とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
新学期が始まり数日が経った、七惟にとって相変わらずあの学校で学ぶ内容は面白みも無く中学校の復習の範疇を出ない。
彼のクラスメイトも前期と同じように七惟に極力関わろうとせず学校で過ごす時間は退屈極まりない。
偶に上条、金髪サングラスの土御門とエセ関西弁の青髪ピアスが喋りかけてくるがそれだけでは学校は終わらない。
しかし今はそんな退屈な日常を喚いている場合ではない、七惟は今報酬金額100万円のアルバイトの真っ最中だ。
彼の仕事は前方でのろのろと進む車の護衛、そのため今はバイクを運転しながらの業務となる。
七惟を雇った人間は霧ヶ丘女学院の高校二年生だが、彼女がそんな100万もの報酬を払えるとは思えなかった。
おそらくバックアップを務めている暗部か外の組織が支払ってくれるのだろう、七惟からすれば報酬さえ回収出来れば後はどうでもよい。
「かったるい仕事だなおい」
今回の仕事は運搬だ、しかし七惟自身が運ぶというわけではない。
車の護衛をし、目的地まで無事に運搬物を届けろというものだが、こんなとろとろと進む車の護衛というのは退屈極まりない。
だいたい今日は何故こうも車が多いのだ、まるでこちらの仕事を妨害しているかのように思えてくる。
バイクならば車と車の間を縫うようにすいすいと進んでいくものだが、今回はそうもいかずに普段味わない渋滞の苦痛が余計に七惟のストレスを募らせる。
このままでは埒が明かないだろう、と燃料タンクに突っ伏して信号が変わるのを待つ。
ふと街に目を向けてみれば、調度ミサカが入院している病院が100M程先に見える。
あれから七惟は3回程お見舞いに行ったが、やはり素っ裸のミサカを見るには耐えられず背中を向けての会話となった。
いずれちゃんと面と向かって話すことが出来る日が来るのだろうが、それまで自分が見舞いを続けられるかどうか分からなかった。
主にメンタル面での負荷的な意味で……
彼が燃料タンクに突っ伏し数分、未だに代わらない信号機に業を煮やして見上げてみると信号が死んでいた。
一瞬状況が理解出来なかったが、どうやら原因は分からないが周辺の信号機が全て死んでしまっているようだ。
支配者を失った交差点は混乱を極め、今ではどうにもならないほどの渋滞が発生してしまっている。
「あー……こんな糞面倒なコトって起こんのか」
まあ七惟としてはやることが変わらないのだが、暇過ぎるこの仕事はさっさと終わって欲しいのだ。
前方の車から黒服の男が一名出てきた、七惟に近づくと耳元で囁く。
「この渋滞はどうやら仕込まれたモノのようだ、車は捨てて地下道を進む」
「地下道だぁ?車はどうすんだよお前ら」
「破棄だ、そんなものは」
「チッ……わあったよ」
渋滞が仕込まれた、ということはおそらく信号機の統括情報をハッキングして狂わしたのだろう。
白兵戦だけではなく情報戦も展開しているとは、いったいどんなモノを運搬しているのだろうか。
七惟はバイクを腋道に止め黒服数名の後を追う。
顔を一般人に見られないために当然フルフェイスに黒の革ジャンに黒のズボン、見るからに怪しいが素性がばれるよりは数段マシだ。
男達はえらく慌てている様子で、かなりのハイペースで運搬物を抱えて走っている。
七惟はそれを追いかけるわけだが、持久走が大嫌いな七惟にとっては軽い拷問だ。
細い曲がり角を過ぎ、そろそろ大通りに出るかと思われたその矢先。
「なんだ!?」
「ごめんあそばせ」
先頭を走っていた男の目の前に一人の少女が現れたかと思うと、次の瞬間には七惟の前を走っていた最後尾の男の背後に移動している。
少女がキャリーケースに触れると、また目の前の少女は消え再び先頭の正面にキャリーケースを手に持ち悠然と立っていた。
その場にいた全員に有無を言わさず運搬物のキャリーケースを奪った少女はツインテールの髪を振りはらい語りかける。
「ジャッジメントですの、何故私が此処に来たかの説明をする必要はありませんわよね?」
「くッ!」
黒服達が一斉に懐から銃を抜き少女に照準を合わせるが、少女の動きのほうが断然早い。
少女は固まっていた男達の死角に瞬間移動し、三角飛び蹴りを喰らわせたかと思うとスカートの下に装着していた鉄の棒で倒れた黒服達の動きを止める。
一連の動きにまるで無駄がない洗練された戦闘手段に七惟が関心していたがそれどころではない。
七惟が彼女の容姿を再び確かめてみると、腕にはジャッジメントの腕章をつけており、そして何処かで会ったような気がする顔立ちだった。
少女の力量からして適わないと悟ったのか生き残った男達は来た道を引き返していく。
「あら?貴方は逃げませんの?」
「……」
この場は七惟とジャッジメントの少女だけとなった。
先ほどの戦闘を見るからにこの少女はテレポーター、七惟とタイプが非常に似ている能力者だ。
「だんまりですのね、痛い目を見てからでは遅いですわよ」
だんまりも何も、此処で喋って肉声を聴かれてしまっては犯人逮捕のヒントを与えてしまうばかり、黙るのが当たり前だ。
七惟の能力からすれば少女からキャリーケースを奪うのは容易いが、彼女を倒すとなるとかなりの労力を要する。
とにかく霧ヶ丘の依頼主から後で難癖付けられるのは堪ったものではないのでキャリーケースを右手に転移させた。
急に手元にあったキャリーケースが無くなった違和感に少女は一瞬気を取られる。
「……!?貴方、いったい何をしましたの!まさか、テレポーター?」
テレポーターではないのだが、いい線をついてくるあたり流石ジャッジメントだ。
それに制服からして常盤台のお嬢様だと思われる、推察も考察もかなりのモノ。
「いいですわ……それをッ……!?」
少女が言葉を発すると、少女の肩にぐさりと何かが刺さったのを七惟は目視し、さらに何者かが自分の背後に立っていることも感知した。
「へぇ……流石はレベル5。いえ、今は『元』かしらね?」
振り返ってみればそこには依頼主である霧ヶ丘女学院の結標淡希が軍用ライトをふら付かせながら不敵な笑みを浮かべていた。
依頼主のようやくのご登場に七惟は軽くため息をつくと、結標に仕事内容の確認を取る。
「んで?てめぇが来たからもうこの仕事は終わりでいいんだよな?」
「まさか……。貴方にはまだまだこれから大仕事をやってもらわなきゃいけないのにね」
「そうかぃ。んじゃあ例のポイントで待ってっから早くきやがれ」
「えぇ、軽くあしらってすぐそっちに向かうわ」
例のポイントとは、予め結標と取り決めていた合流場所である。
そこから更なる仕事を要求するのならば上乗せで10万ということになっているが、これ以上は何も起こりそうにないためそこは期待できない。
七惟は結標とジャッジメントのお遊びを横目に、バイクを止めた場所へと歩いて行った。