とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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刺客-2

 

 

 

 

大覇星祭まで1週間と迫ったある日、その少女は唐突に七惟達のクラスにやってきた。

 

 

 

 

 

「男子生徒の諸君喜べー!そして女子の皆さんは新しい仲間を優しく迎えてあげてください。転校生の滝壺理后さんですー」

 

夏服のブラウスに黒いスカート、何処からどう見ても七惟の学校の制服を纏った滝壺理后が教壇の上で子萌によって紹介されていた。

 

男達は滝壺を見て野太い声援を上げ、女子からは何やら腹黒い視線も飛ばされているがおそらく気のせいだろう。

 

「あぁ!転校生属性やなんて俺の大好物や!滝壺さんよろしゅう!」

 

エセ関西弁が飛んだと思うと、前の男が「また上条の被害者が!」などと叫んでいる。

滝壺が眠そうなうつろな目でざっと教室全体を見渡すと、自然と一番後ろの席で頬杖をついている七惟で止まった。

 

七惟はその視線を意識しないよう、柄にもなくバックから教科書を取り出して目を通す、もちろん文字は読んでいない。

 

よりにもよってあの滝壺が転入生かよ……。

 

七惟は滝壺理后が苦手である。

 

アイテムのメンバーとは一応全員と面識がある。

 

麦野を始めとした絹旗やフレンダはどちらかというとやかましく活発で、面倒なタイプなので適当にあしらうだけでいい。

 

しかしこの滝壺は適当にあしらっていても、彼女自身が普段からぼけえっとしているため、こちらも考えていることを掴みにくい。

 

彼女のようなタイプは初めてなため、どう接すれば絹旗のように身を引いてくれるかというのが分からないのだ。

 

それに滝壺のことは七惟は全く知らない、能力やレベルも年齢も七惟の頭の引き出しの中には入ってはいない、彼にとっては謎の少女だ。

 

まぁこの様子を見る限り今日は周りの男子生徒が喧しくて自分の監視どころではないだろう、と七惟はたかをくくる。

 

ただ自分の隣の席の土御門が青髪ピアスのようにワーワー叫んでいないことが頭の隅で気になっていた。

 

「では滝壺ちゃんは七惟ちゃんの隣ですね、机を教室の隅に用意しておいたので誰か手伝ってあげてください」

 

……なんてことしやがるあの幼女。

 

我先にと野郎共が滝壺のモノになるであろう机に向かっていく、七惟や上条はそれを冷めた目で見つめ、土御門は何だか険しい表情で滝壺を見つめている。

 

僅か1分も経たないうちに滝壺の机と椅子は七惟の隣に収まり、これで一番後ろの席は右の廊下側から青髪ピアス、土御門元治、七惟理無、滝壺理后、上条当麻と問題児揃いの恐怖の時限爆弾ラインを形成した。

 

ちなみにクラスの三馬鹿であった上条達を纏めてデルタフォースと呼ばれていたが、最近七惟も何気に彼らとつるむようになってきたあたりクラスのバカルテットと呼ばれ始めている、これが5人になったら何になるのやら……。

 

このクラスは学校のアフガニスタンやら無法三角地帯と呼ばれているがこの面子を見る限りそれも仕方がない気がしてきた。

 

滝壺は七惟の隣にゆるりと座ると、こちらをじーっと見つめてくる。

 

おいおい、そこは一級フラグ建築士の上条当麻のほうに「よろしくね上条君!」とか何だか明るい声で挨拶をするのがセオリーなんじゃないか。

 

机に頬杖ついて教師にガン飛ばしている自分を見てどうするんだ。

 

「なーない」

 

「もしかして俺のことかコラ」

 

「そうだよ」

 

「……んだよ」

 

「よろしく」

 

「俺みてぇな奴に言う言葉かそれは……」

 

こうして七惟を監視する新しいクラスメイト、滝壺理后が此処に誕生した。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

今朝は滝壺理后がまさかの転入で腰を抜かしそうになった七惟は、昼休みになると疲れからか机にへばりついた。

 

あの後滝壺がいったいどういう監視方法で来るのか、と身構えていたが彼女はこちらに身体と頭をほんの少しばかり向け、ぼけーっとした表情でずっと一点を見つめ続けているだけだ。

 

その視界の中に自分が入っていることすら怪しいが、監視役として送られてきたのだから油断は出来ない……はずが。

 

休み時間に入ると彼女は周囲を男子・女子生徒達に囲まれて監視どころではなくなっていた。

 

人ゴミの中、滝壺はそれは不快だという表情すら見せず相変わらずの表情で受け答えしていた。

 

このクラスには姫神愛沙という人物もいるが、それを遥かに超える緩さとぼけ・天然キャラっぷりであっという間にクラスに溶け込んでしまった。

 

むしろこれだけ濃い人物が一瞬で溶け込めてしまうクラスのほうに問題があるのではないかと七惟は疑ったほどだ。

 

「ななたん、お前あの転校生と知り合いなのかにゃー?」

 

「あん?」

 

話かけてきたのは土御門だった、彼は今朝滝壺がこのクラスにやってきてから何かと表情が難しい。

 

暗部に未だに片足を突っ込んでいるような人間の七惟はそれが『疑い』の眼差しを向けられているのだということが何となく分かった。

 

それと同時に、この土御門という男も七惟同様……いやもしかしたらそれ以上にどっぷりと闇に染まっている人間かもしれないということが予想出来た。

 

普段はおちゃらけていて、全くもってそんな雰囲気をこれまで感じたことが無かった七惟はそれだけで土御門がプロの人間であるという考えに直結する。

 

「別にな、ちょっとした知り合いだ。それ以上それ以下でもねぇ」

 

「そうかにゃー?滝壺のほうは授業中はずっとななたんのほうを見てたぜい?」

 

「そうかよ、別にアイツとは何もねぇぞ」

 

「なるほど、ななたんも上条属性の人間ってことかにゃー」

 

「あの一級フラグ建築士と一緒にすんじゃねぇ殺すぞ糞馬鹿」

 

上条は今青髪ピアスと共に七惟と土御門を含めた4人の食料を学食まで買い出しに行っている。

 

あの上条のことだからもう既に滝壺と何かしらの接点があったかと思っていたが、彼は未だに滝壺とは一言も喋っていないと言うし、滝壺のほうも上条を見向きもしない。

 

隣に監視対象がいるのだから周囲を気にせず監視し続けるという仕事根性なのか、それとも本当に興味がないだけなのか。

 

どちらにせよ、クラスの女子から囲まれている滝壺に真意を問いただすのは無理そうだ。

 

しかし滝壺もよくやる、と七惟は関心していた。

 

暗部に全身染まっているはずの彼女がこうも周りとコミュニケーションを取れるようになるとは。

 

それに彼女は最低でもレベル3はあるはずだ、生徒の10分の9が無能力者であるこの学校は、能力者に対して強いコンプレックスを抱いている者も少なくなく、それ故に孤立している者もちらほらいる。

 

上条や土御門、青髪ピアスのような特殊な例を除けば七惟だって親しい存在の人間なんざ一人もいない、1学期は完全に孤立していたのだ。

 

能力者であることを隠しているのかもしれないが、一応書類上では『能力者』であるということだけは記されているというのに……。

 

「買ってきたでぇー」

 

「お前ら勝ったからって大量に注文しやがって……」

 

負け組の上条と青髪ピアスが購買から食料を買って帰ってきたので、ひとまず昼食だ。

 

考えるのはそれからでも問題ないだろう、今のところ彼女からそれらしい敵対心や殺意、プレッシャーは感じてこないのだから。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

学校の授業も終わり、今は下校の時間帯。

 

七惟にとってこの一日は朝からとんでもない爆弾を仕掛けられていただけであり普段より数倍疲れが溜まっているのが分かった。

 

昼休み以降は滝壺がクラスの男子女子から囲まれることもなくなり、午後は本格的に監視が始まるのかと思ったが午前中と同じで特に変化は無かった。

 

七惟自身も特別身構えることもなかったが、気は抜けないのでメンタル面での摩耗は隠しきれない。

 

「帰ろうぜ七惟」

 

声をかけた上条の周辺にはいつもの二人、青髪ピアスと土御門はいなかった。

 

「あの馬鹿二人は?」

 

「もう帰っちまったよ、何でもやることがあるんだにゃーとか言って消えちまった」

 

「やること……ねぇ」

 

青髪ピアスのやることが何かは想像出来ないが、おそらく土御門が帰ったのは七惟理無と滝壺理后が何者かということを調べるためであろう。

 

ちらりと隣の滝壺を見ると、道具を片付けて帰宅の準備中であった。

 

七惟のことはどれだけ調べようが所詮と下組織のさらに下っ端である、ということくらいしか出ないがこの滝壺という少女は『アイテム』という重要な役割を担っている組織の少女だ。

 

土御門がどれだけの権限を持っているのかは分からないが、あまりに暗部では有名な組織であるため彼が突きとめるのも時間の問題だろう。

 

七惟が最後に滝壺を一瞥して席を立つ、すると。

 

「なーない」

 

「あン?」

 

滝壺が声をかけてきた。

 

「どうかしたか」

 

「一緒に帰ろう」

 

「はァ!?」

 

盛大に自分でもこけているのが分かった。

 

「一緒に……だぁ?」

 

「それが私の仕事だから」

 

相変わらずぼんやりとした表情でこちらを見つめてくる滝壺に七惟は困り果てる。

 

彼女の場合おそらく『嫌だ』と言ってもだらだらとこちらの了解無しに着いてくるであろうし、ここで『いい』と言ったものならばそれこそ二人の登下校を発見した誰かが土御門にそのことをもらしかねない。

 

最近比較的平和な日常を過ごしていた七惟としては、どちらとも避けたいところ。

 

ここは上条と一緒に帰宅すると言って難を逃れるしかない、が……。

 

「そっか、七惟は滝壺と放課後デートか……ちくしょうめー!俺は一人で帰るから勝手に行きやがれ!」

 

何を勘違いしたのか上条がそんなことを叫びドタバタと教室から出て行く、『他の奴と帰る』という方法を奪われた七惟は途端に窮地に立たされた。

 

如何せん七惟はつい最近になって『友人』と呼べるような関係が築けたばかりで、こう言う時の断る方法に関しては全くの無知だ。

 

「……」

 

「……」

 

三点リーダーが得意技の滝壺は変わらぬ表情でこちらを見つめ続けている。

 

助けを求めようにも此処にはバカルテットの仲間は一人も居ない、追い詰められた七惟はとうとうしびれを切らしてしまい、

 

「わあったよ!一緒に歩きゃあいいんだろうが!」

 

と一人で喚き散らしながらトビラへとずかずかと歩いて行く。

 

「おぃ、滝壺。さっさと帰んぞ!」

 

「なない、こえが大きい」

 

「るさい!」

 

こうして凸凹コンビの二人は否応なしに一緒に下校することとなった、二人は校門を出て下校ルートを無言で歩いて行く。

 

その背後から金髪でサングラスをかけた男がつけているのも知らずに……。

 

 

 

 

 


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