とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「アンタ……逃げるなら今のうちよ、私の邪魔をしないって言うのなら見逃してあげる」
「……」
「無言、ってことはそのつもりはないってわけね」
見逃してもらわなくて結構だと言いたい。
こちらも私生活がかかっているのだ、そう安々と結標に近づけさせるわけにはいかない。
美琴がいったい何故そんな血眼になって結標を追いまわすかは理解出来ないが、とにかく此処は報酬金の分だけ足止めしなければ後々面倒なことになる。
と言っても美琴とは既に1回対戦済みだ、能力はばれているしを攻撃を行っていけばたちまち自分が『七惟理無』だということば早々にばれる。
まあだからなんだ、と言ったところか……此処には少なくとも七惟と美琴しかいない。
結標も、美琴の後ろに隠れていたジャッジメントの少女も既に立ち去っている。
おそらく結標を追ったのだろうが残念ながらあのジャッジメントの力では結標には及ばない、単純に同能力者同士で上下関係にあるのだ。
しかしそれは七惟と美琴にも当てはまる、単純な力関係で七惟では美琴に勝てることなどまずあり得ない。
前回のように正面からぶつかっても玉砕するだけだ、此処は勝つことではなく時間をかけ、逃走するのが一番だろう。
おおよそ5分強程でいいはずだ、5分経てば結標が2回目の転移を行う余裕が生まれる。
まず、七惟は手始めにそこら中に散らばっている鉄骨を美琴目がけて時速300kmで打ちだす。
今まで対象を一つしか撃つことが出来なかった七惟だったが、ミサカが昏睡するあの日浮かんだアイディアにより10近くの対象を同時に移動させることが出来るようになった。
美琴はそれらを電撃で全て捌き、雷撃を撃ち攻撃に転じるがそれをまた美琴の位置をずらし回避する。
やはり、攻防面においては互角……あとは彼女の洞察力が何処まで発揮され、弱点を見抜いてくるかだ。
「……ふーん」
意味深な表情を見せる美琴だったが、すぐさま頭を切り替えて攻撃に転じた。
美琴は工事現場のフィールド特性を生かして大量の砂鉄を集めると、それらをゆうに3Mはある鞭へと変形させフェイントを刻みながら七惟に接近する。
遠距離からの攻撃は意味がないと気付いたようだ、接近戦に持ち込んで叩きのめそうと言ったところか。
対して七惟はすぐさま美琴の動きに反応し、下の階に陥没していた鉄骨を真上に垂直移動させ美琴の突進するスペースを潰す。
眼前に突然現れた鉄骨に驚き、一歩下がるであろうと予想した七惟はその場に向かって別の鉄骨を飛ばした。
が、美琴は垂直で持ちあがってきた縦横10Mはあるであろう鉄骨をレールガンで粉々に破壊し、勢いそのまま七惟が別に飛ばした鉄骨も吹き飛ばす。
電力消費の激しいレールガンを乱発しているのは美琴らしくない、戦場を冷静に分析出来ない程にまで切羽詰まっているのか?
それだけ彼女を追いこむようなモノを結標は運んでいるのだろうか、しかし七惟にはそれが一体何なのか分からない。
レールガンと砂鉄剣は同時展開出来ないため、再び美琴は砂鉄を集めて飛びかかってくる。
電磁加速した美琴は足場の悪さなど無視して壁に張り付きながら近寄ってくる、こちらがその一部を破壊しようにも全てが後手に回り着実に射程圏内へと迫られる。
意地でも接近戦、もしかしたら美琴はもう黒スケ(自分)がディスタンスであることに気が付いているのかもしれない。
「私に勝ちたいんだったら第8位くらいの腕になることね!距離操作能力者ディスタンス
!」
やはり、気づいていたか。
だが今はそんなことに感心している場合ではない、目の前にはこちらをぶちのめす気満々の美琴が迫っている。
その鬼のような気迫から今の美琴が只ならぬ何かをやろうとしているのを感じ取る、しかし七惟も大人しくここで叩き潰されるわけにはいかない。
フェイントを刻んでいる美琴と、不規則に揺れる砂鉄剣は距離操作出来ない。
砂鉄剣自体を幾何学的操作で無効化しようにも、此処には無限に砂鉄が眠いっているためすぐ元の形へと戻るだろう。
だが。
このフィールドが美琴だけに有利というわけではない。
転移させる鉄骨は無限にあるのだから。
「ッ!?」
再び美琴の眼前に鉄骨が現れる、これで大人しく一旦退いてくれるかと思ったがそれも甘かった。
今の彼女は止まることを知らない弾道ミサイルと同じ、鉄骨を電気を帯びた右足で思い切り蹴飛ばした。
「んなッ!?」
今度は七惟が目の前の光景を疑う、流石にこんなことは想像していなかった。
本来ならば人間の脚力で蹴ることなど不可能なはずの重量だが、彼女はただ単に蹴るだけではなく七惟の後ろの鉄骨と磁場を結び、電磁誘導で鉄骨を吹き飛ばしたのだ。
七惟は咄嗟の出来ごとに判断が鈍るが、直撃する寸前のところで身体を倒し何とか難を逃れるも、そこで美琴が追撃の手を緩めることはない。
「此処まで私に全力を出させた距離操作は七惟理無とアンタくらいね!全力の超電磁砲を肌で感じたことに喜びなさい!」
「――――――ッ!?」
砂鉄剣がヘルメットに振り落とされる、そして左手は発光。
これ以上二点間距離だけで彼女の猛攻を凌ぐのは無理だ、元々実力差があるのに手を抜いてまともに相手が出来る能力者ではない。
七惟は当然時間距離を操り美琴の鞭の動きを制限し、スピードを極端に遅くしてその軌道から逃れるだけでなく、間合いを測るために砂鉄剣を幾何学的距離操作で分解する。
「……ッ!?」
これも防がれた!?といった表情の美琴は堪らず後ろに下がりこちらをマジマジと見つめる。
「今の……時間距離操作よね?そして砂鉄剣の分解は……結びつきの長短を操作する幾何学的距離操作」
そして意を決したかのように口を開いた。
「アンタ……『オールレンジ』七惟理無でしょ」
語尾を上げずに、静かに語りかける美琴。
もう確信しているようだ。
これ以上隠す必要も無いし、美琴とドンパチやるにはこのヘルメットはどちらにしろ邪魔過ぎる。
七惟は顎紐を解きヘルメットを床にそっと置くと、口を開いた。
「案外気付くのが早かったな短パン」
「……何の冗談よこれは!」
七惟の顔を確認した途端に美琴は激昂し、七惟に詰め寄る。
「アンタ、自分がいったい何をしてんのかわかってんの!?」
「お前こそ、なんで此処にいんだよ。こういうのと一番遠い存在がてめぇのはずだろうが」
「そういう問題じゃない!アンタあの女が何を運んでんのか知らないの!?アンタだって命懸けであの実験を止めてくれたじゃない!」
美琴のあまりの剣幕に七惟は押され、額に嫌な汗が流れる。
それに実験……実験を命懸けで止めた?どういうことだ。
「中身なんざ関係ねえんだよ、これは俺の仕事だ。依頼人が結標、請負人が七惟。そして敵対する勢力が御坂美琴。あるのはそれだけだろ」
「関係無くなんかない!あれの中身は!」
中身中身喧しい奴だ、確かにたいそうなモノが入っているのは予想がつくが美琴がぎゃあぎゃあと騒ぐようなモンなのか?
戦闘中も何度か感じたが、あの運搬物に対する美琴の執着心は異常だ。
家宝が奪われたとか、そういったものか?
しかし美琴の次の言葉で七惟のこういったおちゃらけた思考も一転する。
「ツリーダイアグラムの残骸が入ってんのよ!」
「……ざん……がい?」
「そうよ!運ばれてるのはツリーダイアグラムのレムナント!そしてその中枢であるシリコランダム!あれが、あれが再度組み立てられたら……!」
七惟の背中を冷や汗が伝うのが分かった、まさか……。
「あの絶対能力進化計画が繰り返されちゃうかもしれないのに!」
美琴の言葉に七惟は声を失い反論することが出来ない。
絶対能力進化計画、それは七惟と上条が命をかけて一方通行に勝負を挑み何とか奴に打ち勝つことで中止になった計画。
そして、彼が今誰よりも特別に思っているであろうミサカ19090号の命と運命に大きく関わっている実験。
「嘘じゃねえだろうな」
「嘘なんかついてどうすんのよ!こうしてる間にもあの女が外部組織と掛け合ってるかもしれない!」
「それを早く言いやがれこの糞餓鬼!」
先ほどまでの依頼主に対する忠誠は何処へいってしまったのか、七惟は憤怒の形相で結標が逃げ伸びそうな場所を探す。
借金返済も当然大事だがそれとこれとは別だ、というよりも天秤で測ったら明らかにミサカの比重が100で借金は0だ。
そして同時に美琴にこれ以上の詮索を止めさせなければ、といった思考も回り始める。
「アイツは近場にしか転移出来ないわ、そこを探せば!」
「それは俺が探す、もうお前は家帰って寝てろ」
「な、何言ってんのよ!これは私の……!」
「これ以上はお前が関わっていいヤマじゃねぇ」
美琴はまだ中学二年生だ、少しも学園都市の闇の部分を見ていない純粋な少女。
そして七惟にコミュニケーションの面白さを教え、自分に多くの出会いを与えるきっかけとなってくれた。
そんな彼女をみすみす危険な戦地へと赴かせるわけにはいかない、今まで戦っておきながら何を言うかといった感じだがそれくらいに七惟は美琴に闇に染まって欲しくない。
「ふざけんな!私が止めないと、あの子たちはまたー!」
「俺みたいに暗部に足突っ込んで命のやり取りしてぇのかお前は!」
「えッ―――!?」
一瞬、美琴が怯んだように見えたがすぐさま彼女は反論する。
「暗部とか知らないわよ私は!そんなつまんない理由で私の邪魔するっていうならまたぶっ飛ばすからね!」
七惟に負けんばかりの剣幕で怒鳴り散らす美琴。
つまらない理由――――。
七惟の纏う凄味を増した空気に全く怯まない美琴の気迫、こういうところは何処かあの上条当麻を思い出せた。
やれやれ、似た物同士お似合いというか……一度首を突っ込んだらやはり引っ込めそうにも無い、亀を少しは見習ったらどうだ。
「てめぇは相変わらずだよったく……!行くぞ!」
「言われなくても!」
つまらない理由、か。
確かにそうかもしれない、今までの自分だってつまらない理由を色んな行動に後付けしてきた。
だからこそ、そんなつまらないモノに縛れてはいけないのだ。
今まで理由なんざ必要ないと散々言ってきたのは何処のどいつだったんだか。
七惟は自嘲気味に笑い、美琴と共に夜の街を駆けぬけて行った。