とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
場面は戻り、七惟の意識は再びスクールのスナイパーが根城としている廃墟へと意識が移る。
カフェで麦野が何を考えていたかは分からない、何時ものような外道なことではないということだけは確かだが……。
対等に話せる関係、そんな関係を持ってあの女はどうするつもりなのかは結局分からないままだ。
「どうしたの、なーない」
「…何でもねぇ」
「敵の本拠地だというのに、何ぼさっとしてるんですか」
「黙れ糞餓鬼が」
「このッ…!」
「二人とも、押さえて」
滝壺と絹旗の後ろを黙々と付いて行く。
麦野単体が何を考えていようがこの際どうでもいい、大事なのは今後全体を含んだこの命令の意味だ。
気を取り直して前を見据える、相変わらず絹旗はワナワナしているが、そんなことよりも気になっているのはこの建物に入ってから現在進行形で続いている異様な静けさ。
この建物が本当にスクールのスナイパーの活動拠点であるならば、スナイパー一人だけではなくスクールの下位組織の連中が張りこんでいてもおかしくない。
外敵の侵入に気付いたその時点で攻撃を仕掛け、不穏分子を潰しにくる…てっきり七惟はこうくると踏んでいた。
だが敵側は今の今まで全くのモーション無し、人っ子一人居ないような静けさときた。
「超不自然ですね…まるで廃ビルですよ、そのまんまの意味で」
「確かにな。アイテムの情報網は本当に信用できんのか」
「尾行して確かめた場所だから、間違いはないはずだよ」
「尾行、か」
尾行して確かめた場所となれば、まぁ此処に居たということは間違いないだろう。
だが暗部で過ごしてきた七惟の勘は別の可能性を試算する。
「もぬけの殻か、嵌められてるかのどっちかだな」
「え…?」
滝壺が気の抜けた返事をするのと対照的に、絹旗は静かに頷く。
「超腹が立ちますが七惟の言う通りかもしれませんね、尾行がばれていたと考えるのが妥当でしょう」
「そうなの?」
「はい、全く…滝壺さんも少しは身の危険を超考えてください。いくらレベル4とレベル5に挟まれているとは言え、絶対の安全なんてないんですからね」
そう言って絹旗は懐から拳銃を取り出した。
非力な女性でも扱える簡易タイプのものだが、当然殺傷能力は備わっている代物である。
滝壺は興味深そうに黒光りするその物体を手に取り眺め、ポケットの中にしまった。
七惟はそのやり取りを見ながら、一つの核心を得ていた。
アイテムの核となる人物はレベル4の絹旗やフレンダではないことは前々から分かっていたが、レベル5の麦野でもない。
このレベル4の滝壺だ。
戦力的にはまるで役に立たない滝壺であるが、彼女の能力は戦闘以外の面では他のメンバーの力を遥かに凌駕する。
今回の戦闘で、七惟を寄越した理由を麦野は『連携の確認が目的』だと言っていた。
奇襲であるならば人数は少ない方が良いに決まっているのに、敢えてそのリスクを犯してまで臨時メンバーである七惟を奇襲のメンバーに加えた。
連携の確認というならば、重要な面子と同行させその特性を掴み、今後に役立てようとするだろう。
七惟も当然この作戦には絹旗とフレンダが同行すると思っていたが、来てみればそこにフレンダは居らず代わりに居たのが戦闘能力皆無の滝壺。
リーダーの仕事をしているのはレベル5である麦野だが、その裏でコアは滝壺という訳で、フレンダは一番どうでもいい存在…要するに麦野にとっては捨て駒だ。
絹旗が滝壺に渡した拳銃も、おそらく麦野が用意したものなのだろう。
そう考えなければ不自然な点が多すぎる、どうでもよい存在を大事な戦力と一緒に戦場に向かわせる馬鹿などいないのだから。
「七惟、滝壺さんに熱上げて周囲への警戒が疎かになったりしないで欲しいんですけどね」
「はッ…お前のほうこそ、レベル5の力が怖くて喚いてる臆病者だろ。怖がっても誰も助けてやらねぇぞ」
「ふん、好きなように言っとけばいいんですよ。今回は仕方なく上からの命令で、同盟関係である貴方と一緒に居る訳なんですから、それを超忘れんな」
「その条件がなかったらお前はどうするつもりなんだか」
「そんなのは答えるまでもないでしょう、私は今からでも七惟が超苦しむためにあの手この手を使ってやりますから」
絹旗の鼻に付きまくる態度に構っているつもりなどないが、どちらが言葉を発しても最後は罵りあいになってしまう。
自分を騙したあの日以来、自分とコイツの関係はもはや修復不可能なレベルまで悪化してしまっている。
暗部では当たり前の騙し合い、殺し合い。
絹旗はその当たり前をやったまでだ、この世界でそのやり取りを糾弾すること自体が大きな間違いであるし、周りから馬鹿にされるだろう。
『お前はこの世界に向いていない』『そんなこと言ってたら次に死ぬのはお前だな』
などと言われるに決まっている。
七惟だってそれが当然だと思っていたし、過去も未来もこの考え方は暗部に限って言えば変わりはない。
だが、何故か絹旗だけは。
絹旗がそうするのは、気に食わなかった。
二人の険悪なムードが静かな廃ビルに充満する、本来は敵対勢力の殲滅が目的だというのに、この二人はそんなことなど何処吹く風かと言ったところだ。
二人の態度にあたふたする滝壺など相手にせず、絹旗はずんずん進んで行くし、七惟の頭は今後のスクールとのことや、どうして此処まで絹旗に苛立つのかで頭がいっぱいである。
この作戦でスクールのスナイパーを文字通り始末してしまったら、垣根はどう動くのか?本当に麦野の言う通り制裁を与えてよいのか?それにより取り返しのつかない事態になるのではないか?隣の小学生のせいでまともに思考回路が動きやしない。
そもそも自分は何故ここまで絹旗に苛々しているんだ?当たり前のことをやった彼女に対して苛立つ必要性もないだろう。しかし自分はそんな当たり前を絹旗に求めていないと感情が訴えてくるのだが、頭の中ではそんな異常な思考は馬鹿らしいと一蹴するもう一人の自分も居て、単純に納得が出来ず心の天気は曇天100%だ。
無言のままどれ程進んだだろうか、決して高層ビルとは言えない高さであったためもう最上階も近い気がする。
各フロアごとくまなく虱潰しに探って行ったが、それでもスクールのスナイパーはいないし、活動していた痕跡すら残ってはいない。
これはもう、完全に撒かれたかと七惟が考えたその瞬間だった。
次のフロアに移動しようと階段に向かっていた三人に、不意に金属音のような甲高い音が耳に響いた。
あれだけ頭の中がぐちゃぐちゃになっていた七惟だったが、瞬時に戦闘スイッチのオン・オフが切り替わる。
「……!」
「きぬはた」
「超分かってます、今のは私達三人が出した音じゃありません」
「準備万端で待ち構えてたって訳か」
「そうなりますね、認めるのは超癪ですけど」
三人が戦闘の意思を互いに確認すると、柱の陰から何かが飛び出した。
「小賢しい真似しやがって!」
物陰から転がり出たのは手りゅう弾のようなモノ、暗部の連中が使うから中身がどうなっているか分からないが危険であることに違いない。
七惟はすぐさま外部へ転移させようとするが間に合わない、目の前いっぱいに眩い光が広がった。
「閃光弾です!」
「言わなくても分かる!」
「め、が」
視力は距離操作能力者の生命線、七惟は咄嗟に目を瞑り片腕で顔を覆いながら滝壺を地面に伏せさせる。
数秒後視力が回復した七惟は立ち上がり構えるが、それよりも先にもう一つの手りゅう弾が投げ込まれた。
「次から次へと…姿を見せないなんて超臆病者ですね!」
絹旗が窒素装甲を展開しながら投げ込まれた手りゅう弾を外へ放り出そうと掴み取るも、その瞬間爆発した。
窒素装甲を展開した彼女の防御力はかなりのもので、手りゅう弾の一つや二つじゃ怪我なんてするはずもない。
そう七惟は思っていたが、爆発の煙が晴れると肩から大量に出血している絹旗が膝を付いていた。
「絹旗…!?」
「きぬはた!」
「しゃ、喋らないで欲しいですね…超響きますから」
「お前、窒素装甲展開してただろ」
窒素装甲はその名の通り身体の周りに窒素を展開し、能力者の防護服のような機能を有する能力だ。
普通に闘ったらまず傷一つつかないだろう、それこそレベル5級の人外な破壊力を有する攻撃でなければ此処まで絹旗を痛めつけるのは不可能である。
その時、絹旗に向けていた意識が煙が晴れた爆心地へと向かった。
音が聞こえる、三人のモノではない、敵の足音。
一人や二人ではない、どうやら敵さんは完全に準備してこちらを待っていてくれたらしい。
「絹旗最愛…アイテム所属のレベル4。能力は窒素装甲(オフェンスアーマー)……間違いはあるか?」
「能力さえ分かっちまえばレベル4なんざ怖くねぇんだよ。後ろの二人と一緒におねんねしとけ?」
声も一緒に聞こえてきた、ざっと確認するだけで人数は10人ほど……こちらの三倍だ。
その中には麦野に見せて貰ったターゲットとなるスナイパーの男も居る、その他の奴らは全員スクールの下っ端組織の連中と考えていいだろう、どいつもこいつも若い。
自信満々の笑みを浮かべるスクールの連中であるが、奴らは大事なことに気付いていない。
それは、絹旗を超える能力者がこの場に居るということである。
この際垣根の考え云々は無しだ、いずれ衝突するならば先に先制攻撃を仕掛け敵の数を減らした方がまだ自分の身体が五体満足でいられる可能性は高い。
自分達から出てくるとは探す手間も省けたと、七惟が攻撃を仕掛けようと腕を伸ばす、だが。
「超待ってください…七惟」
「あぁ……!?」
傷を負った絹旗が、それを止めたのだった。