とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「アイテム総出で、ですか?」
「それってどういう訳?」
「さぁ、それは詳しくは教えられてないけど」
此処は絹旗最愛が所属する暗部組織、アイテムのアジトの一つ。
一般人では決して入ることが出来ないような高級サロンの一室に彼女達は部屋を取り、仕事の打ち合わせをしていた。
「総出って言っても滝壺はお留守番」
「どうしてですか?」
「知らないわよ、ただ今回は危険極まりないから戦闘能力の無い滝壺は連れて行けないってこと」
三人が話しているのは、明朝に迫った仕事についてだ。
今回の仕事は麦野の言った通りかなりの危険を伴うらしく、普段単独で行動することの多いアイテムが総出で当たることとなっている。
「危険、極まりないって……何か麦野は聞いた訳?」
「んーん、ただ何時でも死ねるような準備はしてこいってだけ。私達舐めてるよねあの女」
リーダー格の女、麦野は高級ソファに座ったまま足を組み鼻を鳴らした。
その態度からは絶対の力を誇る強者のオーラが滲みでている。
実際その態度に相応しい能力を彼女は備えているのだから、当然か。
学園都市でたった7人しかいないレベル5の一角……第3位原子崩しの麦野沈利とはこの女のことである。
「結局いつも通りの仕事って訳でしょ?」
語尾にやたらと『訳』や、『結局』をつけるコイツはフレンダ・セイヴェルン。
絹旗や麦野と違い能力者ではないが、武器を扱うことに長けておりお手製の爆弾だって持っている。
そして此処にはいないが、レベル4であり敵の追跡能力に長けている滝壺理后も構成員の一人で、以上の四人でアイテムは活動している。
「まあね、念を入られてるってことは一応それなりの餌が用意されてんじゃない?そっちのほうがこちらとしても面白いから大歓迎だけどさ」
「退屈な仕事よりは超マシですけどね」
「そういう訳」
「さーて、確認するよ。決行時間は明日の明朝5時、ポイントは第23学区の航空基地の国外線物流倉庫A-R。そこに外から私達にとって有りがたい物が運び込まれるらしいから、ソイツの確保。邪魔しにくる敵対勢力を殲滅せよ、ってとこね」
「じゃあその敵対戦力の中に今まで違うレベルの敵がいるって訳?」
「まぁそんなとこでしょ。どれ程のレベルなのかは会ってからのお楽しみ」
「麦野一人でもそれなら超十分な気もしますけどね」
「念には念を…じゃない?それじゃあ、明日は4時30分に国外線倉庫ゲート前に集合ね。それまであと……6時間くらい自由行動!」
麦野は立ち上がりタオルを持ってシャワーを浴びに行った。
フレンダは鯖缶をその場で広げて食べ始める、絹旗は二人の行動を何となく見つめた後、サロンから出て行った。
あの二人はおそらくぶっつけ本番で戦場へ赴くのだろう、偵察も何もなしで一体どうやって戦闘を進めて行くんだろうか。
まぁ、こうやって現地の下見をするのはいつの間にか一番年が下の絹旗の役目となっている。
彼女はまだ動いている地下鉄の最終便に乗り、第23学区へと向かう。
さて明日のお仕事はいったいどんな能力者が出てくるのか……はたまた国外というワードを絡めて考えると、重火器を持った黒服か。
もしかしたら何も知らないずぶの素人が出てくるかもしれない。
いやそれは電話の相手があれだけ言ったことを考えるとその可能性は低いか。
とにかく、いつも通りに仕事を終わらせて、いつも通りに後片付けをして、さっさと帰ってB級映画を見たい。
彼女の頭の中には、明日の仕事も今まで通り何事も無く終わるものだと思っていた、そう信じて疑う余地すらなかった。
何故なら彼女達のアイテムは学園都市でも最強クラスの力を持つ暗部組織だから。
第3位のレベル5に加えて、レベル4の自分や能力者を何人も仕留めてきたフレンダがいるのだから、負けることなどまずあり得ない。
そもそもレベル5を暗部組織に組みこんでいる組織なんてほとんど知らないし、その力があれば大抵の脅威は0にすることが出来る。
もし本当に自分達の命の心配をしなければならないという日が来るのなら、それは敵に同じレベル5が居る時だろう。
だが彼女が活動してきた此処数年はそんなことはほとんど無かった、ただ最近……味方として戦った男はいるものの、敵として出てくるはずもない。
そうこう考えている内に第23学区に地下鉄が到着し、絹旗以外は誰も降車せずに列車は走り去って行った。
帰りの列車はないため、今日の夜は23学区のホテルで時間を潰すしかないだろう。
彼女は決戦場となる国外線ターミナルを一瞥すると、真っ暗闇の街へと消えて行った。
*
作戦決行30分前。
国外線倉庫ゲート前に、彼女達3人は集まった。
何時も通りだ、と絹旗は思う。
特に変わった点もない、フレンダは持ち込んだ武器の確認をし、麦野は朝が弱いのか気だるそうに髪を払っていた。
それなのに、昨日と違って彼女は何処かで違和感を感じてしまう。
「さぁて。私達の貴重な朝の時間を邪魔するボケ共をぶち殺しに行きますかぁ?」
「映画上映時間までに間に合って貰わないと超困るので、さっさと終わらせるに限ります」
「今日はどんな能力者をいたぶれる訳?」
絹旗が前日の内に視察した情報をチームに共有させる。
物流倉庫A-RはA列の一番後方に配置されており、外部から侵入するためには鋼鉄の策を破壊する、もしくはよじ登らなければならない。
となれば倉庫に攻めてくる敵は間違いなく倉庫内の何処かに隠れているはず、A-R倉庫を背後にして闘えば後ろから攻撃されることはまずないだろう。
倉庫には既に重要なブツは運びこまれてくる、それを破壊しに来る敵を迎撃……まぁ、アイテムに取って見れば飛んで火に入る夏の虫と言ったとろか。
これだけ自分達に万全に構えられて、敵がまともに生きて居られるとは思えない。
「これがA-R倉庫って訳?野外に置かれてる普通の倉庫と何ら変わりはない訳ね」
倉庫前まで来たフレンダが、巨大な建物を見上げる。
「そうみたいですね。これだけあれば見分けがつかないと思います」
「ふーん……さて、あと5分程度ってとこかしら」
時刻は4時55分……電話の相手の時刻まで、あと5分。
ここで再び絹旗は敵がいったいどんなものなのかを再考する。
昨日は軽く程度にしか考えなかったが、今再度深く考えてみればおかしな点がいくつかあった。
「あと三分って訳よ」
まず一つ目、それはこの第23学区で騒ぎを起こすことを厭わないということ。
第23学区は学園都市でも最重要学区の一つとして位置付けられているため、それ相応の厳しい警備がひかれている。
今はまだ空港が活動を始める時間前のためひっそりとしているが、それもあと少しすれば人で溢れ返る。
それに無人とは言えこの倉庫街だってかなり厳重な警備がひかれているのだ、至る所に監視カメラが設置されているし、警備ロボットだっている。
団体で攻めてはこないだろう、騒ぎが起きた時に逃げにくく、捕まった仲間から身元がばれるのを考慮してもやはり敵は少数。
「あと一分」
そして二点目、これだけの警備の中を突っ込んでくる力を十分に持っている。
学園都市のハイレベルな警備網に攻撃をすることすら厭わないのは、同じ学園都市に住んでいて、それだけハイレベルな力を持っている者に限られるはずだ。
学園都市の中の人物、少人数、実力の持ち主、暗部……となれば、あとはもう簡単だった。
「麦野!フレンダ!超気をつけてください!」
「何?」
「結局どうした訳?」
「敵は今までと違います、きっと今回の敵は!」
時計の針が、動いた。
5時00分、それが始まりの合図だった。
「レベル5の可能性が高いです!」
直後に、攻撃なんてされる訳がないと思っていた背後から凄まじい爆音が鳴り響き、外界と物流センターを遮っていた鋼鉄の壁がぐしゃりに潰された。
「な!?」
フレンダが事態を呑みこめず目を丸くするも、レベル5である麦野は咄嗟に身体を動かす。
壁が潰された理由は簡単だった、壁の重量を遥かに超える重さの鋼鉄が、凄まじいスピードで上空から真っ逆さまに落下してきたからだ。
轟音が鳴り響きひしゃげた鋼鉄から大量の粉塵が舞い上がると、耳を劈くような警報が鳴り響く。
「へぇー……今回の奴は、確かに今までのとは違うようねぇ……!」
「い、いったいどういう訳……!?」
「超来ます!」
瞬きをするよりも早くに、彼女達の目の前に先ほど潰れた鋼鉄が目にもとまらぬ速さで飛んできた。
重量、大きさなんて関係ない、ぶつかれば当然生身のフレンダは死あるのみである。
「舐めてんじゃねぇよ……この原子崩しをよぉ!」
麦野の右目が発光し能力が発動する。
彼女の力は原子崩し、電子を停滞させ波を作ることで全ての物を吹き飛ばす強大な破壊力を持つ。
原子崩しが直撃した鋼鉄は木っ端微塵に砕け散るか、溶け落ちるかのいずれかだったがそれだけで終わらない。
すぐに追撃の鋼鉄が飛んできた、流石の麦野もこれでは繰り返しだと気付いたのか戦闘スタイルを変える。
「私が敵の攻撃を止めてる間にアンタら二人は横から周りこんで!」
「分かった訳!」
「超了解です」
麦野が原子崩しを発動する合図と共に、二人は左右に散開し煙の中から攻撃する敵へと突っ込む。
まだ敵の正体も能力も分からない今、とにかく情報が欲しい。
絹旗は窒素装甲の展開を確認し、その自前の防御力を持ってして特攻する。
フレンダが何かを使ったのか、爆発音が聞こえると同時に煙が晴れて行く。
煙に隠れて移動する人影が見えた、どうやら敵は一人、此処で逃がす訳にはいかない。
「超好き放題やってくれたツケを払わしてやります!」
不安定になった足場を踏みつけ、一気に加速。
「私達からは逃げられない訳よ!」
フレンダがお手製の飛び道具、先端に毒を塗っているナイフを取り出し、人影目掛けて投げる。
だが、そのナイフは人影に当たる直前で不自然に起動が逸れてしまう。
「!?」
「いったい何が……!?」
それでも二人は逃げる人影を追いかける、麦野の原子崩しは範囲にランダム性が高いため、この視界不良の中おかしな行動をすれば間違って被弾してしまう可能性もある。
やがて完全に煙が晴れ、自身の目でその影の姿を確認することが出来るようになって絹旗は目を丸くした。
まさか、いやまさかと何度も目をこすり確認したが間違いない。
倉庫の1階の屋根の上からこちらを見下ろしている姿を、見間違える訳がなかった。
思えばレベル5で鉄砲玉をやっている奴なんて、アイツくらいしか聞いたことがない。
それに先ほどの不自然にそれていったナイフにも説明がつく。
有り得ないと思った選択肢が現実を帯び、彼女の思考は着実に答へとたどり着いていく。
「まさか……でも、そんな」
無意識のうちにその可能性を排除していた、そうであって欲しくないと間違いなく心の何処かで思っていた。
しかし彼女の疑問の声など当の本人からしたら露知らずといったところなのか、奴は躊躇なく言葉を発し絹旗に望まない現実を目の当たりにさせる。
「はン、まさかこんな所でお前らみたいな屑をお目にかかれるなんてな」
その声、容姿、そしてその口の悪さ……間違いない。
あの男がそこにいる。
「なぁ、アイテムのゴミクズ共」
学園都市のナンバーセブン、距離操作能力者の頂点に立つ全距離操作が―――――七惟理無がそこにいた。