とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
大覇星祭初日、七惟は仕事の日と大覇星祭が被ったことを前日に知り、面倒なことになったとモチベーションは最悪だった。
今は上条当麻と共に開会式が行われる競技場へと足を運んでいたのだが、その途中で何故かビリビリ中学生と出会ってしまい二人は今お喋りの真っ最中。
蚊帳の外のような空気に七惟は慣れたたもんだとため息をつきながら歩を早める。
「ねぇねぇ、結局アンタは赤組なわけ?」
「ああん?赤だけど?御坂も赤組なわけか」
「そ、そうよ」
「おおー、そっかー。なら互いに頑張らないとな」
「じゃあ、あ、赤組のメンバーで合同の競技とかあったら……」
「なんつってな!実は白組でしたー!」
「ッ!?」
「見よこの純白のハチマキを!貴様ら怨敵を一人残らず葬ってやるとの覚悟の現れですよ!だいたい中学生だろうが高校生だろうが―――――」
……何やってんだかこのアホ二人は。
自分の前で夫婦喧嘩をやるのは日課なのか、それともこんな可愛い女と仲良く出来るんだぞと見せつけて日頃のうっぷんを自分に晴らそうというハラか?
どちらにせよ迷惑千万な話だ、あの絶対能力移行計画以来至る所で繰り広げられているため慣れてしまったが。
「こ、この野郎!ふん、人を年下だと思って軽く見やがって!白組の雑魚共なんて軽く吹っ飛ばしてやるんだから!」
「吹っ飛びませ〜ん!つか、もしお前に負けるようなことがあったら罰ゲームくらってやってもいいし!何でも言うこと聞いてやるよ!」
「言ったわね、ようし乗ったわ。何でも、……ね。ようし」
「常盤台のお嬢様ったら、勝てない癖に希望ばかりは大きいこと!その代わりお前も負けたらちゃんと罰ゲームだからな!」
「なッ!?そ、それってつまり……何でも言うことを」
……アホか上条、俺達の学校が常盤台中学に勝てるわけがないだろ。
常盤台中学は能力開発では名門中の名門、あの霧ヶ丘女学院を肩を並べる開発機関なのだ、そこらの一般学校が勝てる程世の中甘くは無い。
というか前年度の順位がずらっとプログラムに乗っていただろう、優勝が長点上機学園で準優勝が『常盤台中学』としっかり明記されていたはずだ。
対して自分達の学校は下から数えたほうが明らかに早い、一番後ろのページに学校名があったのをあの小さな幼女教師がでかでかと赤ペンでマークしていたではないか。
「あらー?揺れ動いちゃったかな御坂さーん?おねーさまが放った大口はその程度の自信しかなかったのかなーん?」
いや待て。まずお前のその意味不明な自信が何処から来ているのか俺は知りたい。
「……いいわよ、やってやろうじゃない。後で泣き見るハメになっても知らないわよ!」
「そっかそっか、既にその台詞が出る時点で負け犬祭が始まってますがなー!」
美琴の言う通り後で泣きを見るのは明らかなのだが、当の上条はそんなことなどどこ吹く風と言ったところだ。
今後彼に降りかかるであろう悲劇を想像し、泣きついてくる上条が目を閉じても瞼に浮かんできた。
「おいアホ二人、さっさと行くぞ」
話がひと段落ついたのを見計らって二人を引き離し、会場へと向かう七惟だった。
*
大覇星祭三日目、仕事も終わりだらだらと競技をこなしてきた七惟は徒競走を終えて休憩していた。
昼の時間となったこともあり、クラスメート達は弁当を広げたり購買部や街へ買い出しに行っている。
競技場からは休憩時間は完全に締め出されてしまうため、七惟は自分の学校の集合所となっている公園で一人パンを頬張っていた。
すると、前方から顔をぐしゃぐしゃにした少年が現れた。
「な、七惟ー!」
「……あン?」
やってきたのはサボテンこと上条当麻、監視対象であるのだが最近はもう完璧にほったらかしにしている。
「やばいって七惟!俺達の学校の順位見たか!?」
「あぁ、下から数えて何番目だった?」
「高等部部門だと下から数えて10番目!……って何答えさせてんだ!」
上条は頭をばさばさと掻きまわしながら凄味を増して言いよる。
「常盤台中学とえらく離れてやがる!このままだと負けちまう!」
「……何焦ってんだか、始める前から分かってただろ?大人しくあの短パン娘から10億ボルトの電撃制裁を受けんだな」
「いーやーだー!そんな不幸な展開は!お前の力で何とかならないのか七惟!お前レベル5なんだろ!」
「そのレベル5を常盤台中学は二人揃えてんだぞ?それに俺一人の力でどうとかなる問題じゃないしな」
「ぐ……!じゃあもしかしてこれは……」
「天地がひっくりかえらないと常盤台に勝つのは無理だな、諦めろ」
「不幸だー!」
ぎゃーぎゃー喚き散らかす上条を見て七惟はそれ見たことか、と言わんばかりの表情でパンを口元へ運ぶ。
上条はこんな展開など考えていなかったらしく、その焦燥っぷりが目に見えて笑える。
まあ、あんな約束を適わない相手と交わしたのが運の尽きというものだろう。
「あれ?アンタ達どうして此処にいんのよ」
騒がしい二人に不審者を見るような視線を向けているのは渦中の人御坂美琴おねーさまだった。
「ゲゲッ!?御坂!?」
「な、なによ。私が此処にいちゃ何か不味いってわけ?それよりも中間発表見た?アンタあんな大口叩いておいてこれはどういうことなのかしらねー?」
「ぐぐ……!」
押し黙る上条の代わりに七惟が美琴の疑問に答えてやった。
「俺達は次の競技『陣取り』の待機場所に来てんだよ、そういうオリジナルはまさか上条見たさに此処まで来たのか」
「ば、馬鹿じゃないの!?そ、それにそのオリジナルっていうのいい加減止めてよね、私には御坂美琴って名前が!」
「わあったから放電すんな、うっとおしい」
「ふ、ふん!……ていうか、陣取りってことは私達と同じ競技なわけ?」
七惟はバックに詰めてあったプログラムを取り出し確認すると、確かに同じ競技場のBコートで常盤台中学vs風靡高校の試合が行われるようだ、ちなみに七惟達の学校はAコートで試合が行われる。
「私達はBブロックだから、Aブロックのアンタ達と当たるには決勝まで行かないと無理ね。まあ、私達は当然決勝まで行くつもりだけどアンタらはどうかしら?」
「ぐッ……言わせておけば!」
好き放題言われていることが頭に来たのか上条は青筋を立てるも、口からそれ以上先の言葉が出てこない。
「罰ゲームの件はもう私の勝ちが決まっちゃったみたいだし、どうでもいっか」
勝ち誇ったような笑みを上条に向ける美琴、そこまで言われて置いて素直に黙っておくほど上条は負け犬精神が身に付いているわけではなかった。
「ま、待て御坂」
「何よ?まさか今更罰ゲームの件は無しです!なんて言わないわよね」
「……そ、そのだな。俺と七惟は実は初日野暮用があって競技に出れなかったんだよ」
おい待て上条、何故そこで俺を引き合いに出すんだ、そしてお前初日何してた。
「それがどうかした?」
「俺が出てないってことは、やっぱりお前の不戦勝になっちまうよな。お前はそれで満足なのか?」
要するに俺が出てないからこの約束は無効だと言いたいのだろう、まるで子供の理論だがそんな情けないことなど、どうでもいい程上条は追い詰められている。
「結局何が言いたいのよ?」
冷めた目で上条を見つめる美琴、流石の彼女もこれは呆れてしまったか。
上条が何を言っても無駄だろうと七惟は踏んでいたが、彼は上手い具合に今現在の状況を利用した。
「今から行われる『陣取り』……確か中学高校大学関係なく入り乱れる総力戦なんだよな?」
「そうだけど」
「勝ち上がっていけば、お前らと直接対決出来るんだよな」
「決勝まで行ければの話ね」
「ならもう話は決まった!この決勝戦で、罰ゲームをかけた勝負だ!」
「……」
「……」
「……何言ってんのよアンタ。男に二言はないんじゃないの?」
「だー!せっかく上手く決まったと思ったのに!そうだよ!もうこのままじゃどう転んだって勝てるわけねぇんだ!」
上条は終いには開き直ってしまった、まあ確かに彼の言う通り今から常盤台中学の生徒が全員インフルエンザにかかって病院に運ばれたりしなければ勝つのは不可能だ。
「お前だって勝つって分かってて勝負すんのは楽しくないだろ!?負けると分かって勝負すんのはもっとつまんないんだよ!」
「そりゃあ……そうだけど」
「だったらこれで今から勝負だ!もうこれで負けたら何でも言うこと聞いてやるし、一日お前の奴隷にでも何でもなってやる!」
「ど、奴隷!?奴隷って……」
「お前の部屋の掃除から飯の準備まで何でもしてやる!だから頼む!」
「奴隷……奴隷……」
美琴は上条の『奴隷になる』というワードに異常に反応しており、顔を真っ赤にしてあれやこれやと想像を膨らませている。
対する上条はこれで何とかしなければ罰ゲーム確定というわけで、土下座しながら頼みこんでいた。
開き直った後は自暴自棄、そして美琴は顔が真っ赤であたふたと……忙しい奴らだ。
「し、仕方ないわね……そ、そこまで言うんだったら。でも、次はないわよ!負けたらアンタは一日私の奴隷だからね!」
「さ、サンキュー御坂!」
上条は美琴の手を握りぶんぶんと上下に振る、その行為でさらに顔が真っ赤になっていった美琴はふらふらしながら「奴隷……私の、私だけの奴隷」などと呟き、常盤台中学の集合場所へと向かっていった。
一部始終を冷めた目で見ていた七惟が上条を現実に戻すべく一言。
「それで?命日がほんの少し伸びただけじゃねえか」
「んなッ!?」
上条が固まり、ぎくしゃくとした挙動で七惟の座っているベンチへと振り返る。
「……そうとも、言う」
「ったく、俺まで巻き込むんじゃねーよ。それにお前俺達の相手見たのか?鉄輪高校……レベル3をずらりと揃えたエリート達だぞ」
「げェ!?」
「それに比べて俺達はレベル3以上の能力者なんざ俺だけだ」
「お、お前がその気になればレベル3なんて楽勝だろ!?」
「何で俺が本気でこんなお遊びしなきゃなんないんだよ。それにどうせ此処で勝ってもその次は桜花中学、黒邦学園……レベル4も居るしな、無差別に攻撃していいんだってんならどうにでもなるが、縛られた環境じゃコイツらに勝つのは俺が本気出したって無理だな」
「ま、マジか……」
「マジだ」
「……万事休す……とはこのこと?」
「はン、まぁどちらにせよ結末は一緒ってこった」
「ぐああああ!」
上条は頭を抱えてのたうちまわる、まあこうなることは何となく分かっていたのだが敢えて言わなかった。
くそー、とか、何故だー、とか呻いている上条を横に食事を終えた七惟はお茶を呑みふぅーと息を吐く。
あとこんな競技尽くしの日が10日も続くとなると、体力の問題ではなく精神的に参ってしまう。
周辺には両親と一緒に美味しそうに昼ごはんを食べる学生達が溢れかえっており、それを無機質な表情で見つめる。
七惟は自我を持った瞬間から親がいない、うっすらと記憶に残っているので育てられた期間が0というわけではないのだが、それはいないと対して変わらない。
まぁ自分の子を捨てる奴なんて碌な奴ではないため、そんな奴らなどどうでもいいがやはりこういう場に来てみると、如何に七惟と言えど家族が欲しい気持ちになるのかもしれない。
「なーない」
「……滝壺?」
ぼーっと風景を見つめていた七惟に声をかけたのは脱力系天然少女でクラスメートの滝壺理后だった。
滝壺は大覇星祭が始まる一週間前にやってきた転入生で、その素性は暗部組織アイテムの構成員だ。
そして七惟は滝壺が苦手である、どうにも考えていることが分からないし、あしらっても怒ることなく見つめてくるばかりなので、絹旗やフレンダを相手にするような態度を取ることが出来ない。
「どうかした?」
「……さあ、な。そういやお前も学校の選抜メンバーだったか」
「そうだよ」
「ったく……こんな面子で鉄輪に勝てんのか」
「大丈夫、そんななーないを私は応援してる」
「……お前も出んだぞ同じ競技に」
昼休みも終わりに近づいてきたのか、続々と我が高校の頼りにならないメンバーが集まってくる。
合同練習でコイツらと一緒に陣取りの練習は数回やったのだが、如何せん頼りなく2年3年の上級生も1年と大して変わらない、要するに戦力にならないというわけだ。
上条には悪いが、こんな負け戦適当にやってさっさと終わらせるに限る。
重い腰を上げて七惟は皆が集まっている場所へと気だるそうに歩いていった。