とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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その思いは、境界を超える

 

 

 

「つまりはあのアークビショップに一泡吹かせられたってことなのよな?」

 

「まぁそうなる。ねーちんには悪いことをしたがこれも科学魔術のバランスを保つには必要なことなんだ」

 

「バランスっていうのはもちろん建前なのよな?まぁ一聖人を倒しちまうような兵器を隠されてたら堪ったもんじゃない、か」

 

学園都市の第七学区にある病院にやってきた五和達は、七惟の病室で今回の件の元凶を土御門から聞いていた。

 

彼の話を要約すると、神の右席である『前方のヴェント』『台座のルム』を退けた七惟理無と聖人の神裂、どちらが強いのか知るために学園都市とアークビショップの二人が裏で工作を行っていたらしい。

 

そして七惟と神裂を誘き出すために使われた餌が五和、つまり自分だ。

 

東洋の魔術における屍人形で神裂の目を誤魔化し、自分を廃人状態だと勘違いした彼女は五和を助けるために七惟に闘いを挑んだ。

 

当の七惟はそんな身に覚えも無い罪を吹っかけられ、否応なしに戦うことを強いられたというわけだ。

 

二人とも被害者ではあるが、七惟には特に酷いことをしてしまったようにも思える。

 

まぁ…………自分が知らぬところで廃人扱いされていたというのにも非常に驚いたが。

 

「しかし驚いたのよな、七惟がまさかプリエステスすら超える程の男だったとは」

 

「ヴェントとルムを退けた力は本物ってわけだ。聖人並みの戦闘能力……コイツはまたとんでもない能力者を生み出しやがったなあの男は」

 

「あの男……?」

 

「こっちの話だ、気にするな」

 

プリエステスを凌駕するほどの実力者……それが今もベッドの上で眠っている七惟理無。

 

初めて会った時から只者ではないと感じてはいたが、まさかそこまでの逸材だったとは。

 

「はン……てめぇらの掌の上で俺はまんまと踊らされたってわけか。胸糞わりぃ」

 

「な、七惟さん!?」

 

「くそったれが……頭がガンガンしやがる」

 

「気がついたか」

 

七惟が起き上がるもまだ頭が完全に覚醒しているわけではないようで、額に手を当て「あー…………」と声を漏らしている。

 

肩から生えていたあの翼も、白く発光していたあの右手も今では完全に消え去っており何、だかあんな姿をしていたのが本当は全部夢だったんじゃないかと思えるくらいだ。

 

「これが冤罪って奴なんだろうな……。ったく、最悪な気分だ」

 

「おいおい、実際五和に精神的な拷問をかけたのは事実なんだろうななたん」

 

「まぁな」

 

「そこは認めるのよな」

 

「むしろ誤魔化してどうすんだか。んで?土御門、そろそろお前とは腹の中を互いに語る必要があんじゃねぇかと思ってんだが」

 

七惟の鋭い目つきが土御門を捉える、強面の彼の表情を見ても土御門は相変わらず余裕の表情を崩さない。

 

「そうだにゃー?そっちが全部吐いてくれるんだったら俺も包み隠さず話してやってもいいんだぜい?」

 

「ケッ……てめぇの包み隠さずなんざ信用出来る価値があるのかすら危ういな」

 

「酷い言われようだぜい、まぁクラスメイトのよしみで100は話してやるよ」

 

「てめぇの100は1を100にした糞話だろうが……。おぃ」

 

七惟は一変して建宮と土御門に目を配る。

 

「ちょっと席退けろお前ら」

 

「……どういうことなのよな?」

 

これは、暗に自分と五和を二人きりにさせろということだろうか。

 

「さあな」

 

「言っておくが身内を置き去りにするほど馬鹿ではないのよな?」

 

「チッ……」

 

「七惟さん……?」

 

あからさまな舌打ちをするもその程度では建宮は態度を崩さない。

 

しかしその横では土御門が七惟の意見を聞き入れた。

 

「どうやら滝壺理后が言っていたコトは本当みたいだにゃー?此処に俺が居るのは野暮ってもんだ、また明日ってことにしておくぜい」

 

「……何処まで知ってんだお前は」

 

「それを言っちゃあこっちも廃業しないといけないからな」

 

「はン……」

 

そう言って土御門は病室から出て行く、最後に自分に視線を合わせて笑みを浮かべていた。

 

いったいどういう意味だろうか、自分と七惟が二人きりになってもあまり良いことは起きないと思うが。

 

そして。

 

「……このまま此処に俺がいちゃあ、それこそ俺が悪者みたいになっちまうのよな」

 

建宮も壁に立てかけ、布を纏って隠しているフランベルジェを担ぎあげる。

 

「お大事にな第8位」

 

「てめぇら天草式ってのは口だけは減らねぇ奴らの集まりかよ」

 

「どうとでも取るがいいのよな。五和、学園都市第23学区の国際飛行場だ。目指すはフランス、用がすんだらすぐ来るのよな」

 

「は、はい!」

 

フランス……ということはいよいよあの文書をローマ正教が本格的に使おうと乗り出してきたわけか。

 

あの男が絡んでいると見て間違いないが、今回はキオッジアのように皆無事で良かったのようなことにはならないだろう。

 

増援としてツンツン頭の男の子や土御門も呼ばれるようだが、今はそれよりも眼前に置かれた状況のほうが気になった。

 

建宮も病室から去り、残されたのは自分と七惟だけ。

 

話の流れからして彼が自分に何か話すことがあるのだろうとは思っていたがまさか二人きりで会話をすることになるとは。

 

七惟と最後に喋ったのは……と言っても最後と言える程時間が経過していない、今日の朝に携帯電話越しに喋っている。

 

確か電話越しにツンツン少年への気持ちを諦めろと言われて怒鳴り散らかしたはず、忘れたいと思っていた記憶を鮮明に思い出してしまい、彼女は頭を抱える。

 

幾分か時間が経過した、互いにあれだけのことがあっただけに話を切り出すタイミングが掴めない所を、七惟が半ば無理やり話題を作り口を開いた。

 

「身体は大丈夫なのか」

 

「へ……?わ、私ですか」

 

「この状況でお前意外の誰がいんだよ」

 

貴方自身ですとは流石に言えなかったので言葉を呑みこむ。

 

「だ、大丈夫ですよ。そもそも全てはこちらが仕組んだことだったみたいですし。私はちっとも知りませんでしたけど……」

 

「そうか……」

 

「そ、その!七惟さんは大丈夫なんですか」

 

「そんなにやばく見えるのか今の俺は」

 

「だってプリエステス様……じゃなかった、聖人と刃を交わしたんですよ!核弾頭と戦ったみたいなものです」

 

聖人は科学の世界で言う核弾頭に匹敵する、そんなものと真正面からぶつかってまず勝てるわけがないのだが七惟は勝つだけではなく傷もほとんど負っていない。

 

はっきり言って信じられない程の戦果である。

 

「見ての通りその核弾頭と戦っても大して傷は負ってないみたいだな」

 

「大したって……肩に風穴開けられた人が言うセリフじゃないと思います」

 

「……心配してくれてんのか?」

 

「当然です、元はと言えばこちらに落ち度があります。それに……七惟さんは私の仲間なんですから、気に掛けないほうがおかしいですよ」

 

「はぁン……」

 

意味ありげな言葉を漏らす七惟に何だかこちらまで余計なことを考えてしまう。

 

「実際問題どうなんだ?後遺症はやっぱりあんのか」

 

七惟が先ほどまでの冗談混じりな口調ではなく重く硬いものへと変える。

 

後遺症……彼が教会でやった精神的な拷問の後遺症のことを言っているのだろう。

 

あの時のことを思い出してみれば今でも怖いとは思うし、あんなことをされたのだから絶対に許せないと思うのも確かだ。

 

だが許せないばかりでは前に進めない、決めつけてしまっては何も事態は好転しない。

 

前進したからこそ、今の自分と七惟の関係がある。

 

当初の二人では考えられないような関係だが、イタリアで想いを寄せる人への贈り物を一緒に買って、その結末を電話越しまるで日常の会話のように話す。

 

「いえ……特に身体に異常はありません」

 

様々な苦難を乗り越えて、二人は仲間となったのだ。

 

修復不可能と思われた二人の仲は、こんなにまでも縮まった。

 

「遠慮してんじゃねぇのか」

 

「そんなことはありません」

 

「……仲間ってんのは遠慮する必要がねぇんじゃねぇのか?」

 

「だ、だから本当に大丈夫なんですってば!そもそも精神系に関する拷問で後遺症があるんだったら私はこうやって外を出歩けるとは思えません」

 

「確かにな」

 

「あ、朝にあれだけ電話越しに元気な姿を見せたじゃないですか。なのに私が廃人だなんて話、少しは疑ったんですか?」

 

ちょっと元気が良すぎて散々七惟を罵ったという事実はこの際置いておくとして、どうしてこの事実を七惟が神裂に話し交渉に持ち込まなかったのか。

 

交渉に持ち込まなかったことを責めていることに感づいたのか、七惟がぶっきらぼうに答える。

 

「俺にそんなこと出来ると思うか?」

 

「……言われてみれば、無礼という言葉を体現したかのような人ですしね」

 

だが少し考えてみれば分かることだ、元々コミュ障の彼にとって交渉などという高等テクニックが使える訳がないし、あの横暴で不躾な態度を見て神裂が言うことを信じないのは当たり前だ。

 

五和だってもし七惟とこんな関係でなければ、最初のように七惟の言うことなどに聞く耳は持たなかっただろう。

 

七惟はベッドから立ち上がり身体を軽くならすように飛び跳ねた、あれだけの戦闘をして負傷したというのにもう動けるとは。

 

この身体のタフさ、何が何でも突き進む継続力、それを支える精神力……何処かあのツンツン頭の少年を連想させるものを彼は持っている。

 

でも彼と違うのは『仲間』、背中を預けられる存在の数だろう。

 

上条当麻はその性格からか『上条勢力』なるものが存在するほど仲間を持っており、五和も七惟も既にその一部となっている。

 

しかし七惟はその一部でありながらも、同じ勢力に居るはずの神裂とは殺し合い、天草式からは煙たがられ、土御門からは実験台にされるなど、とてもじゃないが仲間が多いとは発言しがたい立場に立たされている。

 

言ってみれば自分が唯一の仲間なのかもしれない、それほどまでに彼の交友関係は狭い。

 

「迷惑かけて悪いな」

 

急に七惟の声が低く、抑揚の無い声となった。

 

その顔は暗く俯いているようにも見えて、今までの姿は嘘のように成りを顰める。

 

「七惟さん?」

 

「危うくお前を……、今度は拷問なんざより取り返しのつかないことをするとこだった」

 

言葉を濁した七惟、その空白の間に彼が言おうとした言葉が何だったのか何となく五和は把握出来た。

 

そしてその言葉を言おうとした自分に嫌悪感を覚えたのか、七惟の表情が苦いモノへと変わる。

 

仲間である五和を殺しかけた、どんな時も本音をぶつけ合う仲間と自ら言った相手を、自らの手で葬ることに七惟と言えど負い目を感じているのか、罪悪感を感じているのかは分からない。

 

七惟の顔色が、戦闘で傷を負った際に見せる痛みと同じ、彼が右肩に巻きつけている包帯が真っ赤に染め上げるような痛みとなる。

 

……そんな顔は、しないで欲しい。

 

「七惟さん……」

 

彼は仲間がいないと言った、そして自分は仲間だと言った。

 

七惟理無のたった一人の仲間が五和と言っても過言ではない。

 

こんな時に、仲間がすることは……仲間の心と体の傷を癒すことも当然だと思う。

 

仲間でなくても、自分の周りにこのように心傷を負ってしまった人が居ればきっと労わりの言葉をかけるだろう。

 

『元気を出してください』『そんなはことありません』『七惟さんは優しいんですね』

 

様々な言葉が頭に浮かび、消えて行った。

 

こんな陳腐な言葉を掛けたところで、きっとこの少年は何も思わない。

 

彼が望むのは、お金で買うことが出来るようなこんな安いモノではないはずだ。

 

七惟理無が望むのは、背中を預けられる関係。

 

どんなことも、どんな言葉も包み隠すことなく伝えあい、腹の底からの気持ちをぶつけあう関係なのだ。

 

安易な『優しさ』なんてものは確かに便利かもしれないし、その場凌ぎにはなるだろう。

 

もちろん少しは傷ついた者の心を癒してくれる。

 

しかし。

 

そんな姑息な手を使ったところで、彼はきっと喜ばないし、自分だってそんなことはするつもりはない。

 

ならばどうするか?

 

答えは簡単だ、奮い立たせることも、必要なことだ。

 

このまま過去の自分への行いを懺悔し後悔し続ける七惟など見たくも無い、そんなものは七惟ではないし、そこから進むことが出来ないというのはもっと問題だ。

 

もしやあんなことを無かったことにしたいなどと、七惟は考えているのだろうか?

 

その考え自体が自分と七惟理無の『仲間』という関係に対する冒涜だ。

 

確かにあの行為は誰が見ても許される行為ではなかったかもしれないが、それを上回る程のよい記憶を今の二人は刻んでいるはずだ。

 

だから前に進んで貰うために、敢えて五和はこの言葉を選ぶ。

 

「そんな顔は、七惟さんには似合いません」

 

五和はわざと肩をすくめてくだらなそうな仕草を取る、当然七惟は訝しげな眼を向けてくる。

 

「もしかして自分が拷問にかけていなければ……とか、そんな馬鹿みたいなことを考えているんですか?七惟さんらしくないですよ」

 

「……んだと?」

 

額に青筋を立てて、七惟は鋭い目で五和を見る。

 

だが五和は揺らがない、此処で怒るということは図星を突かれたという証拠だ。

 

「貴方は初めて会った時から強気で、ふてぶてしくて、威圧的で……そんな傷心している姿は似合わないです」

 

「…………」

 

「だから私のコトは気に掛けないでください、そんな七惟さんを見ているとこっちが調子を崩しておかしくなってしまいそうです」

 

「お前」

 

「あの時のことだって、キオッジアのことだって、今回のことだって……全部を乗り越えられた、だから私達は仲間なんですよ」

 

七惟は黙ってこちらの目を見つめてくる、突き刺さるような視線がこちらの芯まで伸びてくるのが分かった。

 

今までの経緯からして罵倒や皮肉の言葉が飛んで来るかと思ったが……。

 

「はン……そうだな、あのサボテンに熱上げて周りが見えなくなってん奴に言われちゃお終いだ」

 

予想していたものを逆の意味で裏切ってくれた七惟だったが、今ここでツンツン頭の少年ことを言うのは……。

 

こんなシリアスなシーンでもお構いなしにこのように切りだしてくるのは流石と言うべきか、コミュ障による弊害と言うべきか。

 

顔に自然と熱が上がっていくのが分かりつつも、耳が熱くなってきて恥ずかしさで七惟と視線を合わせることが出来ず俯きながらも反論する。

 

「そ、そんなことは今は関係ないことじゃないですか!と、とりあえず・・元気になってくれたようで何よりです」

 

「そいつはどうも」

 

「あと出来れば事あるごとにあの人のことを言うのは止めてください……心臓に、悪いんですから」

 

「そうしておいてやるよ」

 

分かっているのか分かっていないのか、こちらの気持ちを知ってて弄んでいるとなると余計に性質が悪い。

 

むすっとした表情の自分と違い、先ほどまでの傷心した表情は何処へ行ったのか今では意地の悪い表情を浮かべている。

 

その姿は先ほどまでの傷心した姿を微塵も感じさせない、いつもの七惟理無が戻っていた。

 

 

 

「なぁ……五和」

 

 

 

「な、なんですか!?あの人のことならもう何も言いません!」

 

 

 

「いや……ただ」

 

 

 

「ただ……?」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

その一言が、五和の心の何かを動かした。

 

そして頭に過った思いが一つ。

 

私が、この人の最初の仲間。

 

だから……最後まで、仲間でいよう。

 

殺し合い、蔑みあった、だけど自分が言った、たった一言で彼は何かが変わり、敵対した自分の命を救い、こうやって談笑出来る。

 

コミュニケーションを取らず、人との関わりをあまり取っていなかった彼はもしかしたら、今非常に人からの影響を受けやすい状況にあるのかもしれない。

 

ならば自分がこの人の隣に『いるべき』だ、この人を理解出来るのは私なのだから。

 

…………あれ?

 

その時、七惟理無の傍に『いたい』という自分の思いが一瞬でもあったのを彼女は自覚したのだった。

 

 

 

 

 






スズメバチです、6月は更新話数がまさかの1話……なんとか7月で挽回しなくては!

そしてついにここまできました、にじふぁん時代の距離操作【S】最終話までが更新終了です。

今後は【F】に入っていきますが、データが一部消えてしまっているので更新は更に亀になるかもしれません。

ですが月1回は必ず更新しますよ!

これからもスズメバチの作品をどうぞよろしくお願いします。

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