とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Friends-4

 

 

 

 

 

あれから七惟は死に物狂いで蛙顔の医者がいる病院まで走り続けた。

 

到着した病院に凄まじい形相で突っ込んできた七惟の様子から、周囲の病院スタッフ達は背中の少女の異変にすぐに気付いた。

 

そのままミサカは担架に乗せられて治療室へと運ばれ、七惟は今こうして待合室でその結果を待つばかりである。

 

いくらばかり待っただろうか、1時間近く経過してあの蛙顔の医者が部屋にやってきた。

 

「お前ッ……!ミサカは!」

 

「ふむ、君がまさかあの少女を運んで来るなんて非常に驚きだね」

 

「下らねぇこと言う前に言うことがあるだろ!」

 

「まあまずは落ち着いてくれないかな?でなければ話すことすらままならないね?」

 

「ッチ……!」

 

自分の中で処理しきれない感情が渦巻いている、七惟は地団駄を踏みその暴走を堪えた。

 

「ミサカ19090号さん……かな。結論から言えば彼女は助かったと言っていいだろう」

 

「……!」

 

「ただ身体への負担が半端ではなかったようでね、こちらでも同じような容体の少女を預かっているんだけれど……かなりの長期間は調整のために入院だね」

 

「それで……アイツは助かるのか!?」

 

「大丈夫だ、僕を誰だと思っているんだい?」

 

その信頼出来る小さな笑みと、確固たる信念を感じさせる物腰に七惟は胸を撫で下ろした。

 

助かる……死ななくて、済む。

 

「調整のために入院はしなくちゃいけないけど、面会とかは自由に出来るよ?」

 

これは案に合いに行けと言っているのだが七惟本人がそれに気付くかどうかは分からない。

 

ただ蛙顔の医者は確かに聴いたのだ、あの少女の声を。

 

『彼に……オールレンジに』と。

 

何か伝えたいことが彼女はきっとあるはずだ、そしてそれは少女を此処まで背負って走ってきた少年も同じだろう。

 

いったい何処から走ってきたのか分からないが、救急車を呼ばなかったあたりかなり気が動転していたに違いない。

 

それほどまでに、この少年にとってあの少女は大切な存在なのだと思われる。

 

「何処にいるんだミサカは」

 

「案内しようか」

 

七惟は立ち上がった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

医者の後ろを着いて歩きながら七惟は様々な事が頭の中を巡っていた。

 

アイツに会ったら何て声をかけよう?

 

悲しむのか?怒るのか?喜ぶのか?

 

どうして言わなかった、それとも言いたくなかった?

 

命が危険になるまで自分と一緒に居る理由なんてあったのか?

 

どれも訊きたいことばかりであったが、本人を目の前にして言う自信は無かった。

 

「ここだよ、僕は外で待っているから中に入って」

 

「……あぁ」

 

医者がロックを解除して扉が開く、七惟が入り部屋の扉が再び閉まるとそれを感知したセンサーが明かりを照らす。

 

七惟は急激に明るくなったことで目を細め、数秒してから視力が戻り始める。

 

「ミサカ、いんのか?」

 

「……その声は、オールレンジですかとミサカは確認を取ります」

 

「あぁ……ッ!?」

 

視力が完全に戻り周囲の状況を確認した七惟の目の前にはミサカが居た。

居たのだが、その格好が普通ではない。

 

培養機に身を浸しているミサカは上から下まで何も身につけていない、俗に言う裸の状態であった。

 

身体の各部には電極らしきものが付けられているがそれを確認する前に七惟はミサカに背中を向ける。

 

「どうしたのですか?とミサカは貴方の行動が理解できずに説明を求めます」

 

「……お前今自分がどんな格好なのか分かってんのか?」

 

「格好……?」

 

ミサカが自分の身体を見てみると、何も身につけていないことに気付く。

 

「こ、これは……仕方がないことなのです、とミサカは説明しますッ」

 

若干声が上ずっているあたり気付いていなかったのか……というかコイツらにもちゃんと恥という概念はあるんだな。

 

だいたい医者も分かっていたろうに言わなかったあたり何か恣意的なモノを感じる。

 

「そぉかい」

 

「……」

 

互いに何も言葉が出ずに、時間だけがゆっくりと過ぎて行く。

 

緊張して気まずい、というわけではないがこうやって背中と背中越しに分かる相手の存在が何だか気持ちが良かった。

 

「お前……なんであんな大事なこと俺に言わなかったんだよ」

 

沈黙を先に破ったのは意外にも七惟だった。

 

訊きたいことは確かに山ほどある、その一つが我慢できずにあふれ出てしまった。

 

「理由は……わかりません、とミサカは答えて見せます」

 

「わからない……?」

 

自分の命にすら関わることだというのにか。

 

「強いて言うのならば、貴方がミサカ達を助けた時にミサカに与えてくれたものが原因なのかもしれませんと自身の心境を分析します」

 

自分がミサカ達を助けた時に与えた物……。

 

「あの時、貴方は『生きる衝動』をミサカに与えてくれました、それと同じです」

 

「どういうことだよ」

 

「ほんの少しでも長く貴方と一緒に居たい、と身体の中をこの衝動がずっと支配していたのですとミサカは告白します」

 

一緒に居たい……か。。

 

それは、七惟が彼女の死を目前にして感じたものと同じだった。

 

特にこれといった大事な理由は互いになかった、それこそ一緒にいなければ片方の利益が根こそぎ奪われるとか、どちらかが死んでしまうとか。

 

そんな大層な理由など持ち合わせてはおらずただ答えはシンプルなもの。

 

自分は彼女と一緒に『笑いたい、話したい』と心の底から欲した、その思いは一方的ではなく相手も同じことを思っていた。

 

相互の思いが通じた、これがコミュニケーションというものなのだろうか。

 

何だか……非常に、心地が良い。

 

年齢も、性別も、容姿も、生い立ちも全く違う二人が、全く同じことを考えていただなんて信じられるだろうか?

 

今までならばそんなもの、と鼻で笑い飛ばしていただろうがそんなことはない。

 

誰かのために、その人の言葉に耳を傾けて何を訴えているのか聴きだせばそれはきっと出来ること。

 

「癪だが……俺もお前と同じコト考えてた」

 

「それはどういうことなのですか?とミサカは首を傾げて質問を投げかけます」

 

「お前と一緒に居たいって思った……それだけだ」

 

誰かと一緒に居たいとか、笑っていたいとか、話したいとか、そんなものとはかけ離れた生活を16年間続けてきた七惟理無。

 

そんなモノは余計な考えだ、所詮人間は我が身可愛さに動き平気で他人を利用する、最後はあの糞ったれな研究員達と同じような行動を取るだろうとずっと考えてきたし、それが自身を形成する根幹となっていた。

 

だが此処にきて、この世界はそんな糞ったれな人間ばかりではないかもしれないと僅かに感じ始める。

 

それだけならば、自分がこんなふうに……誰か相手にうっすらと笑みを向けることなんてしないはずだ。

 

「何故ですか?と貴方の表情を理解出来ずにミサカは戸惑いを隠せず尋ねます」

 

「何故か……はッ、そうだな」

 

 

 

これが、きっと……。

 

 

 

自分が今まで一度も思ったことが無かった、自分とは一番遠い存在であると思っていた関係。

 

要らないと切り捨て、自分から心の装甲をダイヤモンドのように硬くし拒絶していたつもりだった、しかし実際手にしてみればそれはこんなにも心休まるものだった。

 

本当は……心の底から、ずっと、ずっと誰かを求めていたのかもしれない。

 

自我が芽生えたその瞬間から孤独だった、それが普通だと思って平静を装いそのスタイルを貫いてきた……だけど本当は、欲しくて堪らなかったんだ。

 

 

 

「友達……だからだろ?」

 

 

 

この言葉を。

 

 

 

いつも何処かで張り詰めていた自分の心が休まるこの場所を。

 

 

 

 

 





これにて『にじふぁん』に投稿していた距離操作シリーズ無印版分は終了です。

次回からは距離操作シリーズ【S】を投稿していきます。

不定期更新で読んで下さる方には非常に迷惑をかけてしまっていますが、

これからもよろしくお願いします。

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