とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「ねぇ、なーない」
「あン?どうした」
「なーないは今みさかさんと暮らしているんだよね」
「あぁ、あの糞狭いワンルームだぞ」
「どう?二人暮らしは」
「どうって…」
「超七惟は部屋も散らかさずそつなくこなしていますよ、共同生活。あの超自己中な七惟が他人と一緒に生活出来るなんて思いもしなかったですけどね」
「おい絹旗」
「実際どうなんですか?一人で暮らしていた時と超違うところとか多くて、ストレスとか溜まるんです?」
よし、さり気無く会話をスタートすることが出来た。
滝壺の思惑通り、七惟の私生活が気になるであろう絹旗がスムーズに会話に乗ってきた。
これで突拍子もないことを聴いて撃沈してしまうという最初の関門は難なく突破することが出来た。
隣にいる浜面が『マジか』というような表情をし、息をのむ姿が視界に入ったが気にしないことにする。
いずれはっきりとさせないといけないことなのだ、それが遅いか早いか、それだけの違いしかない!
「ストレスはすげぇぞ、お前らがおそらく想像出来ねぇくらいかかる」
「え、どういうことなんです?」
「そもそもあのバカは共同生活において最も大事な片づけを一切しない。まぁ生い立ち考えたらそういう習慣が無くて当たり前なんだが、知識はある癖にそれを実行しねぇからなおのこと質が悪く感じて最初は毎日衝突した」
「うわ~……七惟と毎日超喧嘩するなんて命の危険を超感じちゃいますよ」
「お前俺をどんな人間だと思ってんだ」
「え、言うこと聞かなかったら地上10階建てのアパートから人間を転移させる能力者だと」
「今ここで実行してやろうか」
「それ俺に被害が飛んできそうだから勘弁してくれ絹旗!これ以上は!」
狙い通り最初は戸惑っていた浜面もこの会話の中に入ってきた。
上手くいっている、共同生活のことならば二人の境遇は喋らざるを得ない、良い流れだ。
この話の行きつく先の終着点、七惟と絹旗は決してわからない。
分かるのは滝壺と浜面だけ……このままうまくいけば!
「じょ、冗談ですよ七惟!滝壺さんも居ますよ?傷ついた滝壺さんの前でそんな傍若無人なことはやめましょう!」
「ったく、しねぇから安心しろ。それにもう大喧嘩なんてほとんどねえよ、その時期は過ぎたわ」
「一緒に住み始めて今ちょうど一か月くらいだよね。なーないはそろそろ慣れてきたところなの?」
「まぁな。結局のところ諦めが肝心だ……相手は精神年齢0歳だぞ、言っても無駄だと悟った」
「その寛容さを俺ら相手にぜひとも発揮して欲しいぜ」
「悔しいですが超同意します」
「あのなお前ら」
「最近はだいぶなーないも丸く……柔らかくなったね。いいと思う、やさしいねなーない」
「優しいかぁ……?」
「この中で俺にお世辞すら言ってくれない奴が二人もいることに驚きを隠せないが」
「いやだってお前のせいで前回死にかけたから!」
「わ、私だって七惟も最近は……その、超あれです、接しやすいと思いますよ!」
素直にほめきれない絹旗、おそらく二人きりならば面と向かって褒めるのであろうが今は滝壺と浜面が場に同席しており、心と言葉が思ったようにリンクしないのだろう。
うぅ、と言い淀んでいる絹旗を見て滝壺は胸をなでおろす。
これならば、まだまだ二人の関係は大きく前進していないように思える。
ならば、やはり現在進行形での懸念材料は美咲香である。
「はいはい、わかったわかった。ありがとな」
そんな絹旗に対して呆れながらも手を差し伸べる七惟。
なんだろうか……共同生活を長いこと送っているせいか?七惟が今までに比べてかなり寛容的になっている。
ここまで包容力のある七惟を見たことがない、そういえば……。
数週間前、七惟がここにお見舞いに来た時は美咲香の愚痴を結構言っていた、それなのに今はない。
滝壺はこの入院中、時間だけはいやにあったので色々な本を読み漁った。
その中でこのような文章があったと記憶している、男女の共同生活は人間を大きく成長させると……!
この包容力、間違いなく七惟は共同生活で年下の美咲香の面倒を見ることによって、人間的に大きく成長している。
「でもきぬはたの言う通り、前来た時はなーないも結構愚痴をこぼしてた気がする」
きになる、ちょっと探ってみる。
「あ、確かにそういえば七惟、お前参ってる時期あったよな」
「言われてみれば……超ナイーブになってきた時期が」
「多分美咲香の奴が来てすぐの時だろ?あん時は美咲香の転入やら引っ越しやら……一番忙殺されていた時期だからな」
「なるほどねぇ、でもお前がそれくらいでへこたれるとは思えないぜ。やっぱ美咲香ちゃんと暮らすの大変か?」
「ほかにも何かあったんですか?」
「お前ら本当容赦なく他人の家の内情についてずかずか聞き込んでくるな…。デリカシーってものがねぇのか」
「うぐっ……」
「い、痛いところつくな」
はぁ、と七惟はため息をつきつつもまぁいいか、と口を開く。
「いきなり一人暮らししてた人間がほぼ赤の他人と一緒に暮らすんだぞ?いくら戸籍上は兄妹だったとしても何もかも性別すら違う二人がいきなりうまく暮らせる訳ねーだろ。お前らが将来どこぞの誰かと一緒に住むときは気をつけろよ、甘く考えてると地獄見るぞ」
ここだ、今が攻め時である。
浜口のキラーパスによって、七惟はより具体的に何が大変であったのかを喋り始めた。
一度情報を渡してしまえばあとの細かな点はまぁいいか、と飲み込んでしまうのであると何処かの心理学の本に書いてあった!
まぁあの浜面のキラーパスを七惟が答えるとは非常に意外であったが。
刹那、滝壺は迷う。
今本当にこのままこの言葉を発音して大丈夫なのか?
七惟は怒らないか?絹旗は引かないか?浜面は呆れないか?
いや、浜面のキラーパスにすら回答した七惟である、きっと大丈夫だ。
……しかし少しでも過激な内容と感じられてしまってはきっと七惟は答えないだろう。
考えろ、頭を使うのだ。
そして一度を目を閉じ、意を消して言葉を放つ。
体面はあくまでさりげなく、思ったことを思いついたように、それ以上の他意は無いと示す態度を。
「寝る時とかはなーないどうしてるの?私は結構近くに人がいると寝息とか、気になって眠りが浅くなることが多いよ」
……うまくできた!
「……!」
浜面が目を見開いているが、こちらの意図を察したのか口角を吊り上げる。
対して絹旗は特段大きな変化は見られない、寝る時ですか~と人差し指を頬に充ててイメージしている。
これなら何の違和感もない、ちっとも変な感じはしない。
「寝る時か?」
「あ~、分かる分かるぜ滝壺。俺も集団合宿とかで大部屋で寝るのガキの頃苦手だったんだ。寝付けないよな」
流石浜面だ、一瞬で先ほどの会話内容を思い出し空かさず援護射撃に出てくれた。
「アイツがベッドで俺が布団だな、だから都度布団は出し入れしてるけどな、出しっぱなしだと普段の生活を送るスペースがねぇ」
「あ~、なるほどな。俺はてっきり布団並べて寝てんのかと思った」
「…………ッ!!」
そしてここで絹旗が話の全容を掴んではっとした顔で七惟を見る。
「な、七惟」
「あぁ?なんだよ」
「そ、その……違う部屋で寝てるんですか?」
「あのな、俺の家はワンルームなんだが。廊下で寝ろってか?同じ部屋で寝てんに決まってんだろ」
「そ、それは超そうですね」
「どうかしたか絹旗?」
「い、いやなんでもないです超大丈夫です!」
クエスチョンマークを頭に浮かべる七惟、対して得られた結果に一安心している浜面。
そして……読み通りに事が進み満足している滝壺である。
滝壺の不安は杞憂に終わった、確かに一つ屋根の下で一緒に寝ていることには変わりはないが、布団とベッドで二人は離れているだろうし、この話題を何のためらいもなく話す七惟の様子からして危惧していた関係にはなっていないだろう。
胸をなでおろす滝壺の傍ら、絹旗は自分の顔が一気に熱くなっていくのを感じる。
今、七惟はなんといっただろうか。
一緒の部屋で寝ていると言った、つまりそれは……。
絹旗も思春期真っ盛りの少女である、男女が夜に一つ屋根の下にいたら何をするのかくらいしっかりと分かっている。
今まで七惟と美咲香が一緒に暮らしていてそのようなことを一切考えなかった訳ではない、結局のところ確かめるのがちょっと怖かったこともあるし、兄と妹でそんなことはないはずだと高を括っていたところもあるのだ。
しかし、リアルに夜のことに話が傾くと一気に頭はそれ一色となった。
同じ部屋で寝ている?ベッドと布団で別?
「あ、あの七惟!」
「今度はどうしたんだ?」
「そ、その……美咲香ちゃんとは、ちゃんと、うまくいってるんですか?」
ストレートに聴けるはずがなかった。
ぷるぷると震える手を抑えつけてなんとか絞り出した当たり障りのない質問が精いっぱいである。
「うまくって何が?寝る時のことか?」
「いい、いいいやいや超、そそそんなことじゃあ、ああ」
「アイツ寝る時滅茶苦茶寝そう悪いからな。ベッドから落ちてきてこっちに寝転んでくるときあるから安眠が出来なくてそこはうまくいって……」
「えぇぇぇ!?い、一緒に寝てるのなーない!」
「は?」
「いやだって!今寝転んでくるって」
「だから、寝そうが悪いからって言っただろ」
「お、おいおい七惟。お前美咲香ちゃんと一緒の布団で寝て変なことしてんじゃねーだろうな!見損なったぞ!」
「はぁ!?なんでそうなんだよ!そんな要素今の話の流れの中にあったか!?」
「な、七惟!どうなんですか、そこのところ!」
「なーない!さっきは別々に寝てるって言ったのに!」
「だから!同じ布団で寝てねーって言ってんだろ!この話今すぐやめろバカ!」
今この場の全員、あの七惟ですら顔を真っ赤にして騒ぎ立てている。
そして浜面がここぞとばかりに攻めの一手を打ってぐいぐい切り込んできた。
「まぁやっぱり美咲香ちゃんも実年齢0歳て言っても見た目あの常盤台の超電磁砲で可愛いし、とっつき易くて親しみやすいしな。そういう風に意識してたりするのか七惟?」
「な、ななななな何を言っているんですか浜面!滝壺さんも何か言ってください!」
「で、でも気になるよきぬはた!」
「お前らいい加減にしろ!お前らが考えてるようなことあるわけねーだろ!」
確か今日は滝壺のお見舞いに皆来てくれたはずだった。
しかし今は滝壺を労わる目的なぞ皆とうに忘れて目の前の話題以外頭の中に入ってこないのであった。