とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
南部ゲートにやってきた七惟は周囲を見渡すも、そこに案内人らしい人物など誰もいなかった。
バイクを駐輪場に止めて、関所のような役割を果たしている南部ゲートを見つめる。
此処から先は日本という世界が広がっている、それは完全に学園都市の世界とは別物の世界。
扱う言語、標識、変わらないものも多いが全く別物となっているものがある……それは『常識』だ。
こちらの常識とあちらの常識、それはもう20年程違う。
今思えば自分を取り巻く環境なんてえらく小さなものだと思う、学園都市……いくら科学の頂点に立つ都市だと言っても所詮人口は250万。
世界の総人口の何千分の1だろうか。
そんな小さな世界が魔術サイドという大きな世界と喧嘩をして勝てるわけがない。
「あ、居ましたね超七惟」
「糞餓鬼、遅かったじゃねぇか」
「もう糞餓鬼を訂正しろとは言いませんがいずれ目にモノ見せてやりますよ」
絹旗はいつも通りの服装に、すれすれで見えそうで見えない超ミニスカートを穿いている。
しかしこれはどう見ても戦闘用の服装ではない……今回はそういった類ではないのか。
「それより案内人は居ましたか?」
「あぁ?いねぇよ。お前が連れて来るんじゃねぇのか」
「おかしいですね、南部ゲートで待ち合わせていると上が言っていたのですが」
しかし辺りを見渡しても誰も居ない……夕暮れ時というのも相まって、今この場にいるのは七惟と絹旗、そして南部ゲートを管理しているアンチスキルだけだ。
まさか『外れ』なのか?
アイテムもそんな情報に騙されるなんて地に落ちたもんだ……とため息をつく七惟の肩を誰かが突いた。
「案内人……それは私のことだけど?」
「……超何処から出てきたんですか」
絹旗が警戒心を強めた声を上げる、七惟も緊張した面持ちでそちらに振り返ってみると。
そこにはついこないだ出会った一人の少女が立っていた。
「結標……お前が案内人か」
「えぇ。それよりも結局貴方、アイテムに入ったのね。上はそのことでもちきりよ」
「好きで入ったんじゃねぇよ、仕方なしだ」
「そぅ、カリーグだったかしら貴方の組織。もうとっくにばれてるのに何もお咎めは無し?」
「まぁな。あちらにもそれなりの事情があんじゃねぇのか、連中保身に走ることにかけたら右に出る奴はいねぇくらい腰抜けだ」
七惟が組織しているカリーグに間違いなく情報は流れているはずだが、それでも向こうは相変わらず何も言ってこない。
届いてくるメールには『上条当麻の監視』以外何も記載されてはいなかった。
「それより貴方の隣に居る子供は?貴方妹がいたの?」
「だ、誰が妹ですか!?超失礼な奴ですね!」
「ふぅん……じゃあ貴方の彼女だったりするのかしら?」
「なんでこんな人類史上超最悪な奴とそんな関係にならなきゃいけないんですか!」
含み笑いをもらしながら結標は絹旗を見つめ、おちょくっている。
完全に子供扱いされている絹旗は眉間に青筋をぴきぴきと立てているが、結標は構うこと無く話を続けた。
「本題だけど、今回私が案内させて貰うのは神奈川県の北部にある教会……そのポイント以外は何も言われていない」
「教会……か」
「心当たりは?」
「ありすぎて困んだよ、特に今回はアイテムが命令主だからな。間違いなく理事会の思惑が隠れてる」
「そうね、おそらく命の保証は出来ないわ」
神奈川県の北部にある教会……あそこだろう。
七惟と縁のある教会など天草式と戦ったあの場所以外は考えられない。
「準備は良い?私としてもこの仕事はさっさと終わらせたいし」
「次の仕事が控えてんのか?」
「そうなるわね、私も暇じゃないのよ」
「気をつけろよ。お前がレムナント運んでた時と今じゃ全てが違う……何処で殺されるかわかったもんじゃねぇ」
「あら?心配してくれるなんて思っても無かったわ。悪いモノでも食べたの?」
「はン、お前が前注意してくれた時と理由は同じだ馬鹿。目覚めがわりぃことは勘弁なんだよ」
」
「そう……」
ふっと笑う結標、無理に笑顔を作っているようで、その笑みには幾分か疲れが見える。
この女が現在、いったいどんなことをして何を理由に暗部に身を置き行動しているのか一切七惟は知らない。
だが、その表情からは何か追い詰められたような、切羽詰まった状況に今結標は遭遇しているのだということだけは分かった。
「じゃあ頼む」
「ちょ、ちょっと超待ってくださいよ!私も行きますから!」
突っ込む機会を覗っていたのか絹旗が口をはさむ。
確かコイツは麦野から七惟の監視を命令されているはずだ、まぁついてくるのは当然だろう。
しかし……。
「ダメよ。案内するのは七惟理無一人としか言われていない。貴方は含まれていないの、わかった?」
「で、でもですね!私は七惟を超監視しろという命令を上から受けているのであって!」
「その意向は私は受け取っていない。残念ながら諦めなさい」
尚も食い下がるような素振りを見せる絹旗に対し、結標は懐から軍用ライトを取り出し手で弄び始める。
絹旗は七惟が一目置く相手と自分との間に決定的な戦力差を感じたのか、追及の手を止めた。
「……ッ、仕方がないですね」
「うん、賢い判断ね。子供にしては頭が回るじゃない」
結標は絹旗の相手を終えこちらに向き直る。
まぁもし絹旗が何が何でもついて行くと言えばおそらく実力行使で結標は黙らせていだろう。
少なくとも絹旗が頑張ってどうにかなるような相手ではない、この結標淡希は。
「それじゃ、また何処かで。縁があったらね」
「……あぁ」
行きはよいよい、帰りは地獄。
まぁ帰りがあるのかどうかすら……定かではない、か。
七惟は結標の能力によって学園都市の外へと飛ばされる……向かった先は五和と初めて出会ったあの教会。
いったい何が自分を待ち構えているのか……想像も出来なかった。
七惟が結標によって飛ばされた先は天草式と戦ったあの教会へと通じる公道だった。
流石に結標と言えど、学園都市の南部ゲートから教会へと直接七惟を転移させることは出来ないので、転移後に送られてきたメールで仕事の内容と教会の位置を確認する。
場所はやはりあの教会であり、今回依頼主が既に現場に来ており、詳しくは本人に尋ねてくれとのこと。
既にこの時点で怪しい感じがするが、つべこべ言っていられない。
地図に示された場所へと向かい、教会へと足を踏み入れる。
今考えればまだ1カ月前の出来ごとだというのに、もう随分昔に感じる。
此処で命の削り合いをしたかと思えば、上条オルソラを救出するため彼らと共闘してローマ正教を倒したりと、短い期間で色んなことがあり過ぎだ。
そして天草式の一人である五和とは二度も命のやり取りをしたというのに、今では彼女の槍を手にとって闘っている。
台座のルムと戦った時もそうだったし、もう七惟にとってこの槍は必需品となってしまっていた。
「誰も……いない、か」
周囲を見渡しても人がいるような気配は一切感じられない。
天草式との戦闘の時と同じように何処かに隠れている可能性も否めない、警戒心を高める。
そもそも今回のターゲットはいったいどんな組織なんだ?ローマ正教か?それとも別の組織か?見当もつかなかった。
七惟が一通り屋内を見渡し、外を探そうと扉を開けると、真後ろで何やら金属と金属がぶつかり合うような高い音が響いた。
屋内からではないと判断した七惟はさらに歩を進めて教会の一番高い位置にある十字架へと目を向けると……。
「……出来れば、貴方とはこんなことはしたくはなかったのですが」
そこに居たのはあの巨人を操る魔術師と行動を共にしていた刀を持った女……。
見るのは二回目で名前も知らないが、少なくとも上条とは何かしらの交流を持っているはずだ。
となれば此処から先はこの女と一緒に行動するというわけか?
しかし……。
「仲間を傷つけられて黙っている程私も寛大ではありません」
「……あン?」
その只ならぬ言い方に七惟は身を構えた。
どうやらアイテムから事前に貰っていた情報や、今まで自分が考えていたことはどうやら間違いであるらしい。
暗部から1年抜けていた七惟と言えど、これだけ敵意を向けられれば気付かずにはいられない。
「大人しく処刑塔へと一緒に来るか……もしくは、此処で私に昏睡させられてから来るか。どちらか好きな方を選んでください」
「……さっきから何言ってやがるてめぇ」
「貴方こそ、よくもまぁ私の前に堂々と現れたものです。罠だとは思わなかったのですか?」
「罠……?」
「今回、貴方の友人でもある『土御門元春』を騙し偽の情報をこちらで流させてもらったんですよ」
「……へぇ」
アイツを騙した、ねぇ。
やはりあの男、暗部の人間だったか。
「貴方が天草式とキオッジアで共闘したというのは私も知っています。だからこそ、私は最初は信じたくなかったんです」
「何をだよ」
「貴方が五和を拷問にかけ、精神を崩壊させるような廃人へと追いやったという事実を」
「……んだと?」
五和が……廃人?
そしてこの女の言い分だとそれは七惟が行ったと言うことだ。
だがそんなことをはいそうですか、と七惟が頷く訳が無い。
彼は今朝退院する時に五和と電話で会話したばかりだし、その時だって彼女は上条のことを馬鹿みたいに熱く語っていたのだ。
それを知っている当人からすれば、僅かこの数時間で、しかも一カ月以上前の能力の後遺症など馬鹿らしくて信じられない。
七惟自身はキオッジアで別れてから五和と直接は会っていなし、そもそもあの時から彼女は元気で七惟が行った『拷問』の後遺症など全く残っていなかった。
あれから五和に再び精神拷問をかける機会など、七惟にあったわけもなし。
「彼女に変化が出たのは一週間前、貴方と五和が上条当麻を二人きりで待っていたという情報も入っています。その時に何か……科学側の力でやったのでしょう?貴方はこの教会でも面妖な力で五和を拷問にかけていたみたいですね。今では面会すら出来ないような状態なんです」
「…………ソイツは大変だな」
「しかし科学的な事象故に私達では彼女を助けることが出来ない、よって当事者である貴方をロンドンまで連行することになったのです」
「はン……そういうことかよ」
結局この女の話を纏めるとこういうことか。
五和が倒れた、それは七惟と二人きりの時に七惟が手をかけたと。
そしてコイツはその五和が所属する天草式の上司か何かだ、五和の治療・並びに容疑者としてロンドンまで連れて行く。
如何なる手段をもってしても……こんなところか。
だが七惟には何も身に覚えがないことだ、確かにキオッジアで五和と二人きりで上条へプレゼントを贈るため買い物に出ていたのは事実だが、その時に『幾何学的距離操作』で『精神距離』を弄くった記憶など一切ない。
それを言葉にしてこの女に伝えようとしても無理だろう、そんなことが分からないくらい間抜けではないつもりだ。
どうせハナからこちらのことを犯人として決めつけている、聞く耳などもたないだろう。
そもそもこちら側とあちら側は元々は敵同士なのだ、敵の話など右から左か。
七惟も学生寮で会った時からこの女のことは胡散臭いと感じていただけに、奴の言うことを信じるつもりはない。
「んなの決まってんな……答えは『両方断る』」
「……言っておきますが私は『聖人』です。貴方がいくら学園都市の誇るレベル5だとしても、私には絶対に勝てません」
「へぇ、その根拠は」
「私はそちらの世界では核弾頭に匹敵しますが、貴方は高々一個師団に相当する程度です」
「…………!」
『聖人』
初めて聞く単語だがおそらくこの女の力は並みではない。
それは最初対峙した時からある程度把握はしていたが、実際その喩えを核弾頭にされると流石に七惟とて動揺は隠せなかった。
少なくとも七惟は同じレベル5の中でも最弱だ、一方通行にはもちろん未元物質、超電磁砲、原子崩し誰ひとりとして勝てる要素はない。
そんな奴が核弾頭に匹敵する敵、要するに学園都市で例えるならば第二位の未元物質に喧嘩を売ったところで勝てる要素はないだろう。
要するに戦う前から結果は見えている……が、此処で大人しくこの女にロンドンに連れられても無事に帰還出来るという補償もないし、疑いが晴れる可能性も低い。
挙句科学側の貴重なサンプルとして解剖や拷問だってそれこそ有り得るのだ。
「それでも、戦いますか?」
「…………」
確かに、今までの七惟ならばこの女に勝てる要素はないとすぐさま計算し、別の方法で解決の道を探すだろう。
例えば天草式と繋がっている上条当麻に連絡を取り疑いを晴らしてもらう……などと言った感じだ。
しかし今の条件ではこの女はそんなことを待っていてくれるとも思えない、つまり戦うしかないということだ。
戦う……元より勝機のない戦闘には全く手を出さない七惟だが今回は若干いつもと違った。
それは『台座のルム』と戦闘を経てから変わったものだ。
『台座のルム』
おそらく奴は魔術師の中でも最上級クラスの実力の持ち主だ、今まで様々な魔術師を見てきたがそれだけは間違いない。
そしてこの女は『核弾頭』レベル……どちらが上かは分からないが、少なくともこの対峙した瞬間の威圧感・殺気・内に秘める爆発力は『台座のルム』のほうが上だ。
だが上程度ということは七惟がどれだけ頑張ってもこの女に勝てることはない、七惟と『台座のルム』の実力差はそれこそ天と地ほどあったのだ。
だからと言って戦うのを諦めたつもりはない、少なくともあのような意味不明な『渦』の術式や一方通行の反射、未元物質の質量変換のような反則的要素さえなければ……勝機はある。
それこそ『殺す』つもりでいったならばの話だが。
実は七惟、どうやってルムを倒したのか覚えておらずAIM拡散力場を引きよせてから以降の記憶が飛んでいる。
まぁどちらにせよAIM拡散力場が薄いこの場ではあの方法は使えない、自力で何とかするしかないだろう。
「そうだな……てめぇが諦めてくれんなら戦わずに済むな」
「……交渉は決裂ですね。私としてもあの少年の友人である貴方とこんなことはしたくなかったのですが、仕方がありません……参ります!」
その瞬間、女が地上8Mはあるであろう教会のてっぺんから飛び降りた。