とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「……どういうことだよ、コイツは」
「私にも、分からないけど……」
「けど?」
「たぶん、オルソラが狙われたんだと思う」
「あのシスターが?」
上条とオルソラが連れ去られた後、その場に残された七惟とインデックスは、謎の帆船を追う手段も無く立ちすくんでいた。
七惟にとっては分からないことばかりだ、まずあの槍がオレンジ色に部分的に輝く時点で『ここから先は自分の知らない世界』だと言われていたような気がしていたが、まさに予想通りの展開になってしまうとは。
あの巨大な帆船だってそうだ、本来の材料とは全く違ったモノで作られ、なお且つそれがちゃんと航行しているのだから恐れ入る。
オルソラが狙われた理由も分からないし、いったい今自分の周りで何が起こっている……?
「どういうことか説明しろ」
「……それは」
「上条から口止めされてんのか」
「うん……」
七惟は今まで上条が何を隠していたのか分からなかったが、今回のことである程度は掴めた気がした。
上条の隠し事……それは、今回のようなことを言うのだろう。
七惟が上条を真面目に監視していた時はこのようなことは起こらなかった、起こったのはおそらくあの時からだ。
焔の巨人を操る男が七惟と上条の前に現れた時。
あの男と言い今回の事と言い摩訶不思議な、科学的には色々とおかしい事象が起こり過ぎている。
そして七惟が『魔術側』だと疑った天草式と一緒に居たオルソラ、それと普通に交流している上条……これだけヒントがあれば、パズルをくみ上げるのは簡単だ。
「魔術と関係してんのか上条は」
「……え」
「はン、あれだけ色々起こればどんだけ鈍い奴だって気づく」
「……そうだったんだね、じゃあもう隠しても」
「そういうことだ、それに今アイツとの口約束守るより現状なんとかすることが先だろ」
「そうだね、実は……」
それからインデックスは様々なことを話した。
あの焔の巨人を操る男の事、自分にかかっていた呪いを上条が解いてくれたということ、魔術に関わった科学側の人間として何度も闘いに身を投じたということ、そしてオルソラもその一件で関わり、殺されそうになった所を上条が救いだし、天草式が協力してくれたということ……つい最近の出来事では魔術側の巨大勢力、ローマ正教の策略を未然に防いだということまであった。
上条が何故そんな危険な場所に赴いているのか、七惟は何となく分かったがそれでも今回はイレギュラーだ。
上条が戦地に赴くのではなく、向こう側から攻撃を仕掛けてきたのだから。
どうやら上条はもう既にそのローマ正教とやらに敵として認識され始めているのではないだろうか。
「そういうことか……アイツも忙しい奴だな」
「とうまはいつも自分一人で色々解決しちゃうんだもん、少しは私を頼ってくれればいいのに」
「その台詞を今まで俺に全部隠してきたお前が言うか」
「う……そう言われると、困っちゃうかも」
「んなことより、どうするかだな」
「うん、でもアレはもう海中に潜っちゃったし」
「確かに……俺の能力も、良く分からない力で阻まれるみたいだしな」
七惟の組み立てた演算式にミスは無かった、しかしそれが理論上正しく発現しなかったとなると、やはり魔術による何らかの妨害があったと判断するのが妥当だろう。
追いかけるにも相手は海の中、そして手掛かりも無い、二人の安否は分からないとなると万事休すだ。
そんな険しい表情を浮かべる二人に、遠くから凄まじいスピードで路上を走るトラックが接近してきた。
トラックは天草式がオルソラの引っ越しのために準備していたものであり、それは七惟達の前で急停車すると慌てた様子で中の人間達が流れ出てくる。
「あ、あのお方が連れ去られてしまったとの情報が先ほどこちらに入りまして!」
「ま、まさか貴様!実は裏でローマ正教と釣るんでオルソラ嬢を……!」
「おのれぇ!」
トラックから出てきたのは天草式の少年少女、ひきつった形相で言い寄ってきた。
「違うんだよ!りむはむしろ私たちをー!」
何を勘違いしているのか、天草式の少年達は七惟が今回の主犯だと思っているらしく血相を変えて飛びかかる。
七惟はそんな彼らを見てため息をつくと、それぞれを地上から約3Mの位置まで転移させ、そこから垂直落下させることで黙らせた。
「はン……さっきまではオルソラと上条が居たから遠慮してたがな、あんま調子に乗ると地中海に沈めるぞ糞野郎ども」
「何をぉ……」
「大人しく蹲ってろ、それよりてめぇらのボスは何処だ。まさか五和がリーダーとか言うんじゃねぇだろうな」
今回彼らの中で一番の最年長は五和だった、しかし彼女は七惟と仲が悪いのでまともな話が出来るとは思えない。
五和を見やると、慌てて首を横に振り口を開いた。
「教皇代理!」
トラックの運転席から一人の男が出てきた。
そいつの頭はクワガタの刃のようにぎざぎざで黒く光っており、如何に東洋人らしい顔立ちだった。
天草式のボス、つまり魔術側のボスと言うとゲームで出てくる長老のような人間をイメージしていたのだが、予想に反してこの男はかなり若かった。
それでもまとう空気から分かるのは、五和や少年達とは違い一筋縄ではいかないということだけはすぐに理解出来た。
「日本の天草式部隊が世話になったのはお前さんで間違いないのよな?」
「それが?」
「いや……予想よりも普通の青年で驚いただけだ、もっと凶悪犯罪者のようなのを予想してたんだが」
「はン、ご期待に添えなくて悪かったな」
「報告によればお前さんは学園都市の暗部にそこまで深く関わってない人間と聞いている」
「そいつどうも。遠まわしなのは嫌いなんでな、さっさと言いたいこと言いやがれ」
「ほぅ」
教皇代理と呼ばれた男は目を細めると、その視線を禁書目録へと移す。
「まぁ禁書目録も一緒にいるようだし、そこまで敵性はなさそうだが……。あの少年とオルソラ嬢を助けようと思っているのよな?」
「んなこと聞いてどうするってんだ」
「何処までも挑発的な姿勢、か」
「これが俺の素なんだよ」
「そうかい……まぁ、俺達もあの二人は助けなければならない立場にあるのよな。お前さんのレベル5の力はこちらにとっても非常に好都合、協力するという選択肢は?」
協力……ね。
あくまで一緒に戦うのではなく、目的を達成するために協力。
先ほどの言動を見るからに、この男は七惟が学園都市暗部の人間で、魔術側の情報を科学側に流すことを警戒している。
そこで必要最低限の協力を行い、自分達への損害を最小にするためにも学園都市の超能力者の力を貸してもらいたいというわけか。
七惟にとっては魔術側と科学側がいがみ合おうが何だろうが知ったことではないが、あの二人を助けるのに協力すると言う提案を蹴るわけにはいかない。
今回の事態は七惟の能力では手に余ることなのだ、おそらくその現状を天草式は打破する術を持っている。
それにコイツらはインデックスの話では上条に大きな借りがあるはずだ、上条と親しい関係にある自分に何か害をもたらすこともないだろう。
これらのこと全てを踏まえて、七惟は男の提案に乗る。
「蹴るわけないだろ、こちらとしても手詰まりなんでな」
「それはありがたい、決定なのよな。俺の名前は建宮斎字、天草式十字凄教の教皇代理をやっている」
そういって建宮は右手を差し出した、七惟はその意図をくみ取り進み出る。
「こういう場合は俺も所属の組織名を言う方がいいのか?」
「それはどちらでも構わんのよな」
「……学園都市暗部組織『カリーグ』所属の七惟理無だ。あと言っておくが俺のレベルは4だ」
七惟は此処に来て数カ月ぶりに自分の所属している暗部組織の名前を言葉にした。
「降格でもしたのよな?」
「知るかよ、それより上条達の行方を探る方法はあんのか?」
「そこらへんは魔術的な事柄だからお前さんは分からんだろう、此処は我ら天草式に任せろ」
「へぇ、頼もしいな」
「戦闘になった場合当然お前さんにも出て貰うのよな」
「わかってる」
こうして突発的に七惟と天草式において同盟が結ばれることとなった、だが目的達成に至るまでの過程でぶつかり合うこともあるかもしれない。
それに一言で言えばこれは敵同士が一時的に手を組んでいるに過ぎず、常識で見たら非常に脆いものであるが……。
「私もいることを忘れないで欲しいんだけど!」
そう言って声を荒らげたのはインデックスだ。
彼女が居る限り建宮達天草式は自分を攻撃出来ないと七惟は踏んでいる、そしてそれは七惟とて同じだ。
彼らにとって上条当麻は非常に重要な人物だ、そして七惟にとっても上条は大事な友人、互いに彼の知人である双方に手を出し関係をこじらせるのは得策ではない。
どちらかが手を出せば、それを見たインデックスが上条に報告するのは火を見るよりも明らかだ。
「あぁ、忘れてたのよな。魔術戦に関してお前さんの知識はとても重宝する、期待しているのよな」
「任せなさい!あとりむもとうまみたいに無理して一人で突っ走っちゃ駄目だからね!」
「俺はお前が作戦の途中で空腹故に暴れ出さないかのほうが心配だがな」
「な、何を言っているんだか分からないんだよ!」
インデックスは顔を真っ赤にして反論する、このような大勢の前で自分の恥ずかしい大食いの癖を知られるのは流石に女性としてどうかと思ったのだろう。
まあ、今更誤魔化そうとしても先ほど一緒にいた天草式の子供達はこのシスターさんがオルソラの用意した昼食に一番がっついていたのを脳裏に焼けつけているだろうが。