とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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暗部の住人-3

 

 

 

 

 

報酬一〇〇〇〇〇〇のアルバイト―――――。

 

 

 

その仕事の依頼人は結標淡希、請負人は七惟理無。

 

七惟が結標淡希とはどういう人種なのか調べてみたところ、あのお嬢様学校として有名な霧ヶ丘の学生だった。

 

そして今日はその結標と打ち合わせのために第七学区にあるとあるファミレスに足を運んでいる。

 

平日の昼間ということもあり学生は少ないが、ちらほらと研究者やら大学生が道端では見て取れた。

 

こんな人目につく場所で『お仕事』の話をするなど、まだ結標という人間は暗部に関して知識が乏しいようにも思える。

 

10分ほど歩いたところでようやく目的地であるファミレスが見えてきた、9月と言えどまだ残暑は厳しく、どうしてこんな汗水垂らさなければならんのだと苛立つ。

 

しかし、そこに七惟の癇に障るような声が聞こえてきた。

 

「この店は役に立たないって訳よ!」

 

「し、失礼な!今時缶詰なんてコンビニに売ってませんよ!」

 

「結局コンビニ全てを廃業にすべきね!」

 

「意味がわからん!?」

 

前方のコンビニから喧しい声と共に飛び出してきたのは、先日垣根との会話で上がったアイテムの構成員。

 

お調子者で、楽天的。

 

その割には冷酷、残忍で支配欲が強く、人を殺すことに何ら躊躇いはないが、自らの命には固執している女。

 

名前はフレンダ・セイヴェルン、アイテムで麦野の片腕を務める少女だ。

 

「あ……もしかして七惟理無!?」

 

こちらに気付いたフレンダが缶詰……ではなく、両手にコンビニのスナック菓子を抱えて走ってくる。

 

おいおい……そいつはちゃんと会計済ませたのか。

 

「調度良かった訳よ!さっさとあの店員に思い知らせてやって!」

 

何を思い知らせるのか知らないが、店員が怒鳴りながら追いかけてくるのを見るとやはり両手に抱えている品物は盗品らしい。

 

全く、その年齢でスナック菓子を万引きするなど、精神年齢はいったい何歳なんだ。

 

だいたい俺とお前はお菓子強盗をするような仲じゃなかったはずだが。

 

「めんどくせぇ……ほらよ」

 

「うひゃぁ!?」

 

七惟は店員ではなく……フレンダを能力を使って手身近な場所に転移させた。

 

当然転移させたのはフレンダと彼女が纏っている衣服及びポケットの中身なので、両手いっぱいに持っていたスナック菓子はその場にどさっと落ちた。

 

「あ、あれ……?テレポーターだったのかアイツ……まぁ、いいか」

 

目の前で超常現象が起きたのだが、コンビニの店員は何も気にすることなくそのままお菓子を拾い上げ去っていく。

 

そして七惟の横に置いてあった廃棄物入れ……つまりゴミ箱だがそこががさがさと揺れ始め、倒れた。

 

「ぷはッ!ちょ、ちょっと七惟!どういう訳!?」

 

ゴミ箱から飛び出したフレンダの姿はそれはもう悲惨の一言。

 

可愛い服装を好むフレンダだったが、先ほどまで可憐な少女を演じていたソレは見る影も無く、チェックのスカートは生ごみの汁で汚れ、ベレー帽には魚の骨が付着し、全身から汚臭を放っている。

 

「あぁ……?逃がしてやったんだよ」

 

「私のお菓子は結局どうなった訳!?あとこの落とし前はどうつけてくれる訳!?」

 

「店員が持ってったぞ、天下のアイテムもスナック菓子万引きするなんてな。あと服は新しいの買え、てめぇら金持ちだろ。じゃあな」

 

「待つ訳よ七惟!」

 

七惟としてはさっさとファミレスへと行って結標と話しをつけたいのだが、それを良しとはしてくれないらしい。

 

まぁ流石にゴミ箱は無かったかと思案する七惟だが、そもそも万引きするフレンダが悪いのだ。

 

「こんなことして唯で済むと思ってる訳!?」

 

「……」

 

「結局七惟はアイテムが大嫌いって訳!?」

 

「大嫌いだが問題あるか」

 

相変わらずうっとおしい奴だ。

 

「ならこっちも――――」

 

「ぶっ飛ばすぞおい」

 

七惟は威圧の籠った低い声を発する。

 

その言葉に一瞬フレンダは怯むがすぐさま得意げに話し始めた。

 

「今の七惟がそんなこと出来ない人間だってくらい私にも分かってる訳よ。結局七惟は昔みたいに残忍非道なことは出来ない」

 

「……そうかぃ」

 

「第3位のクローンだっけ?あんまり此処で騒ぎを起こすと結局アンタ達は離れ離れになっちゃう訳」

 

饒舌に喋るフレンダ、いったい何処からその情報を取り入れたのかは知らないがやはり暗部の連中相手には気が置けない。

 

こんな少女ですら、こちらの芯を揺さぶってくるようなネタを常に仕込んでいるのだから。

 

「こっちとしてはすぐさまあの病院に駆けこんであのクローンをめちゃくちゃにしちゃってもいい訳よ」

 

「……」

 

にへらとした表情でとんでもないことを言ってのけるフレンダ、実際本人はその程度の軽い認識しか持ち合わせていないのだ、『人を殺す』ということに。

 

お気楽でお調子者だということは知っていたが、まさかここまでとは。

 

余計に苛立ちを募らせるが、怒っても事態は何も好転しない。

 

七惟は自身の怒りをため息に全て載せて吐きだし、フレンダに問いかけた。

 

「じゃあてめぇは俺に何をして欲しいんだよ」

 

「結局折れるのね七惟、そんなにあの女がお気に入りな訳?」

 

「……知るか」

 

「じゃあ……」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「……これ全部買うのか俺が」

 

「当然そうなる訳」

 

 

フレンダが七惟に要求したのは店員に奪い返されたお菓子分と同等の金額分の缶詰をスーパーで購入しろということだった。

 

その程度、と思いスーパーに足を運び籠を持った七惟だったが、フレンダは万引きしたお菓子の10倍以上の缶詰を籠に放り込み、結果金額が半端ではないことになってしまっている。

 

溢れた缶詰の重量もかなりのもので、コレほどまで会計を恐ろしく感じたこともない。

 

レジスタでは店員が苦笑いを浮かべながら缶詰を一つ一つ会計していく、缶詰とは基本安価なモノだと七惟は認識しているが、缶詰マニアであるフレンダがどれだけ高価なモノを此処にぶち込んだか不明なため表示される金額をはらはらしながら見つめるばかり。

 

コイツは俺が借金1億抱えてるってことを知ってこんな嫌がらせやってんのか……?

 

「あ、ありがとうございましたー!」

 

「大量大量っ」

 

ハイテンションで店内から出てくるフレンダを見ながら七惟は財布の中身を確認する。

福沢諭吉という偉い人物が書かれたていた紙切れが2枚程消えているのが分かる、今は借金返済のため少しでもお金が欲しいというのに……。

 

「あの七惟理無をこんなふうに顎で使えるなんて最ッ高って訳よ!」

 

「……不幸だ」

 

フレンダは軽やかな足取りで道を進む、時計を見ると結標との約束の時間まであと10分と迫っていいた。

 

もうこれ以上は付き合うのは無理だ、フレンダはまだ何か言うつもりかもしれないが。

 

「七惟、何してる訳よ?」

 

「こっちはもう仕事の時間なんだよ、流石にお前も満足しただろ」

 

「仕事?殺しな訳?」

 

「ちげぇよ。じゃあな」

 

七惟は踵を返しフレンダに背中を向けて去ろうと歩を進めるが……。

 

「七惟」

 

フレンダが呼び止める。

 

もしかしてまだ足りないとでも言うのか……?

 

「変わった訳ね七惟」

 

「あン……?」

 

首だけそちらに回してみると、フレンダは先ほどまでの年相応の表情ではなく暗部で働く時の無機質なモノへと変わっていた。

 

探っている……垣根と一緒か。

 

はっきり言って逆にそっちに探りを入れたい気分だ、自分がアイテムに加入するという噂話は本当なのか嘘なのか。

 

「第1位に殺されかけたから?第3位のクローンと一緒にいたから?」

 

フレンダの目は真っ直ぐでこちらに向けられており真意を見極めようとしている。

 

「俺は元からこんなもんだ」

 

「そんなことない訳よ。七惟は私と麦野とは殺し合った中、アンタは危害を与えない相手には攻撃しないけど、とことん無関心だった。昔のアンタならまず最初の時点で私をゴミ箱に転移なんてさせなかった訳」

 

「……」

 

「それに買い物に付き合うなんてさ、結局七惟は変わった訳よ」

 

「はッ……そうかい」

 

七惟は目を細め、くだらなそうに答えた。

 

変わった?そんなのは分かっている。

 

だがそれをアイテムに知られたくは無かったし、教えるつもりもない。

 

前を向きそのまま振り返らず去る七惟。

 

「七惟!」

 

そんな七惟を見てフレンダが声を上げる。

 

「結局そんなものは弱点になる……覚えておくといい訳よ?」

 

『弱点』になる。

 

分かっている、だからこそ、こんなことは誰にも言いたくはないのだ。

 

七惟は足を止めることなく、そのまま雑踏の中へと消えて行った。

 

無言の肯定を行った七惟に対し、両手に缶詰の袋を提げていたフレンダは、何か面白いモノを見つけた子供のように笑顔を浮かべていた。

 

 

その笑顔は無邪気だった、見るものが身体が震えるくらいに。

 

 

 

 

 


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