とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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掃討作戦-ⅰ

 

 

 

 

 

「此処にスナイパーが…ねぇ」

 

「うん、むぎのの話だと此処を中心にスナイパーが活動してるみたい」

 

 

 

今七惟の目の前に広がっているのは、何処にでもありそうな打ち捨てられた廃墟だ。

七惟は博士にアイテムと合流せよとの命令に仕方なく従い、麦野からのメールで場所を指定されそこに向かった。

待っていたのは七惟と一緒に大覇星祭を闘った滝壺と……。

 

 

 

「言っておきますけど、一応此処にいるのは七惟と違ってずっと暗部で超活動を続けていたプロです。油断しないでくださいよ」

 

「はッ…能力の相性考えりゃ俺と滝壺だけで十分なのに、どうしてあのヒステリックはお前なんざを寄越したんだか」

 

 

 

相変わらず七惟と仲が悪い絹旗最愛である。

 

 

 

「だいたい、そこらへんに転がってるようなスナイパー一人始末出来ねぇ程戦力不足なのかアイテムは?」

 

「さぁ?私は自分と滝壺さんだけで超十分って言ったんですけど、滝壺さんを連れて行くとなると何処かの誰かがぎゃーぎゃー騒いで煩いんですよね。だから、黙らせるために何処かの誰かが追加招集されたんじゃないですか?名指しは超しませんけど」

 

「なるほどな、その何処かの誰かさんが居ることに気に食わない餓鬼が麦野に呼ぶ必要はないと提言したと。そして首を縦に振らせることが出来なかったから尻尾巻いて逃げかえって、

 

此処で負け犬の遠吠えをしてる訳か」

 

「…なんですか?」

 

「…あぁ?」

 

 

 

この二人の会話から分かる通り、今七惟理無と絹旗最愛は犬猿の仲と言っても過言ではない。

 

二人がこんな関係になってしまった原因ははっきりしている。

 

それは絹旗達アイテムが七惟のパートナーである滝壺理后を利用して、彼をアイテムに引き入れたことだ。

 

今はもう所属する組織から七惟はアイテムと協力せよ、との命令を受けているためその駆け引きは無意味のようにも感じるが、当時は別である。

 

七惟は外道なやり方で自分を引き入れたアイテムの構成員…麦野、フレンダ、そして絹旗に対して快く思うはずがない。

 

特にリーダーの麦野と、あの取引を知っていながら知らない振りをして自分を騙した絹旗に対しては負の感情を捨て切れていないのだ。

 

 

 

「なーない、きぬはたも…」

 

「…はン」

 

「…滝壺さんに心配されるようじゃ、やっていけませんね。気を取り直して超行きましょう」

 

 

 

間に滝壺が入ってようやく二人の口論は止まる。

 

当然仲直りなんてするわけも無いし、目も合わせない。

 

七惟としては、絹旗が本当のことを言わずに自分を騙したことが気に食わないし、あれから謝罪の言葉すら受け取っていない。

 

仮に今から絹旗が真実を話して自分に謝ってくれるのなら関係の修復を考えなくもないが、絹旗は全くそのようなそぶりを見せない。

 

 

 

「…はッ」

 

 

 

絹旗は、麦野のような外道とは違うと少しでも信じていた自分が馬鹿だったようだ。

 

所詮コイツも暗部で溢れ返る奴らと同じで、力を持つ者に対して怯え胡麻をすり、取りいって貰いながら生きて行くような奴なのか。

 

 

 

「なーない、しかめっ面してる」

 

「…行くぞ滝壺。さっさと終わらせて帰る」

 

「そうですよ滝壺さん。こんな礼儀の『れ』の字も知らないような男と一緒に居ると超不快ですから」

 

 

 

一言多い絹旗が早速揚げ足を取って七惟に攻撃する。

 

 

 

「きぬはた」

 

 

 

が、再度口論に突入しそうだと感じ取った滝壺がすかさず割って入り会話を止める。

 

 

 

「…行きましょう」

 

「忘れ物は無いか小学生」

 

「誰が小学生ですか、誰が」

 

 

 

今度はお返しとばかりに七惟が憎まれ口を叩く。

 

普段からこのような言葉のドッチボールが多かった二人だったが、以前までのそれとはまるで違う。

 

ドッチボールではなく、投げっぱなしで二人ともボールを取りにいかない……会話がぶつ切り、そんな感じだ。

 

 

 

「我が身可愛さに身内を売る奴のことだけどな?」

 

「…七惟、いい加減にしてくれません?穏やかな私でも流石に超怒りますよ」

 

 

 

七惟の言葉に眼光を鋭くして絹旗が返した。

 

まるで敵対する者同士の会話のようで、作戦を始める前から三人の空気は戦闘時のようにぴりぴりしている。

 

 

 

「二人とも、かっかしないで。味方同士だから」

 

 

 

またもや滝壺から釘を刺され二人のいがみ合いは今度こそ終わった。

 

流石に敵地を目の前にして長々と喧嘩をしていられる程彼らも馬鹿ではない、この距離なら既にスナイパーの射程にも入っているだろうし気を引き締めたほうがいいだろう。

 

七惟も絹旗も、互いの心に大きなもやもやを残したまま目の前に聳え立つ廃墟ビルを見つめた。

 

嘗ては研究所として使用されていったらしいが、この地区は立地条件も悪かったため寂れて行き、最後には捨てられてしまったそうだ。

 

まぁそのように荒廃した土地はスキルアウトや暗部の絶好の隠れ家となる、人の目につかない場所は彼らにとって都合が良いのだ。

 

 

 

「いくぞ」

 

「うん」

 

「言われなくも超そうします」

 

 

 

敵は最近不穏な行動を見せているスクールのスナイパー。

 

殺すか、痛めつけるか、捕縛することによりスクールにけん制をかけ、馬鹿なことはしないように頭を冷やして貰うらしいが…。

 

こんなばらばらな状態で大丈夫だろうか、と滝壺は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃ビルと化した研究所の中に三人は入り、周囲を散策していった。

 

今回のターゲットはスクール所属のスナイパー、七惟としては頭が重くなる案件である。

 

約1カ月前に未元物質に言われた言葉を七惟はまだはっきりと覚えている、あまり下手を打ちたくない。

 

だが七惟の所属するメンバーと、滝壺達アイテムは既にスクールを敵対勢力と認識しているためこの任務を投げる訳にもいかなかった。

 

 

 

「…やっぱりそう簡単に尻尾は掴ませてくれませんね」

 

「うん、でも下部組織の人が尾行して突き止めた所だから間違いないと思う」

 

 

 

滝壺と絹旗は既に臨戦態勢だ、絹旗は窒素装甲を展開しており滝壺は普段通り周囲に気を張って獲物の気配を探っている。

 

七惟自身は何もしない、というよりもやることは無い。

 

実際絹旗の言った通り、スクールのスナイパーを仕留めるならば滝壺と絹旗二人だけで十分だし、むしろ絹旗一人でなんとか出来る案件だろう。

 

そこに敢えて七惟を送り込んだのは理由がある、麦野とカフェで交わした言葉を思い出すのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃墟ビルに潜んでいるスクールの構成員を一人始末する、そのために滝壺と絹旗が向かうから七惟も協力して欲しい。

 

学園都市第四位に呼び出された七惟が彼女から聞いた話を大雑把に纏めてしまえばこういうことだったが、これだけの簡単な内容だったならばメールで作戦内容及び作戦開始の時刻と集合場所を通知してくれるだけで済む。

 

こうやって面と向かって一対一でカフェでのんびりと話す内容ではないはずだ、そもそもこんなつまらないことを言うためだけに麦野が自分を呼び出すとは思えない。

 

おそらく麦野は自分を此処に呼び出した本当の理由……話をしていないし七惟だってまだ肝心な部分を聞けずにいる、これを聞かないことには今この場で納得し帰ることなど出来ない。

 

 

 

「これだけの話なら電話やメールで済む要件だろが。どうして此処に俺を呼んだ?てめぇは俺の面見ると血管がブチ切れるくらいだろ」

 

「……」

 

「前々から気になってんだ、会ったらすぐさま殺し合いの関係なのに何度も俺の前に現れた。……てめぇ、腹の底で何企んでやがる」

 

 

 

夏休み明けからその傾向は顕著だった。

 

まだメモリースティックの売買をしていた頃は当然有無を言わさず殺しにきていた麦野だったが、その次会った時はファーストインプレッションも、対応も大きく変わっていた。

 

最終的には滝壺を人質に取るという強硬姿勢に出たものの、始めからその手を使わなかったあたり若干丸くなったというのか?

 

 

 

「凄い小さいこと気にするのね、アンタ」

 

「小さい訳ねぇだろが、今のうちにてめぇの腹の中確認してねぇと後ろから…なんてことされたら堪らねぇぞ」

 

「ふぅん…私も信頼されないもんね」

 

「信頼だぁ…?俺とてめぇらを結んでんのは、んな綺麗なもんじゃねぇ。仕事上仕方なくだ」

 

「ま、そうね。じゃあ納得するように言ってやるからよく聞きなさい」

 

 

 

さていったいどんな理由が飛んでくるのやら。

 

いや、この場合理由ではなく唯のいい訳だろう。

 

どうせコイツの場合『暇だったから呼んだ』の一言で片づけてしまうだろう、核心の部分は隠して。

 

だが、麦野の口から出てきたのは七惟が予想だにしなかった言葉だった。

 

 

 

「私と対等の立場で喋れる奴が、どんな感じなのか知りたかっただけ」

 

「…は?」

 

「それだけだけど、何か質問ある?」

 

「…ふざけてんのかお前」

 

「私の言葉が信じられない訳ぇ?」

 

「フレンダの真似すんじゃねぇ」

 

 

 

茶化しているのか、いないのか…全く見当もつかない。

 

麦野にしては珍しく、というか七惟は初めて彼女が自虐的な笑みを浮かべているのを見た。

 

ゴミとなったシロップと砂糖の入れモノをカップに放り込み、つまらなさそうに彼女は言う。

 

 

 

「今まで、私と対等の立場でこうやって話せる奴は居なかったから。絹旗や滝壺、フレンダは私の部下みたいなもんだし、三人が私のことどう思ってるのか知らないけど…私はあの三人のことを『下』に見てる」

 

 

 

淡々と語る麦野だが、その言葉は麦野らしいものであった。

 

むしろ『あの三人は私の仲間』などと抜かしたら、逆に七惟は麦野の言葉を信じなかっただろう。

 

 

 

「敵対する奴らは、まぁ私と対等だったけど全員ぶち殺すしね。その点、アンタは絹旗達や敵対する奴らともちょっと違うでしょ?」

 

「まぁ、同じ組織じゃねぇし敵対もしてねぇからな」

 

「そして実力も他の連中に比べたら近い、ときた。アンタなら私に対して臆することも無いし、私が下に見ることも無い、どう?」

 

「……」

 

「そういう対等の立場に居る奴と、ちょっと話してみたかっただけ。満足した?」

 

「……そういうことにしといてやる」

 

対等……ね。

 

自分以外の全人類を見下していそうな女が、自分より序列の劣る第8位を対等に見て話がしたいなんて信じられる訳がないが、もうこれ以上踏み込んでみても無駄だと判断した七惟もウーロン茶を飲みほし、席を立つ。

 

麦野はもう何も言わずに、頬杖を付きながら満足したような表情でこちらを見つめている。

 

 

 

「何かまだ用があんのかよ」

 

「別にないわよ?さあ、さっさとあの糞共を始末してきてちょーだい」

 

「…はッ」

 

 

 

何だか何時もと違って調子が狂う。

 

麦野から発せられるオーラというか、気というか…そういうものが今の会話の中では完全に異質なモノとなっていた。

 

あの言葉は本当なのだろうか?本当に彼女は対等な立場である七惟と喋りたかっただけなのだろうか?

 

ならば何故、喋りたいと思ったのだろうか?

 

全ては学園都市暗部の闇の中であり七惟には検討も付かず、そのまま絹旗と滝壺が待つポイントへと気だる気に向かうのだった。

 

 

 

 

 


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