とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

22 / 176
暗部の住人-2

 

 

始業式当日、自室で目を覚ました上条は早速自分が寝坊したということに気がついた。

 

アラームをセットしたはずなのに寝坊なんて……!と上条は時計に掴みかかるが、その物体は既にエネルギー切れを起こしてうんともすんとも言わない。

 

要するに電池切れだ、こうなるんだったら携帯のほうにもアラームセットをしておくべきだった。

 

「インデックス!家でいい子にしてろよ、今日は午後には戻るからな!」

 

「ちょ、ちょっと当麻!私の朝ごはんはどうなるん―――!」

 

「冷蔵庫の中に入ってるモノ勝手に食べてくれ!」

 

「え、今冷蔵庫には―――」

 

インデックスが最後まで言い切る前に上条は家を飛び出した。

 

彼女が何を言いたかったのかと言うと、今冷蔵庫は彼女のつまみ食いにより何も残っておらず結果あの家には何も食料が残っていないということだった。

 

しかし上条はそんなインデックスのつまみ食いなど計算に入れていないため、そこまで頭を働かせることはなかった。

 

「初日から!遅刻なんてことは……!」

 

階段を駆け下り、道行く道を駆けぬけて行く。

 

そもそもどうしてこうも都合よく電池が切れるのか、マンガン電池の使い回しが間違いだったか。

 

4つ目の信号で引っかかっていると、前方に見知った人影が見えてきた。

 

その男は急いだ様子もなくシャツをだらしなく着こなしバックをぶらぶらと揺らしながらゆったりと歩いている。

 

「七惟ッ!?」

 

「あぁ……?んだ、上条かよ」

 

友人の緩い動きに脱力する上条だが此処で挫けてはいけない、すぐに危機を知らせなければ。

 

「急げ!このままだと遅刻しちまうぞ!」

 

危機迫る表情の上条、対する七惟は。

 

「知るかよんなこと。遅刻しようが何だろうが別に死ぬわけじゃねえだろ」

 

「そうだけどな!遅刻したら罰則とかあるし!」

 

「はァ……。お前忘れたのか?俺は罰則なんざ1回も受けてねえ」

 

「えッ!?そうなのか!?」

 

しまった、と上条は口を瞑る。

 

上条はエピソード記憶を失っており高校1年生1学期の上条当麻が今までどんな生活を送っていたか知らない。

 

「あぁ、つうか罰則受けても俺は無視するからな」

 

七惟はそんな上条の様子を多少気にかけていたが、突っ込むことなく話を続ける。

 

「罰則の無視とか続けたら退学とか停学になりそうなモンだけど」

 

「俺はあの学校にとっちゃありがたいモノらしいからな。俺の意欲が削られるようなコトはしねえんだよ」

 

上条と七惟が通う学校は学園都市でも無能力者や、よくてレベル1〜2程度の学生しか在籍していない。

 

そんな中、レベル5のオールレンジがやってきたのはまたと無い僥倖であり手放したくはないのだ。

 

教師達にとって自身の学校の評価は私生活にそのまま直結する、あまりに成績の悪い学校の教師はばっさりと容赦なく首が切られるとか。

 

「……俺の能力で飛ばしてやろうか」

 

「い、いいのか!?」

 

七惟の能力は距離操作。

 

彼の距離操作能力を使ってしまえば学校までは一っ飛び、今からでも余裕で間に合う。

 

「あぁ、その代わりどこに落とされても文句言うんじゃねえぞ」

 

「頼む!」

 

「……んじゃ、そこに落ちてる石を左手で握れ、だいたい時速は30㎞程度ってとこか、校門前に降ろしてやるからそっからは走りな」

 

上条は七惟がこんな親切な奴だったかと疑問に思いながらもその提案に食いついた。

 

「行くぞ」

 

次の瞬間、石と上条の体は空中に浮かびあがり、校舎まで勢いよく飛んで行った。

 

そして数分後には彼は校門にたどり着き、そこから何とか走って鐘が鳴る前に教室に到着することが出来た。

 

「かみやん、校門まで飛んできたように見えたんだが」

 

「まさかついに能力者になったんかいな?」

 

腐れ縁の二人……もとい、友人の土御門元治と青髪ピアスが話し掛けてきた。

 

「間違いなく遅刻コースのところで運よく七惟と会って飛ばしてもらったんだよ」

 

その言葉に友人二人は固まったと思うと、そんな馬鹿なと言った表情で上条に詰め寄った。

 

「あのななたんが!?今日は槍でも降るか……」

 

「まさかアイツに何か大事なお宝本でも渡したんやないやろうな!」

 

二人の言動は七惟がそんな人助けのようなことをすることは絶対にない、とばかりに語りだす。

 

しかし当の上条は遅刻しそうなところを助けてもらったのだ、そんな言い方は無いだろうと反論する。

 

「アイツだって結構いい奴なんだぞ?」

 

「そんなことないぜよ、アイツは自分の利益にならないコトはまずしない」

 

「せやせや、プール掃除の罰則を受けた時も俺に押し付けて一人で帰ったんやで!」

 

何だか七惟の評価がモノ凄く低い。

 

上条は1学期の記憶がないため七惟がこのクラスで何をしでかしたかは知らないが、この二人はえらく酷い目に会っていたらしい。

 

「ハッ!もしや夏休みイベントでアイツに彼女とか出来て変わったんやないか!」

 

「そんなことは無いと思いたいにゃー!」

 

会話が盛り上がってきたところで担任の子萌先生が入ってきたので中断し、それぞれの席にぞろぞろとついていく。

 

こうして上条は新学期早々遅刻するのを免れ、何とか無事に新たなスタートを切ることが出来たのだった。

 

 

ちなみに七惟は子萌が来てから15分後に登校しトイレ掃除を命じられていたが、彼はそんなコト知るか、と言った表情で堂々と席に着くのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

始業式も終わり七惟は独りぶらぶらと歩き下校していた。

 

とりあえずあのアルバイトが始まらないことには借金の返済もままならないし、我慢のときだ。

 

それまではなるべく買い食いなど無駄な浪費は抑えなければならない、真っ直ぐ帰宅しようと思っていたのだが……。

 

「ったく、まどろっこしい視線を感じやがる」

 

此処は大通りのど真ん中、多くの生徒や学生が初日のスケジュールを終え市街地に遊びに繰り出している。

 

しかしそんな中明らかに異質な視線を自分の背中に向けている者がいる。

 

何処の誰かは知らないが恐らくは暗部組織の手先と考えるのが最もだろう。

 

降格の件といい何だか最近自分の周囲の状況がよろしくない。

 

言い忘れていたが七惟は既に超能力者降格の通知を受け取っており、今では学園都市のレベル5ではなくレベル4。

 

その他大勢の大能力者の一人として扱われている。

 

第8位と昔はもてはされていた男が落ちるところまで落ちた者だと感慨深げに溜息をつく。

 

「流石にこんな街中でドンパチやろうってのは……ねぇとは思うが」

 

確信が持てないのは自分を狙っている組織が大きいか小さいか分からないことだ。

 

もし大きい組織であればどんな場所であろうと容赦なく襲ってくる、後片付けは彼らの下っ端組織……つまり七惟のような存在が行うため彼らは遠慮することを一切知らない。

それが街中であろうとオフィス街であろうと校舎内だろうと、だ。

 

七惟は身を強張らせ周囲に気を配り異変を探すが……異変はすぐに七惟の探索網に捕まった。

 

何故ならば。

 

 

 

「よぅ、オールレンジ。いや、今は名も無きレベル4ってとこか?」

 

 

 

「……垣根、帝督」

 

 

異変は、この世に存在しないはずの異物は目の前に迫っていたのだから。

 

「こんな何の変哲もねぇ学区に何のようだ」

 

体に自然と力が入り額には嫌な汗が自然とにじむ。

 

周囲はそんな自分のことなど全くお構いなしに通常通りの歯車が回転しているあたり何だか余計落ち着かない。

 

「用か、そりゃあお前の様子を見に来た以外に何があると思う?」

 

「元第8位程度を見るためにわざわざご苦労なこったな」

 

「それだけの価値がお前にはあるってことだ」

 

久しぶりに目の前に現れたのは、ホストのような服装に身を包んだ茶髪で切れ目の長身の男。

 

名を垣根帝督、学園都市第2位にて未現物質と呼ばれる。

 

垣根の能力は、はっきり言って七惟では歯がたたないというレベルではなく蟻と象が戦うようなものだ。

 

つまり最初から七惟に勝機などなく、一方通行同様にこの男との衝突はそのまま死に直結する。

 

距離操作能力は確かに防御面には優れているが、こいつの常識破りな能力の前でそれが何処まで正常に機能してくれるやら……。

 

「おいおい、そんなに身構えるなって。今日は別にお前を仕留めに来たわけじゃねぇぞ」

 

「ンだと……?そんな言葉信用すると思うかメルヘン野郎」

 

暗部の最深部に位置する『スクール』のリーダーでもある垣根は、アイテムの麦野同様に少しでも気を抜けば命に関わってくる。

 

こいつらの前でスキを見せてはならない、それが七惟が暗部の深い部分で働いて居た時に学んだものであった。

 

「酷い言われようだが自覚してるからな。まぁそんなことはどうでもいい」

 

垣根は両手を広げ大げさなパフォーマンスを取った、いつその肩からあの白い羽が生えてくるか冷や冷やしてくる。

 

「こっちじゃお前が『アイテム』に入るんじゃないかとかいう、よろしくない噂が流れててな。それを確かめに来たってことだ」

 

「俺が……アイテムに?」

 

初耳だ、そんな噂は。

組織のほうにもそんな話は全くしたことがないし、七惟自信微塵もそんなことは考えていなかったため信憑性が皆無だ。

 

「馬鹿言え、俺が麦野と一緒に殺し合いの手伝いする姿を想像出来んのかよてめぇは」

 

「アイテム側は結構その気らしいが?」

 

「はン、知るか。俺はあの女と二度と一緒に働かないって心に決めてる」

 

「……噂は噂でしかないってことにしとく」

 

噂も何も七惟はそんなことを言った覚えはない、あの女が勝手に言いふらしているのか『電話』の相手がそういうことを考えているのか。

 

どちらにしろ自分はアイテムに入るつもりなど毛頭ない。

 

「安心したぜ。流石にレベル5が二人もいる組織なんざ作られたら……放置は出来ないからな」

 

「心理定規がいんだろお前には」

 

「ま、そこらにいるレベル4に比べりゃあの女は大したもんだ」

 

心理定規。

 

七惟はあの女が苦手である、どのくらい苦手なのかと言うと滝壺と絹旗の中間くらいだ。

 

「さぁて、今日はお前の意思確認だけだったし……じゃあな」

 

話は終わりだ、と踵を返す垣根。

 

「はン……おぃ垣根」

 

そんな第2位の背中に声を掛ける。

 

「お前が何考えてんのか知らねぇがな……アイテムといざこざ起こすのはやめとけ」

 

「それは俺の勝手だ、どうして関係ねぇお前があいつらの肩を持つ?」

 

「俺は面倒事に巻き込まれんのはごめんなんだよ、実際その意味不明な噂が流れてるってことは、暗部じゃ俺に白羽の矢が立てられてるってことだろが」

 

「まぁお前の推測も間違っちゃいないな」

 

「そういうことだ、お前らと学園都市でまたカーチェイスなんざごめんなんだよ」

 

「スクールに入ればそういう心配もなくなるぜ?」

 

「どうやったらそんな結論に持ってけんだ、飛躍しすぎだぞ糞馬鹿」

 

スクールに入るなどそれこそごめんである、垣根の組織はアイテム同様に暗部の最深部の組織だ。

 

一度手を突っ込んだからその闇は全身を覆い尽くすだけではなく体の芯まで侵入する、もう二度とこちら側に戻ってくることはないだろう。

 

「冗談だ、あばよ……っと、最後に一つ言うことがある」

 

「……なんだ」

 

口端を釣り上げて黒い笑みを浮かべる垣根に七惟は自分の背筋が勝手に張る、やはり……気を抜いてよい男ではない。

 

「第1位の糞野郎をぶち殺すんだったら」

 

手はポケットに入れたまま、あくまに自然に垣根はその言葉を口にした。

 

 

「……」

 

 

「次は俺も呼びな。跡形もなく消し飛ばす」

 

 

そう言って今度こそ垣根は人ごみの中へと消えていく。

 

最後にこちらを一瞥しながら……その顔には気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「とんでもねぇことさらっと言いやがる……」

 

残された七惟は一人愚痴をこぼす。

 

七惟からすればとんでもないこと、実現不可能なこと。

 

だがあの男は、この世とは異なる異物を操る男には実現可能なこと。

 

やはり学園都市の1位だけでなく2位も、3位以下とは別格だった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。