とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
短剣の男の声と共に一気に斧を持った男が距離を詰めてくる、さらにその横からは短剣の男と槍の女が攻撃を重ねる。
流石にまだ不規則に動く物体の複数距離操作は出来ないので、七惟は即座に回避行動へと移ると同時に、先ほど飛ばした長椅子を三人の背後からこちら側へと高速移動させる。
「後ろです!」
長槍の女が攻撃に気付き声を上げる、三人は咄嗟に分散し数瞬前まで居た場所がぼろぼろの長椅子の直撃によりぐしゃりと潰れる。
「へぇ……!」
コイツら3人、戦闘慣れしてやがる。
分散した三人が三方向から攻撃を行う、振り下ろされた短剣を距離操作でかわし、斧を椅子でやり過ごし、槍の接続部分に金属片を転移させ破壊する。
食い下がる短剣の男は懐からガスライターを取りだし、それに『何か』を張りつけると、たちどころにガスライターは数個の炎の塊に変化し、炎は七惟に向かって飛んできた。
炎はどうやら追尾機能が付いているようで、いくら距離操作を行ったところでしつこく食らいついてくる。
七惟の顰めた顔を見て好機だと思ったのか、斧の男が側面から巨大な斧を振り回す。
前方には斧、背後には炎弾、誰がどう見てもチェックメイトだ。
「もらった!」
短剣の男が確信を持って声を上げるが、次の瞬間に斧の男が七惟と炎弾の間に転移し、そのまま斧と男に数個の炎弾が突き刺さった。
「ぐあああぁぁ!」
「牛深!?」
一瞬短剣の男に動揺が走り、スキが生じる。
そこを逃すものかと七惟は炎弾で傷を負った斧男を短剣の頭上に転移させる、斧男は地球の重力に従い短剣目掛けて落下した。
「ぐふぅ!?」
短剣は斧男の重みで押しつぶされて車に轢き殺された蛙のようになり、身動きが取れていない。
止めと言わんばかりに七惟は二人目掛けて折れた木片を可視距離移動砲で撃とうとするが、槍を再接続した女が視界に割り込み後ろへ下がる。
「五和!」
「早く態勢を!」
凛とした声と共に槍を振るうその動きには一切の無駄がない、此処1年ずぶの素人ばかりを相手にしてきた七惟は目を見張る。
リーチの長い2次元的な動きをする槍は、3次元の動きをする鞭よりは対処がしやすいがそれでも相手としては十分過ぎる。
七惟は教会の巨大な窓ガラスに目をつけ、頭上にある天井のガラス目掛けて椅子を発射し、砕けたガラスが雨のように二人に降り注ぐ。
堪らず女はその場から下がり、七惟はガラスを砕いた椅子を頭上に転移させ凶刃の雨をやり過ごす。
「どんな術なのか検討もつきませんが、これ以上好きにはさせません」
「んだと……?」
五和と呼ばれた女は槍を構えたまま床にタオルを置くと、置いた部分のみが淡く光り始める。
何か嫌な予感がした七惟はすぐさまその場目掛けてガラス片を幾つか吹き飛ばすが、起き上がった短剣男が女を庇うように前に出ると今度はガスライターで高熱の火炎放射を行う。
窓ガラスは熱で跡形もなく溶けてしまいその灼熱の炎は七惟目掛けて飛んでくる、七惟は距離操作を行おうと演算を開始するがそれよりも先に短剣の声が響いた。
「地脈の流れを変えろ五和!」
「はい!」
女がタオルで光っていた部分の地面を槍で思い切り刺すと、耳を劈くような高周波が辺りに響き渡る。
その直後七惟目掛けて放たれた火炎放射は炎の渦のように一気に天井まで昇ると、津波のように流れてきた。
「ッ!?」
その変化に思わず七惟は嫌な汗が流れるのを感じる、死に物狂いで今度は幾何学的距離操作を行い炎と酸素の関係を希薄にしていく。
炎の渦は七惟に襲いかかる前のぎりぎりで鎮火し、赤一色で覆われていた視界が一気に晴れて短剣の無防備な姿が露わになる。
そこを即座に狙い動きを封じるべく、今度は四方から長椅子を引きちぎり可視距離移動砲を発射する。
短剣は回避を考える暇すら無かったはずだが、
「泣いて謝ってももう遅いぞ!」
消えたはずの炎が今度は短剣と槍女を守るように地面から吹きだし、飛ばされてきた長椅子を瞬時に焼き尽くす。
その炎は持続的に燃え続けており炎の壁となって二人を守る、壁の内側で男はさらにガスライターを取りだしたようで、上空へと放り投げた。
「炎よ、我が敵を撃て!」
三本の直線的な炎の線が七惟目掛けて凄まじいスピードで放たれる、互いの距離は5M程で今から演算をしても絶対に間に合わない。
「ッ!?」
距離操作を行う余裕も無くなり、ぎりぎりのところで横っ跳びをして炎を避けるも、休む暇を与えるものかと第二派、第三派が放たれていきこちらに考える時間を与えさせない。
これ以上攻撃を続けられれば本当に不味い、何とかこの状況を打破しなければ負けてしまう。
しかし可視距離移動砲は灼熱の炎で守られているあの二人にはここら辺にあるモノでは焼き尽くされる。
此処は相手を殺傷してしまう可能性がある転移攻撃を行わなければ状況は好転しない、しかし『相手を殺してしまう』という恐怖が七惟の心を束縛しブレーキをかける。
他の手段であの炎壁を攻略しなければ、後味がよろしくない。
状況を整理してみると、今分かっているのはあの槍女がタオルが置かれた地面を突き刺したことにより、あの男の扱う炎が比較にならない程強大になったということだ。
発火能力者と戦ったことはあるが、こうも一瞬でこのように次から次へと大業を掛けられたことのない七惟にとって、あまりにこの攻撃は辛すぎる。
「待てよ……地脈ッ」
確かあの男は『地脈』がどうたらこうたらとか言っていた、
あの短剣と槍が能力者なのかどうか七惟は知らないが、とりあえず地面が関係している能力ということは間違いない。
ならば答えは決まっている、この地面を砕けばその脈とやらも一緒に途絶えてしまうはずだ。
「炎よ、その者の罪を業火で焼き尽くし救済せよ!」
今度は三個のガスライターを上空へ放り投げたらしく、その三つは爆発し槍のような形の炎になるとこちら目掛けて猛スピードで突っ込んでくる。
座標を捉えきれない七惟は距離操作を諦め幾何学的距離を操作するが、あまりの早さに狙いを定めきれない。
一発目が外れ槍が地面に突き刺さり爆発する、風圧で七惟は壁まで吹き飛ばされ、動きの止まったところに容赦なく2発目と3発目が飛んでくる。
「どんだけガスライター持ってんだよあの野郎は!」
七惟はホーミングする槍の軌道が直線的になったのを確認し、立ち上がり今度こそ幾何学的操作を行い槍を消し去る。
一発目の槍が突き刺さった部分は深々と抉れ、原型が全く分からない。
もし地面が関係しているのならば、このように自分達が進んで地面を破壊してしまうわけがない、きっと他に何かがあるのだ。
あの炎の壁に向かって幾何学的操作を行って鎮火しようとも後から後から炎は噴き出してくるため、やはり地面に何らかの小細工があるとは考えずらい。
もっと根本的なモノなのだ、脈……脈を変えた、繋げた……別つ者を絶つ……。
せめてその脈と言うモノがどんなものなのか分かればどうとでもなるのだが、それらしい何かは全く思いつかないし、今までの経験で脈がどうたらと言っていた発火能力者にそもそも会ったことがない。
「……まさか」
槍で地面を突き刺した、おそらくこれで脈とかいう得体のしれないモノを弄ってしまったはずだ。
その槍を中心に楕円形で炎の壁が築かれている、温度はおそらく数百度に達している筈だが中に居る二人は苦痛の声すら上げる気配がない。
おそらく、あの槍がこの異常現象の原因となっているはずだ、槍を抜くか破壊すればこの炎壁は消え去るだろう。
しかし今の自分には引き抜くことも、それを破壊することも出来ない。
やれることと言えば……先ほどと逆のことだろう。
今あの槍は訳のわからない原理で使える分だけの炎を生み出していると考えられる。
永続的に炎は発生し続けており、幾何学的操作で酸素を減らしても一向に鎮火する気配は無いが、永続的に燃えるということは弱まることは無いと言うわけだ。
逆に炎の威力を強めて、使える分以上の……能力を超えた炎が生み出されれば。
七惟はにやりと口端を吊りあげ、早速演算に取り掛かる、その間もあの二人からの攻撃は絶えることなく七惟を苦しめたが。
「な、なんだ!?」
「香焼さん、炎の様子が……!」
七惟が幾何学的距離をいじくり回したことにより、炎の勢いは先ほどとは比べ物にならない程強くなり、その勢いは教会の天井まで届くばかりが屋根を焼き始める。
異常な事態を感じ取ったのか、中から慌てふためく声が聞こえる。
「五和、槍を!」
「だ、ダメです!地脈から得られるエネルギーの大小を操作するには一度槍を抜かないと……!」
「抜くと炎の壁が失われるのか!?」
「で、でも抜かないと私達が焼かれてしまいます!」
「く……!抜いてくれ!」
苦渋の決断と言ったところか、地面から吹きだしていた炎が七惟の距離操作の時よりも早く、というよりも一瞬で消えさった。
無防備な姿が露わになったところで、七惟は集中力を限界まで引き出し手元にあった瓦礫の岩を可視距離移動砲で飛ばす。
短剣は一直線に飛んでくる瓦礫を避けようと射線上から逃れるが、七惟は読んでいたとばかりに再度距離操作を行い、その勢いを殺さず避けた方向へ今度は転移させる。
「な……そんッ!?」
短剣が言い終わる前に瓦礫の塊は直撃し、斧の男の遥か後方まで吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、完全に気を失った。
残されたのは槍をもった女だ、女は再び光っている地面に向けてその槍を突き刺そうとするが。
「ッおせえよ!」
「はぅッ!?」
七惟の可視距離移動砲が女の槍に当たり、今度は接続部分諸共跡形もなく吹き飛ばした。
脈を弄る道具と攻撃手段を同時に奪われた女の顔が一気に強張り、じりじりと後退するが、そんな行為の内に七惟は時間距離を操り女の動きを鈍化させる。
「こ、これは!?」
「……ふぅ、ようやくかよ」
時計を見ると、戦闘開始から10分程が経過していたがようやく終止符がうたれた。
七惟は頭をぼりぼりと掻くと、動きが遅くなった女を無視して短剣と斧男をホームセンターで買ってきたロープでぐるぐると柱に縛りつける。
気絶していた男二人は近寄って顔を見てみれば意外に若く、自分とあまり変わらない年齢だ。
「わ、私達をどうするつもりですか!」
相変わらず走る動作が終わっていない女はまだ抵抗の意思を見せる、その諦めの悪さに呆れ、七惟は女の隣に立つと深いため息をついた。
この女も、まだ少女と言った感じだ。
えらく若い組織のようだが、学園都市にもアイテムという女子高生+女子中学生で出来た暗部組織があるため何ら不思議ではない。
「どうする、か。少なくとも骨すら残らねぇんだろうな」
「……!」
七惟の言葉に少女の顔が恐怖で歪む、それを見ても七惟の表情は悪役らしく喜ぶことはなく疲労の色が深く刻まれるばかり。
「つうか、お前ら学園都市の近くで何してやがった。それにお前らは能力者か?ガスライター使って火炎放射する奴は今まで何度も見たことがあんが『地脈』とやらを扱ってどうたらこうたらってのは初めてだぞ」
「学園都市……?」
「とぼけんじゃねぇよ、お前ら学園都市を潰そうとしてる外国から雇われた組織なんだろ」
「あ、貴方はローマ正教の人間じゃ……」
「ローマ正教?……んだそりゃ」
「法の書の後始末をするために寄越された刺客じゃない……?で、でも十字教における地脈の攻略は……」
法の書?十字教?何のことだか七惟はさっぱりわからない。
「……さっきから何言ってんだよお前は」
少女の話す固有名詞は今まで聞いたことのないものばかり、何だか宗教絡みのようなモノも感じるがそれとは最も遠い位置に存在している科学の人間にとっては理解したくても理解しようがない。
「貴方は学園都市の人間なんですか?」
「まあ、そうだが……」
「か、上条当麻っていう方を知っていますか!?」
彼女が口にした名前は、七惟にとっては非常に重要な意味合いを持つ人物であり、どうしてこのような得体の知れない奴らから彼の名前が出てくるんだと思うと同時に、このような得体のしれない連中にまでフラグを立てているかもしれないクラスメイトに関心した。