とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
陣取りの試合開始時刻となり、七惟達の学校の選抜メンバーは競技場のAコートへと入る。
正面には対戦相手の鉄輪高校が既に待ち構えており、その表情は余裕の一言に尽きるものであった。
「と、とにかく初戦くらいは勝たないと御坂に見せる顔がないんだ。マジで頼むぞ七惟」
「……わかったらそんな顔で寄ってくんな」
「お前はあの10億ボルトの恐ろしさがわかんねえのかよ!?」
「そんな奴と勝負したお前が悪い」
上条のお願いをばっさりと断り、七惟は敵を見つめた。
対戦相手は誰もが自分達の勝利を確信しており、勝利の二文字を信じて疑わない様子だ。
まあ20人のうち15人もレベル3を揃えられれば大抵の学校には圧倒的勝利に終わるだろう、七惟達の学校もその例外ではない。
間違いなく相手の高校にはこの学校に『オールレンジと呼ばれる序列8位のレベル5がいる』という情報も伝わっているはずであり、それも含めてもこの表情。
この競技のルールは七惟にとって非常に分が悪い。
何故ならば能力を使っての攻撃が許されてはいるのだが、七惟の可視距離移動砲は『物体を飛ばす』ことしか出来ない。
旗自体を一時的に空間から消失させることは許されていても、旗をフィールド外に物理的に飛ばすことは禁則事項だ、また飛ばす物体がこのフィールド内に限られてしまっていて飛ばすモノは人間しかない。
その人間も、目に見えるのならば問題ないが能力が飛び交うこのフィールドでは砂埃や爆発などで視界が非常に悪く相手の位置を目視しにくいうえ、、下手をすれば飛ばしている最中に大惨事を起こしかねないのだ。
仕事ならば相手の座標が的確に掴めなくても能力を発動しても問題ないが、死傷者を出してはならないこの大覇星祭ではそれがかなりのネックとなる。
さらに相手の能力者の中に偏光能力者などが居れば、七惟にとって相性は最悪であり、この競技のルールを守っていれば何も出来ずに敗北する可能性が大である。
これらのことを踏まえていけば、如何に距離操作能力系統の頂点に立つ元レベル5であっても攻略する手はいくらでもあるのだ。
彼らはそれを既に知っており、何らかの策を持っているに違いない。
そんな準備万端の対戦相手と比べてこちらの面子ときたら、相手の対策など全くしていないし、そもそもどんな相手なのかという情報すら入手していない。
また戦力は無能力者10人(内上条一人)、低能力者5人、異能力者3人、レベル不明の滝壺と、とても頼りない。
どう転んでも勝てることはなさそうだし、上条には悪いが彼には大人しく美琴の奴隷となってもらおう。
その常盤台中学は隣のBコートで容赦なく対戦校をボコボコにしており、誰かのエアロハンドが炸裂し数十人が宙を舞っていたところだった。
名前の通り無残にも散っていく風靡高校だったが、数分後には自分達も同じような末路を辿るだけに笑えない。
「用意はいいですか?」
審判を務めていたクラスメイトの吹寄が声を張り上げる。
用意は全く出来ていないが、ボコボコにされるであろう心の準備は万端だぞ。
「では、スタート!」
七惟を含めた妨害係の5人は早速領域ぎりぎりのところまで進み、相手が旗を立てようとするのを妨害しようと能力を発動する。
レベル2もいるこの妨害係は、言ってみれば七惟の学校の最高戦力であり、これで手も足も出ないようではお話にならない。
旗を立てる円は対戦相手と向かい合うように設置されており、妨害班同士の小競り合いが起こる真っただ中で立てなければならないので大変だ。
七惟は旗を円の中で立てようとしている数人に向けて距離操作を行おうと演算を開始する、当然面倒事が起こらないように慎重に能力を発動したが……。
「……ッ、やっぱり偏光能力者がいやがる」
自分の計算式は完璧のはずだが、対象に何も変化は無かった。
やはり、目には見えているが……実際の位置は違うのだ。
こうなってしまえば後は同じ妨害班の異能力者達に頼るしかないのだが……。
「うわッ!?」
「ぎゃああああああ……」
次々と相手の攻撃にやられて吹き飛んでいく味方達、これは実力差がはっきりと出てしまっている。
まず狙われたのは七惟以外の妨害班だった、一人残らず相手の電撃使いの電流を浴び一瞬で失神した。
そして次は護衛班だ、止めと言わんばかりに発火能力者や水流使いが攻撃を続け次々と味方は倒れて行く。
これはもう目も当てられない程の大敗北だな……と七惟がため息をつき、戦意を喪失しかけていた矢先だった。
「なーない」
「んだよ、お前妨害班だったか?」
滝壺が声をかけてきた。
そう言えばコイツは一週間前に転入したばかりで、選抜メンバーに選ばれたが合同練習は1回もしたことがなかったか……。
「どうして距離操作をしないの?」
滝壺の表情はいつも通りで、その考えは全く読めそうに無い。
「相手の中に俺の天敵がいんだよ。偏光能力者がいるとこのルールじゃ俺の能力は木偶の坊になっちまう」
「あいての位置がわからないから?」
「そうにきまってんだろ、俺の能力は知ってるだろうが」
「……なーないが見ている位置から距離にして正面10M、その対象位置から右に2M」
「何言ってんだ……?」
「そこになーないが苦手な能力者がいるから。やってみて」
滝壺がいったその位置には誰も居ない、旗も人間もない空間が広がっているだけだが……まさか。
「お前、トリックアートを見破れるのか……?」
「わたしは、大能力者だから。このくらいの距離ならAIM拡散力場に干渉する力を特定して、相手の位置を正確に把握することが出来るよ」
「大能力者……」
こんなところで彼女のレベルを知ることになるとは思わなかった、いったいどんな能力かは分からないが相手の位置を的確に把握することが出来るらしい。
「本当にそこで間違いねえんだな」
「うん、わたしは目に見えなくても位置はちゃんと分かる」
「……モノは試しか」
七惟は何もない空間に向かって能力を発動する、対象を競技場の壁に気を失う程度の速度で吹き飛ばすように計算式を組み立て、そして……。
「どああああ!?」
何もない空間ではなく、そこから半径にして2M程の位置に居た男が吹き飛ばされ、競技場の壁にぶつかり完全に意識を手放した。
そこから七惟に掛けられていた能力が消え去り、先ほどまで自分の目に映っていた人間達の位置が数字にすると1M強程ずれたのが分かった。
「マジかよ……」
「わたしの言ったとおりになったね」
「いったいどんな能力使ったんだか」
「それはなーないがアイテムに入ってくれたら教えていいって」
「はン……そうかい」
どういう能力かは分からないが、この滝壺の能力は相当七惟と相性が良いのは確かだ。
七惟は目視出来ないモノは移動させたり転移することが出来ないため、今までこのような事態に陥った場合は目で確認出来るモノを使い何とかその場を凌いできた。
しかし、もし滝壺が傍に居れば正確な位置を七惟に教えてくれるため、そのようなリスキーな行動を取る必要もなくなる。
もしかすると…………
「おい滝壺」
「どうしたの?」
「お前のその能力、複数の人間の位置も把握出来るのか」
「この競技場にいる人達なら一度に10人くらいまで」
「へぇ、もしかすると俺とお前」
「なーない?」
「この競技なら、敵無しかもな」
「そう?」
自分と滝壺が組めば、自分の演算は今までと比べものにならない程簡単になる。
目視して位置を掴むしか今まで方法がなかったのだが、滝壺が教えてくれるなら耳を傾けるだけで一度に複数の対象をロックオンすることが出来、今までとは比較にならないほど高速で能力を発動することが出来る。
この方法では、七惟が吹き飛ばす対象を選ぶことは出来ないが暗部に身を潜める滝壺ならば何処を崩せば効果的なのかくらい間違いなく分かるはずだ。
要するに自分は滝壺の手となり足となり、脳である彼女の指令を的確にこなす。
そうすれば、もしかすると……本当にこの競技で優勝することが出来るかもしれない。
分かった瞬間、『優勝』という二文字よりも七惟は『自分と滝壺の能力が他の能力者に何処まで通用するか』というほうに興味を引かれた。
勝ち負けにはあまり興味はないが、誰かと一緒に共闘したことなど今まで一度も無かった七惟にとってそれはとても魅力的で、好奇心を引きたてられた。
そうなればすぐさま行動開始だ。
「滝壺、俺はお前が選んだ対象をお前の指示した場所まで吹っ飛ばす。お前は俺の司令塔になって指示を出してくれ」
「わたしがなーないを?」
「そうだ、どうせ俺の監視ばっかで暇してんだろ?なら偶にはその監視対象と一緒に戯れんのも悪くねえよ、俺だってそうだしな」
「……わかった」
滝壺は脱力系の無表情に、うっすらとほんの少しの微笑みを加えた。
その表情変化に、七惟は少々戸惑ったが、この戸惑いはミサカ10010号をバイクに載せた時と一緒で嫌いではない感覚だった。
「狙うのは護衛班を攻撃している鉄輪妨害班の電撃使い・水流使い・発火能力者。三人を一本目の旗に当てる、なーないの正面から5M、そこから左に2Mとさらに4M。直線に並ぶ瞬間」
「ここだな!」
発火能力者が生み出した煙で視界は最悪だ、今までの七惟ならば間違いなくミスをしていたであろうこの状況でも滝壺の能力を使えば……。
「うッ!?」
「まさかオールレンジッ!?」
「トリックアートが破られたのか!」
三人は時速20km程で吹き飛び、鉄輪高校一本目の旗に一直線に飛んでいく。
そのまま纏めてぶち当たり、衝撃で旗は変な方向へとぐしゃりと押し曲がり、轟音を立てながら三人と一緒に崩れ落ちた。
いけるかもしれない、ではなく……いける。
七惟の考えは可能性から確実へと変化した、これなら間違いなく大覇星祭トップ10と当たるまで、まず負けることはない。
「なーない?」
「あン?」
「楽しいかもしれない」
「……は、そうだろ?」
結局この試合は七惟と滝壺の目を見張る活躍により、終盤から一気に鉄輪高校を圧倒し終わってみれば余裕の勝利だった。
まさか自分達が勝つと思っていなかった上条達は呆然としていたが、審判の吹寄から勝利を告げられて喜びを爆発させる。
その横でまんざらでもない表情を浮かべていた七惟に向かって滝壺がふっと言葉を零した。
「なーない、結構嬉しそうな顔してるよ?」