とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
夏休みも中盤にさしかかかり、そろそろ学校から出された夏休みの宿題なるものに悪戦苦闘が始まる頃である。
七惟も当然それに当てはまるのだが、彼の場合宿題など最初から手を出すつもりもない。
どうせあんなモノ、自発的にやらなければ自身を磨くアイテムにすらなりはしない。
努力は大事だと思う、しかり努力を無理強いされて実行するのは結局本人にとって何らプラスにはならない。
教師から見ればこんなはた迷惑な持論はないのだが彼は毎年この持論を続けており、担当である教師を泣かせて来たのは言うまでも無いだろう。
この日七惟は夜に行われる闇オークションまで暇であったため、やることもなくバイクに跨り公道を我が物顔で暴走運転していた。
七惟は夏場は家でじっとしていることが大嫌いである、理由は当然暑いからだ。
何故エアコンを入れないのか?と言われればそれにもちゃんとした理由がある、彼はエアコンが大嫌いなのである。
入れている間はいいのだがそれが切れると何とも言いきれない気だるさに襲われ、それと同時に身体も一気に重くなる。
あんな感覚、ごめんなのだ。
それとは対照的に冬は家に閉じこもる、外は寒いしエアコンと違い暖房は彼の身体を蝕まない。
今は夏だ、家でじっとしていて蒸し焼きになるくらいならばバイクでもかっ飛ばして涼しい場所に行こうということだ。
七惟は丘の上にある公園にバイクを止めて、無表情のまま木陰へ赴く。
彼の身体分すっぽり入るだけの大きさで、調度良いその木陰に七惟は静かに腰をおろした。
七惟は人ゴミが嫌いである、煩わしい、うるさい、空気が悪い、といったのも彼が遠ざける原因だが他もにある。
それはあれだけの人ゴミの中ではあまりに自分の存在が希薄になってしまう―――――。
天涯孤独、彼の16年間の人生を振り返ってみるとこれが一番しっくりくる……と言えばかっこよく聞こえたりするのだろうか。
物心ついた時には彼は学園都市の研究所に居た。
いったい誰が、何のために自分を生み、そして研究所に放り込んだのかは知らないが、彼が生きて行くためにはその環境はあまりに酷過ぎた。
おそらく彼の両親は、こんな化け物みたいな子供が恐ろしくなり学園都市に置き去りにしたのだろう、それを研究熱心な何処かの誰かが連れ去った。
周りには自分と同じような年頃の子どもはおらず、居るのはわけのわからない専門用語ばかり話す研究者達。
当然子供の相手など彼らがするわけがない、次第に少年時代の七惟は人と接することを酷く嫌うようになっていた。
どうせ彼らは自分を利用することしか考えていない、ならばいっそのことこちらからそのコミュニケーションという繋がりのパイプを立ち斬ってしまおうとしたのだ。
結果今のように親族0、友人0、といった状況になってしまった。
でも、親族が0というのは彼のせいではない。
友人0というのは自分のせいだということくらい分かっている、あそこで諦めずに希望の光を追い求める者だけがその先にあるものを得られるのだから。
リタイアしてしまった自分は弱かった、力が強い弱いというわけではなく心が弱かったのだ。
そんな負け組の自分には、友人0がお誂えだろう。
しかし、親族0なのは心の弱さなんて関係ない。
だから彼は知りたかった、いったいどうして両親は自分を捨てこんな都市に置き去りにしていったのだろうと。
知りたい、自分を生んだ理由を。
もし自分がこんな能力を持って居なかったら、一緒に居させてくれたのだろうか――――それとも―――――。
捨てられた自分には存在する価値なんて無いんじゃないのか?そもそも、生まれたこと自体が間違って…………
などと如何にも悲劇のヒーローやヒロインのような考えは残念ながら七惟は持ち合わせてはいなかった、ちなみにどこら辺から捏造かと言うと『友人0は自分のせい』からである。
自分を何故生んだのかなんて知ったことじゃない、それに生まれてしまったものは仕方がないし、今更「死んでください」と言われてはいそうですかと自決するような綺麗な人間ではない。
それに生きている価値なんてモンはあるのかどうか、そんなことを考えることすら馬鹿らしい、そんな水掛け論に時間を費やすのは浪費というものだろう。
コミュニケーション能力が皆無で友人0というのは事実だが、それをそこまで重くは考えていなかったし研究所生活が長かったせいもある。
自分は元からそういう性格なのだ、結局人間は皆自分のためだけに生きているのだから、友人など作ってもどうせ足枷になるうえ、厄介事や面倒ごとに巻き込まれるだけだ。
親も同じだ、息子を捨てるような奴なんざ碌でもないのに決まっている、そんな奴と一緒に生活なんてこっちから願い下げだ。
まあ……顔くらいは、死ぬまでに絶対拝んでやるつもりだが。
七惟はため息をつき、タンクバックの中身を漁り飲み物を取り出す。
「…………からっぽか。しゃーない」
暑さゆえに普段よりも消費するスピードが段違いだ、財布事情が苦しいということはないのだが移動するのが面倒くさい。
自動販売機まで行き品を見てみると、彼の好きなスポーツドリンクは全て売れ切れだった。
まあこの炎天下を考えると仕方がない……結局七惟は何も買わずに先ほどまで居た木陰に戻ろうと背を向ける。
すると、背後から女の子の声が聞こえてきた。
「あれ、またコイツ吸っちゃった!?」
振り返ると常盤台の制服を纏った少女が自販機を渋い顔で睨みつけている。
女の子は自販機を叩いたり、返金のつまみを何度も回したりと悪戦苦闘しているが……次第にその態度が変わっていき、そして。
「……いい加減にしろやごるあああああ!」
少女の凄まじい右足の蹴りが、自動販売機に叩きこまれたかと思うと、ガラガラっと何かが崩れ落ちるような音がして缶ジュースが出てきた。
七惟は唖然とした表情でその様を見つめる。
「……ったく、コイツはもう撤去したほうがいいわよ」
少女はその中から一本取り出すと、満足そうな笑みを浮かべて口に運ぶ。
そして彼女がジュースを呑み始める様子を無表情のまま見つめ続けていた七惟と、目があった。
「ッぶ――――!?」
少女は口に含んでいた飲み物を思い切り吹きだし、慌てふためる。
「あ、あんた……もしかして今の見てた!?」
「目の前でやられたんだから、当たり前だろが」
というよりもすぐ近くに誰かが居ることくらいわかっただろう……怒りで周りが見えなくなっていたのならば話は別だが。
「ど、何処から何処まで……?」
「自販機殴るところから蹴りをぶつるとこまでだ」
「ぜ、全部じゃん……」
「常盤台のお嬢様が自販機に蹴りをお見舞いするなんて世も末だ」
「う、うるさいわね!吸われた気持ちがアンタにわかんの!?」
吸われた、というのはおそらくお金を入れても商品が出てこなかったということだろう。
七惟はため息をつき自動販売機の前に立つ。
「ちょ、ちょっとアンタ」
七惟が自販機の前に立つこと数秒、まるで流れる水のように2本のジュースが出てきた。
「ほらよ」
出てきたのは缶コーヒーだった、七惟は何事も無かったかのようにそれを飲み、もう一本を少女に渡した。
「な、何をしたの……?」
「……別に何も」
どれだけ金を吸われたのかは知らないが、慰謝料請求もかねて2本くらい飲んでも問題ないだろう。
七惟はもう用は済んだ、とばかりに少女に背を向けるも相手がそれをよしとしなかった。
「ちょ、ちょっと!」
「何だよ?」
コミュニケーションを取るのが苦手である七惟は人と接するのが好きではない。
今回はちょっとした出来心で関わってみたのだが、これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。
「こ、このことは……出来れば誰にも、特に学校のほうには」
「はん、誰が好き好んで常盤台とかいう地雷踏みに行くか。そんな心配より腹が立ったらすぐ手を出すそのガキみたいな精神状態を心配するんだな」
元々口が悪く、コミュニケーション能力に疎い七惟はいったい何処まで言ったら相手が怒りだすのかなど意識していない。
それ故に思いついたことをストレートに口に出してしまうのだが……
「ガキ……ですってえ!?」
完全に地雷を踏んでしまったようだった。
少女はその言葉に過剰に反応すると、七惟に詰め寄る。
「私の何処がガキだって言うのよ!アンタに何かわかんの!?」
「ッ!?」
少女の豹変した態度に狼狽を隠しきれない七惟。
彼は知らないだろうが、先日某フラグメーカー氏によって彼女は散々ガキ扱いされており、その言葉を聞くと彼女は問答無用で発火してしまうのだ。
そんな理由など知らない七惟はあまりの剣幕にどうすればいいのやらと言った表情に。
「短パン穿いてるところとか……か?」
「関係ないでしょそんなの!スポーツ選手なんて皆短パンじゃないの!」
「そうか?でもアイツラは出るとこ出てるが、お前は……」
七惟は少女の頭のてっぺんからつま先の下まで見下ろすと。
「水平線だな……見事に」
「はぁ!?わ、私だってこれからまだ!」
ッ……しつけえ。
先日のベクトルもやし野郎程とは言わないが、少なくとも今この状態は七惟を不快にさせる。
七惟は目を細めて少女の位置を確認し……『位置』を弄った。
「あ、あれ!?ちょっと待ちなさいよ!」
次の瞬間、七惟と少女の距離は100M近く離れていた。
「じゃあな、短パン娘」
「誰が短パン娘よ誰が!」
七惟は右手をひらひらと翳して別れを告げた……つもりだったが、相手が悪かった。
「待てって……言ってんでしょ!」
少女は般若のような形相で猛然と七惟を追いかけてくる。
「はあッ!?」
そのあまりの怒りっぷりに流石の七惟も腰が引け、自然と足の回転が速くなりいずれ全力疾走となって少女から離れる。
しかしどうしたことか、少女は一向に諦める気配もないし距離が自然と縮まっていく。
七惟は平均的な運動神経の持ち主だ、だいたい50M走ならば6.5秒前後。
彼女の年から考えたらどう頑張っても自分に追いつくことなど不可能はなずだが……。
「お前ッ、しつけえぞ!」
「うるさい、訂正しろ!」
「だいたいそんな早く走れるんだったらスポーツ選手になりゃいいだろうが!」
「能力使えばアンタみたいな一般人に負ける脚力じゃないのよ私は!」
少女の能力が身体強化系なのかは分からないがとにかくこのままでは追いつかれてしまう、やはりここはまた能力を使って……!
七惟が演算を開始し、完了するまでに今度は少女と七惟の距離は100Mと言わずまるで少女の姿が点でしか確認できないくらいまでに離れる。
まだ互いの公園内にいるのだが、これだけ離れれば追ってくることはないだろう……。
七惟は重い足を引きずりながら、ようやく駐輪場まで辿りつく。
「何だってんだ……アイツは」
盛大なため息と共に、バイクを走らせるのだった。