見つけて……もしかしてオールレンジもそのようなことに」

 

 

「忘れろ!今すぐに!」


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