とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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少年と戦った少女のお話-ⅲ

 

 

 

 

 

体中の細胞が痛みを訴えている。

 

その激痛から絹旗が目を覚ますと、彼女の視界に飛び込んできた風景は、連続した意識の中で予想されたものとは大きく変わっていた。

 

 

 

「あぁ、絹旗。気がついた?」

 

「麦野……?ここは」

 

「病院、見ての通りね」

 

 

 

起き上がって事態を確認しようとするも、やはり身体の痛みからそれは叶わず断念、どうして自分はこんな重傷を負っているのか、どうして病院なんかに運びこまれているのかそれら全てが分からなかった。

 

呆れたようにため息をつく麦野、疑問符しか浮かんでこない絹旗は堪らず尋ねた。

 

 

 

「麦野、どうして私は病院なんかに超居るんです?」

 

「あのねぇ……アンタ、覚えてないの?」

 

「何をですか?」

 

「オールレンジ、よ」

 

「あ……」

 

「思い出した?」

 

 

 

麦野の言葉で、物流センターでの闘いがフラッシュバックする。

 

そう、自分達アイテムは第23学区の国外線のA-R倉庫で強襲する敵を相手に闘っていて……。

 

その相手が、オールレンジ……七惟理無だった。

 

 

 

「ふ、フレンダは!?七惟も!どうなったんですか!?」

 

 

 

大量に流れてきた情報を処理しきれず絹旗は慌ただしく麦野に詰め寄る。

 

 

 

「落ち着きな絹旗。それらも含めて全部話すから」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「そうだったんですか……」

 

「まぁね。私らアイテムは上手く使われてただけってこと」

 

 

 

麦野の話はこういうことだった。

 

自分達の電話相手をしていたあの『女』が黒幕であったということ。

 

電話相手が実は外部からやってきたスパイであり、毒ガス装置を学園都市内に持ち込んだ。

 

それを稼働させるまでの時間稼ぎとしてアイテムを使い、学園都市の刺客から装置を守らせるのが目的であった。

 

その刺客として送り込まれたのがレベル5の全距離操作……つまり七惟理無ということである。

 

そして麦野はもちろんフレンダの生存情報も教えてくれた。

 

 

「私達が知らないところで超騙されてたなんて……釈然としてませんね」

 

「まぁね」

 

「じゃあ結局オールレンジは毒ガス装置を破壊したんですか?」

 

「……認めるのは癪だけど、まぁ上手く私をまいて東京湾に沈めたみたいね」

 

 

 

麦野を倒すことは出来ずとも、麦野を錯乱させ上手く逃げ切るとは流石同じレベル5と言ったところか。

 

やはり自分何かではどう足掻いても勝てる相手ではないらしい、あの男は。

 

 

 

「ねぇ絹旗」

 

「何ですか?」

 

「あの男とは、知り合い?」

 

 

 

麦野の核心に迫るような問いかけに、一瞬心臓が止まるような感覚に襲われた。

 

探るような麦野の目、だが自分としては別段何らやましいことはないはずだ、動揺せずに淡々と答える。

 

 

 

「数カ月一緒に仕事をこなした相手。それくらいです」

 

「数カ月?」

 

「はい、この間統括理事会の主要メンバーの直近とされる組織との協力関係申し入れがあったと思います。その時アイテムから私が行きましたが、相手側がオールレンジでした」

 

「へぇー……」

 

「どうしてそんなことを聴くんです?」

 

「アンタの動きが悪かったこともあるし」

 

「うっ……」

 

「何よりアンタが親しげにあの糞野郎のことを『彼』とか言うもんだから、そりゃ何かあるんじゃないかと疑うでしょ。いくら精神操作にかかっていても、呼び方までは操れないしね」

 

「それは……超当然ですね」

 

 

 

七惟の精神操作を自分が受けた時のことらしいが、彼女自身は意識が混濁していたためほとんど覚えていない。

 

精神操作関係の話も麦野から聴いたのだが、七惟の使う精神操作は『精神距離操作』というものらしい。

 

心理定規と呼ばれる能力とほぼ一緒で、相手と自分の心の距離を操作する能力の一つ。

 

それで自分はおそらく七惟との心の距離を、フレンダと同じ程度に設定されたらしい。

 

心の距離の長短は、その人物への恋愛感情や親しみ、憎しみや怒りなどに直接影響される。

 

フレンダと同じ程度の親しみを感じた七惟に当然自分は攻撃出来ず、また麦野から守ろうとする行動に出たと……。

 

 

 

「麦野程手慣れた人なら超気づきますよね」

 

「それにアンタだけじゃなくて、オールレンジの野郎もおかしかった」

 

「七惟も……?」

 

 

 

確かに自分がいつも通りに動けていたとは思えないが、それは自分だけであって七惟がそんな見え透いた行動に出るとは。

 

あの男はどんなことがあっても自分の任務を完遂するため、あらゆる手段を講じてくる麦野のような人間だと思っていたが。

 

 

 

「そっ。フレンダや私には容赦ない攻撃でぶっ殺しに来てたのに、アンタに関しては直接的な攻撃は一切してないでしょ」

 

「え、でも精神距離操作を」

 

「あれはあれよ。実際アンタの身体にアイツは直接傷一つつけてない、その傷は邪魔するアンタを私がぶっ飛ばして出来たものだからね」

 

「そう言えば……」

 

「あの男もアンタに思う所があったんじゃない?まぁ精神距離操作を容赦なくかけてくるから素晴らしい関係とは思えないけどね」

 

「……良い関係じゃないですね。超腐れ縁とでも言えるんじゃないでしょうか」

 

「ふぅん。んじゃ私はフレンダの容態確認して、次の仕事何時受注出来るか判断してくるから」

 

「はい、超分かりました」

 

 

 

麦野は立ち上がり病室を出て行く。

 

病室に一人残った絹旗は、誰か分からない人物がお見舞いの品として置いていってくれたであろうミカンを手に取り、ほうばる。

 

こんな真っ暗闇の世界で仕事をしていても、こんなことをしてくれる人物がいるというのは意外だ。

 

まぁそれも、置いて行ったのは麦野のような仕事仲間でもなく、病院の看護師なのだろう。

 

 

 

「七惟の奴……どういうつもりなんでしょうか」

 

 

 

考えるのは当然七惟のことである。

 

あの男の取った行動は不可解だ、どんなことがあっても目的を達成するために行動すると思っていたのに。

 

それが数カ月一緒に行動して、下らない話をした仲でも。

 

暗部であれば、そんなことは無かったことにして仕事をするはずだ。

 

今まで彼女が共に行動してきた他組織の人はそうであったし、彼女自身もそうだった。

 

流石に数カ月も一緒に行動したら、情か何か湧くのだろうか……?

 

 

 

「きぬはた」

 

「……滝壺さん?」

 

「身体は大丈夫?」

 

 

 

麦野と入れ換わりになる形で病室にやってきたのは、つい最近アイテムに加入した大能力者の滝壺理后。

 

その手には病室のデスクに置いてあるものと同じのミカンの袋を握っている。

 

 

 

「えぇ、まぁ。癪ですがオールレンジに手加減されたみたいですしね」

 

「良かった、きぬはたが無事なら癪でも何でも全然構わないよ」

 

「……それは?」

 

「ミカン。そっちに置いてあるのと、同じのを買ってきた。こっちはふれんだ用」

 

 

 

その言葉に絹旗は目を丸くする。

 

驚いた、まさかこのミカンは仲間である彼女が持ってきてくれていたとは。

 

 

 

「二人が何が好きなのか分からなかったから、無難なものを選んだつもり」

 

「……そうですね、ミカンとは超無難です」

 

「嫌い?」

 

「まさか。滝壺さんが持ってきてくれるものならば、超嬉しいですよ」

 

「ほんと?」

 

「ただ」

 

「ただ……?」

 

「暗部もそうそう詰まらないことばかりじゃない、と思いました」

 

 

 

滝壺は意味が分からないと首を傾げているが、絹旗からすれば彼女の行動のほうが意味が分からなかった。

 

フレンダや麦野は仲間同士とは言え、基本は仕事のみの繋がりだ。

 

このようにお見舞いのようなプライベートまで首を突っ込んで来てくれる程深い仲ではない。

 

それだけに、まだ入って僅かな期間しか経っていない滝壺理后がこうやってお見舞いの品を持ってきてくれることは驚きであるし、暗部の思考回路に染まりきってしまった彼女にとっては理解し難いものだった。

 

だがそれと同時に、嬉しいとも当然思う。

 

そして。

 

 

 

「こんな変わった人がいるのだから、七惟みたいな超変な奴だっているのかもしれませんね」

 

 

 

滝壺のような人物がいるのだから、七惟だって案外本当に情が湧いて攻撃は出来なかったのかもしれない。

 

まぁ、精神距離操作をかけたことに関しては今度会った時に問い詰めてやればいい。

 

 

 

「滝壺さん、こっちで一緒にミカン食べましょう」

 

「うん、早くきぬはた元気になってね」

 

「超任せてください」

 

 

 

痛む身体を我慢、手招きしミカンを持ってきてくれた不思議天然系の少女と一緒にほうばる。

 

暗部だって、捨てたモノじゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

絹旗最愛は病院を退院し、彼女は暗部の仕事に戻る。

 

そして彼女はまたあの男に出会った。

 

なんてことはない、ありふれた日常で。

 

 

 

「七惟!」

 

「あぁ?」

 

「また話でもしませんか?」

 

「……うっせぇ餓鬼だな」

 

 

 

まるでこないだのことなど気にも解さない調子で二人は向き合う。

 

こうして二人の奇妙奇天烈で、でもちょっぴり面白い不思議な関係が始まるのだった。

 

 

 

 

 


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