とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
結局七惟達の学校は、陣取り以外はさっぱりな成績しか残せなかったが、この陣取り競技だけは異例の躍進ぶりを見せて、とうとう終いには決勝戦までのし上がってきたのだ。
決勝まで辿りつく過程において、七惟と滝壺のチームプレーはより磨きがかかっていき、今では滝壺が位置を言ってくれるだけで何処に飛ばすのかが把握出来るまでになっていた。
急成長したこの二人の力に、上条だけではなく美琴も目を丸くしていたのをよく覚えている。
そして成長したのは競技におけるチームプレーだけではなかった。
「おぃ滝壺」
「あ、飲み物ありがとう」
「ほらよ」
七惟は自動販売機で買ったジュースを滝壺に投げ渡した。
「なーない、でもどうしてアイスティー?」
「お前好きだろ、ソレ」
「……うん」
二人の関係も、あれから当然成長していたのだ。
七惟は初対面の時から何を考えているかわからないこの脱力系天然少女のことが苦手だったが、今では彼女を知ることによって何となくその苦手意識が薄れていたように思っていた。
対する滝壺に何か変化があったのかは分からないが、以前のように一方的な会話ではなく時たま会話を噛み合わせてくれるようになった。
絹旗や美琴のようにぎゃーぎゃーと騒いだりしない、どちらかと言うとミサカ19090号のように物静かな少女の滝壺。
明確な意思表示などはまだ見たことはないため、彼女がどう思っているのかは分からないが少なくとももう少しこの少女のことを知って見たいと思う自分がいるのは間違いなかった。
「七惟!」
上条が競技場の前で声を張り上げる。
二人は選手入場のゲートまで行き、クラスメート達と合流した。
「まさかホントに決勝まで行くだなんて……すげぇなお前と滝壺は!」
「礼なら滝壺に言っとけ。俺はコイツがいねぇと木偶の坊だからな」
「遠慮すんなって!これで御坂と直接勝負出来て、俺が勝てば地獄の奴隷+罰ゲームも無しだ!」
上条は大覇星祭三日目の日とは打って変わって表情がこの場の誰よりも生き生きとしており、こんなに元気なのはコイツだけだろうと思って周りを見渡してみたが、他の学校の奴らも同じように今まで見たことがないくらいヤル気に満ちている。
此処までこれたのが奇跡のようなモノだけに、このチャンスを絶対にモノにしてやろうと言う意気込みが感じられた。
中にはこんな底辺学校が決勝まで来れるわけがない、と夢見心地のメンバーも居たが、七惟も決勝まで進めたという自覚が薄いため他人のことはとやかく言える立場ではなかった。
「あらあら、どんな学校が私達の相手かと思いましたらそこらへんに散らばっている山のような学校の一つの方々?」
テンションが上がりっぱなしの七惟達の学校の隣に、対戦相手の常盤台のメンバーが整列し始めた。
彼女達は準決勝で宿敵霧ヶ丘女学院を倒しての決勝進出だ、また総合成績のほうでも長点上機とのデッドヒートを繰り広げており、この1戦は絶対に負けられない。
「そこらへんに散らばっているような学校に食い殺されるお嬢様ってのもいいわよねぇ!」
「ふん、言ってくださいますわね。私達は貴方達が今まで相手にしてきたような学校とは格が違いますのよ格が!」
競技が始まる前から既に至る所で小競り合いが起き始めている、主にうちの学校の女子生徒と常盤台中学の連中だが。
「まさかホントにアンタらが決勝まで来るなんて思いもしなかったわよ、腐ってもレベル5ってわけ?」
テンションが上がりっぱなしでハイになっている上条と、それを呆れた目で見ている七惟、そして何処からか信号を受信している滝壺に声をかけたのは御坂美琴。
「ほほぅ、これはこれは美琴おねーさま!今からでも遅くは無いぞ、負け戦なんてせずに早いとこ負けを認めちゃったほうがいいんじゃないのー?」
「なッ、言わせておけば……。ふん、どうせアンタ達の中で凄いのは七惟だけなんでしょ?アンタはおまけじゃない!」
「おまけとはまぁ!そのおまけに返り討ちにあって吠え面かくんじゃねーぞ!」
「泣きをみるのはアンタよ!そしてど、奴隷になって……あんなことやこ、こんなことをして貰うんだから!」
「ふふん、俺だって罰ゲームで何してもらうか考えてたら夜が明けたくらいだ!」
意味不明に盛り上がる上条と美琴、七惟はいつも通りだ、と言わんばかりに澄ました顔で無視を決め込んでいたが……。
「ま、七惟が8人しかいないレベル5の一人だとしても……常盤台中学には同じレベル5がいるんだから、今までのようにはいかないわね」
美琴が軽く笑い七惟に視線を投げる、当の本人はそんな挑発など全く気にしておらず滝壺の頭に付いていた埃を取っていた。
「序列が下なんだから言い訳になるしな」
「……言っておくけど、アンタの弱点は既に掴んでんのよ。その子、アンタのキーマンなんでしょ?いっつも隣にひっついてるもんね」
そう言って美琴が滝壺に視線を移す、当の本人は脱力したままであり、話を聴いてなかったのか頭に『?』マークを浮かべているようにも見えた。
そのボケっぷりに腰が折れたのか美琴はコホン、と咳払いをして仕切り直す。
「と、とにかく!首を洗って待ってるがいいわ!」
美琴はずかずかと歩いて行き、同時に常盤台中学の生徒が超満員の競技場へと入っていく。
この競技場は最終日というのもあって目玉競技の決勝戦が朝から午後にかけて永遠と行われ、観客に暇を与える時間はない。
七惟達の競技陣取りは3競技目、競技場の熱気も徐々に高まり最高潮へと昇っていく真っ最中だ。
『えー、それでは只今から【陣取り】の決勝戦を始めたいとおもいます!まずは選手入場、常盤台中学!』
一際大きな喝さいが聞こえ、常盤台中学の選手が入場していく。
『常盤台中学は言わずと知れた世界有数のエリート学校!今回の選抜メンバーには、何とあの学園都市が誇る能力者の中で序列3位とされている少女がいます!そして残りの19人は全員大能力者という、非常に優れたお嬢様達!その華麗なる舞をご覧ください!』
割れんばかりの大歓声、競技がいよいよ始まるとなって同じ学校の連中は緊張しているのか先ほどのような元気がない。
『では続いて!まさかの無名校が決勝進出となりました!選手入場です!』
アナウンスの声が響き渡り、入場する。
流石の上条も今は緊張しているようで、口数は少なかった。
対して滝壺はやはり変わらない、此処まで自分のペースが貫ける人間はある意味尊敬に値するかもしれない。
『この高校は誰もが目をつけていなかったダークホース!そして、当然ながらその戦力も大能力者が二人!強能力者は0人!異能力者が3人、低能力が5人、あとは無能力者ときたものです!』
「ん?お前レベル5だろ七惟」
「……さあな、アナウンスの見間違えなんだろ」
上条の疑問の眼差しを適当にやり過ごす七惟、そう言えばまだシステムスキャンが行われていないため七惟がレベル4に降格されたというのはごく一部の人間しか知らないのか。
『いったいどんな戦略で此処まで来たのか分からない謎の軍団!今そのベールが脱がされます、皆さんこうご期待ください!それでは選手達は位置についてください!』
両学校が持ち場に付き、それと共に会場も静まり返る。
荒らしの前の静けさと言ったところか、これはこれで集中出来るからしめたものだ。
相手はあの超電磁砲率いる大能力者軍団、まともにぶつかっては像とアリが闘うようなモノだろう。
『準備はいいですか!?それでは陣取り決勝……スタート!』
空砲が響き、選手達が一斉に走り出した。