とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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とある少年と出会った一人の少女のお話-ⅲ

 

 

 

 

 

絹旗最愛がオールレンジと共に戦場を駆け抜けるようになって数カ月が経過した。

 

季節は流れ、出会った頃はまだ寒さの残る春であったが今では梅雨入り間近、社会ではゴールデンウィークなるもので休暇シーズンに入っている。

 

絹旗とオールレンジはそんな世間が現をぬかしている時期も、学園都市を支える暗部組織の人間として仕事を淡々とこなしていた。

 

 

 

「あー、世間では大型連休でめちゃくちゃ浮かれてるってのに、何が悲しくて私達はこんな超血なまぐさい吐き溜りにいなきゃいけないんでしょうかね」

 

「知るか、さっさと報告書書きやがれ」

 

 

絹旗とオールレンジは路地裏で何時も通り仕事を片付けた後、木箱に腰掛け報告書類を仕上げている。

 

オールレンジが絹旗を助けたようとしたあの日から、二人の関係は徐々にだが変わって行った。

 

相変わらずの口の悪さは直っていないが、以前のように本気で口論することも、相手を睨みつけて悪口雑言の限りを尽くすこともなくなった。

 

 

 

「全く、オールレンジは何も思わないんですか?私もこういう連休の時くらい自分の趣味に超没頭したいんですけど」

 

「そうかよ、なら趣味に没頭出来る時間を作るために早く書け」

 

「はぁー、オールレンジは超いいですよね。バイクが趣味だから移動が趣味の時間になるんですから。超不公平です」

 

「……ならお前も交通手段を趣味にすりゃいいだろが」

 

 

 

あれから徐々に変わったのは、二人を取り巻く雰囲気だけではなかった。

 

その一つにオールレンジが、絹旗のことを『てめぇ』から『お前』と呼ぶようになったのだ。

 

そして絹旗は態度が明らかに変化していた、最初は無意識のうちだったが自然と自分でも気付いた。

 

 

 

「これが終わればこの後何も予定は入ってねぇだろ」

 

「まぁ、オールレンジとの仕事は何も入ってないですけど」

 

 

 

二人の会話は嫌いじゃないけど好きでも無い、まるで悪友同士が話す雰囲気を醸し出している。

 

冗談が通じる相手になった、とでも言えばいいのだろうか。

 

それなりに二人とも相手に対しては丸くなっていた、以前に比べれば格段に。

 

それはやはり、あの日のきっかけがあったからだ。

 

あれから絹旗は仕事中に暇があればオールレンジに話しかけ、冗談か本気か分からないようなブラックトークをし続けていた。

 

対するオールレンジはそれにまともに取り合うことは無かったものの、耳だけは傾けている。

 

 

 

「次に顔を合わせる時はもう少しマシな仕事であってほしいですね」

 

「選べるならな」

 

 

 

そして今も同じだ。

 

この時間、オールレンジと一緒に仕事をするのは楽しいとかはちっとも思わない。

 

でもオールレンジとこうやって馬鹿みたいな話をするのは、仕事の合間のつかの間の休息であり、自分の愚痴に付き合ってくれるため悪い気はしない。

 

むしろ、楽しいとも思える。

 

オールレンジは何も考えていないかもしれないが、女の子という生き物はだいたい自分の話を聞いたふりをしてくれるだけでも満足出来るものだ。

 

 

 

「そう言えば超聞いてくださいよオールレンジ」

 

「断る」

 

「先日フレンダのクソビッチが、私が買ったB級映画のチケットに鯖缶の汁超零しやがったんですよ」

 

「無視すんなコラ」

 

「有り得無くないですか!?その上、ごめんなさいの一言も無いんです!こないだも―――――」

 

 

 

それにこうやって普段吐けない愚痴だって吐ける。

 

オールレンジの愚痴はアイテムのメンバー相手にだったら誰にだって言えるが、アイテムの構成員の愚痴だけは、オールレンジに会わなければ言うことが出来ない。

 

彼は今のように真面目に聞くことはないが、大抵のことは受け答えをしてくれる。

 

それだけで、十分だった。

 

 

 

「だいたいあのビッチは自分のほうが年上だから超調子に乗ってんです、それが超気に食わなくて……あーもう!はい、書類書きあげました」

 

「愚痴りながら書類書くなんて器用な真似すんな」

 

「まぁ私は超天才ですからね、これくらい朝飯前ですよ」

 

「褒めてねぇぞクソ馬鹿」

 

 

 

絹旗は埃を払いながら、暗い路地裏で空を見上げる。

 

今日はよく月が見える、綺麗な三日月……初めて出会った日もこんな日だったかもしれない。

 

 

 

「今日で最後ですかね、私達がこうやって一緒に仕事をするのは」

 

「みたいだがな」

 

「思えばあっという間でしたね」

 

「さぁな」

 

 

 

否定はしないあたり、早く感じていたのだろう。

 

二人でこうやって仕事をして、その後馬鹿みたいな話をして、ぎゃーぎゃー騒ぐ(絹旗が一方的に)のもこれで一旦終わり……。

 

いや、一旦じゃない、これが最後。

 

自分達は暗い、暗い世界の闇の中で生きている。

 

殺し合いは日常茶飯事、裏切りなんてお茶の子さいさい、誰かが生きて誰かが死に、誰かの幸せのために誰かを不幸にする。

 

そして自分達が住んでいる場所は誰もその地に住みつかない荒れ果てた荒野と一緒、誰もその場に留まることはない、止まることはない、変わり続けるのだ。

 

この汚れきった暗闇の果ての世界で、辿る道は誰しもが分かっている、理解したくなくても嫌でも分かってしまう。

 

だから二人の関係はこれで終わり。

 

もう、二度と自分とオールレンジがこうやって話すことはない、そういうことだ。

 

 

 

「私は若干楽しかったですけど?そちらは?」

 

「……はン、答える必要があんのか」

 

「いいえ、ありません。オールレンジは厨二病な上に超ツンデレですし、どうせ後で超デレな展開がきますからね」

 

「何言ってんだクソ餓鬼、その首刎ねるぞ」

 

「初めて私とオールレンジが出会った時もそのセリフ言いませんでしたっけ?」

 

「……」

 

 

 

言い返せないあたり、図星のようだ。

 

 

 

「オールレンジらしいですけどね、その態度」

 

 

 

らしい、か。

 

そう言えば、オールレンジらしいも何も自分は彼について全く知らない。

 

というか、名前も互いに知らない。

 

今までは名前を教える必要性も無かったし、考えたことも無かった。

 

 

 

「そう言えば、オールレンジ」

 

 

 

必要性は感じない…今までがそうだったから。

 

これまでだってオールレンジのように彼女は他組織の人間と一緒に仕事をしたことはあった。

 

だが、それはオールレンジのように数カ月続くようなものではなく、たったの一度や二度のこと。

 

次の戦場でこの間一緒に仕事をした人間と出会い殺し合いをすることなんてザラだったため、特別な情だってわかないし、それが普通だと思っていた。

 

 

 

「せっかくなんで、名前を超教えて貰ってもいいですか?」

 

 

 

だから必要以上に親しくはなりたくなかったが、今回ばかりは例外のようだ。

 

流石に50日近く一緒に何かをしていたら、嫌でも頭に深くそのことは刻みこまれる。

 

 

 

「名前……?」

 

「はい、せっかく数カ月も一緒に居たんですから。死ぬ時に『ああ、あんな奴が超居ました』って走馬灯に出る権利くらい超与えてあげますよ」

 

「それは嬉しくねぇことだな」

 

「まぁ、これは私の超我儘なので付き合わなくてもいいですけど」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

答えるに決まっている、と自然と絹旗は顔がにやけた。

 

嫌ならばこんな話にまともに付き合うわけがない、書類も受け取ったのだしすぐに返って上に仕事の結果を報告し、自分との関係をすぐさま解消してしまえばいいのだから。

 

それをしない、ということは少なくともこの男も自分のことをある程度は今までの奴と違う認識で捉えているはずだ。

 

 

 

「七惟だ」

 

 

 

ほら、やっぱり。

 

 

 

「七惟、理無」

 

「へぇー……七惟、理無。超変な名前です。超変人なオールレンジにはお似合いですけど」

 

「煩い黙れ轢き殺すぞ」

 

 

 

無表情で言う当たり平常運転のようだ、まぁこういうやり取りに慣れているからこそ、自分も色々言えるのだ。

 

 

 

「絹旗最愛です」

 

「……」

 

「最も愛する、と書いて最愛。最も愛される超可愛い私の名前を知れるなんて超ラッキーですね」

 

「アホらし、じゃあな」

 

 

 

話は終わりだ、と言わんばかりにオールレンジが立ち上がり背を向ける。

 

自分の名前をちゃんと聞いてから帰るあたり、やっぱりオールレンジらしい。

 

再び空を見上げる。

 

空は漆黒の闇、そして自分の帰り道も、オールレンジの帰り道も漆黒の闇。

 

もしかしたら、これはこんな真っ暗な道を突き進む自分に与えられた休息の時間だったのかもしれない。

 

思えば此処数カ月で色んなことを体験した、他組織と一緒に仕事をすることはもちろんのこと、男の子と一緒に話したりすることだって、久しぶりだった。

 

でも、そんな時間はもう終わりだ。

 

また、オールレンジと出会う前の日と同じ日常が始まる。

 

いや、オールレンジと一緒に居る時も同じだった、違うのはオールレンジ居るか居ないかだけだ。

 

きっとこの日々の記憶も、何れは荒れ果てた荒野のように風化して、消えて行くのだろう。

 

 

 

「七惟!」

 

 

 

だから、消えないように、声に出して名前を呼ぼう。

 

血まみれのヘドロのような仕事の記憶に、ちょっとくらい楽しい記憶があったっていいかもしれない。

 

 

 

「七惟理無、また何処かで!」

 

 

 

彼女の言葉に七惟は何も答えない。

 

だが、答えなくたっていい。

 

ただ変わらずに、自分の中で今の記憶が生き続けていれば、楽しい思い出になるのだから。

 

七惟が振り返る、だがもうそこには自分を最も愛される女の子と言っていた少女はいない。

 

残っているのは、彼女が最後に言った言葉の残響だけ。

 

 

 

「絹旗、最愛か」

 

 

 

彼も同じようにまた口にした。

 

その言葉は、やっぱり気だる気で軽くて誠意の欠片も何も感じられない程のものだが。

 

ほんのちょっとの親しみは、こめられていたのかもしれない。

 

 

 

 

 


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