とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
その力は、もはや自分たちの住む世界のモノを超えてしまっていると五和は思っていた。
しかし眼前で繰り広げられる戦いは間違いなく現実で、今この世界で行われていることだ。
目の前に広がるのは地獄、しかし恐れて振り返ってはならないと五和は分かっている。
今此処で自分が不安そうな素振りを見せれば、それこそ残されたもの達を不安に駆らせ意味のない戦いが生まれてしまうかもしれない。
「プリエステス様……」
天草式の元主である彼女は七天七刀を抜き放ち、刀身に煉獄を纏わせ炎を撒き散らしながら戦っている。
その表情からは一切の容赦など感じられない、間違いなく全力を出して敵を滅さんとしていた。
唯閃を放ちワイヤーを使いながら舞い踊るように戦うその姿は、戦場を見る者を魅了するように駆け誰もが聖人としての彼女の強さを認めるだろう。
「七惟さん……」
そして彼女の元主の敵は、右肩から羽を生やしオレンジ色の火花を撒き散らしながら目にもとまらぬスピードで動きまわり、右手首から下は淡白い光を放っている。
表情はよく見て取れないが、相手を粉砕することしか考えていないということくらい自分にも分かった。
神裂は天草式にとって大切な人…………いやもうそんな安い言葉では表現出来ない、自分達が弱すぎるがために彼女を精神的に追い込みその居場所を奪ってしまった。
五和自身もそのことに罪悪感を感じてはいた。
だがそんな罪の意識とは段違いに彼女のことは人間として、一人の十字教の信者として尊敬出来る
対して七惟は天草式にとっては何の価値もない人間、一度共闘したことはあるものの全員が彼に対して心を閉ざしており信用など全くしていない。
もしどちらかを助けるのなら天草式の人間として取るべき選択肢など最初から決まっている。
最優先事項は神裂を止める、七惟理無はついでで良い。
しかし、五和はその『ついで』が出来ない。
確かに天草式にとっては七惟はどうでもよい人間だろう、死のうが生きようが天草式が損をすることなどないのだから。
五和も最初はそうだった、この教会で闘い追い詰められ、挙句の果てには拷問まで掛けられてしまったのだから。
キオッジアで再び合った時も、また殺し合いだった。
この人とは一生仲良くすることなど出来ないと思っていたのに、一生憎んで腹が立つ奴だと思っていれば良かったのに。
あの時、『仲間』といった彼の表情を見てしまった自分にはどうしてもそれが出来なかった。
あの時、自分を助けてくれた彼の姿を見てからはそんなことは思えなくなった。
彼を形成する全てが悪いわけではない、今日の朝だって彼とは他愛のないことを電話で話したではないか。
「だから私は……二人とも、止めてみせます」
それにこの戦闘は神裂を止めるだけではとても終わりそうにも見えない、神裂が戦闘を止めたところで七惟は彼女を殺しにかかるのは目に見えている。
そんなことにするつもりはないし、七惟にもそんなことはして欲しくは無い。
彼はそんなことを望んでいる人間ではないはずだ、でなければ自分と初めて此処で出会い戦った時に、自分を含め3人を惨殺していたはずだ。
キオッジアでも抵抗するシスターたちを海に落とすなど生ぬるいことはせず、船の機関部に転移させひき肉にしていただろう。
「プリエステス様!」
遠くから声を大にして叫ぶ、ともかくまずは先に戦闘を止める可能性が高い元主に気付いてもらわなければ話は進まない。
だが神裂は五和の言葉になど耳も傾けずに、全神経を集中させ七惟理無を殲滅しようとしている。
七惟も同様でもし少しでも気を抜いたり余所見をすればスキをついてくるに違いない、だから二人とも周囲に気を配る余裕が全くないのだ。
やはり……二人の目の前に、飛び込むしかない。
しかし飛び込んだところで神裂はともかく七惟が止まるという保障がない、そのままあの右腕を振りかざしてくることだってあり得る。
そう思えば思うほどそうなるような気がしてきて、足が竦み全身が震えあがる。
だがこんな恐怖など神裂が背負いこんできた傷に比べれば可愛いものだと決めつけ、足を踏み出し、遂には駆けだした。
タイミングは二人が対峙した瞬間、一瞬でもそのタイミングを逃せば二人の激突の餌食となり五体満足でいられないどころか命すらないかもしれない。
しかし与えられた役目は果たす、果たすだけではなく…………プリエステスも、七惟もこの闘いから救って見せる。
「……ンなァ!シん、でミ、るかァ!?」
「うるっせぇんだよこの糞野郎が!」
二人の動きがやり取りで止まる、ここを突く!
五和は全身のバネをフル活用し二人が次の動きのモーションに入る前に間に割り込んだ。
「プリエステス様!七惟さん!」
「……い、五和!?何故……!?」
その表情が驚愕の色に染まり、神崎は目を丸くする。
「…………ッ!?」
同様にして七惟の動きも一瞬鈍るが……。
「ihbf!死、……ね!」
止まったのは一瞬だった、そのまま目にもとまらぬスピードでこちらに近づき…………。
「チッ!この天使崩れ!」
神裂が五和の前に出て盾となる、抜刀する構えからして唯閃を放つつもりだろう。
この距離でならば流石にあの状態の彼と言えど止められまい、殺されてしまう。
「やめーッ!」
声がそれ以上出なかった、今から目の前で起こる出来事が恐ろしく想像出来ないし見たくも無い、身体の全ての感覚を閉じてしまいたかった。
今から起こる現実が現実でないように、思い切り目を瞑り否定する。
「止めろねーちん!ソイツはきかねぇ!」
遠くで誰かが叫ぶ声がしたのと同時に、凄まじい轟音が鳴り響いた。
数秒してから何かが零れ落ちるようなカラン、という音がしどさっと誰かが倒れ込む音を聴覚が捉える。
「ぷ、プリエステス……様!?」
恐る恐る目を開けてみれば自分が予想した惨劇は広がっておらず、目の前には羽を生やし無機質な表情を浮かべる七惟理無が立っていた。
神裂はそこから少し先の所で下腹部を抑えて蹲っている、何が起こったのかわからないが七惟の持っている自分が渡した槍が鮮血に染まっていることから、神裂の腹を容赦なくこの槍が破壊したのだろう。
「五和……逃げろ……」
「だから言っただろうが!途中から唯閃を狙われてたことに何故気付かなかったんだ!?」
神裂が弱弱しく声を上げ、遠くから土御門が慌ただしく叫ぶ。
「七惟…………さん?」
目の前に居るのは、まるで機械のように表情を失ってしまった男。
しかし表情は死んでいるものの、その眼はまだ光を失っておらず自分を殺処分する気満々だと伺える。
七惟が一歩踏み出した、あまりの恐怖に五和は腰が引け思わず後ずさりしそうになるが……。
「逃げろ五和!今のソイツは普通じゃない!」
ステイルも大声で叫びルーンをそこら中にばら撒く、しかしこんな強大な力を目の前にして今更『イノケンティウス』など何の役に立つというのか。
半天使化する前の七惟にすらあしらわれたそんな力は意味がない。
そもそも今この場で七惟をどうにか出来る力を持ってる人間などいないのだ。
此処にいる誰もが七惟から離れろ、後退しろと言うだろう…………だが。
引き……下がらない!
そう、此処で引き下がってはならない。
何故なら彼女は。
私は七惟さんのことを仲間だと言いました、なら……絶対に仲間として彼を裏切るわけにはいきません……!
こんなにも、真っ直ぐなのだから。
「七惟さん……!」
今度は、彼の名前を強く呼ぶ。
すると再び七惟が一歩踏み出した、その一歩は先ほどと同じようで……少し違った。
大地を踏みつける力が、幾分か和らいでいたのだ。
「……いツワ?」
彼が名前を呼んだ、他の誰でもない自分の名前を。
「七惟さん!」
「……イ、ツワ……ドウ……シ」
七惟が左手を伸ばして自分の肩を掴む。
凄まじい握力で骨を粉々にされてしまうだろうと思い、五和は迫りくる痛みに備えて身体を強張らせるが、いつまで経ってもその痛みは襲ってこなかった。
ふわりと置かれたその手はゆっくりと五和の右肩を掴むと、徐々に力が失われていく。
「……ッ……」
肩を掴んでいた全ての力が失われた、それと同時に七惟の膝から急激に力が抜けて行き、目の前で光り輝く翼も、舞い上がる火花も、白く光る右腕の発光も失われていく。
最後にはぷっつりと燃料が切れたかのように止まり、そのまま七惟は五和に身体を預ける形で倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……」
沈黙が続くばかりで七惟からの返答はない。
どうやら気を失ってしまったようで全くこちらの問いかけに答える気配はなかった。
「どうやら……何とかなったみたいだな」
「全く……どうしてコイツはこんなに厄介な奴なんだ」
疲労困憊の表情と声色で土御門とステイルが近づいてくる、その後ろから建宮も歩いてきたが……。
「ステイル、これはどういうことか説明してください」
立ち上がった神裂がステイルに厳しい目を向ける、腹から血を流しているがそんなことなど構っていられないような表情だ。
「……まぁ、そうくるだろうとは思っていたさ」
ステイルは土御門が事前に持ち込んでいた治癒の札を神崎の腹に押し当てると、みるみる内にその傷は癒え、彼女はゆっくりと立ち上がった。
プリエステス……神裂はこちらに一瞬にその視線を向けるが、すぐさま逸らしステイルと共に闇夜へと消えて行く。
やはり彼女は自分達と一緒に居ようとは思っていないのか……今回のことで少しは役に立てた、と思ったのだがそれでも力不足だったようだ。
「それで?俺達への説明も当然して欲しいわけなのよな」
「あぁ……とりあえず全部片付けてから話しちまおう、まずはここから撤退するのが第一だにゃー?」
土御門が普段のおちゃらけた口調を取り戻した、ようやく問題全てが解決したようだ。
自分の肩に身を預けている彼のことも、プリエステスのことも、そしてどうして自分が廃人などと言われていたのかも気になることばかりだ。
喉から出てきそうになった多くの言葉を呑みこみ、五和は土御門と建宮に続き破壊の限りを尽くされた教会を後にした。