とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
学園都市の無法地帯-ⅰ
七惟理無は日本国の西東京に創設された学園都市の学生であり、都市から学生に贈られる称号として最高ランクの栄誉を与えられている。
それはレベル5、超能力者という肩書。
彼の序列は第8位、要するに学園都市と呼ばれる都市で8番目に頭の良い学生ということだ。
これが表向きの彼の称号であるが、当然表があるのならば裏もある。
この見た目短髪で黒髪黒目、何処にでもいそうな容姿の学生には通常ならば考えられないような顔があるのだ。
裏の顔は、学園都市暗部組織の構成員の顔。
必要ならば殺しもするし、能力を使って人間を攻撃するなんて朝飯前。
レベル5の彼は、優秀な学生であると同時に、優秀な工作員でもあるのだ。
此処までが表と裏の顔である。
だが、そんな彼のプライベートはどうだろう。
プライベートでは、世界を二分する勢力のどちらにも加担している、変わった人物。
イタリアで魔術師と闘い、学園都市で神の右席と死闘を繰り広げ、神奈川で科学と魔術の実験台にされるなど、プライベートは一般人からすれば表裏の顔よりも信用されないものである。
※
「へぇー、もう二度とこちらの世界の舞台には上がってこないと思っていたアンタが此処に来るとはね。戻ってくるつもりかい?」
「……るせぇ、さっさと話を進めろ」
「こりゃ近いうちにひと悶着あるかな?ところでアンタは結局カリーグ所属なのか?それともアイテム所属なのか?」
「聞こえてねぇのか?」
「あぁ、悪いなオールレンジ。職業柄こういう性質なんだ」
「…………」
そんな七惟は学園都市の第15学区、学園都市の中でも最も地価が高く、巨大繁華街として栄えている場所へと足を運んでいた。
その中の一つにオフィスとマンションを合体させたような、それは見るからに豪奢な建築物の一室の中にいる。
部屋はマンションの最上階に位置しており、こんなところを『仕事場』にしている目の前の男……『雑貨屋』の気が知れない。
「それで必要なモノは何なんだい?可能な限り用意するよ、逃走用の車からヘリ、ジャミング電波を発する携帯電話……あ、もしや手配書用の整形手術?」
「何でも屋みたいなもんだなお前は」
「あぁ、そりゃあもちろん。隠れ家から始まったけど今じゃこれだけの商品を取り扱えるようになったんだ、それなりに拘りもある。あ、でも臓器は扱ってないからな」
20代そこらと思われる男の口から飛んで来る単語はどれも非現実的なものばかり。
いや……今まで、この1年の生活からすれば非現実と言えるだろうが、もともとこちらの住民であった七惟からすればこっちが日常なのだ。
「はン……おい、アレも商品なのか?」
七惟が顎で刺したのは壁の端っこのほうで、裸で蹲っている年齢15歳程の少女だった。
目からは光の色が消えており頬は腫れて膨れ上がり年相応の表情とはかけ離れ、全身には多数の痣が残っている。
「あぁー。オールレンジともあろう人があんなモノに興味があるとはね。でもアレは商品じゃない、俺の趣味みたいなもんだな」
「趣味……ねぇ」
「言っておくがアレに俺は欲情なんかしてないよ?まぁ言ってれば人体サンドバック、観賞用も兼ねて中々いい」
「へぇ……おぃ」
「ん?まさかアレが欲しいのかい?」
「……これでいいだろ」
そう言って七惟は懐から札束を放り投げた。
机に乗った札束は多少バウンドしてその場に収まる、重量からして単位は百万円、そしてその塊が7、8個と言ったところか。
「おいおい……まさかオールレンジはロリ好きなのか?アンタ確か年は16、17だよね?」
「はッ……知るか、これにてめぇの名前を書きやがれ」
七惟はポケットから紙きれを取り出しサインを促す。
「ったく……高かったがそれだけ出されちゃ文句は言わない」
そう言って雑貨屋の男はペンを握り書類をざっと見てから何か違和感を覚えた。
今まで彼の元に尋ねてきたカリーグの下っ端連中の書類は、少なくとも自分の名前を用紙の端っこのほうに書くだけで良かったはずだ。
それに底辺組織の連中が扱う書類として特徴的な、用紙のヘッダ部分にでかでかと組織名が書かれている。
しかし今七惟が出した書類にはヘッダの部分にそんなでかい英字も無いし、名前を書く場所も端ではなく上のほうに記載せよと注釈のようなものがある。
そしてカリーグの書類で名前を書く場所には、別の組織名が書かれていた。
そこには……。
「がふッ!?」
その文字を確認した時には、自分の身体が元居た場所から数メートル飛ばされているのが分かった。
遅れて痛みもやってくる、状況が整理出来ない雑貨屋はただ目の前に静かに佇む七惟を唖然と見るばかり。
「め、……『メンバー』!?まさかアンタは!?」
「良かったじゃねぇかゴミクズ、てめぇの命はどうやら時価に換算したら700万円だとさ」
雑貨屋の身体は七惟の可視距離移動法の力によって壁にめり込み、その衝撃で身体の至るところの骨が折れてしまっているようだった。
「は、ハメやがったなてめぇ!」
「何言ってんだ、こっちの世界じゃこれが常識だろが。それとも俺がいねぇ1年の間にこっちの世界はこんなにもぬるま湯みたいな世界になっちまった……とでも?」
「ぐッ……このぉッ」
抵抗しようと男が拳銃を取り出すが、そんなものは第8位からすれば何の役にも立たない。
放たれた弾丸は七惟に向かう前に不自然に逸れ、そのまま豪華な絨毯を抉っただけだった。
「こんの……化け物が!」
「あと言い忘れてたがな……俺はカリーグでも、アイテムでもない。『メンバー』だ」
そう言って七惟は男の死刑を執行した。
※
数分後部屋の一部は真っ赤な鮮血で染め上げられ、家主である雑貨屋の男は虫の域、生きているのが不思議なくらい痛めつけられていた。
七惟は無造作に携帯を取り出し、メンバーの頭である『博士』に連絡を取った。
「終わったぞ、回収班を寄越せ。今すぐにだ糞野郎。…………あぁ?息をするだけのタンパク質の塊運ぶだけでいいんだよ、分かったか?早くしろ。ミンチにされたくなかったらな」
七惟はこんな仕事を当てられた苛立ちを電話先の相手にぶつけて乱暴に通話を切ろうとするが。
部屋の端っこのようで、蹲りながらも震える瞳でこちらを見つめている少女が視界に入り一言付け加えた。
「ついでに女用の服持ってこい。……理由だぁ?知るか。あと回収班は女だけだ、男が混ざってたらてめぇら一人残らず俺が弾道ミサイルみたいにぶっ飛ばすぞ」
今度こそ通話を切り、少女には目もくれずに七惟は窓から外へと出て行こうとする。
「後は勝手にしろ、生きようが死のうが俺は感知しねぇ」
素っ気ない調子で吐き捨てながら七惟は窓を開ける。
すると後方からもぞもぞと何かが動く音がした、振り返ってみると少女が僅かに身体を動かしている。
「あなた…………は」
一瞬思案した七惟だったが、彼が持ち合わせている言葉は非常にシンプルなものだった。
「……最低の人間とでも覚えとけ」
この少女は半端な気持ちで暗部に足を突っ込んで戻れなくなってしまったか、元々暗部に属していたが闘いの最中敗れこのように奴隷のようになってしまったのか。
それは分からない、分からないが彼女のような存在を作り出しているのは間違いなく自分のような力を持つ側の人間である。
まぁ、そもそも暗部に少しでも触れようとする人間は表の世界ではまともに生きていけないような連中ばかりなので、この少女もそうなのかもしれない。
それでも、間接的にだが奴隷が容認される世界を生きて、その世界を支えるような仕事をしている自分は最低の人間なのだろう。
最低の人間、それが七惟理無なのかもしれない。
改訂版距離操作シリーズもようやくココまできました、何とか1周年経つ前に
にじファン時代のところまで更新出来そうです。