とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
※冒頭部が抜け落ちていた、また一部内容を修正致しました。
七惟が天草式の神裂と死闘を演じ、五和と別れた後家に戻ってパソコンのメールをチェックしてみると、組織のほうから下記の番号に電話せよとの通知メールが届いていた。
珍しく組織からまともなメールが届いたため、七惟は何事かと思いその番号を迷わずプッシュしたが、終わった後その画面に表示されたのは、前自分が所属していた組織の長の名前だった。
「……博士?どういうつもりだ」
七惟は疑問を抱きながら携帯を耳に押し付ける、ポケットの中で暖まった携帯が何だか不快に感じる。
その温かさがまるで……自分の身体に絡みついてくるような、悪いことが起こる前兆のような気がした。
「オールレンジか」
受話器の先から聞こえてきたのはよく知っている人物、というよりも……。
「……てめぇに直々に電話せよってのはどういうことだ」
「おいおい、君の能力を開発してやったのは私なのだよ?そんな口の聞き方はないだろう」
そう、このメンバーの長である博士という人物は七惟の能力開発に携わってきた人物なのだ。
付き合いは非常に長く、おそらく学園都市に放り投げられた時からだ。
しかし七惟は博士に対して全くと言っていい程心を許していないし、親しみもかけらほど感じていなかった。
博士は今まで七惟が相対してきた糞みたいな研究者の結晶体のような人間だ、コミュニケーション能力の欠如も友人0も少なくともコイツの影響のせいである。
そんな人間に対して心を開く奴など居るわけが無い、七惟とて例外ではないのだ。
「んで?要件を簡潔に言いやがれ。俺は今めちゃくちゃ疲れてんだよゴミ虫」
「ふむ、まあこの際その口調には目を瞑ってやろうか。そうだな、簡潔に言えば『君』の力が必要になった」
「んだと……?」
「電話で話して奴らに盗聴されたら適わんからな。続きはメンバーのアジトで行う。明日の0.00だ、分かったかね」
0.00。
それはメンバーの構成員だけが使う隠語。
左側の0は時刻、今回は0時ちょうどという意味だ。
ドットはそれを繋ぐ場所、メンバーの構成員を繋ぐ……要するにアジトに集合せよとのことだ。
そしてドットの右側の00は集合するアジトの場所、この場合はナンバー00のアジトだ。
「はン……分かんねぇとか言ってもどうせ地の果てまで追ってくんだろ」
「まぁそうなるな」
「チッ……切るぞ」
通話ボタンを切り、再び静寂が部屋に戻る。
彼が現在所属する組織は、『カリーグ』。
今電話をかけてきた博士の持つ組織、『メンバー』直属の下位組織にあたる。
七惟は1年前にとある実験にて、博士の望む数値を出すことが出来なかった。
博士は自分が能力開発の分野にて天塩に育てたオールレンジに過大な期待を寄せていたため、実験は必ず成功すると思っており、他人に豪語していたらしい。
その結果が失敗という惨めなものでは、皆良い話のネタとして毎回あの男を馬鹿にしていたのだろう。
我慢が出来なかった博士は、不完全なレベル5など近場には置いておく訳もなく、更に性質の悪い噂が出る前にオールレンジを左遷した。
そして、その左遷先が七惟が今所属する『カリーグ』という訳である。
七惟は携帯を握りしめた手をじっと見つめながらメンバーで活動していた日々を思い出していた。
褒められたものではないが、やはりかなりの数の危険をかいくぐってきている、そして今回もおそらく同じように命の危険がある仕事なのだろう。
そして今居るメンバーの力だけでは状況は打破出来ない状態にあり、かなり危険な状態と予想される。
暗部の情報に疎くなっていた七惟からすれば何が起こっているのか見当もつかない、とにかく仕事だと言うのならばやるしかないだろう。
拒否をしたらミサカを狙われる可能性もあるのだから。
※
「待っていた、時間通りとは流石だ」
「相変わらず短髪ですね、くせ毛持ちは大変なんですか」
「カリーグで野たれ死ぬかと思ってんだが生きてたのか、しぶとい奴だ」
「まだモグラみてぇに光の当たらねぇ場所でちまちまやってんのか馬場」
七惟がやってきたのは第22学区の地下街に設置してあるvip用の核シェルターだ。
本来ならばこの場所は統括理事会の一人の避暑地として使われるはずだったが、統括理事超直属の部隊であるメンバーの権限により勝手に使わせてもらっている。
それは七惟がメンバーの一員になる時からそうだったし、左遷されカリーグの一員になる時もそうだった、そして今も変わりは無い。
ただ変わったことが一つだけあった、それは博士の隣にいる一人の少女だ。
今までこのメンバーには七惟を含めて4人しかいなかったし、女性の構成員が加わったことも一度も無かった。
それだけその女子高生のような少女がこの場にいるのは違和感があったし、それ以上にひっかかるものがあった。
あの少女が纏う雰囲気は、天草式十字凄教やローマ正教のシスター達と同じ……科学として見るには余りに異質なモノだったからだ。
それが一体何なのか分からないが、もしかしたら魔術サイドの人間なのかもしれない。
「その女は?1年前は居なかった」
「あぁ、彼女は魔術師。私の右腕として働いてもらっているよ」
やはりか。
しかし学園都市というのは魔術のようなオカルトを嫌い、認めていなかったはずだ。
科学で埋め尽くされたこの部屋で、非常に浮いている存在に見える。
それに科学の権化のような存在の博士が『魔術師』という単語を軽々しく口にするのはおかしい、まぁ協力関係にあるからそれ以上は詮索はしないが。
査楽や馬場も突っ込みを入れないところを見ると、おそらくメンバーに加入してからある程度の時間は経過しているのだろう。
「それで?話は何だ、早く終わらせろ、此処は息苦しくて気持ちがわりぃんだよ」
とにかくこの息苦しい空間は昔も今も好きではない、太陽の光を浴びれない空間などまっぴらごめんだ。
さっさと話を追わせてこんな穴倉など出てしまいたいなど、自分勝手に早くも成り始めている七惟の思考を感じ取ったのか馬場が舌打ちをする。
博士はそれを気に留めることもなく唯淡々と話を続けた。
「あぁ、キミを再びメンバーの一員とすることにした」
その言葉に七惟の表情が僅かに変化する。
「どういうことだ?てめぇの期待した数値が出せないゴミは要らねぇんじゃねぇのか」
「まぁそうだが、今はそう悠長なことを言っている場合でもないのだよ。何せ学園都市第2位のスクールだけではなく第1位が居るグループですら不穏な動きを見せている」
「グループ……?」
スクールは分かるのだが、グループとは一体何だ?話からして一方通行が在籍しているのは間違いないが。
「グループとは0930事件以後に発足された組織ですよ。構成員は『一方通行、土御門元春、結標淡希、エツァリ』ですね」
査楽が説明したその人員の4人中3人は七惟にとって非常に身近な人物だった。
しかしまぁ……グループという組織が暴走したら誰が止めるつもりだ?土御門はともかく、一方通行や結標が手を組んだら止められるとは思えないのだが。
「まぁ今はグループは問題じゃねぇ、スクールだ」
「うむ、第2位の動きがどうも統括理事会の意向を無視したものになっているのだよ。そして下手をすれば理事会に害を及ぼす恐れすらある」
「つまりスクール及び垣根をぶっ殺して来いってことか?残念だが第8位程度じゃあの未現物質に勝てる可能性は0だぞ」
七惟は垣根の能力を知っているし、その実力も半端ではないということは実感している。
あれを止められるのはおそらく一方通行だけだ、少なくともそれ以下のレベル5が束になっても適わないような敵を相手にしろなど論外だ。
「まぁまだそうは言っていない。確証もないのだ。ただ、攻めるにはまず外堀から……この意味が分かるかね?」
「心理定規やらの掃討作戦ってわけか」
「ふむ、とにかくまずはスクール及び垣根の周りから潰していこうと思っているのだよ。そこで君の戦闘能力が必要となったわけだ」
「はン」
くだらなそうに応答するも、いつかは呼び戻されるだろうと思っていた分にそこまで動揺などはしなかった。
いくら自分がコケにされるきっかけを作ったレベル5だとしても、その力をあっさり捨てるには余りにも惜しいのだろう。
ただ、垣根を始めあの化物達を相手にするのは当然首を縦に振ろうとは思わない……それに心理定規に手を出すのも乗り気ではない。
「既にアイテムの電話相手とは話をつけている、メンバーとアイテムの情報網を使いながら奴らを潰すのだ」
「……あの勧誘作戦はてめぇの入れ知恵か?」
「そうなるな。スクールはまだメンバーの存在を認識していないのに、わざわざ此処で組織に呼び戻して、メンバーが明るみに出るのは不味いと思ったのだよ。だがアイテムならばスクールとは犬猿の仲であるというのは周知の事実、敵対する勢力に加えることでスクールのプランを一つへし折った」
「スクールのプラン……?」
目を細める七惟に馬場が横やりを入れる。
「知らなかったのかお前。スクールはお前を組織に向かい入れる準備を進めてたんだぞ」
「…………」
まさか、夏休みが明けてすぐ街で会った垣根は自分の様子を見に来たのではなくて、オールレンジを味方に引き入れるために第七学区にいたのか。
そんなことなど当時は全く考えていなかった。
「ったく1年、生ぬるい場所に居たからぼけちまったんじゃねぇのか?」
「言ってろ、核シェルターの中でしか眠れないノミの心臓が」
「なんだと!」
挑発する馬場の言葉に皮肉を重ねる。
はっきり言って七惟はこのメンバーのことを五和のように『仲間』だとは微塵も思っていは無い、必要があるのならば即座に裏切ってやるし、もし七惟の友人や仲間に危害を与えるというのならば叩き潰すことすら厭わない。
だからこの場でこの男を息をするだけの肉塊に変えることなど何ら抵抗はないのだ、壁に埋め込んでオブジェにすることも全く心が痛むことはない。
「やめないか。そんなつまらない挑発に乗るはみっともないものだよ」
「はン……」
博士が馬場を鎮め、再びこちらに視線を向ける。
一呼吸置いてから博士はまた喋り出した。
「分かっているとは思うがね。オールレンジ、キミはメンバーの下位組織カリーグで働いていたのだ。未だに我々の管理下にあるし、君の情報など容易く手に入る。例えば……第3位のクローンのことなど」
七惟の身体が反応し、ぴくりと眉毛が動いた。
やはり出してきたか、ミサカのことを。
「断るなどおろかな選択はしないことだ、分かったかね」
「はン、そうしといてやるよ」
「ああ、それと……君にコレを渡そう」
「あぁ……?」
博士はポケットからメモリースティックを取りだした、それにはラベルが貼っており、氏名欄に『ハウンドドッグ・木原数多』と記載されている。
確かこの猟犬部隊は殺しのエキスパートだ、そしてそれを取りまとめるのは木原という研究者。
しかし情報に寄ればこの男は0930事件の騒乱の中で誰かに殺害されたはずだが…………。
「先ほど言った通り、グループも静観出来る立場ではないのでね。万が一の時のために一方通行の能力開発に関するデータをそこに納めておいた」
「要するにあの糞野郎とドンパチやれってことか」
「ふむ、そうなることもあるかもしれない。ただそのデータの中身を利用すれば、AIM拡散力場に干渉する力を持つ君ならば面白い結果に繋がるだろう」
「どういうことだ」
「それは見てからのお楽しみというものだよ、大事なモノだから紛失したりするな、これは命令だ」
七惟は博士からメモリースティックを受け取った。
中にいったいどんな情報が入っているのかは分からないが、自分のプラスに働くことはないだろうと直感が告げていた。
「それでは行動に入る。査楽とショチトルはグループの監視、馬場は普段通り私のサポート。オールレンジはアイテムと行動を共にしろ、電話の相手に内容は伝えてある」
※
雑貨屋を始末する仕事を終えた七惟は、数時間後に核シェルターで守られているアジト00で使っているロッカー前に居た。
数日前此処に戻ってきた時のことが脳裏を過ったが、あの時博士から渡されたメモリースティックには一方通行に関する何のデータが入っているのだろうか。
結局興味も湧かなかったため、開封すらしていない……やはりざっとでも中身を確認しておくべきか。
考えても無駄なことだ、と気を取り直し私物及び今後必要になってくるであろう書類の山をロッカーに押し込むべく七惟は体と視線を動かす。
視線の先には昔と変わらず、博士・馬場・査楽の表札。
加えてショチトルという魔術側の少女のものが一つ。
戻ってきた、という感慨深い感情などは一切湧いて来ず、今後始まるであろう暗部の生活に思いをはせていた。
一年前、一方通行との実験にて博士の期待値を上回れなかった自分は下位組織に左遷され、表の世界で様々な経験をした。
今からは表の世界の常識が全く通じない裏の世界の住人だ。
元から裏側の世界の住人ではあったが、懐かしい等の良い感情は湧く訳も無かった。
表の世界のほうが良いに決まっているのだから。
重たい足を動かしてロッカールームから先ほどの会議室に戻ると、既に博士や査楽、ショチトルの姿はない。
その代わりに居たのは、七惟が生理的嫌悪感で受け付けない馬場と、先ほどまではおらずこの空間には決して馴染むことが出来ないような人間が一人。
「……おぃ、その女どうして此処にいやがんだ」
「あぁ?お前が雑貨屋からかっぱらってきたんだろ?博士がその幸薄な顔が気に入ったらしくてな、飽きるまでは此処に置いとくらしい」
「……」
馬場一人しか居ないスペースに、七惟が雑貨屋で出会った少女が居た。
服装は上から下まで真っ黒なジャージで、しかもぶかぶか。
おそらく馬場が寝巻として仕様しているモノを着ているのだろう、明らかにサイズが合っていない。
「あなたは……ありがとう」
「……はン」
初めて第15学区で会った時もそうだったが、この少女は非常に表情の変化が乏しく何を感がているのか読みとれない。
滝壺と似ているとも取れるが、あちらと違うのはその纏う空気だ。
滝壺は一緒に居て心が安らぐような、こちらをリラックスさせてくれる沈黙を作ってくれる。
しかしこの少女は見ていてこちらの身体の隅っこが痛くなってくるような空気だ。
それはまるで『お前がやっていることはこういう人間を生み出しているんだ』と暗にこちらを侮蔑しているようで、何だか落ち着かない。
「私は……他に行くあてがないから」
「此処に居るってことは、それなりの仕事を任せられんだぞ?おぃ馬場、コイツの能力は何だ」
博士が何時までこの女のことを気に入っているかは分からないが、いずれは戦場に駆り出されるのは間違いない。
そうなった場合、力が無ければ生きて行くことは出来ないので今のうちに確認する。
「あぁ、コイツは距離操作能力者だ。レベルは良くて3、まぁ…2.5くらいか?要するにお前の超劣化版だ」
馬場がパソコンに目を通しながら事務的な声で応える。
「俺の劣化版ねぇ」
レベル3ともなれば、軍事登用も可能なレベルではあるが、やはり七惟の力とは雲泥の差だ。
距離操作のレベル3というのは、主な攻撃手段は可視距離移動砲しかない。
しかもその弾速もよくて120km、平均で100km前後と非常に遅く、美琴のクローンであった妹達も同じレベル3ではあったが、おそらく戦わせれば1分も持たずにこの女は感電死してしまうだろう。
「あなたは……オールレンジなんでしょう?」
弱弱しい声で少女が尋ねる。
「だったら何だ?」
「……あなたの、役に立ちたいんです」
「ならまずは自分が死なねぇように立ちまわれ、せっかく拾ってやったのに死なれちゃこっちも目覚めがわりぃぞ」
「わかりました」
本音を言うのならば、お前なんぞ少しも役に立たないからすぐさま陽の当たる場所へ帰れと突っぱねるつもりだった。
しかし今この少女をこの場から放り出しても彼女は生きて行く術が無いし、何よりも居場所がないのだ。
そうなるとまた雑貨屋のような奴に捕まるか、猟犬部隊のようにもう二度とまともな生活へとは戻れないような場所へと引きずり込まれるかもしれない。
それだけは、避けた方がいいだろう。
「おぃ馬場、雑貨屋の始末書置いとくぞ。あとはてめぇが勝手に処分しとけ」
「お願いしますの一言も言えないのかこの糞餓鬼」
「あぁ?お願いしますと言えばてめぇは喜ぶのか?」
「少なくともてめぇの敬語は朝飯よりはウマい」
「つまんねぇ野郎だ、じゃあな」
七惟はタンクバックから荷物を引きずりだし、乱暴に机へと放り投げる。
「おい、女。あの糞餓鬼が撒き散らかした書類こっちに持ってこい」
「……わかりました」
馬場は少女を顎で使いながら雑務を行っているらしい。
まぁ、戦場に出てドンパチやるよりかはこうやって事務仕事をこなしているほうがあの少女にとっても幸せなことなのかもしれない。
少なくとも馬場は少女に手を出すような肝っ玉の据わった男ではない、無理やり犯されるなんてこともないだろう。
要件を済ませた七惟は踵を返し、核シェルターを後にした。
向かうはアイテムのリーダー、麦野が待つカフェ。
さてどんな無理難題をふっかけられるのか……考えるのも億劫だった。