とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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Ⅷ章 激突する感情
暗躍の陰-1


 

 

 

 

 

0930事件から数日が経った。

 

未だに事件の爪跡は学園都市に深く刻み込まれている、壊滅状態に陥ったアンチスキルやジャッジメントは部隊の再編が成され敵対する勢力に対しての対策も練り始めた。

 

敵対する勢力とはもちろん『魔術サイド』、そしてローマ正教の『神の右席』だが科学サイドはオカルトの存在を認めていないためこのような抽象的な表現を取っている。

 

学園都市の機能ほぼ全てを麻痺させたあの悪夢のような事件に直接関わっていた七惟理無は今は病院生活を余儀なくされていたが……。

 

「おいコラ。てめぇ俺の身体に何しやがった」

 

「そんな言い方は心外だね?これでも僕は医者なんだよ」

 

「右肩の骨は砕かれてた筈なんだぞ、それが一週間も経たねぇうちに治るなんざどういうことだ」

 

彼はもう既に全快していた。

 

台座のルムとの死闘の末、何とかルムを撃破した七惟だったが彼の右肩は完全に破壊されていたはずだ。

 

七惟自身どうやって自分がルムに勝ったかはよく覚えていないが、少なくともこんな数日で全治するような闘いではなかったはずだ。

 

「まぁキミの友人、上条君なん右肩から下が切断したのに僅か一週間で退院していったよ?」

 

「……アイツは人間かホントに」

 

恐ろしや上条当麻、おそらく今回も自分より軽傷か、遥かに重傷を負っていたとしても先に退院したに違いない。

 

「とにかく、キミはもう完治したんだから安心しいい。流石にまだ激しい運動はお勧めしないけどね?」

 

「言われなくても数日は家に閉じこもっておくぞ」

 

「その前に、せっかくこの病院に来たんだから彼女に会っていくといいよ?最近お見舞いに来ていなかったと思うけどね?」

 

 

 

『彼女』

 

 

 

ミサカ19090号のことだろう、此処最近は忙しくてそれどころではなかったため会えなかった。

 

彼女は七惟にとって最初の友人だが、今となっては何だか友人と言うよりも『妹』と言ったような関係だと思う。

 

家族が居ない七惟にとってミサカ19090号を妹として接するのは家族を欲する彼の欲求の表れかもしれない。

 

「……確かに、な。ありがとよおっさん」

 

「礼を言われるようなことはやってないよ?」

 

七惟はベッドから起き上がると身支度を整えて病室から飛び出した。

 

向かう先は当然、ミサカ19090号が治療を受けている病室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その怪我、いったいどうしたのですかとミサカは全距離操作の容態が気になり優しげな瞳で問いかけます」

 

「大したことねぇよ。此処の医者のおかげで治った」

 

「明らかに右腕に巻かれた包帯が怪しいのですが、とミサカは問いただします」

 

七惟はミサカ19090号が居る病室へとやってきた。

 

以前のように彼女は全裸で液体の中には浸かっていない、患者に用意された服を身に纏い、ベットに腰かけている。

 

積もる話もあるのだが、生憎ミサカはこれから『検査』があるため時間は10分程度しかなかった。

 

とりあえずは大覇星祭の話を一通り話す。

 

まるで妹に話すような感覚に自然と表情が緩んだ気がした。

 

最初はミサカのことは『友達』だと思っていた。

 

16年間親族0友人0記録の金字塔を打ち立てた七惟だったが、夏にミサカと友達になってからはその記録も遂に終わりを告げた。

 

そして、友達だと思っていたミサカに対する感情も徐々に変化していくのを感じた。

 

入院しているミサカを何度も見舞う内に、友人ではなく……世話のかかる小さな子供を見ているような。

 

要するに世間一般で言われている『妹』として見ているような気がした。

 

生まれた時から身内が存在しない七惟にとって、家族というのは未体験だったし、欲しいとも思ったことはない。

 

だが心の奥底で、やはり求めていたのだろう。

 

家族が欲しい、と思う願望がミサカに接する態度を変えて行った。

 

それはきっと人間に元から備わっている本能が、そうさせたのだろう。

 

「もう時間か」

 

時計を見ればいつの間にか面会の時間は終わっていた。

 

話の最中は終始聞き手に徹するのがミサカだ、彼女は大きな瞳をこちらに向けて頷くのだ。

 

「そうですか、とミサカは残念に思いため息をつきながら答えます」

 

声のトーンを少し下げるミサカ。

 

「また時間が出来たら来るから安心しろ」

 

「はい、その時を心待ちにしていますとミサカは悲しみながら頷きます」

 

ミサカ19090号は他の個体に比べてやはり感情の変化が顕著に現れる。

 

他の妹達ならばこんなにも喜怒哀楽を見せることはあるまい。

 

七惟が病室に入ってきたとは、それは目を大きく開き輝くような笑顔で出迎えた。

 

それが出て行く時はこのように、いつも寂しそうに俯き元気が無くなる。

 

「じゃあな」

 

ミサカが退院出来れば、前のようにあの寮に二人で住むのも悪くないのかもしれない。

 

ミサカが専用の施設へと送られなければの話だが……。

 

病室を出た七惟は荷物を取り纏めようと自分の居た病室へと向かう。

 

とにかく今回の0930事件のせいで疲労困憊だ。

 

入院して幾分か疲れも取れたが、やはり自室で休まなければ気が落ち着かない。

 

それにアイテムへと入った今、何時仕事の電話が入ってくるかも分からないのだ。

 

暗部の仕事は本人の容態や都合などお構いなしに指令される、そこでNoと言えば当然それ相応の制裁が先に待っているので、下手をして自身の身が危険に陥ること程間抜けな事も無い。

 

幸い入院している最中に暗部からの電話はなかったため、一安心といったところ。

 

隣の塔に移動し、さて昼食を取ってから行動するかと思ったその矢先に携帯が鳴った。

 

「あ、七惟さん。こんにちは、五和です」

 

「五和……?」

 

暗部の電話かもしれないと身構えて通話ボタンを押した七惟を待っていたのは、仲間である五和からのまさかの電話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五和からかかってきた電話の内容を纏めるとこうだ。

 

自分達天草式は今日本に来ている。

 

普段天草式は日本と時差が何十時間もある遠く離れたイギリスで活動しているため、こんな極東の地にまで来られることは稀だそうだ。

 

学園都市には来れないものの、『あの人』の近くにこれたということで、せっかくだからプレゼントの一つでも買って贈りたいとのこと。

 

あの人とは言うまでも無く上条当麻である。

 

クラスの女子だけでは飽き足らず女子中学生に手を出し、異国の地のシスターにもフラグを立て、それだけに留まらず日本から万キロと離れたイタリアのシスターにも、そして科学と敵対する勢力の天草式にまでその触手を伸ばした男。

 

まぁ、そんな男の敵である上条当麻は女からは大人気である、見た通り。

 

そんな熾烈な恋人争いに、名乗りを上げた五和は上条の気を引くため日夜頑張っているようだ。

 

インデックスやオリジナルと違って常に近くに居ることが出来ないのでかなり分が悪い、そのため『贈り物』作戦で最近はアピールしている。

 

だが、イタリアで彼女が上条に贈ったプレゼントの結末を一字一句違えずに伝えると……。

 

「そ、そう、なんですか」

 

「だから酒造パスタがいいって言っただろ、お前も美味い美味いって食ってたじゃねぇか」

 

「そ、そんなことはありませんよ!」

 

「そういうことにしといてやる」

 

このように電話越しでも分かる程メンタルダメージを受けている様子。

 

これは話が長くなりそうだと思い、七惟は病院の通路から外に出られる窓辺の扉を開く。

 

外は見事なまでの晴天で、空が誰かの代わりに退院お祝いをしているようだった。

 

「で、でも猫に付けてくれるんだったら気に入ってくれたってことですよね」

 

「どんだけポジティブ思考なんだお前は。むしろ付けたくないから猫に付けたんじゃねぇのか」

 

「うッ……あ、相変わらずオブラートに包まない人ですね七惟さんは」

 

「お前だって俺に毒吐いてるだろ」

 

「そ、それは……。そ、そんなことより!前回失敗したとなれば、今回は絶対に失敗出来ません!ご当地グッズもいいかもしれないですけど、もっと良いモノもあると思うんです」

 

「良いモノ、ねぇ」

 

それを俺に聞いてどうするんだか。

 

七惟はこの16年間恋愛沙汰とは完璧に無縁な生活を送っていた、それはもう喋った女性は両手で足りる程の人数だ。

 

なのでそういった恋する乙女の気持ちなんて到底理解出来ないし、プレゼントも何もどんなモノで男が喜ぶなんて考えたことも無い。

 

ミサカに髪飾りを贈った時は死ぬほど考えた結果、自分が選んだら何でもいいだろうという結論に至り、結局はうやむやになってしまった。

 

「上条に直接聞けばいいだろ、どんなモノがいいですかって」

 

「だ、駄目に決まってるじゃないですか!は、ははは、恥ずかしくてそんなこと出来る訳ありません!だから七惟さんはコミュ障とか友達0人とか……」

 

「うっさい」

 

「そもそも七惟さんはあの人の隣に住んでいるんですから、好きなモノとか……そ、その。好きなタイプの人とか知らないんですか?」

 

どうも五和は上条のこととなると、いつも以上に本性というか、素が出てしまう気がする。

 

イタリアの店で買い物をした時も、彼女のせいで店を何件も梯子してしまうハメになってしまった。

 

俗に言うウィンドウズショッピングである、店員達の視線が突き刺さるように背中に向けられていたのはきっと気のせいではあるまい。

 

「俺がそんな恋愛話をあのサボテンとするように見えるか?」

 

「言われてみれば……そうですけど」

 

「ったく……まぁ、年上がいいとか何とかは言ってた気はする」

 

「と、年上ですか」

 

「あぁ、寮監とかな」

 

「流石に年齢は……どうしようも」

 

「……大人しく諦めろ」

 

 

 

あ。

 

 

 

しまった、つい本音が。

 

 

 

言ってはいけない言葉に激怒したのか、五和はその後更に声を張り上げあーだこーだと七惟に悪態をつき続ける。

 

とてもじゃないが終わりそうにない電話に、七惟は受話器を耳から離して半目になりながら応対をしていた。

 

 

 

 

 


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