とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Draw in another world ! -3

 

 

 

 

エッケザックスを持ったルムが迫る、二人の周辺には黒い渦が無数に設置しており、まるで何者かによって見つめられているようで気味が悪い、悪すぎる。

 

ルムは橋を渡った先に居るあの奇妙な天使が『界』を圧迫していると言っている、どういう原理でアレが出現したのかは分からない。

 

しかし、少なくとも学園都市が出現させたものだと言うのならばあの力は間違いなく科学サイドの力によって生み出されたものだ、そこにオカルトや魔術関連の技術やスキルは必要ない。

 

 

 

まさか――――AIM拡散力場か。

 

 

 

七惟がカリーグの資料を目で追っていた時、AIM拡散力場の暴走により巨大な化物が生み出されたという記述を何処かで見たことがある。

 

それは確か御坂美琴の超電磁砲によって消滅したはずだが、もしかしたらあの天使はそれを応用した技術なのかもしれない。

 

つまりAIM拡散力場が干渉しあってあれ程の現象を起こすことが出来たということだ、AIM拡散力場への干渉は能力者であり距離操作能力者である七惟ならば簡単だ。

 

AIM拡散力場への干渉、それは七惟にAIM拡散力場を幾何学的距離操作で引き寄せて関係を濃くしたり、離して関係を薄くすることだ。

 

しかしこのスキルは今まで役に立ったことは少ない、強いて言えば頭の回転が少し早くなるくらいだが同時に別種の距離操作を行うには、この程度の増強では補えないため使ったことは数回しかない。

 

そんなスキルが役に立つとは七惟には到底思えなかった。

 

だが、今はそんなことを言っている場合ではないのは確かだ。

 

数秒もすれば時間操作が解かれ七惟の死角からあの揺れる剣の切っ先が心臓を一突きにするだろう。

あの天使が発するAIM拡散力場の力を七惟が使えるようになれば、ルムの渦を可視距離移動で貫けるかもしれない。

 

推測の域を出ない考えだが、それでも何もしないまま死んでいくよりはマシだ。

 

どうせあと数秒の命というのならば、最後の最後まで―――――。

 

「足掻いてやる!」

 

意を決した七惟はすぐさま距離計算のため演算を始める。

 

幾何学的距離操作は距離操作の中で最も難しいとされる演算だが、七惟はレベル5になってから一度もミスを犯したことなどない。

 

だから失敗するなんて考えてもいなかった、最強の距離操作が計算ミスなど有り得ないと。

 

 

しかしその結果は――――――。

 

 

「ッ!?」

 

AIM拡散力場を引き寄せられない、簡単に言えばアクセスを拒否されたような感じだ。

 

今までこんなことは一度も無かった、可視距離移動でも時間距離操作でも相手から弾かれるようなことは。

 

一方通行を相手にした時ですら計算式そのものは正常に作動したのだ。

 

「ふっふーん!」

 

ルムの声が響き七惟は意識を周囲に向ける。

 

360度全方向に設置された小型の渦、もうルムは準備を終えて今にも時間操作を解きそうだ。

 

このままでは――――。

 

苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべ再度AIM拡散力場へ干渉するも、またしても弾かれる。

 

今まで起こらなかったこのイレギュラーな事態、原因は間違いなくあの天使だろう。

 

「そぉれじゃあ!さようならー!」

 

瞬間空間を掌握した時間操作が解かれ時間が通常のスピードで流れ始める。

 

AIM拡散力場を引き寄せられない以上防御に回るしかないが、この状況でルムの攻撃を防ぐのは不可能に近い。

 

「ッ……くそったれ!」

 

七惟は一か八か、ルム本人を遥か彼方へと転移させた。

 

しかしルムは七惟の行動を予測していたようで、渦に両腕を突っ込む、すると両腕が片方は七惟の前方から、もう片方は死角から襲いかかる。

 

前方の拳は七惟の鳩尾を的確に殴り飛ばし、後方の拳は後頭部を容赦なく殴りつける。

 

前と後ろの急所を的確にとらえられた七惟は一秒踏ん張り切れずに再び崩れ落ちた。

 

例え世界中の何処かにこの女を転移させようと、この渦を使ってどんな距離からでも攻撃が行えるのか……敵の居場所さえ把握してしまえば。

 

途切れ行く思考の中で七惟は思った。

 

この女の戦闘力は、人間を超越してしまっている。

 

七惟の時間距離操作は決して時間そのものを操っているわけではない、対象がある一定の場所に辿りつくまでの動きを早くするか遅くするかしか出来ない。

 

列車で例えれば始発点から到着点までの動作を操る、所謂限定的な操作なのだ。

つまり対象は一つにしか絞れないし、長いスパンの時間は操れない。

 

それに対してこの女は空間を掌握した時間操作、つまり場全体の時間の流れを操る。

 

一人の時間の流れの早い遅いしか操れない七惟とは訳が違う、まるきり別の能力。

 

だいたい時間を操るなんて人間とどう戦えばいいのだ、時間を掌握出来たらそれこそ一方通行や未元物質すら歯が立たない。

 

ルムを倒す術は、ない。

 

「今のは予想の範囲を出なかったねー!ざーんねんでしたぁ!」

 

渦の中から再びルムが現れた、もうその声を聴いて怒ったり悲しんだり、恐怖したり憎む感情も薄れてきた。

 

額から流れ出た真っ赤な血で視界が霞む、視覚以外の感覚が敵の接近を知らせ警鐘を鳴らしてくる。

 

だが視界を奪われてしまっては距離操作能力者はただの木偶の棒だ、滝壺がいない限りそれは七惟とて例外ではない。

 

 

 

 

 

……滝壺。

 

 

 

 

 

七惟の脳裏に、とある日の彼女との会話が過った。

 

 

『なーないは目で見えないと能力が使えないの?』

 

『あぁ、そうだよ。距離操作能力者は視力が奪われるとどうしようもねぇ』

 

『でもなーないは幾何学的距離操作が出来るよ?』

 

『あれはまぁ……でもあれだって大半が目に見える事象だからな、それに幾何学的距離操作なんざほとんど使う機会はねぇよ。お前は全部感覚みたいなもんなのか』

 

『うん、見えなくても私にはある程度分かるから』

 

『感覚……ねぇ』

 

『なーないもやってみて』

 

『気が向いたらな』

 

 

感覚…………。

 

先ほどのAIM拡散力場に対する干渉は目視して行った、結果七惟の能力は弾かれた。

 

「あれれー?もう戦えないのー!?それとももう死んじゃったのかしらー!」

 

真っ赤に染め上げられた視界ではルムが何処にいるのかすら分からない。

 

足音が近づいてくるのだけは耳が捉えた、残された手段は……。

 

 

滝壺の言葉を信用する以外はない。

 

 

賭けに出る。

 

こうなった以上、もう自分が殺されるのは時間の問題だ。

 

ならば、『感覚』でやってみるしかない。

 

目で見える具体的なものではなく……見えない抽象的な事象を、引き寄せる。

 

それに……七惟の能力を理解し、大覇星祭で自分のパートナーを務めた滝壺の言葉ならば、信じてみようと思った。

 

彼女ために、自分の危険すら省みずアイテムに入ったのだ。

 

人生の最後の瞬間くらい自分のちっぽけな考えを捨て、誰かの言葉を信じそれを貫いていいのかもしれない。

 

此処での死を悟った七惟だからこそ、出来る決断だった。

 

ダメもとで幾何学的距離操作を再度行う、今度は目ではなく感覚で……天使の居る世界をこちらに近づけてみせる。

 

座標は捉えない、酸素と火の関係を操作するとも違う……人間の『心の距離』を操る時と同じだ。

 

この世に物質として存在しないモノであるとAIM拡散力場を定義し、自分とAIM拡散力場の距離を『0』にすれば――――!

 

「――――ッ!!??」

 

瞬間、身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みに襲われたかと思うと、赤に染められていた視界が信じられない程クリアになり、やがて真っ白に潰されていく。

 

身体の自由が負傷した時以上に効かなくなる、やがて聴覚を始めとした全ての五感の機能が失われ、触覚も、嗅覚も完全に麻痺した。

 

そして、全てが白の世界に埋め尽くされたその時に、七惟の身体に科学では有り得ない現象が起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁぁあぁぁあぁ!?」

 

七惟理無の様子がおかしい。

 

ルムは七惟の変化を注視していたが、いったいどのような原理でこんなことが起こっているのか見当もつかなかった。

 

先ほどまでルムが痛めつけていた右腕からは血が止めなく流れ続けていたはずだった。

 

だがその右腕の傷は目を疑うかのように塞がれていき、やがて右肩からオレンジ色の火花が舞い上がったかと思うと、背面から橋の先に居る天使と同じような一翼の翼が発現した。

 

その翼は天に向かって伸び、七惟の身長と同じ程度の大きさとなり、風に揺られてさらに光を増す。

 

さらに右腕の手首から下が白く光り始め、この世のものとは思えない幻想的な光を発している。

 

翼は橋の先にいる天使のように一対ではなく、右肩の片方だけだがそれだけでも異常な事態だ。

 

「な……、こ、こ、これはどうしっちゃったわけか……」

 

ルムが驚愕の言葉を言い終わる時間すら、与えられなかった。

 

立ちあがった七惟は、右肩に生えた翼からオレンジ色の光を撒き散らし、人間の脚力とは思えないスピードで一気にルムに接近する。

 

七惟は白く光る右手の拳を突き出した、防御を取ろうとルムは渦を発生させるが七惟の右手はその渦をいとも容易く食い破りルムは驚きの表情を浮かべたが、どうしようもない。

 

「んなぁ!?ど、う、な、ってん―――!?」

 

そこからは一瞬だった。

 

ルムは突進してくる七惟相手にエッケザックスを突きだすが、七惟の顔面に突き刺さる筈の切っ先は目に見えない何かの『壁』のようなモノに弾かれ、金属同士がぶつかる高音が撒き散らされる。

 

七惟はよろめいたルムの手に握られていたエッケザックスの刀身を光る右手でむんずと掴むと、まるでプラスチックで出来たおもちゃの剣のように軽々と半ばからへし折る。

 

懐を守るモノを完全に失ったルムは、目の前に迫った天使が、いや悪夢がその瞼に焼き付けられた。

 

直後七惟の光った右の掌がルムの腹に食い込んだかと思うと、数瞬後には手から衝撃派のようなものが発せられて可視距離移動砲のスピードとは比にならない速度でルムが吹き飛んだ。

 

建物と激突する最中、渦が発生し衝突のダメージは防げていたようだが最初に与えられた衝撃で内臓を破壊してしまったようで、高層ビルの壁にめり込んだルムはぴくりとも動かなかった。

 

何が起こったか分からない、一瞬の出来事。

 

七惟理無本人ですら分からない、非科学の出来事。

 

科学と魔術、二つの世界が回り回って生み出されたのは、この世に存在しない『力』だった。

 

 

 

 

 

 


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