とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「(思えばこんな超下らないことを回想してどうなるってんでしょうね)」
過去の思い出と現在の状態を比べると、なんと思い出の優しいことだろうか。
きついこと、嫌なこと、辛いこと、それら全部をひっくるめてもいいことの思い出のほうが遥かに強いのだから。
そして思い返してみても隣の奴とまともな交友があったかなんてよくわからない、友人だったのか敵だったのか、友人未満敵以上なのかそれすらも今の自分の頭じゃ整理がつかない。
しかしそれでも、どんな見方をしても今の自分と七惟の関係があの時よりも悪化していると言えるのも確かだった。
思い出の七惟のほうが、全然優しく見えるなんて今の自分はどうかしている……。
……だが今はそんなことは、どうでもいいはずだ。
そんな自分の気持ちよりも、差し迫ったこの状況に対応すべき。
絹旗はもやもやする自分の心の中にある程度のふんぎりをつけて、再度状況を確認する。
「で、どうするんですか超七惟?同じ距離操作能力者として」
「……アイツが距離操作能力者なら、俺はアイツの力場には干渉出来ねぇ。テレポーターと同じだ」
「はあぁ。レベル5が聞いて超呆れます」
やはり七惟はこの場に限っては全くの使い物にならないらしい、置物のほうがマシだ。
絹旗は頭をもたげるも正面には銃を構えた距離操作能力者、だいたいレベルは3程との情報を得る。
そして距離能力者の右腕ではこんな状況になってもボーっとしている滝壺、こういう時のために拳銃を渡したというのに……。
周りにはターゲットのスナイパーを始めとしたスクール側の人間が10人程度。
そして敵は自分の窒素装甲を破壊する何かしらの攻撃手段を持っているが、滝壺や七惟の能力に関してはまるで無知。
自分の隣に立っている木偶の棒は学園都市が誇るレベル5……。
この男を利用すれば、絶対に状況は打破出来る。
「んじゃまぁ、まずは窒素装甲。横に突っ立ってる男をボコボコニしてやれ」
「ッ……」
満足そうな笑みを浮かべながらスナイパーの男が絹旗に命令する。
七惟をボコボコにしろ、か。
今の七惟ならば自分が襲いかかった瞬間、逆に七惟の力で自分が粉微塵にされてしまいそうだ。
「この女を殺されたくなかったさっさとしろ!」
「……きぬはた」
若干状況のまずさを理解出来たのか、珍しく滝壺が上ずった声で彼女を呼ぶ。
人質。
七惟の能力では、滝壺を抑えている男に対して距離操作も転移も何も出来ないときた。
となれば、人質を利用して自分が行動するしかない。
人質を取っている人間は、基本的に奇襲やらの意表を突く攻撃に弱いためそこを狙う。
「早くしろ!」
蹲ったまま絹旗は七惟を一瞥し、表情を確かめる。
その顔面は鉄面皮であるが、良い表情はしていない。
愛しの滝壺ちゃんがそんなに恋しいのか―――――。
そんなことを考えた自分に、苛立ちと、怒りと、何とも言えない寂しさが込み上がってきた。
「超七惟」
「……んだ?」
絹旗は立ち上がり、前を見据える。
相変わらず敵は気持ちの悪い笑みを浮かべたままにやにやしている、それがとても腹立たしい。
今自分がどんな気持ちでいるのか、とても笑えるような気持じゃないのに、そんな人間を目の前にして笑っているこいつらが。
こんなことになるはずなんて無かった、思い返す度に隣のレベル5に苛立ってくる。
この男さえいなければ、こんな屑共に下品な笑みを浮かべられるはずもなかったし、滝壺を人質に取られるなんて間抜けな展開にもならなかった、三人でスクールの拠点を攻撃すること
にもならなかった――――。
七惟がアイテムにさえ入らなければこんな面倒なことにだってならなかった。
……おかしなことを言う、全距離操作の七惟理無をアイテムに引き入れる計画を立案したのは自分だというのに。
たら、れば、の話が浮かんでは消えて行く。
「今から攻撃に出ます」
そもそも、七惟をアイテムに加入させる作戦を立案した時だってこんなことになるつもりはなかった。
全てが上手くいくと思っていた、七惟とこんな険悪な関係になるつもりなんて全くなかったのだ。
こんな仲にならなければ、この仕事だって一人でやるより早く簡単に終わっていたはずなのに。
「……絹旗」
じゃあ、自分はいったいどんな関係になるつもりだった?
アイテムに七惟が入ってくれれば、七惟ともっと喋れると思っていた。
スクールに攻撃を仕掛けると麦野が言っていた、そのためのオールレンジだと彼女も言っていた。
だが自分にとってそんなことは関係なかった、七惟がアイテムに入ってくれるのならば、喋れる時間が増えるくらいにしか。
麦野からの命令とはいえそういう個人的な打算もあって、滝壺を使い七惟をアイテムに入れたというのに……。
「後は超分かりますよね?」
「……」
結果はこれだ、七惟と犬猿の仲になるどころか、まともに喋ることすら出来ない。
自分が七惟に精神操作を掛けられた時は、次会った時何食わぬ顔で喋ったというのに、この男はそれがわが身に降りかかった時の対応は全く違った。
自分はただ、七惟と一緒に喋って――――楽しくやりたかっただけなのに。
七惟と仲良くしたかった、たったそれだけだったのに。
結末はこんなにも惨めで、悲惨で、もう七惟とは二度と前のように下らない話をしたり、馬鹿をしたり、食事を一緒に取ることすらないかもしれない。
そして、その隣に立つことも―――――――。
「……行き、ます!」
そのことを自覚した時、身体にはちきれんばかりの力が溢れて爆発した。
絹旗はスナイパーの言葉とは反して七惟のほうには向かわずに、正面に居る距離操作能力者目掛けて突進した。
「……このクソ餓鬼!」
スナイパーの男が声を上げて何かを投げる、おそらく大気のバランスを崩して窒素を少なくするための爆弾だろう。
だがそんなものは関係ない、自分の目的は少しでも滝壺と距離操作能力者を引き離すことだ。
「馬鹿野郎が!」
手りゅう弾の爆発と同時に七惟が何かを叫んだ。
爆発の反響で上手く聞きとることは出来ないがどうせ自分の悪態でもついているのだろう。
身体を纏う窒素が失われて行くのを理解しながら、絹旗は年相応のひ弱な身体となったそれで滝壺を拘束する男に体当たりする。
「あぅ!」
久々で生身でぶつかった身体は、思いのほか頑丈だった。
「七惟!」
大の大人の男がそう簡単に倒れるはずもないが、一瞬よろけるには十分な威力。
その瞬間を、レベル5の七惟が見逃すはずもなかった。
絹旗が態勢を整える頃には、滝壺の身体は見事に男から解放され、七惟の背後へと転移されている。
「てめぇら……つけ上がり過ぎたな」
眉間をぴくぴくさせながら七惟が威圧のこもった低い声で言う。
スクールの下っ端達は、何が起こったのかすら分からないようである。
「な、何が起こったんだ!?」
「まさかコイツも能力者なのか!」
烏合の衆が構えるが今更遅い、能力を全開にした七惟の力の前では、レベル1~4の戦力など意味を成さない。
成す術なく七惟の可視距離移動砲で吹き飛ばされ、転移で屋外にこの高さで放り出されるなどしてあっという間に敵を一掃していく。
絹旗は身体についた埃を払いながらその様をまざまざと見せつけられ、レベル5の力を直で感じる。
やはり去年から七惟の戦闘能力の恐ろしさは何ら変わっていない、むしろ強くなったかもしれない。
1分もかからない内に、残っているのは七惟の力で干渉が出来ない距離操作能力者のみとなった。
「……う、うう!」
再起不能にされた仲間達を見て、流石に力の差を感じとってしまい絶望したようだ。
びびりまくっている男は、腰が抜け、目の前に迫った恐怖に震えあがっている。
「絹旗、ソイツはお前がやれ」
「……最後まで七惟が超やればいいじゃないですか」
「ソイツは俺の能力じゃ飛ばせねぇんだよ。それに、てめぇも一人くらいぶっ飛ばさねぇ気分が晴れねぇだろ」
「……確かに、超そうですね」
大気のバランスが元に戻ったのを確認し、再び彼女は窒素装甲を纏う。
七惟の言う通りにするというのは癪だが、確かにこの自分の中の感情は、誰かにぶつけなければ晴れそうにもない。
「それじゃ、私のサンドバックになってくださいよこの超クソ野郎がァ!」
「ぎゃああああ」
絹旗の全ての鬱憤が込められた一撃が、距離操作能力者の腹に食い込む。
男はそのまま吹き飛び廃墟に残された家具に体をぶつけながら壁に激突し、数秒後その叫び声も聞こえなくなった。
敵がいなくなり静寂だけが残った廃墟、絹旗の心もまるで廃墟のように空虚で、音がなく何もない。
彼女は唯、七惟に駆け寄る滝壺の姿を色の無い目で見つめていた。