とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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暗躍の陰-2

 

 

 

 

学園都市南ゲートから数キロメートル南下した住宅地にある小さな教会。

 

そこはかつて法の書を巡って上条当麻・天草式・アニェーゼ部隊が闘いを広げた場所でもあったし、七惟理無が天草式の三人と戦った場所でもある。

 

今ではその時の爪跡もすっかりと消えさり普段通りの小さな町の教会として淡々と時を過ごしていたはずだった。

 

「それで?あの女は今回は学園都市レベル5の七惟理無と聖人の神裂を戦わせてどうするつもりなんだ?」

 

「さぁ、俺は知らないぜ。ただ学園都市のお偉いさんとローラが裏で何か企んでやがるってことくらいか」

 

今その場所にはアロハシャツを着こみ、金髪にサングラスと完全に場違いである男と、とても14歳には見えない神父、いや神父にすら見えない男の二人が佇んでいる。

 

名前はそれぞれグラサンが土御門元春、14歳のヘビースモーカーがステイル・マグヌス。

 

今回ステイルはイギリス正教側から派遣され、対する土御門は学園都市から派遣された。

 

二人がそれぞれの雇い主から言われた言葉は同じ、『超能力者と聖人を戦わせろ』というものだった。

 

比較的に友好関係にある両者がこの時期に、このタイミングでこんなわけのわからない指令を出す理由がステイルは思いつかない。

 

「学園都市側が超能力者がどれ程聖人に通じるのか知りたい、っていうわけじゃないだろうぜ」

 

土御門は今回の件、何か裏があると睨んでいる。

 

0930事件のあの日、天使化したのは一方通行だけではなかった。

 

七惟理無は身体の一部のみだが自身の意思を持ってあの力を引きよせ、台座のルムを見事撃破してみせたのだ。

 

おそらくはアレイスターがローラに『そちら側の専門性が高い戦士がいる、力を測って欲しい』などと抜かしたのだろう。

 

学園都市だけでなくイギリス正教側としても科学の力を用いて生み出された天使の実力がどれ程の物なのか知りたいはずだ、結果ローラはその案に乗ったと。

 

案の定二人には『片方でも命を絶つ危険性があるのならば止めろ』とも言われている。

 

「キミはあの二人を戦わせるのには賛成なのか?僕は悪いが乗り気じゃない」

 

「……そりゃあ俺だって同じですたい。ただにゃー」

 

「ただ……?」

 

「ななたんの能力には理事会の計画を突き止める何かがあるはずだ、ヒント……それどころじゃ収まらない程の代物がな」

 

土御門元治個人としてはやはり同じクラスメイトである七惟理無と、同業者で何度も一緒に戦ってきた仲間である神裂を戦わせるなんて気が進まない。

 

しかし、多角スパイ……そしてグループの一員の『土御門元春』ならばそんな甘い考えは即座に捨てた、何が何でも二人を限界まで戦わせてみるべきだ。

 

「しかし神裂と七惟……勝負になるのか?神裂はただの魔術師じゃない、『聖人』なんだぞ」

 

そう、神裂香織は世界に20人といない聖人で、その一人あたりの戦闘能力は科学サイドの核兵器に値する。

 

対して七惟理無はこちらも学園都市が誇るレベル5、たった八人しかいない超能力者の一人だがその戦闘力は科学サイドの一個師団にしか相当しない。

 

二人の闘いの結末は誰でも分かる、おそらく神裂の圧勝に終わるだろう。

 

元々聖人とまともに戦えるレベル5は学園都市に二人……一方通行と未元物質の二人だ。

 

まぁこの二人ならば聖人すら凌駕するかもしれない力を秘めているかもしれないが。

 

「それを分かって尚戦わせるんだろうぜい?あの男はそれだけの力を秘めているはずだ」

 

「……まぁ仕方ない、キミの言葉を信じてそういうことにしておこう。しかしどうやって七惟理無を誘き出すんだ」

 

「奴が所属する暗部組織に命令を送ってもらう」

 

「それだけじゃ弱いな。奴はそうほいほいと罠に乗ってくるような馬鹿じゃない、何処かのツンツン頭と違ってね」

 

「分かってるぜい、そんなことは。そこで……コイツらを使う」

 

「コイツら……?」

 

土御門は懐から写真を取りだした。

 

「……天草式か」

 

その写真に乗っていたのは立宮を始めとする天草式のメンバーだった。

 

「なるほど、七惟は天草式とこの場所で一度戦っている……誘き出すには十分すぎる条件が揃っているわけか」

 

「そういうことだ。ななたんや天草式、ねーちんには悪いが此処は俺達の手の上で踊って貰う」

 

「あくどい奴だ、流石にそんなことは出来ないね」

 

「手段を選んでいる場合じゃないってのもある。いつイギリス正教と学園都市がローマ正教に戦争を吹っかけられるか分かったもんじゃないんでな」

 

「確かに……此処で七惟の力がどれ程のモノか分かれば、こちらが取る戦略も変わってくる」

 

「だが問題もある」

 

「問題……?」

 

怪訝そうな表情でステイルが返す。

 

「問題……それはねーちんと台座のルムの実力の強弱が分からないことだ」

 

 

 

 

 

『台座のルム』

 

 

 

 

 

神の右席の『台座』を務めていた女で、0930事件以後は行方を暗ましているが噂によるとアックアに回収されたとのことだった。

 

その実力は人間離れしていたの一言に尽きるが、神裂も同じく人間離れした聖人なのだ。

 

二人は直接戦ったこともないし、どちらが強いのかよく把握できていない。

 

操る術式を考えてみれば圧倒的にルムのほうが強いが身体能力の面で考えると断然神裂に分がある。

 

測る指針となる聖人の強さが、『神の右席』の強さと比べてどれ程の位置にいるのかが大きな問題なのだ。

 

「確かに……もし台座のルムより神裂のほうが劣っているとなると、奴がルムを倒した時と同じ状態になれば瞬殺されてしまうというわけか」

 

「そうだにゃー。そうなっちまえばもう測るも何もあったもんじゃない」

 

「しかしこればかりは直接二人をぶつかり合わせる以外は確認の方法がないな」

 

「強いことを祈るばかりだがな」

 

「そう言えば神裂にはどう説明するつもりだ?仮にもあの男はアドリア海で天草式と共闘しているんだぞ」

 

「そっちのほうは既に解決してる」

 

「どういうことだ……?」

 

「五和を使う」

 

「五和……?」

 

呑みこめないステイルに対して土御門はふっと口端を釣りあげた。

 

聖人と半天使化した能力者の闘い、これを逃せばこんな情報は二度と入ってこないだろう。

 

ならば徹底的に二人を戦わせ、アレイスターのプランを暴く足場にしなければならない。

 

例え七惟と神裂がどれ程互いを傷つけ合おうと、この方法を捨てるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0930事件。

 

 

 

 

 

それは学園都市にとっても、七惟にとっても大きな転換期だったと言える。

 

今までもこれからも、きっとその事実は七惟を大きく変えて行くだろう。

 

彼を取り巻く環境でまず変わったことが一つあった、それは。

 

『統括理事会の判断により七惟理無が大能力者降格を無効とし、再び超能力者第8位とする』

 

という通達が彼に届いた。

 

家で封筒を開けた彼は興味なさそうにそれをぽいっとゴミ箱に捨て、不貞寝する。

 

どうせ奴らは研究時に発生する利益・学園都市にもたらす利益を考えてこの順位を設定するのだ。

 

おそらくは0930事件で台座のルムを撃退した七惟を称賛し、再び超能力者レベル5として扱おうという声がお偉いさんから上がったのだろう。

 

まぁだからと言ってなんだ、という感じだ。

 

今までもこれからも七惟理無本人が学園都市の設定するレベルというものに左右されていくことはない。

 

七惟が溜まっていたパソコンメールを整理していると、携帯電話が鳴った。

 

開いてみるとそこに表示されていた名前は『絹旗最愛』、彼は一息ふぅとため息をつき冷静にそのディスプレイを指でなぞり、電源ボタンを静かに押した。

 

が、数秒後にはまた再び煩くなり始める携帯についに折れ、結局通話ボタンを押してしまう。

 

「なんだ糞餓鬼」

 

「開口一番にそれとは相変わらず超ムカつく奴ですね……」

 

「じゃあ水平線でいいか」

 

「超殺しますよ七惟」

 

相手からは怒り以外の何者でもないモノが発散されているのが電話越しでも分かる、相当怒っているようだが七惟とて彼女に対して今ではもう好意的ではない。

 

絹旗は七惟を出しぬき、アイテムに強制加入させるために麦野と共に滝壺を人質にしたのだ。

 

それがいくら何十時間も一緒にこの家で過ごしてきた少女だろうと怒りが治まるわけがない、七惟は未だに絹旗に対して疑念と怒りを抱いている。

 

またコイツは何かがあったときに麦野と同じようなことをしでかすんじゃないかと。

 

「とにかく、上のほうから命令が来ました。南部ゲートポイントD?28に来いとのことです」

 

早速、か。

 

アイテムの仕事は七惟が所属している下位組織とは違い、扱う仕事はかなりのリスクを伴うものだ。

 

『殺す』ことが必須となってくる仕事なんて山ほどある、今から覚悟しておかなければ精神的に参ってしまうだろう。

 

「南部ゲートってことは外で仕事すんのか?」

 

「さぁ、私は詳しいことは超知りませんから。そのポイントには案内人がいるらしくそこから先は任せてあるだそうです」

 

「お前もひっついてくんのかよ」

 

「仕方がないでしょう、私だって七惟と何か超一緒にいたくないですけどね」

 

「そうかい、なら別に無理して出てくんじゃねぇ」

 

「そうしたいのは超山々なんですけど麦野が黙ってないですから」

 

「ハッ……また自分の命惜しさに行動かよ」

 

「……とにかく、そのポイントで私も超待ってるんで」

 

そう言って絹旗は通話を切った。

 

麦野……ね。

 

どうせあの女から今回も命令されているのだろう、そして反逆したらどうなるか分かっているかと釘を刺されているはずだ。

 

そして絹旗は逆らわずにその命令に素直に首を縦に振ったと……。

 

「……何を苛々してんだか」

 

こんなこと暗部では日常茶飯事のことだ、役に立たない駒は上が消す。

 

麦野はよく郊外にあるゴミ処理場の分解機で逆らったり寝返った仲間たちを処分している。

 

七惟はそれを知っているし絹旗だってそうだろう、だからそれが怖くて麦野に従っている。

 

何処の組織でも行われているような日常に何故自分は苛立っている?

 

前居たカリーグの上位組織でも同じようなことが何度もあったではないか、その度に腹を立てることなど一度も無かったのに……。

 

「はン……まぁいい」

 

何時まで考えてもこのもやもやは晴れそうにないと判断した七惟は着替えを済ませ外へと飛び出す。

 

向かう先は南部ゲート、学園都市と外の世界との出入り口だ。

 

 

 

 

 

 


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