とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
夕暮れ時、七惟が昼間出会った少女のことに思考を裂きながら帰宅するとパソコンに一通のメールが届いていた。
チェックしてみると、どうやら今日でメモリースティックを売る仕事は最後だとの通知だった。
まあ七惟自身も仕事内容の割に相当稼がせてもらったので文句はない、後は最後までミスのないよう遂行するだけだ。
彼は仕事の時間になるまで暇を持て余す、よって寝ることにしたのだが……。
「おーい!七惟!」
七惟の睡眠を妨げに、とあるクラスメートがやってきた。
「……だりぃ」
七惟は居留守を決め込み、クラスメートの呼びかけを再三無視するのだが。
今度はチャイムが凄まじいいペースで鳴り響き始めた、しかもこれは1秒間に2回くらい押している。
「ッあーもう!わあーったからチャイム連打すんじゃねえこのサボテンが!」
*
「お前何でこれ分かるんだ?すげえな」
「……俺からすりゃあ、この年齢になって理解してないお前がすげえよ」
部屋に入ってきたのは、クラスメートの上条当麻だった。
上条当麻はレベル0の無能力者であり、七惟が入学当初から一応監視を続けている人物だ。
どうして無能力者を監視しているのか?と問われればそれに対応する答を彼は持っていない。
強いていうのならば、組織がそうしろと言うからである。
おそらく組織の連中は上条当麻その右手に宿す『幻想殺し』の力に興味をひかれているのだろう。
この幻想殺しの力とは、触れた物の異能の力を問答無用で打ち消すという不思議なものだ。
しかし異能の力を打ち消す以外には特に何も出来ない、要するに幻想殺し単体で何か摩訶不思議な現象を起こすことは出来ず、測定結果は常にレベル0。
そして頭脳はレベル0相応の力なので、このように度々クラスメートであり同じ学生寮に住む七惟の元にやってくる。
「アホ、そこちげえよ。ゲーム理論の基礎だろうがこれ」
「……わかんねえよ!これ外の世界じゃ大学でやってんだろ?!」
「知るか」
上条が通う学校は、当然レベル0〜2が通う学園都市底辺の学校である。
そんな学校に、何故レベル5である七惟が通っているかというと当然理由があった。
先ほども述べた通り、とある人物から誰も持ちえない異能な力を持ちながらレベル0という位置に属している少年の監視を命令されたからである。
だが七惟は少なからずとも長点上機に入りたかったと言う気持ちがあり、故に当初は不満を漏らし長点上機に配属されていたアクセラレータを恨めしく思っていた時期もあった。
しかしそれも半年以上の前ことである、もうその気持ちも薄れ……今ではこうやって上条当麻の監視役を全うしている。
少なくとも、コイツは自分のことを毛嫌いなどしていないし、嫌みも言ってこないあたり……『良い知人』だと思っている。
「また間違えてんぞ。そこはバックワードインダクション使えば一発だろ、なんで引っかけのほうに騙されんだよ」
「ええ!?こっち引っかけなのかよ!」
「ったく……その力で脳みそまで無効化してんじゃねえか」
「そんなわけあるか!」
同じような会話がこれ以降何度も繰り返され、結局12時を回ってようやく全ての問題が解き終わったのだった。
*
上条の家庭教師を終えた七惟は彼から食料による報酬を受けた後に仕事へと出かけた。
いつものように、指定された場所に赴きブツが置かれているであろう電柱に近寄るが……。
「ない……」
いつも置かれているはずのメモリースティックが入っていた安っぽいバックは無かった。
おかしい、今日までは普通に仕事をこなすとメールでやり取りがあったはずだ、それが無いということは……。
「アンタが欲しいのはこれ?」
例によって背後から声が聞こえた。
「……昨日はベクトルもやし野郎で今日は癇癪玉かよ」
手提げバックを持ってこちらを冷ややかな目で見ているのは学園都市の第4位、麦野であった。
そしてその後ろからぞろぞろと現れてきたのはその取り巻きであるアイテムのメンバー。
「麦野、超珍しいですねオールレンジと会話するなんて」
「明日は槍でも振るって訳よ?」
「……北北西、正面のなないから信号が来てる」
絹旗最愛にフレンダ、滝壺理后。
しかしまあ、たった二日でレベル5の知り合い二人に会うことになるとは、学園都市も案外狭いものだ。
「んで?お前は何でソレを持ってんだよ」
「私は別にこんなものどうでもいいんだけど。上からのご命令よ、これ以上増長してもらっちゃ困るってね」
「はん……俺の知ったこっちゃねえ、さっさとソイツを返しやがれ」
「私がそう言われて『はいそうですか』って差し出すと思う?」
「ッチ……」
つまり麦野は取り返したいのならば力づくで奪い取れ、ということだ。
しかし相手は学園都市レベル5第4位の麦野、真正面から衝突すればどうなることか分かったものじゃない。
あのビームは七惟の能力を使っても一瞬で到達・さらに広範囲となっているために防ぐのもしんどいときた。
「こんなところでドンパチやったら後がやべえってくらいわかんだろ?」
「そうね、でも私は全然構いやしないわ。アンタだってそうでしょ?」
「少なくとも俺はまだのたれ死ぬつもりはねえよ」
「へえ、惰性で生き続けてるアンタが?」
「……はン」
惰性で生き続けてるのは確かだ、死ぬのが嫌だからこうやってしょうがなく毎日生きている。
「何の目的も無しに生きてるアンタに、生きる気力があるとは思えないんだけどね」
「言ってろ」
「まあ『生ける屍』ってとこね。それとも『生きた死体』?どちらがお好み?」
「ふざけんのも大概にしやがれこのヒステリックが」
七惟は足元に落ちていた石ころを拾い上げそれを麦野に投げつけると、石ころは七惟の手を離れた瞬間に時速120kmのスピードで標的に向かって飛んでいく。
麦野はそれを読んでいたのか、自身の右腕に当たる寸前にその石ころのみを見事に破壊してみせた。
「これくらいじゃ、私は死なないけどね?」
「チッ……」
あのメモリースティックさえなければ、もう少しマシな立ち会いになっていたのだろうが……。
こうなったら……
「あッ!?」
「悪いな、もうこれ以上お前と戯れるくらいだったら死んだほうがマシだ」
七惟は能力を使い一瞬で麦野からバックを奪い取った、ちなみに両者一歩も動いてはいない。
「何時の間に!?」
「じゃあな、癇癪玉」
「……んだとお!?」
七惟の言葉を合図に切れて本性を見せる麦野だったが、七惟は彼女が攻撃態勢に入る前に一目散にバイクでその場から去っていった。