とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
新たなる旅路-1
大覇星祭が終わり、学園都市は一週間の代休がスタートしたばかりである。
お祭り一色に染まっていた街では未だに大覇星祭の名残が各地で残っており、街が平常運転に戻るのにはまだまだ時間がかかりそうだ。
各地では大覇星祭の後片付けを教職員やアンチスキル、ジャッジメントが精力的に行っているが、ただの学生はその片付けに参加することなくこの休暇を十分満喫出来るはずだ。
『陣取り』の決勝で負傷した七惟もその例外ではない、午前中は例によってミサカ19090号のお見舞いに行き大覇星祭の報告を行った。
そして今は家に戻ってきて大覇星祭中全く弄っていなかったバイクをメンテナンスしていたのだが……。
「七惟、ちょっとお話があります」
「あぁ?……小学生はさっさと家帰ってTVでも見てろ」
「ま、また減らず口を叩きやがりますねこの……!」
絹旗が駐輪場までやってきた、大覇星祭の期間中は七惟の監視は昼間滝壺、夜は絹旗の2交代制で行われていた。
先日から休暇が始まり、家に居ることの多い七惟はまた絹旗と何十時間も一緒に居るわけだが……長時間一緒に居ると、やはりこの少女の煩さは応えるものだった。
「まあ私もそこまで超子供じゃないんでこんなことは水に流しましょう。本題に入ります」
「……」
七惟はバイクのタイヤをぐるぐると回しながら、身体はそのままで視線だけを絹旗に向ける。
「只今を持って、七惟の監視を終えることとなりました」
「……」
「なので、今日で私がこうやって七惟の前に現れるのも終わりなわけです」
「……ちょっと待て、命令が解かれたってことか」
「まあそんなとこですね。これでようやく私も晴れて自由の身ですよ、あー超しんどかったですマジでフレンダの野郎はぶっ殺します」
監視の終わり……要するに七惟理無という人間を知るためのデータは既に揃ったということなのか、もしくは何も得られそうにないから切り上げるのか。
どちらかは分からないが、今後アイテム側から何らかのアクションがあるのは間違いないだろう。
「それじゃあ七惟。私はアジトに帰るのでさようならですね」
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「む、ここに来てらしくない心配でもしてるんですか」
「あぁ、今のは社交辞令みたいなもんだから安心しろ」
「一言余計なところがなければ超いい奴に見えたんですが私の超勘違いでした」
絹旗はそう言うと窒素装甲を展開し、駐輪場があった2Fから1Fへとダイブした。
その衝撃で辺りが一瞬揺れたが、七惟は気にすることなくバイクをいじり続けた。
少し騒がしい娘で居ればいるで煩かったが、いなければ居ないで少しばかり寂しいとこれから感じてくるのかもしれない。
絹旗は根が麦野のように腐っているわけではないので、七惟としてもそこまで嫌いではなかった分、余計な感情に浸ってしまう。
まぁ次もし街中であったりしたら、監視の時はご苦労さんだったなと労わりの声をかけてやろう。
たった1度だけだが、あれでも絹旗は七惟のために料理を作ろうとか言いだしたこともあったのだから。
その後バイクのメンテナンスを続け、タイヤの空気圧やチェーンの状態を確かめていた七惟だったが。
「あ、とうまー!理無が駐輪場にいたよ!」
「本当か!」
遠くから自分の名前を口にした少女の声が聞こえてきた、七惟はそちらに顔を上げてみると……。
「ゲッ……お前ら二人かよ」
「ゲッとはなんだゲッとは、失礼な奴め」
「そうだよ、私達は理無素敵なプレゼントを持ってきたの!」
隣人で監視対象の上条当麻、そしてそこに居候している謎のシスターインデックスのご登場だ。
「お前ら二人が俺に幸福を運んできたことがあったか今まで」
「ふ……確かに今まではそうだったかもしれない!だがな!インデックス!」
「そうだよ、今回はわけがちがうんだもん!」
二人は目を輝かせながらはしゃいでいる、ここまで元気だった上条を今まで七惟は見たことがない。
不幸少年上条をこうまで喜ばせる何かがあったのか。
「これを見よ!」
「おぉ、神々しい光!」
「……北イタリアの五泊七日ペア旅行券?」
上条が懐から取り出したのは先日行われたナンバーズの抽選会で目玉商品となっていた旅行券だった。
それを手にしているということは……。
「は?まさかお前がソレ当てたってのか!?」
「どうだ七惟!もう俺は今まで通り唯の不幸少年じゃないんだぞ!」
「とうまみたいな不幸な人間だって幸福が訪れることがあるんだよ!」
「馬鹿な……こんなことが、現実に起こり得るのか。明日は雨の代わりに隕石が降ってくんじゃ……」
「どういうことだそれは!」
上条当麻は不幸な少年だ、それこそ路地裏を歩いていれば上空から生活排水が運悪くかかるなんて日常茶飯事、そしてそれに慌てて狂犬の尻尾を踏み、逃げ惑う内に携帯とお財布を落として、アンチスキルの詰め所に駆け込んだら、運悪く襲撃者と勘違いされゴム弾を撃ち込まれる、というような漫画のような展開を簡単にやってのける。
そんな生まれつきの不幸体質で、7か月近く監視した七惟も感心するほどの不幸少年が抽選会で一等を引き当てるなど、それはもうにわかには現実と思えない。
「で?それはペア旅行券なんだろ?そんなモンを持って此処に来たってことは俺に見せびらかせにきたのか?」
普段あまりに不幸なことばかりで幸福体験が0の彼にとって、こんな体験など人生に一度や二度しかないだろう、見せびらかしたくなる気持ちも分からないでもない。
「ふっふーん、実はこのペア旅行券、今旅行会社さんがキャンペーン中なんだよ。それで後一人一緒に北イタリアまで行けるんだ!」
「偉いぞインデックス!ちゃんと覚えてたんだな!そこでお前を誘おうと思ってこうやって来たわけだ」
なるほど、あと一人北イタリアまで行けるのだから自分を誘いに来てくれたのか。
まぁ七惟とて上条当麻を監視している人間である、最近は任務をほったらかしにしているがそれでも上条が消えた時のようなイレギュラーな事態が起これば、組織のほうが煩くなるのは間違いないので、一緒に行くに越したことは無いだろう。
それに七惟も北イタリアという地には興味があったし、生まれてこの方日本から外に出たことのない七惟にとって非常に興味をそそられるものであった。
「俺も連れて行ってくれるってんなら……そりゃあ、行く」
「お、来てくれるか七惟!ありがとうな!」
「何言ってんだ、俺なんざを誘ってくれるお前に俺は感謝してんだぞ」
こんな自己中心的で、つい最近までは友人0記録を打ち立てていた自分を、こんな大層な旅行に連れて行こうと思ってくれるだなんて何処まで上条は良い奴なんだか。
七惟も自分は良い『知人』……ではなく、『友人』を持ったものだと思い始めていた。
当初は七惟は何か自分に隠し事をしている上条が気に食わなかったし、それ故にある一定の距離を持っていたのだが、ミサカ19090号と出会うことで相手を思いやると言う行動を学んだ。
そこで、上条が自分に隠し事をしている理由……人格者であるコイツがそこまでして隠し事をするのならば、それはおそらく相当に危険なことなのだろう。
もしそのことを自分が知れば、関わったとして狙われるかもしれない、ということまで計算して上条は口を閉ざしていることだって考えられる。
もしかしたら、こんな大げさなことではなく単に言いたくないだけなのかもしれない。
しかし、そんなことを無理してまで知ろうとする必要は無い。
相手を知るために疑うことは大事だとは思う、だが一定期間疑い続けて七惟は上条という人間がどういう人間か分かったのだから、これ以上執拗に疑う必要はないのだ。
「じゃあ私ととうま、理無の3人で北イタリアを満喫しちゃおう!」
「当然だー!」
「……悪くねぇな」